2005.02.12 青山 音楽室 報告者 K.T.
出演 野澤享司
昨秋まではしばしば野澤享司のライヴ会場に足を運ばれていたご婦人が、今年に入って亡くなられたという。思い出してみれば、稲生座や六本木にあったころの音楽室ではすぐ近くにすわっていたこともあったのだが、ほとんど会話らしい会話を交したこともなかった。それが今となっては悔やまれてならない。いずれあの世とやらで再会する機会が得られるかもしれないが、そのときにはたがいに相手を識別することがはたして可能なのであろうか。はなはだこころもとないかぎりである。訃報はこればかりではない。野澤享司の“Whiskey
River Blues”の作中人物である“酔いどれ男”のモデルのかたも、今年に入ってから亡くなられたのだそうである。三途の川が
Whiskey なら、などといったバカな妄想にふけることはつつしみたく思う。仮に冥途というものがあるのだとしたら、お二人のご冥福をお祈りするばかりである。
ところで、今回のライヴは、“野澤享司 Live at ONGAKUSHITSU”というタイトルのDVD-Rの発売記念ライヴであり、また、野澤享司にとっては、音楽室の青山(といっても渋谷駅からそう遠くない)移転後の初ライヴなのであった。当夜の演奏曲目をまず記しておく。
1.たどりつく港を今日も
2.空中に遊ぶ空想家の夢(笛吹童子のバラード)
3.Whiskey River Blues
4.Over The Rainbow
5.明日への航海
6.I walk with my brothers & sisters
7.悲しみは Blues で
8.上を向いて歩こう
9.君想い唄おう
10.大地の鼓動
11.Come Together 〜 それでも Lucy は空に
◆中入り◆
12.目覚めと喧噪
13.Keep on Travelin'
14.ワルチング・マチルダ
15.あの日のままで
16.気味が気がかり
17.Everyday
18.時はいつも静かに
19.セントトーマスから胎内回帰への旅
20.アルバートが唄ってる 2005
21.遥かな海へ
前半の選曲はしみじみ系が多く、しめやかに追善供養ライヴがとりおこなわれたという印象であった。1曲目の“たどりつく港を今日も”は故ジョン・レノンに捧げられた曲だし、3曲目には“Whiskey
River Blues”が演奏され、そして4曲目に演奏された“Over The Rainbow”も、1999年のラ・カーニャにおける野澤享司リサイタルでは故西岡恭蔵に捧げられた曲であったと記憶している。途中休憩をはさまずぶっとばして行く予定であったようだが、大曲“Come
Together 〜 それでも Lucy は空に”ではなはだしく消耗疲弊し、しばし休憩となる。
前半は重たい感じがした会場の空気が、後半に入るとこころなしか軽くなったように思えた。野澤享司も平時のライヴの調子に戻ったようであった。
“ワルチング・マチルダ”ははじめて聞く曲で、なんだかよくわからなかったのだが、ストーリーがある詩なのだそうである。終演後に解説があった。Tom
Waits の “Small Change”に収められている“TOM TRAUBERT'S BLUES”という曲で、“Waltzing
Matilda,Waltzing Matilda,you'll go Waltzing Matilda with me”と繰り返しうたわれるあのあたりと重なるところがあるように思えて、そうではないかとツッコんだら、そうなのだという自供が得られた。
“時はいつも静かに”は、アルペジオのパターンがちょっと変わって、これまでよりもより繊細な印象を与える弾き方になったようであった。
“アルバートが唄ってる”は2005年ヴァージョンにアップデートされたとのことである。“ヒステリーママ 見当違いの愛で アルバートを苦しめた”なんていうフレーズは旧ヴァージョンではなかったように思う。1971年ヴァージョンが聞きたいという声は依然として強くある。
最後の曲は、“遥かな海へ”のようでもあり、そうでないようでもあり、なんだか聞いたことのない歌詞がいっぱいでよくわからなかった。そこで終演後に尋問したところ、冒頭の“心の中に”のところを、あやまって“心のままに”とうたってしまったので、つじつまが合うようにそれに続く歌詞をうたいながら作っていたとの供述が得られた。つまりは冒頭のミスを正当化するためにまるまる一曲改変してしまったということであった。歌詞カードを見ながらうたうシンガーで、間違えて1行先の言葉をうたってしまっても、動ずることなくその場で次の行の歌詞とメロディーを一部修整して、その2行で帳尻を合わせてミスをあとに引きずらない人がいる。また、歌詞をトチって、演奏中に“最近忘れっぽいんだ、ハッハッハ”などと笑ってごまかそうとするシンガーもいる。危機に対処する方法は人それぞれであるが、冒頭のミスを正当化するためにまるまる一曲改変してしまうという例は稀少であろう。野澤享司の危機管理能力の高さを思い知らされてくれた1曲であった。