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望郷


トリンシックが、陥落した。
イベントで、である。

ウルティマの大地「ブリタニア」には13の街がある。
トリンシックとは、一番大きな大陸の、最南端の街だ。
明るい色の煉瓦の敷き詰められた水の美しい街。
「らいあん」が生まれ、隅々まで覚えている街だった。

いまや、トリンシックは「死の街」となった。
コンピューターの操る街の住人の姿は消え、ガードという秩序もなくなった。
そしてダンジョンと同じようにモンスターが湧く。
そう、「ダンジョンが増えた」と言うだけなのかもしれない。

ウルティマは「ゲーム」だ。
ゲームにおいてイベントで、今まで行けた街がなくなる、
ということは、よくあることだ。
しかし、「それはないんじゃないか?」
という制作者への恨みが心にある。
それはまさに、トリンシックが「僕らの街」であったからなのだ。

現在、トリンシックにガードはいない。
そう「風呂」で紹介したバッカニアーズ・デンと同じ、無法の街になったのだ。
他人から攻撃されても、攻撃をしてもガードに殺されない街。
そしてアンデット系のモンスターが定期的に湧くようになった。
リッチと、リッチロードという「おいしい」モンスターが湧く。
富と名声が簡単にはいるところには人が集まる。
もちろん、殺人者も、である。

イベント当初はもっと凄惨な光景が繰り広げられた。
街の中の置物が、手に取れるようになっていたからだ。
店では売っていない飾りとしての「稀少品」を求めて、人が殺到した。
そしてそれを屠りに殺人者が訪れる。
悪を演じる殺人者たちを安全に殺すことを求めて、たくさんの者たちがそれを追った。

相手を悪と決めて、それを裁こうとする人間ほど醜いものはない。
もちろん、自分も含めての話である。
僕と同じ「殺人者」でない者を殺すと、自らが殺人者になる危険がある。
だから通常、普通の人はプレイヤーには殺されない。
ぼくはそのことも見越して友人と死の街と化したトリンシックへ行ってみた。
そこにはいつも以上の人がいた。
モンスターを待つのでさえもなく、たたずんでいたのである。
殺人者が来るのを待ちかまえているのだ。
ウルティマは擬似的に殺人のできるゲームだ。
殺された者は、あくまでゲームにとどまるが、確実に「損」をする。
だからこそこの疑似殺人には、快楽がある。
いつもの僕たちが集まっているところに陣取る見知らぬ人達。
血に飢えた、いつもはトリンシックにいない人々。
そのとき浮かんだ気持ちは「怒り」だった。
遊び場をとられた子供の気分でもあるだろう。
しかし、「僕らの街」が汚されたと、ほんのちょっと、思ったんだ。

「らいあん」はトリンシックで生を受けた。
モンスターと戦いに、冒険に、散歩に、外に出てそして帰ってくる街だった。
全ての商店の場所を知り、街の景色全てに見覚えがある。
そこに集まる多数の人達は見覚えがあって、そのうちの何人かとは友人であった。
いま、トリンシックは「油断のできない」ところになってしまった。
富を求めて冒険者がダンジョンと同じように訪れ、殺人者、
それを殺そうとする者たちが日夜入り乱れる街。

一番残念なことは「知人に会えない」ということだ。
友人の友人、「顔を合わせると挨拶をする人」とあえないのは結構つらい。
親しい友人にはICQがある。それで連絡を取ればいい。
しかし、そうではない友人たちとの共通の場を失ってしまったのだ。
ウルティマでは多くの人は疑似故郷とも言うべき「メインバンク」を定め、
そしてそこに集う人達と顔見知りになる。
そうしてつながりを持っていったのだ。
その場を奪われた。思ったよりこれは痛手であった。
「偶然の出会い」の可能性が激減するからである。
ぼーっとあるいてるとふと声をかけられ立ち止まり、挨拶と簡単な話をする。
こういう行動が、できない。

今、僕は「マジンシア」をメインバンクに使っている。
たたずみ、雑談をしている人達は見知らぬ顔ばかり。
間借りをしているような居心地の悪さだ。
ほかの街を回っているとき、偶然にもトリンシックの顔なじみと会う。
そして話す。
そのとき気がつくのは、「僕らは故郷を失った」ということなのだ。
親しくはないけど、顔を知っている人、という人達を失う、
その人たちが集っていた場を失う。それは寂しいこと、なのであったのだ。
「流浪の民」となってしまった「らいあん」。
おもしろい、ゲームで本当に故郷を失ってしまったのだ。
知人たちはちりぢりになってしまって、会いに行かないと、会えない。
ダムで村を失うって、こんな気持ちなんだろう。
だけど、やっぱりね、いつかは元に戻ってほしいと、思う。
新たな住人が来るだろう、トリンシックから完全に去ってしまう人もいるだろう、
しかし、「僕らの街」がこのままダンジョンになってしまうのは、
かなり寂しい。

面白いゲームやってるよね、俺たち。