2002.08.29 合羽橋 なってるハウス 報告者 K.T.
出演 渡辺勝(vo.g.pf.)
8月27日の横浜 GRASS ROOTS における渡辺勝と野澤享司のライヴ中に間断なく続いた酔客の傍若無人な談笑の声に私がかろうじて耐えることができたのは、二日後のこの渡辺勝のソロライヴを聴きに行く予定があったからである。そうでなかったら、今ごろは警察か病院か火葬場のお世話になっていただろう。
なってるハウスという店は、その筋では知られた渋さ系のスポットで、最寄りの駅は地下鉄日比谷線入谷駅であるが、私はJR山手線鶯谷駅から歩いて行った。鶯谷駅からだとゆっくり歩いて15分ほどであろうか、合羽橋の商店街から脇道に入ったところに、なってるハウスはあった。この日のチャージは2,000円で、ドリンクは別会計である。ここではアルコール類にかなりの量の柿ピーがついてくる。こういう聴覚を妨げる食べものはライヴが始まったらとても食べられるものではないので、急いで口に運ぶのだが、いくら食べてもいっこうに減る気配がなく、徒労感に襲われるほどの量である。
20時を少し過ぎて、渡辺勝がグランド・ピアノの前に坐る。息をすることもはばかられるほどの静けさの中にピアノの音が流れ、そして歌声がただよう。
1曲めは“白粉”であった。少ない音と少ない言葉から成るこの曲は、聴く者に鮮烈な視覚的イメージを与えてくれる佳曲である。この1曲でもう私は、渡辺勝の世界に連れて行かれてしまった。そして“冬の朝”、“あなたの船”、“夏の終りのラプソディー”、“君と空と道と僕と”、“ラストヴァージン”、と続く。私は、自分が豊かな時間の中にいるのだという幸福感に包まれてしまう。
さらには、今夜はふだんあまりやらない曲を歌う、とのふれこみで、70年代の“ぐんじょうの空”、“恋は再び”、“ぼくの手のひらの水たまり”、それに、アルバム未収録の曲が何曲か歌われた。あと、演奏された曲の中で私が曲名を知っていたのは、“星が生まれたよ”、“立ち止まった夏”、“帰り道”、“八月”などである。
80分あまりの演奏時間中、客席は不気味なまでに静まりかえって、エアコンの唸りや、ライターの着火音が、ものすごく大きく聞こえるほどであった。
このごろの渡辺勝は、好んでゆったりとした静かな曲を歌うように思われる。だが、ただ静かなだけではなさそうだ。時折激しい感情のうねりを垣間見せることがあって、その瞬間がまた、たまらない快感である。その貴重な瞬間をつかまえるためには、このなってるハウスのような環境が必要であることは言うまでもない。
なお、終演後の私は、勝氏はもとより、オフ・ノートの社長氏や一部の聴衆にまで、とちぎポップ資料館のURLを記した名刺を配り、当HPならびに野澤享司の宣伝にこれつとめた。下町まで行ってそんなことをするとは野暮な野郎だぜ、と頭ではわかっていても、なかなかそうふるまえないのが郊外生まれの悲しさである。
●付記●
後になって当日の演奏曲目が判明した。以下に記しておく。なお曲名のあとに、渡辺勝の用いた楽器を記しておいた。
1.白粉 pf.
2.冬の朝 pf.
3.あなたの船 pf.
4.夏の終りのラプソディー pf.
5.君と空と道と僕と pf.
6.ラストヴァージン pf.
7.ぐんじょうの空 g.
8.星が生まれたよ g.
9.太古の恋 g.
10.恋は再び pf.
11.ぼくの手のひらの水たまり pf.
12.亡命 pf.
13.立ち止まった夏 pf.
14.帰り道 pf.
15.八月 pf.
16.別れ来る pf.
17.斜岩病院(エンディングテーマ) g.