男と女







そのヒゲの騎士はギルダス・W・バーンと言った。
ゼノビア人である。


両手持ちの大剣イゼベルクを愛用する彼はまた、酒と女が大好きという、規範と礼節を重んじるのが騎士という点ではおよそ騎士らしからぬ男だったが、彼を悪し様に言う者はいなかった。

解放軍が立ち寄った町の酒場と娼館には必ず彼の姿があった。酒場では相棒と一緒のことが多かったが、娼館には一人で行っていた。
いつだったか、フォルカスが彼の相棒に貴方は行かないのか?と尋ねたら、礼儀正しい騎士は笑いながら
「女性はお金で買うものではありませんから。」
そう答えた。
自分もそう思うとミルディンに告げると、彼はこう言ったのだった。
「ギルダスほどの男ならわざわざお金を出さずとも抱かれたいという女性はたくさんいるでしょうに・・・、彼は馬鹿ですね。」

倫理という単語はかの国とこの地で意味が違うのか・・・?
この優男の口からでた言葉にフォルカスは絶句した。





ギルダスの相手は皆、金で買った後腐れのない一夜限りの恋人・・・。
解放軍にも女性はいる。が、ギルダスは彼女らに手を出して起こりうる面倒が御免だった。

御免だったのだが・・・。

新しく解放軍の仲間になったバグラムの魔術師がいたく気に入ってしまったのだ。


シェリー・フォリナー。

フィラーハ教の大神官モルーバ・フォリナーを父に持った元バグラム軍のセイレーン・・・。
バンハムーバ神殿でデニムたちに敗れ去り、バグラム軍にも戻れずに遁走して、バルマムッサで隠れていたところをデニムと妹のオリビアに説得され仲間になった。

フォリナー家の4人の娘はみな美しかったが、特にシェリーは艶やかな美しさと豊かな肉体を持っていた。
ブランタの愛人という噂だった・・・。。



「オレが見たところ、まだ生娘だね・・・ありゃ・・・。」



コリタニ城下の酒場でギルダスがミルディンと酒を飲んでいた。コリタニ地方の中心都市で酒場も多くある。彼らが飲んでいた酒場はいつもの如何わしい雰囲気のそれでなく、こざっぱりとした感じの酒場であった。
働く女たちは初めて店にきた2人の騎士に色めき立つ。ギルダスはそんな彼女らに気軽に声をかけ、、ミルディンは微笑む。ミルディンに微笑みかけられた女たちは真っ赤になった。

「素人には手を出さないのがあなたでしょう・・・ 宗旨変えしたのですか?」
「ふふん、まあ・・・な。」
「彼女のようなのがあなたの趣味だったとは驚きました。」
「・・・おれもたまには真面目な恋愛をしてみようかと思ったわけさ・・・。」
「真面目・・・ですか?」
「バグラムのお坊ちゃまの恋愛ごっこを見てるとな・・・、つい微笑ましくなって、自分の甘酸っぱい青春時代を思い出したわけだ・・・。」
「生まれた時から酒と女性に目がなかったというあなたにそんなのがあったとは思えませんが。」
「まあ・・・、オレのことはいい。それよりもおまえはあの炎の姉ちゃんと上手くいっているのか?」
「・・・・。」
「本人はいたって普通にしているつもりだろうが・・・おまえを見る彼女の目は仲間としてではないな。気がついているのだろう?」
「分っていますよ。あなたに言われなくても。」
「可愛いじゃないか、男勝りの彼女も恋をすれば女ってことだ。・・・で、どうするつもりだ?」
「別に・・・どうもしません。わたしもあなたと同じで、面倒はごめんですから。」
ミルディンは他人事のように淡々と話す。
「冷て―奴。きれいなお顔のミルディン様が実は冷血人間だと知ったら、解放軍のおめーのファンクラブの連中が泣くぞ・・・」
「かまいませんよ。ああ・・・、でも彼女の涙は見てみたいですね。」
呆れ顔のギルダスの横でミルディンは笑う。
「彼女の顔を見るのは楽しいです。いろんな表情をする。1番好きなのは自分の非を認めてぶっきらぼうに謝る時の顔ですね。」
その顔を思い出したのか楽しそうに笑った。





その時、がやがやと声がして解放軍の連中が入ってきた。

カノープスを先頭にプレザンスやバイアンといった年寄りからフォルカス、サラやミネルヴァ、エレナ、その他・・・。珍しくデニムやアロセールもいる。
そして、最後にシェリーが入ってきた。

セリエがそこにいないのを確認したミルディンの顔がほんの一瞬だが曇った。
(面倒な奴・・・)
それを見逃さなかったギルダスは心の中で相棒に毒突いた。



カノープスが彼らに気がついて声をかけてきた。

「何だ、ここだったのか。珍しいな。おまえらがこんな健全な店にいるのは。」
「たまには気分を変えようと思ってな・・・」
ギルダスがカノープスに席を譲って、他のメンバーの所に行く。
カノープスはそれを見送りながらミルディンに聞いた。
「悪いものでも食ったのか?」
「さあ・・・? 食べるのはこれからでしょう。何でも青春時代をやり直すそうですよ。」
「・・・・・・?」
「それより・・・、フォリナー家の他の3人がいませんね。」
さりげなくここにいない3人のことを聞く。
カノープスは3人がいない理由をミルディンに説明した。
父・モルーバの教団での仕事の手伝いをしていると。
シェリーは父と今でも仲が悪いので手伝わないでみんなと出てきたのだった。


「ミルディンさんもカノープスさんもこっちで一緒に飲んだらどうです?」
デニムが向こうから手招きする。

「デニム、飲み比べするか?」
「カノープスさんとですか?」
「あたしも参加させてもらうわ」
シェリーが参加を表明する。
わしも、わしもとバイアンとプレザンスも言い出し、ギルダスはちゃっかり彼らと同じテーブルに座っている。一緒に飲むつもりなのだろう。
「まだまだ若い者には負けんわい!」
鼻息も荒くバイアンは言った。


デニムが最初に酔いつぶれた。
となりのテーブルでは酔っ払ったフォルカスがミルディンを相手に恋人の姉の非情さを切々と訴えていた。


その夜、酒場はこれ以上ないほど賑わった。デニムたちにとっては本当に久しぶりの息抜きだった。


シェリーにとっても楽しい時間だった。


彼女はブランタの手先としてデニムたちと戦った過去がある。仲間になってもそのことが負い目となってなかなか姉妹たち以外とは打ち解けられなかった。気位の高い性格も災いした。
が、今夜は酒の力も借りて素直になれた。
アロセールやミネルヴァたちも気さくに話しかけてくれたのが嬉しかった。ほろ酔い気分でいい気持ちだった。



シェリーはいつもの服を着ていたが酒のせいもあって上着の肩口を広げていた。
白い肌がピンクに色づいていた。
カノープスは酔いを覚ましに外に出ていたし、老人たちとデニムは酔いつぶれてその辺で爆睡していた。女性陣はミルディンとフォルカスが城まで送って行った。


ギルダスとシェリーはまだ酒を酌み交わしながら語り合っていた。時折シェリーが声をたてて笑う。
酒場には彼らの他にまだ客がいたが、シェリーの横に座る騎士を羨ましそうに遠巻きに眺めていた。



ギルダスがシェリーの口元で何か囁いた。シェリーがきょとんといった顔をする。
ギルダスがコップを持っていない方のシェリーの手首をつかんで自分の股間に持っていった。


「ぎゃああああ〜〜!」


酒場中のガラスが割れるかのような悲鳴が響き渡り、デニムたちが飛び起きた。

直後、ばしんと頬を引っ叩く音が盛大に響き、シェリーは顔を真っ赤にしてよろけながら酒場を後にしたのである。

後に残されたギルダスは引っ叩かれた右頬をさすりながら豪快に笑い、それを訳がわからないといった表情でデニムたちが眺めていた・・・・・・。















シェリー・フォリナーは小さな頃から自分の容姿に自信が持てなかった。
並以上だという自負はある・・・が、他の姉妹が特上だったから。

姉はハイムの宮廷でも美しいと評判だった。
妹2人も花のように可愛らしかった。システィーナもオリビアも将来はセリエ以上の美人になると、まわりの人間が言っているのを聞くたび悲しくなった。

わたしはどうして・・・?

綺麗になりたくて化粧をしたら、美人だと皆が言うようになった。
嬉しくてたまらなかった。
いつも化粧して、
素顔でいられなくなって・・・そうして心まで飾るようになった・・・。










ギルダスはそんなシェリーの本質をすぐに見抜いた。伊達に女好きを豪語していないのだ。










コリタニ城の中庭、早朝。
シェリーは二日酔いで頭が割れるように痛かった。
手にはあの感触が残っている・・・。
思い出しただけで赤面する。
悲しいことに洗っても洗ってもとれなかった。

「あー!・・・気分悪い・・・・」

「何が気分悪いのだ?」
後ろから突然声をかけられてシェリーが振り返ると
「セリエ姉さん・・・」
無造作に髪を汗でぬらした姉がいた。

セリエは毎日朝の鍛錬を欠かした事がない。
今朝も一人で朝稽古をして城に戻る途中だったのだ。

セリエの戦いは他の3人と違って魔法と武器を組み合わせたものだ。いかに効率よく武器で相手にダメージを与えるかで戦闘は変わっていく。
よって鍛錬を怠るとそれが自分に直接はねかえってくるのだ。
だからもう何年も毎朝一人で鍛錬を続けていた。

それを知る者は少ない。

「昨日はどうだった?他の者と少しは親しくなれたのか?」
「おかげ様で。」
「そうか、それならよい。父上もシェリーが皆となじんでいないのを気にかけておられた。」
「・・・・・・。」

父の事を言われるとシェリーは無口になる。セリエは話題を変える。
が、それはシェリーが触れて欲しくない話題だった。

「ギルダス殿と気があったそうだな? 遅くまで二人で飲んでいたと聞いたが。」
「冗談じゃないわ!あのくそヒゲ!」
思わず叫んだシェリーにセリエが怪訝な顔をする。
「シェリー・・・?」
「あたしの前であのヒゲの話は金輪際しないで。
 あああーっ、手が腐るわ。」
「・・・・・・・。」

こんなに素直に感情を表に出す妹を珍しいことだとセリエは思った。










コリタニ城の上から異国の騎士2人が城に戻っていくセリエたちを眺めていた。

ギルダスがぼそっと呟く。
「あそこの2人は何でどっちも・・・ ああ不器用にしか生きられないのだろうな。」
「そうですね。」
「システィーナも要領良くないが、セリエ達に比べたらまだましかな。」
「フォルカスが嘆いていましたよ。あの2人の干渉を・・・。」


ギルダスが昨夜のことを思い出したように笑う。


「おまえにも見せたかったよ、あの時のシェリーの顔。」
「見なくて結構ですよ。」
「絶対オレのことを意識しはじめるぜ。まあ見てろ。」

あたらしいおもちゃを見つけた少年のような表情だ。

「楽しそうですね、ギルダス。」
「シェリーはいい女だからな。いい女にはオレもちゃんと礼儀を持って付き合っていこうかと・・・」
「礼儀をもったお付き合いとやらがセクハラですか?」
呆れた顔で相棒を見るミルディンにギルダスは不敵な笑みを浮かべた。






「おい、一つ教えてやろうか?」
「何をです?」
「オレが思うに・・・、セリエはマグロだな。」
「だからいいんですよ。」






ギルダスは返す言葉に一瞬詰まったが、こらえきれずに笑い出した。



ゼノビアの騎士達の笑い声がコリタニの空に吸い込まれていった。









戻る
<後書き>     自分で突っ込みます。「こんなところで酒飲んでる暇があったら、さっさとヴァレリア解放しろ!」
            2日で書きました。システィーナとフォルカスの初恋話は煮詰まったままですが・・・。
            特にミルディン様が変になってすみませんでした。タイトルもひねりがありませんね・・・。(2002.11)