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明日は誕生日


「きりーつ、れい、ちゃくせき!」
 学級委員の声で授業が終わる。コンピューターの先生は教壇の下に収納される。
 授業が終わった、僕はほうっと息をつく。
「おい中山」
 後ろから声をかけられる。その声に僕は嫌々振り向く。
 岩田だ。太った腹を突き出して、席に座った僕を見下ろしている。
「中山、お前明日誕生日なんだってな、何で俺に黙ってたんだよ」
 理由くらい分かるだろう、と思いながら、強気に出られない。
「ごめん」
 何で謝っちゃうんだ、僕は自分に腹を立てる。
「俺も行って良いだろう?」
 僕たちは寮に入っている。誕生会には特別メニューとしてケーキが出る。
 お小遣いもあまりもらえない僕たちにとって、ケーキは特別の“ぜいたく”だ。
「まだ今なら人数の追加はできるだろう、たのむよ」
 脅しているくせに岩田は猫なで声で僕の肩に手をかける。
「う……うん」
 ああ、何で返事をしちゃうんだ。

 いきなり疲れてしまった。トイレにも行けずに、次の授業が始まる。
 次の授業の課題は、「貧困地域への効率的な支援の方針」だ。
 例によって僕にはちんぷんかんぷんだ。どうすればいいのか、さっぱり分からない。
 基本的な問題の背景などのビデオを10分見せられた後、
 15分で答えを出さなくてはならない。
「お金持ちが支援を独り占めしないように、空から支援物資をばらまけばいいと思う」
 やっとのことで、こんな答えを出す。
 ブザーが鳴って、僕たちは手を止める。
「北島君おめでとう、あなたはクラス一の模範解答です。全国でも200位に入る優秀な成績ですよ」
 コンピューターの先生の声と共に、北島の席が光る。僕たちは拍手する。
 答案がモニターに映し出されるけど、細かい字で色々書いてあって、読む気もしない。
 どうせ僕たちが頭をひねって出しても、その計画が実行されることはないしね。

 大昔は、授業ってこうじゃない、という話を聞いたことがある。
 いつから僕たちは学校でこんな問題ばかりやるようになったんだろう。
 世の中の仕組みは、ルーチンワークだ、ということに気がついた人達が、
 学校の先生を始め、何もかもをコンピューターにデータをぶち込み、
 代わりをやらせるようになった。
 メンテナンス費用を差し引いても、それの方が効率が良くなった。
 しかし、コンピュータデータだけでは、過去の蓄積だけでは世界が停滞しかねない。
 だから、僕たち子供達に様々な意見を出して、優れた意見を採り上げる。
 というのが建前。

 これが嘘だというのは、僕は知ってる。
 僕たちの思いつきが、よりよい世の中を作る訳なんかないんだ。
 過去の人達が思いついているに違いないんだ。

 そんな憂鬱な気持ちでいたら、あっという間に授業は終わり、夕飯の時間になった。
 最近は時間がたつのも早いけど、気持ちが上に向かないことも多い。
 大人に近付いているからかもしれない。
 今日のメニューはカレーだ。大きな食堂で僕は一人、給食を食べる。
「何下向いてるんだよ」
 また岩田だ。僕の横に食器を置く。笑顔だ。
 何だかんだ言って、明日のケーキがものすごく楽しみなんだよな。
 岩田は、なれなれしくて好きじゃない奴だが、つい愚痴りたくなる。
「授業つまんないよな、早く大人になりたいよ」
 ここで同意をけっしてしないのが、岩田の嫌なところだ。
「お前、俺たちが“大人”になれると思っているのか。
俺たちはTVで大人達の楽しい生活を見たり話を聞くけど、あれは嘘だぜ。
創造性がもうないと判断された俺たちは、消されちゃうんだよ。
生きてる人間は、俺たち子供だけなんだ」

「あー、そう」
 つまんない、ほんとうにこいつはつまんない。
 こんな意見は100万回聞いてる。北島みたいなガリ勉野郎が、
偉そうに言っていた意見そのままじゃないか。
 でも、確かめられないし、僕たちは大人に会ったこともない。
 この学校から卒業すると、僕たちは授業を受けなくてすむようになる。
わかっていることは、それだけだ。

 まだぺちゃくちゃと借り物の意見をしゃべり続ける岩田を放っておいて、
 僕は自分の部屋に帰る。
 最近疲れが取れないし、カレーのような重い食べ物は胃にもたれる。
 僕も明日で49歳、あと11年で大人になる。