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840
                    タツ

 840といってまず浮かんだのは、語呂合わせの8ハ4シ0レ。
ハシレ、はしれ、走れ! 走れ!ですね。というわけで走れで何か書きましょう。

 「走れ、走れ、走れ〜っつ!」
 夕焼けが遠くに見える、夏休みの校庭。
誰もいない校庭をいつまでも走っている中学生の少年二人。
今は広いグラウンドが二人だけの物である。
もう十五周は回っているだろうか。へばりそうになっているのが鈴木だ。
その鈴木と並走しながらまだ余裕の感じられる友人の田中。
二人とも痩せ形の体系で色白。どちらかというとスポーツは苦手という印象がある。
その二人が色づき始めた太陽の西日を浴びながら走っている。
グラウンドをただひたすら走っている。いつまでもいつまでも、ただひたすら走っている。
田中の首筋に流れ落ちる大きな汗の塊。その汗の流れる男のうなじをちらりと見て、
気分が更に悪くなりながら鈴木はひたすら走りつづけた。
背中を伝い流れ落ちる汗が腰に達するのが走っていて分かる。
額から流れ落ちる汗が目に入ってこようとする、
顔を左右に激しく振って汗を吹き飛ばす鈴木。
普段している運動といえば体育の授業のみである。もう、息が上がってまともに走れない。
鈴木は走りながら何故こんな事をはじめたのか考え出した。

 夏休み鈴木の家に遊びに来た田中。昼は鈴木の家でパソコンをしていた。
突然夕方になって学校を見に行こうと田中が言い出した。
夏休みなので誰もいない校庭は開放感が一杯なのだ、
という田中の言葉に鈴木は乗り気になった。
 ボーっと校庭を見つめていた二人、鈴木がぽつりと言う。
 「いづれみんな、いなくなっちゃうんだな、ここから」
 「青春いうのを、楽しむんは今だけやなぁ」
 田中が傾いている太陽に眼を向けながらそう言った。まだ色づいてはいない。

 そこまでははっきり憶えているが、その後どのような会話をしたか良く思い出せない。
分かっているのは田中が走るぞと言いだし、
鈴木自身もその時走りたいような気分になっていたのでともに走り出したのだ。
もう、陽がかなり傾いてきている、東の空は地平線近くが濃紺に色づき始め、
もういくらも経たないうちに夜がおとずれることを予感させる。
 いつまで走るんだろう?
 鈴木の頭にフト起こった疑問。
 遠くの空をカラスが飛んでいく。雀も五羽ほどの群で飛んでいく、
鳩も三羽の群で円を描きながら飛んでいく。皆、ねぐらに帰っていく。
秋が近いためか、気象の異状か赤トンボが一匹校庭に紛れこんできた。
赤トンボは鈴木の疲れた表情を見るように横にやってくる。

 しばらくして、鈴木が言う。
 「俺達なんのために走っているんだろうな?」
 「そんなん決まっとるやん」
 「えっ?」
 「青春ドラマみたいんことやりたいって、そない言い出したのはお前やろう」
 「それと走ることと何が関係してるんだ?」
 「昔の青春ドラマはゆうたら夕陽と友人と走ること、この三つははずせへんで」
 「うぅ〜ん?」
 「ワシらは今そのど真ん中におるやないか。まさにこれが青春じゃ〜っ」
 「どアホーッ」
 「何がぁ?」
 「誰が昔の青春ドラマを体験したいゆうたーっ。俺は今のドラマをしたいんじゃーっ」
 「それやったら、トレンディードラマゆわな分からんで」
 「トレンディードラマ〜っ。あ〜っもう止め!」
 そう言うと鈴木はグランドに倒れこむ。それを見た田中も鈴木の横に並んで倒れ込んだ。
 「ワシも止めやー」
 二人はグラウンドの上に横になってグラデーションのかかっている空を見上げた。
 「俺らアホだな!ハァ、ハァ……」
 「アホでええやないか。ハァ、ハァ……ハハハハツ」
 そう言いながら田中は笑った。その田中の顔を見て、何故か鈴木はそうだなと肯定していた。

 夕焼けから夜に変わる空の様子を二人は見上げていた。汗は噴き出すように顔と体を包み込み
寝ころんでいるから、風が吹く度に舞い上がった砂埃がべったりと張り付いてくる。
しかし、そんなことはおかまいなしのようであった。
 「あと三日で夏休み終わりや、ハァ、ハァ……」
 「そうだな。ヤな事思い出させてくれたぜ。
ところでハァ、ハァ……お前、大阪に、いつ引っ越しちゃうんだよ、ハァ、ハァ……」
 「さーぁ、遅くても、……十一月までにはオヤジが動くやろうから……な!
そのころやろうなハァ、ハァ……」
 「大阪か……」
 「元々が、ハァ、ハァ……向こうの人間や……ワシには懐かしいわ!」
 「寂しく、ハァ、ハァ……なるな……」
 「そない言うなや……辛うなる……ハァ、ハァ……」
二人は荒い息づかいで上を見上げて話している。
呼吸が整え終わり、汗が引くまで二人は寝ころんで、空の情景を見つめていた。
立ち上がったとき空には美しい星が浮かんで輝いていた。


                
エンド



タツさん、ありがとうございました!