地図-中国・四川省の成都と三星堆
(Map of Chengdu and Sanxingdui of Sichuan, -China-)

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 ■四川省の成都市と三星堆(Chengdu city and Sanxingdui of Sichuan)

 ▼成都と三星堆etcの地図(Map of Chengdu and Sanxingdui etc)

 ○成都(せいと、Chengdu)は、中国四川省の省都。三国のの都。成都平原の中央に在り、岷江支流(←岷江は長江の支流)の錦水に沿う。政治/交通/経済の要衝。別称、蓉(よう)/錦官城/錦城。人口433万4千(2000)。

 ○三星堆(さんせいたい、Sanxingdui)は、中国の四川省広漢市1986年に確認された特異な遺跡 -青銅製縦目仮面巨大な青銅製世界樹(神樹)黄金の杖など- で、1920年代から部分的に出土していたが本格的調査は1980年頃迄成されなかった。本格的発掘に拠り、紀元前3000~1000年古蜀文化に属すること、黄河文明とは異質の長江文明の遺跡であることが判明。特に青銅製世界樹からは「十個の太陽」燭陰が、黄金の杖からは西王母が、月に住むと言われているヒキガエル(蟾蜍)の彫刻かは嫦娥伝説が、「山海経」の影響を強く受けている。

  ・青城山(せいじょうざん、Qingchengshan)は、中国四川省中部に在る山。標高2113m道教の発祥地の一つ。世界遺産。
  ・都江堰(とこうえん、Dujiangyan)とは、[1].中国四川省中部の都市。人口57万3千(1995)。
 [2].[1]の北西部、岷江中流に在る古代以来の水利施設。秦の昭襄王(昭王) -始皇帝の曽祖父- の代、蜀の郡守であった李冰B.C.256年に築造を開始したが、息子の李二郎に引き継がれ、やっと完成した。現在も成都平原の治水に資する。
   ・昭襄王/昭王(しょう[じょう]おう)は、戦国時代末期の秦の王(前325~前251、在位期間は前306~前251)。都江堰を築いた李冰を蜀の郡守として駐在させた。始皇帝の曽祖父で、以下、孝文王→荘襄王→政(=始皇帝)と続く。「史記」には趙軍を破り四十万人を悉く穴に埋めて殺した」と在る。
  ・楽山(らくざん、Leshan)は、中国四川省中部、岷江(みんこう)と大渡河との合流点に在る都市。白蝋井塩を産する。世界遺産の唐代の磨崖大仏(正式名:凌雲大仏、世界最大)、又、漢代の石墓群で知られる。人口112万(2000)。
   補足すると、世界最大の大仏建立は凌雲寺の僧・海通岷江の氾濫を鎮める為に713年に思い立ち、大仏が完成したのは803年であった。
  ・峨眉山/蛾眉山(がびさん、Emeishan)は、中国四川省の中部、峨眉山市の南西に在る山。主峰万仏頂標高3099m。天台山/五台山と共に中国仏教三大霊場の一つで、奇勝に富む。世界遺産。
   補足すると、古来より「仙境」と呼ばれた峨眉山では、峨眉山中腹の万年寺の僧・広濬(こうしゅん)が琴を弾き「詩仙」と呼ばれた李白が漢詩を詠んだと言う。又、峨眉山のサル(猿)は気性が荒く餌を与えないと怒り出し人を襲う。
  ・九寨溝(きゅうさいこう、Jiuzhaigou)は、中国四川省北部、岷山山中の渓谷。チベット族の景勝地で、秘境として知られる。パンダ/金糸猴などがすむ。世界遺産。
   補足すると、チベット族の村(これをと呼ぶ)が9つ在って、渓谷(これをと呼ぶ)が幾つも在ったので九寨溝と呼ばれた。

 楽山の補足に在る様に岷江の氾濫を抑える為に、楽山では大仏建立を、都江堰では土木技術で岷江に立ち向かった事が解ります。
 李白の話が出て来ましたが、李白の「蜀道難(蜀道の険しさ)」という漢詩に三星堆の青銅製縦目仮面のモデルと考えられている初代王・蚕叢と、魚鳧王朝を築いた王・魚鳧の名を、この詩に詠み込んでいたとは驚きです。因みに、伝説の多い李白は西域人です。


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