その年、彼らは地獄のようなスケジュールをこなし、やっとのクリスマスの休暇、
のんびりゆったりくつろいでいたところに突然呼び出され、
訳の判らぬままイタリア北部の教会に連れて来られた。

年老いた司教が彼らに手紙を渡しながら言った。

「今からここで歌って欲しい。」
「彼女たちが集まって来られる。」






デイヴィッドから手渡されたその手紙の差出人を見てカルロスがきょとんとする。

司教がにっこり笑う。
「神の御意志です・・・。」





肌に突刺す冬の冷気は身体の芯まで凍えさせた。
暖にと入れてもらったコーヒーをすすりながら、
感覚だけが妙に冴える。

彼らはクワイアに立ちその時を待つ。
最初に空気の異変を感じたのはウルスだ。普段は鈍いくせにオラトリオを歌っていただけのことはあるのかもしれなかった。
そしてデイヴィッドとセバスチャンが感じて、
カルロスは鈍かった。

祭壇の蝋燭が揺らぐ。
教会の両壁のステンドグラスには古の職人たちの手によって聖書の物語が描かれていた。
その中の預言者の影が動いた・・・ような気がした。

「ほら、観客たちが来られたようだ・・・」
ゆっくりと年老いた聖職者が4人に告げた。



彼らが見たのは・・・・・・




誰も座っていなかった教会の固い木の長椅子に一人、また一人、暗闇からぼうっと浮かび上がるうら若い、けれどどこか老成した不思議な雰囲気の女性たちだった。

老人が言う。

絵画に描かれた聖母たちが、今この時だけ絵画の中からあなた方の歌を聞くために抜け出てきたのだと・・・。





あるところからの直々の手紙を読んで何が起こるかは予測していた。
が、目の前で繰り広げられた信じられない光景に4人は息を呑む。

老司教が説明し始めた。

「向かって右側、前列からポッティチェリの“マニフィカトの聖母”のマリア、フィリッポ・リッピの“タルクィニアの聖母”のマリア、ルーベンスの“花輪の聖母”のマリア・・・、チマブーエ“荘厳の聖母”のマリア、そしてラファエロ作の聖母たちが・・・・・・。」

延々と続けようとする彼を押しとどめてカルロスがふらふらと外へ出ようとした。
無礼な彼の非礼を詫びるようにデイヴィッドが彼に頭を下げた。

扉に向かって歩くカルロスが振り返って後の3人に言う。
「おまえらも来い、会議を開くぞ!」

教会の重い扉を開く。

「・・・・・・!?」




そこには
何もなかった・・・。

確かにあったはずの教会のまわりの風景
街並や木、空、街燈の明かり、人間、
全てが消え、あるのは彼ら4人と教会と足元から広がる暗闇。

カルロスが叫ぶ。
「おい!ウルス。俺様を殴ってくれ!俺様の目が覚めるまで殴っていいぞ!」

一人がパニくると自然と後の3人は冷静になる。
カルロスを除く3人でこの現状をどう受け止めるか話し合おうとした時、
背後からたおやかな女性の声がした。

「あの・・・・・・,すみません。」
カルロスたちが振り返ると、そこに二人の若い女性たちがいた。




「楽しみにしていたんですよ、何百年ぶりかしら?.間近で歌を聴くのは・・・。」
小さく波打つ金色の髪に濃い緑のケープをまとった女性が言った。
ウルスはその女性をルーブルで見たと思った。

もう一人のマリアがにっこり笑いながら言った。
「わたしはエルミタージュから来ました。ほんと楽しみだわ。歌って下さるのでしょう?」


歌って下さるのでしょう・・・・・・?
歌を・・・・・・




歌を・・・・・・