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カン・ユー大尉 を褒め称えよう


アニメ「装甲騎兵ボトムズ」の、「クメン編」において、
ひときわその存在を光らせるキャラクターがいる。
それが彼、「カン・ユー大尉 」である。

彼は、内乱に荒れる「クメン王国」、
その最前線で戦う「傭兵団」のNo.2、事実上の実戦隊長である。
将軍であるゴン・ヌー将軍から全幅の信頼を受け、
主力であるAT(この世界のロボット)部隊を率いて、戦いを挑む。

劇中での彼の描写は、もう、完璧な悪役である。
新参の傭兵である主人公・キリコに強い疑いの目を向け、
妬み、無能な命令をキリコの“行動”によって常に批判されてしまう。

蛇のように執念深い男で、その度量は極めて狭量、
さらに権柄ずくで、常に命令口調。
無力な村人達に、容赦なく銃を向け、
女性さえもいたぶる、真性のサディストである。

しかし、彼をただ単に「嫌な奴」と見る人は、甘い。
そう、私は断言しよう。
彼は、ある偏向ガラスを通してみれば、
つまり、視点を変えれば、実にカッコイイ人物なのである。

彼の頭にたたき込まれているのは、
「基本に忠実」である。
どんな状況にも、すべてを疑い、
石橋を叩いて叩いて、叩いて確かめる性格。

ゲリラのおとり作戦に引っ掛かって、基地守備に全力をつぎ込み、
補給地を灰にされてしまう、
隠密作戦なのに敵の前線基地発見に執着し、
大声で自分の居場所を喧伝してしまううかつさ。
劇中では彼の無能さとして大きく視聴者に意識させてしまうが、
本当にそうであるかは、実は疑わしい。

キリコの足を引っ張っているかのように見えるが、それは結果論だ。
戦場では何が起こるか分からないし、
視聴者は俯瞰的に物を見ているから気がつかないが、
彼は、得られた情報で精一杯やっている。

彼の慎重すぎる性格は、山っ気たっぷりのゴン・ヌー将軍と、
良いコンビであることは、明白だ。
何より、彼はそういう性格だから、No.2に収まっている。
もし、今以上の覇気を持ったりしたら、将軍に消されかねないだろう。
彼の慎重な性格、上にこびへつらい、
下に怒鳴り散らすのは、彼の処世術なのである。

彼の性格が、今の地位につかせたのか? それもまた甘い。
彼はまれにみる優秀な戦士である。
何十人もの屈強なAT乗りの頂点に位置すると行っても、過言ではない。
そのなかのたった5人のスペシャルチームの隊長となる男なのだ。

戦場での彼の指揮は優秀であり、劇中、キリコを含むスペシャルチームは
何度も数を倍する敵の猛攻を受けるのだが、
一度もその愛機を失うことなく戦い続けているのである。
基地防衛戦時、待ち伏せを喰らっている場合でも、彼は生き延びている。

さらに、劇中「最強の敵」であるパーフェクトソルジャー・イプシロンの
猛攻からさえ、彼は生還している。イプシロンに狙われて、
生きているのは主人公を含め、
3人だけ。たった2話で10機以上のATがイプシロンの手にかかり、
その中で逃げ延びたのは二人だけといえば、
カン・ユーのものすごさが分かるだろう。

彼の嗅覚にもまた、注目したい。
キリコが追い求める女性、フィアナを捕らえる、
キリコが捕まる場所を確認する、ゲリラの正体を突き止める。
そして、物語のクライマックスに立ちはだかる。
彼を嫌な奴たらしめているのは、ここである。

主人公がようやくたどり着くその“おいしい場所”に、彼はことごとく同席する。
混乱のるつぼと化している戦場で、この動きは奇跡に近い。
ゴン・ヌーが全幅の信頼を置く理由、少しの失敗があっても、
彼をリーダーとして使う理由はここにある。

さらに、彼は権柄ずくの嫌な奴であっても、人間関係に置いては、
意外にシビアだ、ということも彼の優秀さの証明である。
現実社会において、無能な人間は身の回りにイエスマンを置きたがる。
能力など関係ない、自分を気持ちよくしてくれる仲間に感情移入し、派閥を作る。

実際、カン・ユーにはキリコを尋問するため、手足のごとく使える腰巾着はいる。
しかし、戦場でカン・ユーは彼らを重用したりしない。
猛獣のような、気を抜くと逆らうような、
しかし腕は超一流なAT乗りを自分の部下に選ぶのである。

彼らを扱える自信がなければできないし、
カン・ユーは決して、人の好き嫌いで人事を判断するような、人間ではない。
ゴン・ヌーと同じ、徹底的な能力主義なのである。

物語で、自分の味方でありながらことごとく敵対する、
「嫌な奴」というキャラクタは定番とも言える存在である。
しかし、 カン・ユーほど、それなりに正当性を持たせた、弁護可能な、
視点を変えれば、ちゃんと優秀な人物として描かれている
キャラクタは非常に少ないだろう。

彼を演じる声優さんは、広瀬正志さん。
ガンダムでランバ・ラルという、威風堂々たる軍人を演じた彼が、
小心な小悪党らしい、激昂すると裏返る、卑屈な声も混ぜてカン・ユーを演ずる。
権柄ずくな、権力を笠にきた命令ぶりも非常にうまい。
ちょっとコミカルな部分も混ぜた、憎々しげな悪役が、ここで完成するのだ。

カン・ユーは、薄っぺらな悪役ではない。
分かりやすい悪党面の影に、きちんとした説得力がある。
「ボトムズ」で、僕の中で1.2をあらそう、好きなキャラクタであり、
こういった、人物描写の確かさこそ、
僕にとって、この「ボシムズ」が、他のアニメ作品以上に愛着を感じさせる
作品である理由なのだ。