2002.09.14  合羽橋 なってるハウス   報告者 K.T.

出演  川下直広(Ts.Ss.)  渡辺勝(vo.g.pf.)

 だらだらと続いていた残暑もおさまり、やっと涼しくなったというよりは、北東からの冷たい風が吹き抜けてうすら寒いくらいの9月半ばの14日、とっぷりと暮れたころおいに陋屋を出る。私鉄JRの電車を乗り継いで鶯谷駅の自動改札機を抜け、上野のお山に背を向けて、線路をまたぐ歩道が下り坂になっているのに気がついて、ぞくっとした。いけねえいけねえ、上野のお山を下って、入谷、三ノ輪、千住とくれば、こいつは彰義隊の逃げ落ちた道だ。まごまごしていると薩長らの多藩籍軍の連中に斬られてしまう。昭和通りを越えてからは、表通りを避けて暗い裏道をたどり、ようようのことで合羽橋まで逃げのびて、なってるハウスの扉を開けると、もとどりの切れた落武者が乱れ髪を垂らし、背をかがめて奥のスツールにひそんでいるように見えたのは、もとよりこちらの目の錯覚にすぎない。
 最前列(前列後列あわせて2列だけしかないが)の席を得て、BOURBONを頼むと、前回8月の渡辺勝ソロライヴの時と同じく大量の柿ピーがついてきた。しかし大丈夫である。心の準備はできている。ひるむことなく間断なく口に運び、およそ10分あまりできれいに平らげて、腹部の膨満感をおぼえつつ開演を待つ。
 20時を過ぎて演奏が始まった。
 9月の13日から17日までの5日間、なってるハウスでは“川下直広 5 days”と銘打たれたイベントが開かれていた。サックス奏者の川下直広が、毎回多彩なゲストを迎えてセッションを繰りひろげるという趣向である。14日はその2日目で、ゲストが渡辺勝であった。とはいえ、ヴォーカルおよびMCはすべて渡辺勝が担当したため、ステージ上においては主客転倒の様相を呈していた。演奏曲名は、以下のとおりである。

1.立ち止まった夏 pf.
2.冬の朝 pf.
3.夢 pf.
4.土埃 pf.
5.アムステルダム g.
6.東京 g.
7.道草 pf.
8.ラストヴァージン pf.
9.君をウーと呼ぶ g.
10.truth pf.
11.白粉 pf.
12.いつも一緒に g.
13.八月 g.
14.斜岩病院(エンディングテーマ) g.
15.別れ来る pf.

 なお、曲名のあとに渡辺勝の担当楽器を記しておいた。pf.はグランドピアノ、g.はガットギターである。川下直広は、1.7.8.が Ss.で、それ以外の曲は Ts.であった。
 “君をウーと呼ぶ”は、とちぎポップ資料館関係者のいうところの“完全版”であった。アルバム“SIL,BALLAD”におさめられている同名曲は、前半のみであり、後半がカットされている。
 最後に演奏された“別れ来る”は、かつてエノケンが歌っていた曲で、三木トリローの作品とのことであった。

 ソロが常態の野澤享司とは異なり、渡辺勝の演奏形態は多様である。ある時には、SILVERADO UNIT を従えてヴォーカルに専念し、ある時には、エミグラントの一員としてピアノやギターを弾きながら歌い、ある時には、今回のようにサックス奏者とデュオを組み、ある時にはベーシストとデュオを組み、そしてある時には、ギターの弾き語り、またある時には、ピアノの弾き語りと、挙げていったらきりがないが、どのような形態であれ、ひとたびヴォーカルをとってしまえば、天下無敵の勝ワールドがひろがり、聴く者はみな悶絶するということになる。
 エミグラントの一員でもある川下直広は、おさえた演奏で、渡辺勝の歌の陰翳をみごとに縁取っていた。渡辺勝が歌っている間もほとんど吹き続けていたが、歌にかぶるという感じではなく、ゆるくからんだり、寄り添ったり、といった印象で、セクシーだった。
 一方、渡辺勝は、すべてを支配しようという気はさらさらないようすで、このあたりは好きにやってくれ、と相手にゆだねているような場面もあった。そんなところがちょっとスリリングで、ゆったりとした流れの中に小さなアクセントを添えるといった効果を生んでいたように思えた。

 ちなみに、当日のチャージは2,000円(ドリンク別)であった。これではデフレの進行に歯止めがかからないのももっともである。政府ならびに金融当局の猛省をうながしたい。



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