2004.08.28  六本木 音楽室   報告者 K.T.

出演  野澤享司

 南の海上で台風16号の雲が渦を巻いている。天気図にその渦巻を認めて、野澤享司のライヴがあることを思い出した。といっても野澤享司の頬に渦巻があるわけではない。忍者の頬には渦巻があるというのは俗説に過ぎない。野澤享司のライヴが台風を呼ぶというだけのことである。前日の予報では東京は終日雨ということであった。しかし大した降りにならないまま夜となった。
 今回のライヴ会場は六本木プリンスホテルの前のビルの3階の音楽室というお店である。はじめて行くところなので、調べてみると東京メトロ南北線の六本木一丁目駅のそばだということであった。池袋から東京メトロで六本木一丁目に行くには、丸ノ内線に乗って後楽園乗り換えか、有楽町線に乗って飯田橋、市ヶ谷、永田町のいずれかの駅で乗り換えるということになっているらしい。どの経路でもたいした違いはなさそうなので、いつもなら選択できずに苦悶するところだが、今回は迷うことなく丸ノ内線に乗っていた。丸ノ内線は高校生のころ通学定期で乗っていた路線である。目的地が音楽室であるから、身体に通学の記憶が残っている路線に乗ってしまうのは理の当然である。オレは音楽室よりも保健室のほうがいいんだがな、でもそんな名前の店はきっとフーゾクに違いない、そんなところで野澤サンを聞いてもなあ、などとぶつぶついっているうちに後楽園に着いてしまう。丸ノ内線の後楽園駅は地上高架部分にあるが、南北線の後楽園駅は地中深くにある。下りのエスカレーターを気が遠くなるほど何本も乗り継いでようやく南北線のホームに到着した。すさまじい高低差だ。ここを上るのはかなわんので、帰りは有楽町線にしようと思う。南北線には10分あまり乗って、六本木一丁目駅の1番出口から地上に出ると、ここが東京かとあきれるほど外は暗くてそれに雨はしとしと降っていて方角はまるでわからない。こんな状態ではいつまでたっても本題に入れないではないかといささか心もとなくなってしまったが、気を落ち着かせて周囲を見回すと、プリンスホテルは地下鉄の出口のすぐ裏手にあり、音楽室は聞いていたとおりその前のビルの3階にあった。
 音楽室の店内には大きなオーディオ・セットがどかんと鎮座していて、スピーカーから“FENDER BENDER 遥かな海へ”が流れていた。カウンターには今回のライヴのフライヤーが置いてあって、これがなんと野澤享司自筆のイラスト入りのたいへん立派なモノである。マスターにうかがうと、実は昼間の仕事がこういうデザイン関係のほうで、とのことであった。あまりにもカッコいいので、サイトに使わせてくださいとお願いして、一枚いただいてしまった。このページの下のほうにある“おまけ画像”のところに出しておいたので、本文を最後まで読まれてからフライヤーをご覧になっていただきたく思う。本文を通読される前に下に行ってクリックなさった場合には、その結果コンピュータが誤作動を起こしたりいきなりシャット・ダウンしたとしてもそれは当館の責任ではない。
 さて、ライヴは20時30分を過ぎてまもなくはじまった。スピーカーから流れる音は柔らかい感じがするが、ギターの弦一本一本の音はクリアに聞こえてくる。8月下旬に入ってから聴覚が奇跡的に回復して、音がダブって聞こえることがほとんどなくなっていた。この一年間のキモチ悪さはいったいなんだったんだろうと脳の隅で不思議に思ったりしながら、演奏に聞き入ってしまった。たとえこの状態が一時的なものであったとしても知ったことではない。とりあえず今はふつうに聞こえているではないか。そんなヨロコビのようなものがふつふつとわきあがってくるのであった。当夜の演奏曲目は以下に記したとおりである。

1.迷走
2.悲しみは Blues で
3.Over The Rainbow
4.Whiskey River Blues
5.君想い唄おう
6.大地の鼓動
7.上を向いて歩こう
8.Everyday(Over fifty version)
 ◆中入り◆
9.たどりつく港を今日も
10.空中に遊ぶ空想家の夢(笛吹童子のバラード)
11.アルバートが唄ってる 2003
12.時はいつも静かに
13.セントトーマスから胎内回帰への旅
14.あの日のままで
15.夢の続きでも
16.明日への航海
17.万川集海
18.I walk with my brothers & sisters
19.Come Together 〜 それでも Lucy は空に
20.Fender Bender Locomotion

 “悲しみは Blues で”は、ブルース・ハープを使用するほうのヴァージョンだった。ブルース・ハープが豆腐屋さんのラッパみたいに聞こえたりするこのヴァージョンも味わい深いものである。
 ベースラインがカッコいい“Everyday”は、今回は Over fifty version であった。そしてそう遠くない将来、Over sixty version が歌われることになるかもしれない。しかしその場合、“子供ばかりがヤケにでかくなる”というフレーズはどうなるのであろうか。親の体が縮小して相対的に成人した子供がでかくなったようにみえる、という理屈で辻褄は合うのだろうか。このようなことは前にも書いているかもしれないが、大体いつも同じようなことを考えているので、記述がマンネリ化してもやむを得ない、と開き直っておく。なお途中でブルース・ハープをとりかえるという荒技を出したり、また、爪にトラブルが生じたりして、いろいろな意味でたいへんな曲であった。
 中入りのときに、音楽室のマスターから野澤享司にペット・ボトル入りのお茶が贈られた。“伊賀忍茶”という名の商品である。このような心づかいはなかなかできることではない。野澤享司もこのうえなくうれしそうであった。なお、“伊賀忍茶”は、ほうじ茶にゴマのエキスを加えた忍者必携の飲料だということである。
 “明日への航海”はインストゥルメンタルの新曲で、本邦初演とのことであった。おそらくよその国でもやってないと思う。“航海”ときたので、そのあとは“万川集海”となる。カイカイづくしというべきか、もしくは“伊賀忍茶”のパワーが弾かせたのか。客席に甲賀の人がいらっしゃったことも関係したのか、やたらと忍者づいていた一夜だった。
 ラスト3曲はもう文句なしのノリノリノセノセ状態である。HALの入らない“それでも Lucy は空に”が聞けるなんて思いもしなかったと独り感涙にむせぶ主任学芸員であった。
 最後の最後になって、ちょっとしたトラブルがあった。“Fender Bender Locomotion”の大詰め、残り数秒というところで、突然スピーカーからブーンブーンという雑音が流れ、さらに違う方角からは、ギターの音色とは異なる音で奏でられる別の楽曲が流れ出したのである。ミュージシャンたる者、電源が入ったままの携帯電話を身に帯びてステージに立っていいはずがない。猛省をうながしたい。



●おまけ画像 (FLYER & IGA NIN CHA)



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