Voice Letter その後 





"卒業おめでとうございます…"
大好きな先輩にこの声を届けて、もう一週間が経った。期末テストも終わり、学校は春休みに入っている。そして、わたしは今日も学校へ。
「行ってきま〜す…!」
スポーツ・バックを肩に、わたしはきらめき高校に向かう。この中には、体操着とサッカー部のジャケット、そして、虹野先輩と補欠の先輩からもらった大切な心が一杯つまっている。これがあるから、わたしはいつまでもサッカー部のマネージャーとしてがんばれる、と、そう思う。今日からは、わたしが最上級生だから、卒業していった先輩たちの分もがんばらなくちゃね!

 


きらめき高校に着くと、サッカー部のみんなが笑顔で迎えてくれる。
「よお、秋穂、おはよう!」
「おはようございます、秋穂先輩」
「おはよう、沢渡くん、ともみちゃん」
サッカー部のエースストライカーで、キャプテンの沢渡くんと、マネージャーのともみちゃんが、元気に声をかけてくれる。
対抗試合の一件以来、わたしはこの二人と仲がいい。沢渡くんはクラスメートだから当たり前だけど、ともみちゃんは、あれからよくわたしに話しかけてくれるようになった。
このふたりと話していると、ふと以前の虹野先輩たちを思い出す。ひょっとしたら、わたし達三人も、あのときの虹野先輩と十六番の補欠の先輩とわたしみたいになれるのだろうか。もっとも、わたしと沢渡くんはただの友達だし、ともみちゃんにはあのときのわたしのような思いはして欲しくない。でも、お互いに仲良くなれれば、それは素敵なことだと思う。
わたしの指示を受けて、ともみちゃんが元気いっぱいに駆け出して行った。その後ろ姿を目で追う沢渡くん。
「…だな」
「え?」
横で何かつぶやいていたらしい沢渡くんに、わたしはそう聞き返す。
「いや、ほんとに俺たちだけになったんだな、って思ってさ。もう、虹野先輩たち、三年生の人って、いないんだよな…」
「え、なに? もしかして沢渡くん、寂しいわけ?」
「あ、うん。まあ、ね…」
沢渡くんは照れくさそうに言葉を濁した。顔には出さないけど、その気持ちはわたしにもよくわかる。虹野先輩に、十六番の補欠の先輩、その他いろんな先輩から、たくさんのことを教えてもらったもの。
そして、その先輩たちは、もうきらめき高校にはいない。少なくとも、わたしの知る限りでは、みんな、素敵な笑顔を残して卒業していったから。もう先輩としてクラブを見に来てくれることも、心配顔で世話を焼いてくれることもない。
でも、だからってねえ…。
「なによ、辛気くさい顔しちゃって。キャプテンのあんたがそんな顔しててどうすんの。どうせなら、これからは俺たちの時代だ!!ってくらいに自信持ったらどうなのよ!!」
いささか大げさなくらいの笑顔を作ると、わたしは思いっきり沢渡くんの背中を叩いた。
「秋穂、お前なぁ…」
沢渡くんは、これ以上ないくらいの仏頂面で顔をしかめている。それを見ていると、自然に笑いがこみ上げてくる。作り物でない、自然な笑顔が。
「ほら、みんなが待っているわよ。さっさと行く!」
わたしは、みんなが集まっているグラウンドを指し示した。はいはい、と苦笑して沢渡くんはグラウンドへ向かう。
その後ろを、わたしは笑顔で見送る。そう、これがわたしのスタイル。虹野先輩から受け継いだ思いを、わたしなりのスタンスで、みんなに伝えていこう。それが、卒業式までの二週間で、わたしが先輩たちから最後に教えてもらったこと。そして、それが、もうすぐ三年生になるわたし、秋穂みのり。
「よしっ!!」
部員たちを前に、いささか緊張ぎみの釈をたれている沢渡くん。それを横目に、わたしはともみちゃんの待つ部室へと向かう。わたしたちの時代は、今、始まったばかりだ。

 


夕方になって、わたしは家に帰ってきた。今日も疲れたなぁ。
「ただいまぁ!!」
「あ、みのり。あなた宛に手紙と小包みが届いていたわよ」
小包み? 一体誰からだろ…。
お母さんから封筒と小包みを受け取ると、わたしは自分の部屋に上がった。
手紙の方は、卒業を前にして、マラソンをがんばっていたあの先輩から。
卒業式の日、学校に来ていなかったからどうしたのかなって心配したけど、…そっか、ちゃんと忘れないでいてくれたんだ。
封筒を開いて、手紙を読んでみる。先輩らしい、ちょっと頼りなく見えるけど、その実しっかりした男らしい文字。つい十日前に会ったばかりのはずなのに、何だかちょっと懐かしい。
…。
手紙を読み終わったわたしは、ふふっと微笑んだ。そっか、わたしと別れてから卒業式までに、いろんな事があったんですね。あの日、卒業式を棒に振ってまで、前日に棄権したマラソンコースを、しかも、肉離れした脚で走るなんて、よっぽと大切なことがかかっていたんですよね。今なら、わたしにも先輩の気持ち、よくわかります。
でも、そっちの方もうまくいったみたいでよかったです。先輩のことだから、きっときっと、胸を張ってきらめき高校を卒業していったことだと思います。だから、あの日、先輩に会えなくて言えなかった言葉。今なら、ちゃんと伝えられますね。
「先輩、ご卒業おめでとうございます…」
窓の外に広がる、今もこの街のどこかにいるはずの先輩に向かって、わたしはそっとつぶやいた。

 


そして、もうひとつ、わたしに届けられた小包み。こっちは一体誰からだろう?
差出人の宛て名を見たわたしは、思わず声をあげてしまった。
「あっ…!」
じっと宛て名を見つめるわたしの視界がぼやけてくる。そこに書かれていたのは、忘れようにも忘れられない名前だった。卒業の三ヶ月前に転校していった、わたしの大好きな先輩。去年のクリスマスに残酷な言葉を投げつけて、それっきり会うこともなかった先輩。ボイス・レターでありったけの思いを送ったけれど、その先輩が、返事をくれるなんて…。
先輩の送ってくれた小包みをぎゅっと抱きしめて、しばらくわたしは、何もできなかった。
やがて、少し落ち着いたわたしは、小包みを開いた。中から出てきたのは…。
…。
「電話帳…?」
がっくりきたわたしは、思わず机に突っ伏していた。そりゃ、確かに電話帳でもいいってメッセージは吹き込んであったけど、だからってホントに送ってくることはないでしょうが。
電話帳を机の上に置いて、わたしはその隣に顔を押し付けた。机の冷たい感触が、さっきまで熱かった頬を冷ましていく。
あ〜あ、あんなに勇気を出して告白したわたしって一体…。
「先輩の、バカ…」
そうつぶやいて、電話帳に非難がましい視線を送る。と、そのとき、
「…あれ?」
電話帳の中ほどに、何か挟まっているのに気づいた。一体何だろ?
もう一度手にとって、そのページを開いてみる。そこには、赤いラインペンで印がしてあって、その下に大きな付箋が貼ってあった。そして、大きな字でひと言。

"がんばれ!!"

付箋に書かれたその言葉を、わたしはしばらくぼうっと見つめていた。これって、これって、先輩からの…。
すると、この赤いラインの下にあるのは、先輩の家の電話番号? そっか、先輩、わたしが電話番号知らないと思って、わざわざこうして送ってくれたんだ。
知らず知らず潤んでくる目をこすって、わたしはそっと付箋に触れてみた。たった一言だけど、ボイス・レターじゃないけれど、こうしてメッセージを送ってくれた先輩の思いが、とっても嬉しい。
そして、今ならはっきりとわかる。先輩とわたしのあいだの絆、それは決して一方通行じゃない。わたしの思いはちゃんと先輩に通じたし、先輩もそれにしっかりと応えてくれた。
先輩の送ってくれた大切な電話帳。わたしは、それをそっと閉じると、窓から身を乗り出して夕焼けに赤く染まる街並みを見まわした。
ねえ、先輩、今から、先輩のところに電話してもいいですか? ううん、わたし、今から先輩に電話します。先輩の声が聞きたいから、そして、先輩に話したいことがたくさんあるから。先輩が転校していった後で、わたしがたくさんの先輩たちから受け継いだ、大切な思いを。
待っててくださいね、先輩。もうすぐ、わたしの声を、再びあなたに届けます。


 
…fim


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