2002.11.25 合羽橋 なってるハウス 報告者 K.T.
出演 渡辺勝(vo.g.pf.)
10月末に浅草に遊びに行ったときに、鷲神社の酉の市のポスターを見て、今年は11月25日が三の酉であることを知ったのだった。それならライヴの前にお参りに行ける。鷲神社から合羽橋のなってるハウスまでは、歩いて10分ほどである。それからは何度も鷲神社のサイトをチェックして予習を重ね、当日を心待ちにしていた。
朝から降っていた雨は昼過ぎにあがっていた。夕方暗くなってから、池袋の町はずれで都電に乗る。電車は専用軌道の闇を突き抜けて、チンチンゴオゴオと走った。途中、町屋あたりで乗ってきた二人連れの婦人客が、おとりさまに行くのはこの電車でいいんですね、とワンマン運転士に確認していた。ワンマン運転士は親切に応対していてワンマンという感じではなかった。これは“ワンマン”という言葉の意味を取り違えているだけなのかも知れない。終点の三ノ輪橋で下りて、かつてその二階にモンドというライブハウスがあった建物と思われる物件を見てから、常磐線のガードをくぐり、地下鉄の三ノ輪駅を過ぎると、鷲神社へと向かう老若男女が列をなし、国際通りの歩道にはソースやきそば、京風たこ焼き、お好み焼き(関西風と広島風とがあった)、本場の味ベビーカステラ、射的、輪投げ、ピカチュウなどのお面、七味唐辛子、今川焼、ピンクの綿菓子等の露店が軒を連ね、ハレの日の雰囲気を盛り上げていた。心がはずんで、今日はハレの日です〜、と小声で歌ってしまう。
鷲神社の境内では近代的理性を超越したエネルギーが爆発していた。熊手を売る店の圧倒的に過剰な照明のために、日が暮れたあととはとうてい思えない明るさの中、あちらこちらで威勢のいい三本締めの声があがっている。かなり値の張りそうな大きな熊手も、経費で落とすのかも知れないが、ずいぶん売れているのだ。このおめでたい空気に常態を失して、招き猫つきミニ熊手を買ってしまった。金500円也。この値段では三本締めはつけてくれない。それでも幸福感は得られた。酉の市、くせになりそうである。
鷲神社を出ると、ぽつりぽつりと降ってきて、やがて本降りになった。まだ開場時間には間があるので、六区に出て、ROXでしばらく雨宿りしてから、雨中に独り屹立している仁丹塔を伏し拝み、それからひどい降りの中、なってるハウスにおもむいたのであった。
当夜の演奏曲名は、以下のとおりである。曲名のあとに、例のごとく渡辺勝の用いた楽器を記しておいた。pf.はグランドピアノ、g.はガットギターである。
1.立ち止まった夏 pf.
2.ぼくの手のひらの水たまり pf.
3.冬の朝 pf.
4.夢 pf.
5.土埃 pf.
6.チャーリーのバー pf.
7.アムステルダム g.
8.東京 g.
9.道草 pf.
10.truth pf.
11.帰り道 pf.
12.逢いみての pf.
13.逢えてよかった pf.
14.僕の家 pf.
15.亡命 pf.
16.君をウーと呼ぶ g.
17.白粉 pf.
18.八月 pf.
19.別れ来る pf.
“逢いみての”は、“アイラブユー”や“別れ来る”と同様、エノケンの歌った曲。当館所蔵のCD“甦るエノケン
榎本健一大全集”(東芝EMI CZ30−9050/1989年)によれば、作詞菊田一夫、作曲服部良一とある。ただしオリジナルの詞は、“百人一首”にも採られている藤原敦忠(権中納言敦忠)の歌、逢ひみての後の心にくらぶればむかしは物をおもはざりけり、である。1分程度の短い曲であり、当夜は続けて演奏された“逢えてよかった”の序詞のようなあつかいであったように思われた。
“逢えてよかった”の作詞作曲は渡辺勝だが、最初に音盤化したのは三上寛で、“BANG!”(URCレコード URG−4022/1974年)の中で喉をめいっぱいヴァイブレイトさせて熱唱している。“BANG!”におけるこの曲のアレンジは渡辺勝で、バッキング担当は、今井忍(LEAD
GUITAR)、竹田裕美子(PIANO & CHORUS)、松田幸一(BASS,PERCUSSION
& CHORUS)、古沢良治郎(CONGA)、渡辺勝(GUT GUITAR,HAMMOND ORGAN
& CHORUS)である。“BANG!”は、近いところでは2002年10月9日に
avex io より再発(CD)されている。渡辺勝の歌う“逢えてよかった”は、エミグラントの“未生音”(off
note non-17/2002年)で聞くことができる。
“ぼくの手のひらの水たまり”は、“渡辺 勝 ライブ '77 ぼくの手のひらの水たまり”(Seals
Records SEAL−002/1998年)におさめられている曲である。なってるハウスでは、3か月前にも演奏されている。ちかごろでは、25年前よりはるかにゆったりとしたテンポで歌われ、一語一語がぽつんぽつんと断続的に心に届いてくる。こんな歌を聞いていると、古いとか新しいとか、そんな間の抜けた言葉で批評しても何の意味もないのだ、と思えてくる。渡辺勝の歌は、できあがったとたんにすでに古典である。だから、はじめて聞く歌でもなんだか懐かしいような既聴感があるような感じがするし、また、同じ歌を何度聞いてもそのたびごとに新鮮である。“逢えてよかった”と“僕の家”が続けて歌われたのを聞いて、ますますその感を強くした。
“亡命”は、まだ音盤化されていないものと思われる。静かで壮大で淋しくて暖かい、そんな印象の曲である。また聞きたい。音盤化希望曲リストに入れておこう。
●付記●
なってるハウスの広沢哲店長(=渋さ知らズのサックス奏者広沢リマ哲氏)が三の酉で購入した熊手は、高価なもので、細工もていねいである。三白眼の招き猫が右の前脚でだるまさんを抱いているのがなんともカワイイ。これで千客万来間違いなしであろう。