万葉集(巻第四〜巻第六) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
巻7〜8へ
巻第四〜六(0483〜1067)
0517  神樹(かむき)にも手は触るちふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも

 神樹→神木
0531  梓弓爪(つま)ひく夜音(よと)の遠音(とほと)にも君が御言を聞かくしよしも
0564  山菅の実ならぬことを我に寄せ言はれし君は誰(たれ)とか寝(ぬ)らむ

 山菅→実の枕詞 実のなるユリ科の多年草、ヤブランをさす?山に生える菅の説もある。
0657  思はじと言ひてしものを唐棣(はねず)色の移ろひやすき我が心かも

 翼酢色→ニワウメ→庭梅・小梅・林生梅・古名→ハネズ(常棣花(じょうていか)、翼酢(はねず)、唐棣花
   英名 Japaneze Bush Cherry
   中国原産のバラ科、サクラ属、ユスラウメ節の落葉小低木
0580  足引の山に生ひたる菅(すが)の根のねもごろ見まく欲しき君かも

 菅の根→菅、茅の一種 キク科の多年草、ねごろも見まし(ねんごろに見たく)にかけた言葉。
0623  松の葉に月は移(ゆつ)りぬ黄葉(もみちば)の過ぎしや君が逢はぬ夜多み
0630  初花の散るべきものを人言の繁きによりて澱む頃かも

 初花→初めて咲いた花
0632 目には見て手には取らえぬ月内(つきぬち)の楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ

 楓(かつら)→カツラ(桂) カツラ科の落葉高木 漢詩の桂はおもに木犀をさす。
0669  足引の山橘の色に出でて語らば継ぎて逢ふこともあらむ

 山橘→ヤブコウジの古名 ヤブコウジ科ヤブコウジ属の常緑低木、
0679  いなと言はば強ひめや我が菅の根の思ひ乱れて恋ひつつもあらむ
0705  葉根蘰(はねかづら)今せす妹を夢に見て心の内に恋ひ渡るかも

 葉根蘰(はねかづら)→未詳
0706  葉根蘰今せる妹は無きものをいづれの妹ぞここだ恋ひたる
0711  鴨鳥の遊ぶこの池に木の葉散りて浮かべる心吾(あ)が思(も)はなくに
0722  かくばかり恋ひつつあらずば石木(いはき)にも成らましものを物思(も)はずして
0779  板葺(いたふき)の黒木の屋根は山近し明日の日取りて持ち参り来む

 黒木→皮の付いたままの木材
0786  春の雨はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも
0788  うら若み花咲き難きを植ゑて人の言しげみ思ひそ吾(あ)がする
0791  奥山の岩蔭に生ふる菅の根のねもごろ我も相思(も)はざれや
0792  春雨を待つとにしあらし我が屋戸の若木の梅もいまだ含(ふふ)めり

 若木の梅→梅の幼木
巻第五
0798  妹が見し楝(あふち)の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干(ひ)なくに

 楝(あふち)→センダン(栴檀)センダン科センダン属落葉高木、6月ごろ梢に淡紫色の小花をつける。
帥(かみ)大伴の卿の梧桐(きり)の日本琴(やまとこと)を中衛大将(なかのまもりのつかさのかみ)藤原の卿に贈りたまへる歌二首
梧桐の日本琴一面(ひとつ) 對馬ノ結石山ノ孫枝ナリ
此の琴、夢に娘子に化(な)りて曰けらく、「余(われ)根を遥島の崇巒(すうれむ)に託(よ)せ、幹(から)を九陽(くやう)の休光に晞(さら)す。長く烟霞を帯びて、山川の阿(くま)に逍遥す。遠く風波を望みて、雁木の間に出入りす。唯百年の後、空しく溝壑(こうがく)に朽ちなむことを恐れき。偶(たまた)ま長匠に遭ひて、散りて小琴と為りき。質麁(あら)く音少きを顧みず、恒に君子(うまひと)の左琴とならむことを希ふ」といひて、即ち歌ひけらく、
0802 瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて
安眠(やすい)し寝(な)さぬ
0810  いかにあらむ日の時にかも声知らむ人の膝の上(へ)吾(あ)が枕かむ
0811  言問はぬにはありとも美(うるは)しき君が手(た)馴れの琴にしあるべし
0812  言問はぬにもありとも我が背子が手馴れの御琴地(つち)に置かめやも
0815  正月立ち春の来らばかくしこそを折りつつ楽しき終へめ
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 梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家(へ)の園にありこせぬかも
 梅の花咲きたる園の青柳は縵(かづら)にすべく成りにけらずや
 春さればまづ咲く屋戸の梅の花独り見つつや春日暮らさむ
 世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にも成らましものを
 梅の花今盛りなり思ふどち挿頭(かざし)にしてな今盛りなり
 青柳梅との花を折り挿頭(かざ)し飲みての後は散りぬともよし
 我が園に梅の花散る久かたの天より雪の流れ来るかも
 梅の花散らくはいづくしかすがにこの城(き)の山に雪は降りつつ
 梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも
 梅の花咲きたる園の青柳を縵にしつつ遊び暮らさな
 打ち靡く春のと我が屋戸の梅の花とをいかにか分かむ
 春されば木末(こぬれ)隠(がく)りて鴬ぞ鳴きて去ぬなるが下枝(しづえ)に
 人ごとに折り挿頭しつつ遊べどもいやめづらしき梅の花かも
 梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべく成りにてあらずや
 万代に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし
 春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐(よい)も寝なくに
 梅の花折りて挿頭せる諸人は今日の間は楽しくあるべし
 年のはに春の来らばかくしこそを挿頭して楽しく飲まめ
 梅の花今盛りなり百鳥の声の恋(こほ)しき春来たるらし )
 春さらば逢はむと思(も)ひし梅の花今日の遊びに相見つるかも
 梅の花手折り挿頭して遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり
 春の野に鳴くや鴬なつけむと我が家(へ)の園にが花咲く
 梅の花散り乱(まが)ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
 春の野(の)に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る
 春柳かづらに折りし梅の花誰か浮かべし酒坏の上(へ)に
 鴬の音聞くなべに梅の花我ぎ家の園に咲きて知る見ゆ
 我が屋戸のの下枝に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ
 梅の花折り挿頭しつつ諸人の遊ぶを見れば都しぞ思ふ
 妹が家(へ)に雪かも降ると見るまでにここだも乱(まが)ふ梅の花かも
 鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子が為
 霞立つ長き春日を挿頭せれどいやなつかしき梅の花かも


 梅→ウメ(梅) バラ科サクラ属の落葉高木
0849
0850
0851
0852
 残りたる雪に交れる梅の花早くな散りそ雪は消(け)ぬとも
 雪の色を奪ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも
 我が屋戸に盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも
 梅の花夢に語らく風流(みやび)たる花と吾(あれ)思(も)ふ酒に浮かべこそ
0864  後れ居て長恋せずは御苑生(みそのふ)の梅の花にも成らましものを
0867  君が行(ゆき)日(け)長くなりぬ奈良道なる山斎(しま)の木立も神さびにけり

 山斎(しま)の木立→池や築山などのある庭の木立
巻第六
0907  滝(たぎ)の上(へ)の 三船の山に 水枝(みづえ)さし 繁(しじ)に生ひたる
   樛(つが)の木の いや継ぎ継ぎに 万代に かくし知らさむ
   み吉野の 秋津(あきづ)の宮は 神柄(かみから)か 貴かるらむ
   国柄か 見が欲しからむ 山川を 淳(あつ)み清(さや)けみ
   大宮と 諾(うべ)し神代ゆ 定めけらしも

 水枝(みづえ)→光沢があって若々しい枝
0909  山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ち激つ滝(たぎ)の河内は見れど飽かぬかも

 白木綿花(しらゆふはな)→白い木綿のように ユフ(楮)の皮の繊維をさらしたもの
0912  泊瀬女(はつせめ)の造る木綿花み吉野の滝の水沫(みなわ)に咲きにけらずや
0913  味凝(うまこり) あやに羨(とも)しき 鳴神の 音のみ聞きし
   み吉野の 真木立つ山ゆ 見降(くだ)せば 川の瀬ごとに
   明け来れば 朝霧立ち 夕されば かはづ鳴くなり
   紐解かぬ 旅にしあれば 吾(あ)のみして 清き川原を 見らくし惜しも

 真木→真っ直ぐな木 ヒノキやスギをさす
0920  あしひきの み山も清(さや)に 落ち激(たぎ)つ 吉野の川の
   川の瀬の 浄きを見れば 上辺(かみへ)には 千鳥しば鳴き
   下辺(しもへ)には かはづ妻呼ぶ 百敷の 大宮人も
   をちこちに 繁(しじ)にしあれば 見るごとに あやにともしみ
   玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく 万代(よろづよ)に かくしもがもと
   天地(あめつち)の 神をぞ祈る 畏かれども
0942  あぢさはふ 妹が目離(か)れて 敷細(しきたへ)の 枕も巻かず
   桜皮(かには)巻き 作れる舟に 真楫(かぢ)貫(ぬ)き 吾(あ)が榜ぎ来れば
   淡路の 野島も過ぎ 印南嬬(いなみつま) 辛荷の島の
   島の際(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山の そことも見えず
   白雲も 千重になり来ぬ 榜ぎ廻(たむ)る 浦のことごと
   行き隠る 島の崎々 隈(くま)も置かず 思ひそ吾(あ)が来る 旅の日(け)長み

 桜皮(かには)→サクラの樹皮
0925 ぬば玉の夜の更けぬれば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く

久木生→アカメガシワ(赤芽柏) トウダイグサ科の落葉高木
0948  真葛(まくず)延(は)ふ 春日の山は 打ち靡く 春さりゆくと
   山の辺(へ)に 霞たな引き 高圓(たかまと)に 鴬鳴きぬ
   物部(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は 雁が音の 来継ぎこの頃
   かく継ぎて 常にありせば 友並(な)めて 遊ばむものを
   馬並めて 行かまし里を 待ちがてに 吾(あ)がせし春を
   かけまくも あやに畏し 言はまくも 忌々(ゆゆ)しからむと
   あらかじめ かねて知りせば 千鳥鳴く その佐保川に
   石(いそ)に生ふる 菅の根採りて 偲(しぬ)ふ草 祓ひてましを
   行く水に 禊(みそ)ぎてましを 大王の 命畏み
   百敷の 大宮人の 玉ほこの 道にも出でず 恋ふるこの頃

 真葛(まくず)→クズ(葛)が多い茂っている
0949  梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びし事を宮もとどろに

 梅柳→ウメ(梅)とヤナギ(柳)
0968  大夫(ますらを)と思へる吾(あれ)や水茎(みづくき)の水城(みづき)の上に涙拭(のご)はむ

 水茎(みづくき)→水城(みづき)の枕詞 ミズキの類似音にかけた
0970  群玉の栗栖(くるす)の小野のが花散らむ時にし行きて手向けむ

 萩→ハギ(萩) マメ科ハギ属の落葉の低木
0971  白雲の 龍田の山の 露霜に 色づく時に
   打ち越えて 旅行く君は 五百重山 い行きさくみ
   賊(あた)守る 筑紫に至り 山の極(そき) 野の極見(め)せと
   伴の部(べ)を 班(あが)ち遣はし 山彦の 答へむ極み
   蟾蜍(たにぐく)の さ渡る極み 国形を 見(め)したまひて
   冬籠り 春さりゆかば 飛ぶ鳥の 早還り来ね
   龍田道の 岡辺の道に 紅躑躅(につつじ)の にほはむ時の
   桜花 咲きなむ時に 山釿(たづ)の 迎へ参ゐ出む 君が来まさば

 桜花→サクラ(桜)の花
0990  茂岡に神さび立ちて栄えたる千代松の樹の歳の知らなく

 千代松→マツ(松) 千年を待つ松の木
0995  かくしつつ遊び飲みこそ草木すら春は咲きつつ秋は散りぬる

 草木→草と木
1009  は実さへ花さへその葉さへ枝(え)に霜降れどいや常葉(とこは)の木

 橘→ミカン科の常緑高木
1010  奥山の真木の葉しのぎ降る雪の降りは増すとも地(つち)に落ちめやも
1011  我が屋戸の咲きたりと告げ遣らば来(こ)ちふに似たり散りぬともよし
1027  の本に道踏み八衢(やちまた)に物をそ思ふ人に知らえず
1030  妹に恋ひ吾(あ)が原よ見渡せば潮干の潟に鶴(たづ)鳴き渡る
1041  我が屋戸の君松の木に降る雪の行きには行かじ待ちにし待たむ
1042  一つ松幾代か経ぬる吹く風の声の清(す)めるは年深みかも

 一つ松→一本松 擬人化してこれに呼びかけた
1047  やすみしし 我が大王(おほきみ)の 高敷かす 大和の国は
   皇祖(すめろき)の 神の御代より 敷きませる 国にしあれば
   生(あ)れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 天の下 知ろしめさむと
   八百万(やほよろづ) 千年を兼ねて 定めけむ 奈良の都は
   陽炎(かぎろひ)の 春にしなれば 春日山 御笠の野辺に
   桜花 木の暗(くれ)隠り 貌鳥は 間なくしば鳴く
   露霜の 秋さり来れば 射鉤(いかひ)山 飛火(とぶひ)が岳(たけ)に
   萩の枝(え)を しがらみ散らし さ牡鹿は 妻呼び響(とよ)め
   山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし
   物部(もののふ)の 八十伴の男の うちはへて 里並みしけば
   天地の 寄り合ひの極み 万代に 栄えゆかむと
   思ひにし 大宮すらを 頼めりし 奈良の都を
   新代(あらたよ)の 事にしあれば 大王の 引きのまにまに
   春花の うつろひ変り 群鳥の 朝立ち行けば
   刺竹(さすだけ)の 大宮人の 踏み平し 通ひし道は
   馬も行かず 人も行かねば 荒れにけるかも
1053  吾が大王 神の命の 高知らす 布當の宮は
   百木盛る 山は木高(こだか)し 落ちたぎつ 瀬の音(と)も清し
   鴬の 来鳴く春へは 巌には 山下光り
   錦なす 花咲き撓(をを)り さ牡鹿の 妻呼ぶ秋は
   天霧(あまぎら)ふ 時雨をいたみ さ丹頬(にづら)ふ 黄葉(もみち)散りつつ
   八千年(やちとせ)に 生(あ)れ付かしつつ 天の下 知ろしめさむと
   百代にも 変るべからぬ 大宮所

 百木盛る→草木が茂るようす
1057  鹿背の山木立を繁み朝さらず来鳴き響もす鴬の声
1059  三香の原 久邇の都は 山高み 川の瀬清み
   在りよしと 人は言へども 住みよしと 吾(あれ)は思へど
   古りにし 里にしあれば 国見れど 人も通はず
   里見れば 家も荒れたり 愛(は)しけやし かくありけるか
   三諸(みもろ)つく 鹿背山の際に 咲く花の 色めづらしく
   百鳥の 声なつかしき ありが欲し 住みよき里の 荒るらく惜しも
1061  咲く花の色は変らず百敷の大宮人ぞたち変りける

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