杜甫詩選
杜甫詩選
黒川洋一編
角川文庫P303
四松(ししよう)

五言古詩。成都に帰って来たとき、草堂にある四本の松を見てよんだ詩。七六四(広徳二)年三月、五十三歳の作。

      四松初移時   四松 初めて移せし時
     大抵三尺強   大抵(たいてい) 三尺強
     別来忽三載   別来(べつらい) (たちまち)三載(さんさい)
     離立如人長   離立(りりつ) 人の如く長し 
     会看根不抜   (かならず)()ん 根の抜けざるを
     莫計枝凋傷   (はかる)ること()し 枝の凋傷(ちょうしょう)するを
     幽色幸秀発   幽色(ゆうしょく)  幸いに秀発す
     疎柯亦昂蔵   疎柯(そか)()昂蔵(こうぞう)たり
     所挿小藩籬   (さしはさ)む所は小藩籬(しょうはんり)  
     本亦有隄防   (もと)()た隄(ていぼう)有り
     終然掁撥損   終然(しゅうぜん) 掁撥(ちょうはつ)して(そこ)なわるるも
     得恡千葉黄   千葉(せんよう)の黄ばむを(ふせ)ぎ得たり
     敢為故林主   (あえ)故林(こりん)の主と為る
     黎庶猶未康   黎庶(れいしょ) 猶お(いまだ)(やす)からず
     避賊今始帰   (ぞく)を避けて今始めて帰る
     春草満空堂   春草は空堂に満つ
     覧物嘆衰謝   物を観て衰謝(すいしゃ)を嘆き
     及茲慰淒涼   (ここ)に及びて淒涼(せいりょう)を慰む
     清風為我起   清風は我が為に起こり
     酒面若微霜   (おもて)(そそぐ)ぐこと微霜(びそう)の若し
     足為送老姿   送老(そうろう)姿()()すに足る
     聊待偃蓋張   (いささ)偃蓋(えんがい)の張るを待つ
     我生無根蔕   我が生 根蔕無(こんていな)
     配爾亦茫茫   (なんじ)に配するも亦た茫茫(ぼうぼう)たり
     有情且賦詩   情有りて()つ詩を()
     事迩可両忘   事迩(じせき)(とも)に忘る()けんや
     勿矜千載後   (ほこ)(なか)れ 千載(せんざい)の後
     惨澹蟠穹蒼   惨澹(さんたん)として穹蒼(きゅうそう)(わだかま)るを

大意
草堂の四本の松を初めてここに移し植えたときには、その背丈はおおよそ三尺あまりであった。別れて以来たちまち三年たってしまったが、今や二本ずつ仲良く並んで大人の背丈ほどに生長していた。留守中にこの松はきっと根こそぎ抜けたりはしないだろうと思い。枝がしおれていたむことなど計算に入れたりはしなかった。(帰ってみると損傷を受けてはいたが) 幸いに深い色も出ているし、まばらな枝もたのもしい枝ぶりに生長していたのだった。 
 この松のまわりに小さなまがきをゆわえておいでやったのは、もともと松を防禦するためであった。それはけっきょくなにかにはねとばされてそこなわれてしまってはいたが、多くの葉が黄ばむのをふせぐ役目を果たしていた。わたしはいますすんでもとの林園の主となったが、人民たちはまだ平穏を得てはいない。賊を避けてよそへ行っており今やっと帰ってみると、空家の庭には春の草がいっぱい生えていた。

 わたしは勢いよくのぴた草をみて自分の老衰したことを嘆くが、また一方ではこの松をみるにつけてわぴしい気持ちを慰めることができる。松の葉ごしにすがすがしい風がわたしのために吹き起こり、顔にふきつけるとまるでこまかい霜のようである。この松はわたしの老後を過ごす友としての資洛を十分にもっており、わたしはこの松がその伏せた傘を横に広げるのをいささか期待するとしよう。

 しかしわが人生にはお前のようにしっかりとした根かぶのないことゆえ、お前の相手であろうとしても先のことははっきりわからない。わたしはこの感情をまあまあ詩に作ることにするが、お前もわたしも今日のことを忘れたりはしないであろう。松よ、(わたしのことを忘れてひとり) 誇ってはならないぞ、千年の後には大空をおおって欝蒼と生い茂るだろうなどと。

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