2004.12.04 高円寺 稲生座 報告者 K.T.
出演 野澤享司 斉藤哲夫 (PA担当 山本達也)
今回の稲生座ライヴは、野澤享司と斉藤哲夫のジョイント、ということで、チャージが野澤享司のソロライヴのときよりも500円高い2,500円(drink 別)となり、開演も通例より30分早い19時30分となると当局から告知されていた。ただし天候は通例に従って本降りの雨であった。こればかりはどうしようもない。例のごとく元KKKバスの国際興業株式会社のバスを駆って雨中の環状七号線をひた走り、娯楽の殿堂稲生座に赴き、3,100円支払って、シングル600円のバーベンをちびちび飲みながら開演を待っていたのであるが、開演予定時刻になっても客席はガラガラである。結局開演を15分繰り下げて、19時45分スタートということになった。演奏された曲目は以下に記したとおりである。なお、当日の有料入場者数は、とちぎポップ資料館の独自の調査によれば、四捨五入すると10人に届くという程度であった。
第1部 野澤享司(vo.g.har.)
1.大地の鼓動
2.I walk with my brothers & sisters
3.悲しみは Blues で
4.Over The Rainbow
5.あの日のままで
6.迷走
7.君想い唄おう
8.Whiskey River Blues
9.上を向いて歩こう
10.Everyday
11.Come Together 〜 それでも Lucy は空に
第2部 斉藤哲夫(vo.g.)
1.風景
2.昔話
3.長屋の路地に
4.斜陽
5.吉祥寺
6.こんなはずじゃなかった
7.僕の古い友達
8.昨日・今日・明日
9.悩み多き者よ
10.あなたの船
11.君が気がかり
12.バイバイグッドバイサラバイ
13.夜空のロックンローラー
■アンコール■
14.もう春です(古いものはすてましょう)
7〜10 斉藤哲夫+さがみ湘(pf.)
11〜14 斉藤哲夫+さがみ湘(pf.)+野澤享司(cho.g.har.)
野澤享司は全11曲、およそ1時間あまりのコンパクトなセットで、MCもあまりはさまず、充実した演奏を展開した。山本達也操るミキサー卓を通って流れてくるエッジの立ったギターの音は、まさしく悶絶モノであった。ただしいろいろと事情があって、集中して観戦するにはキビシイ環境であったといわざるをえない。1曲目の“大地の鼓動”がはじまって、まず耳に入ってきたのは、クリアーファイルに紙を出し入れする音であった。これは最前列に陣取り、ステージの前のスピーカーの上に三脚を立てて、その三脚に据えつけたビデオカメラを操作していた人物が、ステージには背を向けて、そのような耳障りな音の発する作業を行なっていたのである。そのクリアーファイルは、第2部の斉藤哲夫の演奏中はステージ上の譜面台に乗っていたから、おそらくその人物は斉藤哲夫筋の人物なのであろう。その人物は演奏中に落ち着きなく立ったりすわったりしていて、またそれ以外にも各種の耳障りなノイズを発生させていた。稲生座固有のノイズについてはある程度覚悟はできていたが、この事態は想定していなかったため、いささかこたえた。今日は厄日だとあきらめるしかなかった。なお、野澤享司が最後に演奏した“Come
Together 〜 それでも Lucy は空に”は、HAL 不参加バージョンである。このところ聴覚が比較的よい状態が続いているので、HAL
参加バージョンも一度聞いてみたいという身勝手な願望を抱いてしまった。しかしこの環境では演奏に集中することは不可能であろう、とも思った。
第2部の斉藤哲夫についてはほとんど興味がないので、あまり書くべきことはないのだが、ついでだから二三書き記しておく。
まず気がついたのは、同性間の友情を歌った歌が多いということである。“昔話”(詞・曲 斉藤哲夫)と“昨日・今日・明日”(詞・曲 金森幸介)は、友人との交歓を歌う。どちらの曲にも“肩叩き合い”というフレーズが出てくるが、肩を叩き合うという行為で互いの親愛の情を表現し確認するという習慣を持つ人たちを歌ったものであろうと考えられる。“僕の古い友達”(詞・曲 斉藤哲夫)は、子供のころは仲がよかった友人を思う歌のようであるし、“君が気がかり”(詞・曲 野沢享司)は、ひきこもりがちな友人を気づかい励ます気持(ひきこもっている側からすればその友情が有難迷惑でうとましく感じられるものだろうが)を歌っている。また、“バイバイグッドバイサラバイ”(詞・曲 斉藤哲夫)は、どういう内容の歌だかよく理解できない歌だが、やはり同性間の友情がプンプンとにおってくる感じがする。そして、“吉祥寺”(詞・曲 斉藤哲夫)にうたわれた“君”のモデルは渡辺勝だということになっているようだ。五つの赤い風船の解散記念実況盤“ゲームは終わり”に収められている斉藤哲夫とアーリータイムス・ストリングスバンドの“吉祥寺”の歌詞の一節、“薄汚れた屋根の下の君は自由気ままに生きる ニヒリスティックな横顔はまちの評判さ ちょっと気分がいい”を聞くと、なるほどそうだったのかと納得してしまったりする。ただしこの部分は、その後のCBSソニー盤“バイバイグッドバイサラバイ”所収の“吉祥寺”では消えているし、この日のライヴでもこの部分は歌われなかった。ちなみに、“吉祥寺から南へ下りて”だと、いわゆるアーリーのおばけ屋敷とは方角が逆ではないか、という指摘もあるようである。しかし、そのへんのところはあまりこだわらないほうがいいのかもしれない。この日は歌われなかった“野沢君”(詞・曲 斉藤哲夫)の一節、“家を遠くはなれてこの土地へやってきた”が、宇都宮から東京までの移動だと知ってその誇張ぶりにあきれたり、それに続く“君のブルースを歌い乍らやってきた”が事実かどうかは疑わしいと思っている人は少なくないはずであるから。
“あなたの船”(詞・曲 渡辺勝)は、最初の“坂をのぼれば”のところを、斉藤哲夫は“サカヲノボレバ”とぼそぼそと一気に歌ってしまう。一方、この歌の作者である渡辺勝は、“さ〜〜か〜〜を〜をを〜のぼれば〜〜”とゆったりと歌う。渡辺勝の歌いかただと、長い坂道をゆっくりゆっくりのぼって、しだいに視界が開けてきて、やがて眼下に海がひろがって、というふうに視覚的にイメージすることができて、歌の世界に自然に入っていけるのであるが、斉藤哲夫の歌いかただと、坂道の距離は推定1.5メートルほど、三歩ほどで登り切って、そこにいきなり潮風がどっと吹き寄せてくるという感じで、この歌の持つ情感を損なうことはなはだしい。こんなセカセカとした“あなたの船”は、オレの体や脳ミソにしみこんではこない。
アンコールで演奏された“もう春です(古いものはすてましょう)”(詞・曲 斉藤哲夫)では、野澤享司がハーモニカを吹いた。これはよかった。このハーモニカにより、瀬尾一三アレンジの大仰なストリングスがかぶるCBSソニー盤“バイバイグッドバイサラバイ”所収の同曲よりも、数段歌格が上がったように聞こえた。