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ここに一組の夫婦がある。
新婚である。
新居であった。
白いレースのカーテンのかかったカーテンがある。
真新しいダブルベッド、新しい食器、フライパン、
テーブルの上には花が飾ってあったりする。

夫は息を切らして会社から帰ってくる。
夕暮れ迫る部屋の中、電気も点けずに床に座り込んで作業をする妻。
妻の前には、新しいパソコンがあったのだ。

憧れのISDN
憧れの家庭内LAN
おそろいの椅子、おそろいの机の上には、すでに二台のモニターが並んでいた。
もうすぐパソコンをつなぎ終える。そうなれば、
待望の夫婦の机を、そして肩を並べてのチャットが今夜実現するのだ。
夫の手には温めてあるコンビニ弁当が二つ。
ご飯など気にせず作業に没頭ができる。

二人は目的の為に今、爆走中なのであった。
途中夫の講釈に妻が突っ込みを入れ、妻が勝ち誇ったところ大失敗し、
さらに険悪になり兼ねなかったが二人はこの危機を乗り切った。
なんてったって新婚だし。
なんてったってもうすぐテレホなのであった。

そして設定完了、二人揃ってネットにダイブ!
二人はお互いの顔を見て、にっこり笑みを交わす。
目指すは二人が常連の、「チャット部屋」なのである。

二人が夫婦になったのは秘密であった。
ネットの向こうの常連さんたちには、である。
んでこー分かるように、露骨に匂わせるわけであるよ。
お互いの顔見てチャットしてんだぜぇーってよ。

すごく親切な人が突っ込んであげる。
「もしかして二人、同じとこからつないでる?」
この台詞も地雷と表現するべきなのだろうか?
この発言がもとではじける。というのが定義なら、それは正解であった。
二人ははじけた。
そして他の者は祝福に回った。
夫婦も彼らも常連であったから、内心はどうあれ不穏な空気は流さなかった。
二人ははじけまくった。

しかしそこはチャット部屋。
そうそう一つの話題が長くとどまっていないのである。
もちろんみんなの総意と努力と協力もあった。
二人を除くみんなの、である。
最初はちょっぴり不満な二人であるが、おしゃべり好きなんである。
発言したいんである。他の話題にのり、ぶーたれて、また笑う。

この瞬間、と言うのがある。
前の発言にあまりにも的確な突っ込み、そしてそれに対するさらなる突っ込み。
(笑)とか、(爆)とか顔文字が乱れ飛ぶ。
モニターの前で腹をよじる瞬間。

妻は、大笑いをした。
そして部屋には自分一人じゃないことに気がついて、慌てて口を押さえた。
「お嫁に行けない」クラスのばか笑いであった。
そして、ゆっくりと夫の顔を見る。
夫はモニターを見つめていた。
眼鏡にモニターの光がうつっている。
妻は自分もモニターを見た。夫の発言を読む。

「(爆)(爆)(核爆)ひーやめてー腹いてー」

夫の顔を、見る。
おお、妻の愛溢れる視線だからだろうか? これが愛の奇跡ってやつなのだろうか?
彼女は発見したのである。
あくまで能面のように無表情ののような彼の口元に、小さなしわが生じているのを!
彼は微笑んでいるのであった。、声も漏らさずに。

彼女は発言をした。
「あなたかそんな人だとは思わなかった」
画面に向かって、彼女は、そう、打った。


おしまい。