2004.08.05  高円寺 稲生座   報告者 K.T.

出演  阪本正義 with まじ  渡辺勝 with 竹岡隆(Eb.)   

 昨年8月に聴覚がおかしくなってからは、いろいろと不快に感じることはあるし、友人知己に迷惑をかけることもしょっちゅうで、それで病気を憎んだりもしていたのだが、実は悪いことばかりでもないのである。最も慶賀すべきは音楽に対する感受性が鈍くなったことで、以前はコンビニの天井スピーカーから、“さあ今旅立とお〜、明日の自分に出会うためにぃ〜”などといったおめでたい歌詞の歌がお手軽なアレンジに乗って流れてきたとたんに怒り心頭に発し、天井スピーカーを蹴破らんと身構えて、気配を察した連れに取り押さえられるといった事態をしばしば招いたものであったが、発症してしばらく経過してからはそういう音楽は脳のほうが勝手に雑音としてカットしてくれるようになったらしく、ぜんぜん頭の中に入ってこなくなった。そんなものはいちいち処理していられないということのようだ。
 今回の渡辺勝稲生座公演は、通例と異なり対バンが入るという構成であった。阪本正義 with まじ、についてはまったく予備知識がなかったので、最悪のケースを想定してしまいがちな自分は、過去に経験したさまざまな苦痛の記憶、たとえば、身勝手能天気首ふりロケンロール、天上天下唯我独尊我が道を行くというえらそうで実は自己憐憫だけのフォークソング、70年代の半ばで思考が停止したままの叙情派ニューミュージック、などを思い起こし、開演前には緊張が高まってしまったが、事無きを得、20時30分を数分過ぎたころには渡辺勝がステージに上がり、やや遅れて竹岡隆がステージに上がった。渡辺勝は例のごとく稲生座のピアノを弾くことはなく、すべての曲でガットギターを弾いて歌った。この日の演奏曲名は以下のとおりである。

1.赤い自転車
2.夕暮れ ふたりが 残る道
3.君をウーと呼ぶ
4.土埃
5.クレソンの里
6.あなたの船
7.旅する亀
8.東京
9.帰還
10.アラビアン・ナイト
11.白粉
12.帰り道
13.いつも一緒に
14.八月
15.truth
16.亡命
17.路傍
 
●アンコール●
18.夜は静か通り静か

 “土埃”の後半に入ったあたりで、渡辺勝はギターを弾く手をとめてヴォーカルだけになり、聞こえてくる楽器の音は竹岡隆のベースの音だけになった。そしてそれが曲の最後まで続いた。一人はもっぱら語るのみであり、一人は黙黙と棹を立て気味にして伴奏をつけるばかり、となると、この形態は浄瑠璃や浪花節といった語り物の血脈につながらざるを得ない。非業の死を遂げた主人公が演者の肉体を借りて、“ぼくが穴を掘った。ぼくが穴を埋めた。”と生前犯した罪を告白しにやってきているのかと思わせるような凄みにしばし圧倒される。次の曲の頭でギターが鳴るまでは、体の緊張が解けなかった。
 夏の間に一度は渡辺勝の“あなたの船”を聞かないとどうにもおさまらない自分としては、今回この曲を聞くことができてこのうえないヨロコビであった。“あなたの船”がはじまると、稲生座のよどんだ空気がよりいっそう湿り気を増して肌にまつわりついてきて、ベトベトとキモチよかった。
 “八月”と“truth”のあたりで例のごとく盛り上がり、といってもみんなで手拍子を打ったわけではなく、これはヴォーカルとギターとベースがそれぞれテンションをギリギリまで高め、かつゆるぎない一体感を保っていた状態をいうのであるが、最後は“斜岩病院”あたりでシメかと思ったら、さっと“亡命”に入って行った。これで前の2曲の緊張感からふっと解き放たれて、ふわりと浮かんで蜃気楼の中に飛び入る感覚を味わうことができた。いよいよ涅槃の境地に接近してしまったか。
 本篇のラストは“路傍”という曲で、7月28日のなってるハウスでも最後に演奏された曲である。この曲の場合、ロケンロールのギターをからめたりブラス隊を入れたりして大編成でにぎやかに演奏したらどうなるだろうか、などと考えてしまった。歌詞はゴツゴツとして重いが、近年の渡辺勝の歌としてはアップテンポで軽快に歌われているように思えるのであった。



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