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アギトと、小説考
アギト、終わりました。
2ちゃんでは賛否両論、大騒ぎ。
そういう意味でも、話題の大きかった番組でした。
正直、ウルトラマンらしさとか、仮面ライダーらしさとか、
テーマとか、そういうのは、まあ、どうでもいいっす。
んで、しみじみ思ったのは、
俺が、何を好きか? ということですか。
特撮は、色物で、ゴールデンタイムの番組ではない。
それはもう、おもちゃを売るためのコマーシャルフィルムだから、仕方ないかな、と。
んでも、それだけではくくれないものがあるんですな。
ハリウッドだけでなく、「正義の味方もの」ってのは、有史以前から、
語られてるものだからだよね。
悪と戦う人間というのは、人のあこがれだ。
それはもう、アメリカの大統領の演説聞いてりゃわかる訳で。
んで、俺にとって特撮って何か、というと。
やはり、「見せ方」かな、と。
人ではない化け物が戦う、という時点で子供っぽい、と片づけてしまうのは、簡単。
でもね、“異形”の存在に、傾ける情熱は、楽しいよ。
ただのぬいぐるみが、怪物やヒーローに見える“見せ方”。
特撮の人たちは、結局ここにこだわっていて、僕もここを一番楽しみにしている。
演劇の舞台で、「橋から飛び降りるシーン」というのがあった。
舞台の上で、一番低いところでの演説。これから飛び降りるのは、どうやるんだろう。
役者さんが跳ねた瞬間、橋桁がスゴイ勢いで上に上がっていったのよ!
イメージと映像がシンクロする瞬間。
僕の特撮の楽しみは、ここにある。
50メートルの巨人が、怪獣と格闘する“絵”。
人間が異形に変身する“絵”。
もちろん、合成だ、ぬいぐるみだ、というのは分かるよ。
だけど、その瞬間、まるで本物のように見える。
そういう場面を見せてくれるだけで、震える。そして、惜しみない拍手が贈れる。
もうね、みんながひくかもしれないけど、
そのリアルを作ろうとする情熱が、僕を特撮オタクにしている理由だよ。
アギトはかっこよかった。
特に、ギルスのドッペルゲンガー、G3の表現が、よかったなぁ。
このほかに、アギトは、「非日常」を描く楽しさ、
というのを改めて感じさせてくれた作品だったな。
特撮は子供向けで色物かもしれないけど、
だからこそ“物語”としての楽しさも含んでる、と、思う。
ドラマの、不倫や、犯罪、純愛や、運命と、何が変わるというのだろう?
怪物や、ヒーローは、ドラマで使われる「非現実」の一パターンでしかない。
どうして彼らがいるのか? そして彼らがいたとき、世界はどう変わり、
変わった世界をどう描くか。
これは、立派な、作品のテーマになり得る題材だと思う。
まあ、SFがメジャーになれないように、非現実への逃避ととられても仕方ない。
でも、ドラマの展開に一喜一憂するのと、まったく変わりない、といっておくよ。
美男美女の非リアルな夢物語って時点で、ウソだって。
物語に感情移入する生き物、人間。特撮は、
真剣に作ればある程度評価されるというのを、アギト、クウガは教えてくれたね。
んで、物語ってのはやっぱり真剣に作っても、
全部ちょっと陳腐だってのも、教えてくれた。
それはどんなテレビドラマでもそう、嘘をいかに楽しく見せるか、ということだね。
リアルに作れないのは仕方ない、
でも、作り手の気持ちとこだわりは、如実に画面に出るんだね。
できるだけ、リアルに“見えるように”ケレン味も忘れずに作る。
これは、「本格」なんてものには興味のない僕に、すごく教訓になったよ。
僕の話は、宇宙人やロボット、魔法へのあこがれで書かれる「空想科学」だ。
子供が思うままに話す話では、ちょっとないってのを見せたいと思って、書く話。
テーマだったり、その状況に置かれた人間の心情への共感を求めて書く。
「書く目的」をもってお話を語るんだ。
そして、できるだけお客に楽しんでもらいたい。
それを再認識させてくれたなぁ、うん。