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望み


偉大な開拓者の長
そう評してくれた地方の新聞の色あせた記事は、父の宝物だった。
移民という名目でここにつれてこられたわずかばかりの人達。
この島すべては父とその仲間たちそして私自身を含む、息子たちが作りあげた
「世界」だ。

掘っ建て小屋だった建物が煉瓦造りになり、
皆の力で役場の出張所も造られた。すべてわれらの力で、
連絡船も交代制のシステムを作った。
全てこの島の住人自身が作り出した、「自分たちの街」だった。

建物の一つ一つ、家の柱一本にさえ、思い出がこもらぬ物がない。
ようやく組織だった漁もできるくらいに人も増えた。
村の中で優秀な子供たちには、中央の学校へ行かせてやれるだろう。


ところが、そのささやかな希望は、うち砕かれた。
それは、彼らがこの島に連れてこられたのと全く同じように訪れたのだ。
「退去命令」
民主主義とは名ばかりの、太った官僚が一方的に告げたのだ。
従うしかなかった。向こうの国からぶんどった補償金は、
彼ら住人の元までにはこなかった。
何も変わっていない官僚社会の間ですり減ってしまった。
それでも彼らは耐える。それしかできないからである。

パレードに、参加しなければならない。
向こうの国が金で買い取った土地を受け取りにくるのだ。
父とともに鍬を打ち、柱を立てたこの土地を。奪われる。
笑顔で迎えなければならない。
短慮を起こして「リスト」にのるわけには行かない、私にも子供が家族がいるのだ。
音便に、涙も怒りも見せてはならない。

先頭の一段が船から降り立った。
港ばかりは軍が作った物だ、彼らのけばけばしい船でも止まることができる。
中央からきた歓迎団が、白々しい歓迎のメロディーを奏でる。
私はこみ上げてくる悔しさを、涙を必死にこらえた。

政治家どもは、和やかに譲渡を確認している。
私たちの町は、彼らの物になるのだ。今日から。

気がつくと子供が私を見上げている。
人種はちがえど、子供はかわいい。
私は目尻を拭って、話しかける。貿易ルートも確立していたおかげで、
片言ならば彼らの言葉をしゃべれる。

「坊やはこの島に、何をしにきたのかな?」
「んとね、ラッコを見に来たの」

ラッコが見たければ水族館に行け馬鹿。
下らないことで問題をすり替えるんじゃねぇ。
しかもそんな下らないことに税金使うな。
領土と漁業権がほしい。それはよく分かるよ。
言い方があるだろ?
ラッコ見せたくて他の国から領土もらいたいんなら、
どうせならパンダみたいよね。
とか言っちゃうぞ。