部日誌27  『追試乗り切り法』



32世紀。場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がりメンバー全員中学三年生。
初代王も加えて賑やか? になったよろづ部。
期末前の高校受験もかねた三年生対象の実力試験も終了。

実力を出せた者も出せなかった者も。
それぞれに直ぐ近くまで迫った期末試験が終了。

後は楽しい夏休みを待つのみだが、一定レベルの点数が取れない生徒達を待ち受けるのが追試だ。
学園のレベルは凄く高いわけではないが、仮にも私立。
先生方は生徒達をみっちりきっちり『しごく』のだ。

よろづ部部室で呆ける有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)を横目に、一人の少女が欠伸を漏らした。

初代王の名を持つ少女の名はセラフィス=ドゥン=ウィンチェスター。
月と地球の中間にあるコロニーから交換留学で母校に帰還している真っ最中。

「悲壮感漂ってるのな」
よろづ部の事務処理をしながら、のんびり口調で辰希を言い表すのは宰相。
海央の宰相こと井上 悠里(いのうえ ゆうり)で、出来る頭の良さ気な少年オーラを放出中。

ソファーに座って眠そうに目を擦るセラフィスへ話を振った。

「私立は授業のレベルが高いよね。あたしも今回は追試だし」
面倒臭そうにセラフィスもPC端末を鞄から取り出す。
「勉強に関しての情熱は下がるんだな、セラは」
「いーじゃん。家庭のじじょーだし」
左手をヒラヒラ左右に振りユルーイ調子でセラフィスは開き直った。
「らしいな、本当に」
数々の肩書きを持つセラフィスは忙しい。

学生だけしていれば済む立場ではないのに弱音は吐かない。
呆れた口調で呟きつつ、眼鏡を外し目薬を点し悠里は首を左右に振った。

「それより追試は明日だろ?」

 勉強しろ。

悠里の言いたい事を理解してセラフィスは口を真一文字に結ぶ。

「試験受けられない日が一日あっただけだし。合格ライン点数取るさ〜」

 くああぁ。

もう一度大きな欠伸を漏らしセラフィスはマイペース。
辰希は悠里の嫌味も耳を通り抜けているらしく無反応だ。

「他の皆は大丈夫でしょ。辰希とあたしは明日お休みってコトで」
セラフィスは指を動かし、遠隔操作で部員の出欠ボードに辰希とセラフィスの欄を『休』と文字を入れる。
「後はよろしゅう」

 ニィ。

女子生徒らしくない不敵な笑み。
セラフィスの女を感じさせない部分。
男の子のように笑って見せて姿を消した。

「頼られてるのは嬉しいけどな」
魂の抜け殻になりつつある辰希をどうしようか。
思案しながら悠里はため息をついたのだった。






翌日。
追試をうけるべく指定された教室に足を運んだセラフィスは驚いて。
教室の扉を開け放ったまま立ち止まる。

三年生だけが集められた教室。
生徒の数はまばらで余計に目立っているのだ。

口を開けてまじまじとソノ人物を見るセラフィスに、辰希が苦笑して手招き。
「ちょ、なんで涼がココにいるわけ?」
辰希の耳元でセラフィスが小声で呟いた。
辰希は肩を竦めるだけ。
無言でPC端末を示す。

セラフィスは黙ったままうなずき、PC端末のメール着信画面を開く。

《アイツも一日欠席してたんだよ、試験。ソノ分の追試》
名前の書かれた席に座りセラフィスも慌てて辰希への返信メールを打つ。

初代王のセラフィスも認める二代目王。
よろづ部部長の霜月 涼(しもつき りょう)が何故追試なんぞを受けるのか?
涼の頭は普通で成績が悪い訳ではない。

授業態度もサボリ魔のセラフィスとは違い真面目に出席していたし問題もないのだ。

思わず涼と同じクラスの辰希が居たので事情を聞いてみる。

《そうなん? でも涼って試験は今まで休んでなかったじゃん。風邪で高熱とか?》
例え仕事が入ってたとしても試験だけは受ける性格である。
涼は。

しかも彼の家は普通のサラリーマン一家で、家が涼の仕事を応援しているだけ。
涼が自身のペースで仕事を行うし余計な横槍は入らない筈だ。

セラフィスは送信ボタンを押して下唇を噛み締める。

《担任が言うには『家庭の事情』ってコトらしいぜ》
数十秒して辰希からメールが返ってきた。

頬に空気を入れ膨らませては吐き出す。
セラフィスはそれを繰り返し思考を巡らせ始める。
何時もと違ってトゲトゲした雰囲気を放ち、誰一人近づこうとしない涼が座る席。

《変なの。珍しいよね?》
涼の家族が怪我をしたり入院したりしたら、担任が把握するだろう。

当然学園長代理であるセラフィスの耳にも入る。
そんな情報は聞いていないし涼の様子からしても素振りは見えない。
つらつら考えセラフィスは再度メールを辰希へ送った。

《最近忙しそうだったぜ? 期末試験が終わってHR終了後、すぐに消えてたからな》
少々の間をおいて返される辰希のメール。

《悠里へ。涼の様子がちょっとヘン。なんかじじょーを知ってたらソッコーで連絡して。 セラフィス》
教室に掲げられた時計が追試開始の時間が迫ったと告げている。
逡巡してセラフィスは頼りにしている悠里へメールを送ろうとした、瞬間。

激しい地響きとともに地震のように揺れる教室。
悲鳴を上げる生徒達と険しい顔つきなる涼。
セラフィスは左手のひらを床に当てて瞳を閉じた。

「固定化!」
当てた左手から光が漏れ教室の揺れが収まる。
「涼!! 何巻き込まれてんだか知らんけど、どーなってんだよ」
机に掴まって身体を支えている辰希を無視してセラフィスは怒鳴った。
セラフィスの怒声に涼は無表情のまま首を横に振る。
「お前等には関係ない。俺自身の問題だ」
きっぱり言い切る涼の顔つきは男前。

ワナワナ震えるセラフィスの拳。

辰希は素早く立ち上がって初めて見る涼の素っ気無い対応に、眉を寄せた。
整った顔立ちだけに無表情で取り付く島もない様子の涼は本当に近寄りがたい。
拳を解き、腕の力を抜いたセラフィスはゆっくり息を吐き出す。

「辰希、へーき?」
不本意だけど非常事態。
それに辰希ならきちんと『ついて』これる。
考えてセラフィスは辰希の名前を初めて口にした。

「あ? ああ……」
セラフィスに初めて名前を呼ばれたことよりも。
何より涼の変化についてこれなくて。
辰希は戸惑いつつセラフィスに返事をした。

「ったく。厄介ごとに巻き込まれてるみたいだね〜。涼ってば責任感強すぎ〜」
最初に舌打ちし、セラフィスは小声で辰希に耳打ちする。
「俺等を巻き込まねーようにわざと、か?」
よろづ部で一癖も二癖もある部員達に囲まれて辰希だって成長している。

外のメンバーほど物分りが良いわけじゃないが、セラフィスの言いたい事は理解して呟く。
セラフィスは小さく笑ってから一度だけ瞬きをした。
それから顎先で窓の外を示す。

「SFも真っ青だな」
外に広がるのは。本来ならば裏庭。
庭向こうには、学園を囲むように植えられた木々とフェンス。

なのに、辰希の目の前に飛び込むのは宇宙の風景。
真っ黒の闇の中に瞬く点。
星々にコロニーが光を放っている。

「つーか。これって違法なんだけどな〜」
言って、セラフィスはユルーイ態度のまま気の抜けた笑顔を浮かべた。

教室ごと空間から『切り取って』任意の場所へ転送する。
時空干渉能力者か、空間干渉能力者なら力だけで。
能力の無い人間であっても高度な装置を使えば使用可能な技術である。
法律で厳密な規制がされているものの救急医療等には応用されている、便利なテクノロジーの一種だ。

「どっかに教室を持って行かれそーだったから、固定化してココで止めたけど。どこなんだろうねぇ? ココ」
咄嗟にセラフィスが能力を使い教室ジャック? を防いだが、中途半端に引っ張られた教室は宇宙に浮いている。
「確かめてみる」
辰希は余り深く考えずに教室の窓を開け放った。
「防御!」
セラフィスは驚異的な速度で辰希を横に張り倒し、両手を窓外へ当てる。
巻き込まれた対仕組の生徒達何人かが悲鳴を上げた。
「う、海!?」
床に打ち付けた腕を擦り辰希は目を見張る。

外の風景は宇宙なのに教室の窓から見える風景は海底。
水圧を見えない壁で防ぎつつセラフィスは窓を閉めた。

「……空間干渉能力を持った相手が仕掛けたってコトはね。窓や扉から外へ出る空間は別場所に繋がれて罠になってる確率が高いんだよ」
気が付けば姿を消してる涼。
孤高の王様にため息を吐き出し、セラフィスは辰希へ説明した。
周りの生徒達も聞き耳を立てている。

「じゃ次行ってみよ」
深刻なセラフィスの顔も直ぐにいつものユルーイ笑顔に戻る。
辰希を促して教室の扉を開けさせた。

「すとーっぷ」
わざとらしい静止の言葉。
絶叫して、セラフィスは辰希の背中を扉向こうへ蹴り倒そうとした。
「行動が逆だろ―――っ!」
押し出された辰希の鼻の頭数ミリ先を超特急で通過する電車。

両手でドア入り口を掴み、辰希は反り返って踏みとどまった。
半ば命がけの辰希のコミカルな行動に生徒達からは笑いが零れる。

「え〜、追試組の皆様にお伝えします。現在この教室は、正体不明の輩の襲撃を受けており非常に危険です。各自教室をきちんと戸締りし、くれぐれも外に出ないよう徹底して下さいませ〜」
「……俺を殺しかけておいてコレかよっ!」

 しゅっ。

突っ込む辰希との間合いのよさも抜群。
セラフィスのまったりゆったり口調もあり和やかな雰囲気が教室に流れた。
セラフィスは扉から辰希と伴って姿を消す。
内側から生徒の誰かがセラフィスの助言どおりにカギをかける音がした。

「こんなもんか?」
数十秒前の怒りの表情を消し、辰希がセラフィスに問いかける。
セラフィスは微かに眉を持ち上げ王者の笑みを浮かべた。
「上等!」
ニヤリと笑うセラフィス。
互いに親指を立てつつ『グッジョブ』
きちんと道化を演じて残していく生徒達に注意を促す事に成功。

「狙いが涼一人なら生徒達は多分大丈夫。あたしの防御壁も張ってあるし、いざとなったら和也に応援に来てもらうから」
電車がこないのを確認して線路上に下りる。
ドーム型の天井を持つ薄暗いこの場所は。
「地下鉄、だな」
周囲を照らす灯りと非常口の灯り。
周囲を見渡した辰希が呟く。セラフィスといえば欠伸交じりに足早に歩き出した。
「涼の居場所は察知できるから、さっさと行って帰ろーよ。追試受けないとね」
「結局はソレなのか」
自分中心に世界を回す思考のセラフィスに辰希は乾いた笑いを浮かべるのだった。

そんな風に辰希とセラフィスがコントを何処かの地下鉄で繰り広げる中。
涼は単身地下鉄に乗り込んでいた。
独特の圧迫感を身体に感じ己に向けられる悪意目指して慎重に歩を進める。
「つっ……」
不注意で地下鉄を支える柱に手をかけ寄りかかろうとした刹那。
空間が変化する。

高い位置にある歩道橋。
その手すりに片手で掴まる涼。
柱が歩道橋の手すりと繋がっていたのだ。
片腕だけで支える涼の足下を両方三車線の車道が。
車が通り過ぎていく。

「ち、どれもこれも罠か」
汗で滑る片手に苦笑い。
涼はジリジリと死の罠へと誘われ…。
「間に合えっ」
聞き覚えのある辰希の声。
手を離す間際に涼の腕を掴む。

そこまでは良かった、そこまでは。

辰希は駆け込んできたのでバランスを崩し、結果二人とも走る車の元へと真っ逆さま。
落ちると覚悟を決めた涼と辰希の身体を、今度はセラフィスが見えない力で歩道橋上から支える。

「ふ、二人とも重っ!」
セラフィスは手を二人へかざしまずは文句。
それでも眉間に皴を寄せ顔を真っ赤にしながら、そーっと涼と辰希を歩道橋まで運ぶ。

「はぁ。ほれほれ、敵さんのお出ましみたいだから、とっととケリつけといで」
疲れた顔のセラフィスが涼の背中を押す。
云われて目線を上に上げれば形容しがたい煙状の物体が歩道橋真上に漂っていた。

「…煙?」
「うんにゃ。意識だけ飛ばしてんだよ、あれは」
刀を構える涼の背後では、不思議そうに呟いた辰希にセラフィスが説明を加えている。

 まったく。至れり尽くせりかよ。

涼は薄笑いを浮かべながら刀を横薙ぎに払い、返す反動で今度は縦斬り。
つまりは十文字斬りを早業でやってのける。
揺らめく空間と見えない圧力が涼を襲う。
舌を噛み切らないようしっかり口を噤んで涼は上目遣いのまま煙を睨んだ。

心の中はどこまでも。
風のない凪いだ湖面のように冷静であれ。

見えない重力に押さえつけられつつ、涼はカタカタ震える右手を叱咤して刀を横一文字に構える。
細まる涼の瞳。正しくは瞳孔。
それは正に瞬きする間の出来事であった。

銀色に光る刀の軌跡だけを残し、涼が何らかのリアクションを起こす。
辰希の目にはそう映り。
セラフィスの目には涼が七回。
煙に向って太刀を振るう様がしっかり見えていた。

「うらっ」
柔らかい果物をナイフで切り取るように簡単に。
涼は空間そのものを切り裂く。

痛みに悶えているらしい煙を、あっさり空間から追い払った。
刀を消し、全身に漲らせていた緊張感を解き。

涼は背後の二人。
主にセラフィスの方へ身体を向けた。

「セラ……お前、力の使いすぎだ。俺と辰希を助けながら、アノ意識体をわざわざ炙り出しただろう?」

敵は小説のように単細胞ではない。
身を潜めていたはずの敵を、セラフィスが何らかの方法で引きずり出したのだ。
相当の負荷がセラフィスの身体にかかっている筈である。
現に、気だるげに歩道橋の手すりに寄りかかるセラフィスの顔色は冴えない。

「ったく、無茶すんなよ。俺は独力でもそれなりに対処できるから」
幾らセラフィスが驚異的能力の持ち主だとしても。
辰希が運動神経の良い少年だったとしても。

彼らを無関係な厄介ごとに巻き込むのは、涼の矜持に関わる。

背筋を伸ばし嘆息して諭すように告げた涼。だが、
「「ばーか」」
辰希とセラフィスは声を揃えて涼の頭を遠慮なく叩いた。
「な、なにす」
「そりゃこっちの台詞っしょ」
怒る涼を遮りセラフィスが言葉を発する。
「あのね〜、別に涼一人ならどうにかするだろーし。心配しないって? そんな風に周りは自分を見てるって理解してんのはいーけどさぁ」
目がまったく笑っていないユルーイ笑顔を、セラフィスが顔に張り付かせた。
「だからって、お前一人で頑張れって。黙ってみてられるほど俺は大人じゃねぇんだよ」
セラフィスの言葉に無理矢理割って入り、今度は辰希が熱血少年に相応しい発言を。

容赦なく涼の背中を叩く辰希と、前のめりになる涼から数歩離れて。
セラフィスは唇の端を持ち上げ言い放つ。

「友達見捨てて安全圏で寛ぐほど、あたしは落ちぶれてないんだな」
言い放ってから、パチンと指を鳴らせば三人の姿は教室に。

驚く生徒達に楽しそうな様子で手を振って答えるセラフィスは、つくづく心臓が丈夫に出来ているらしい。

「結局はアイツのペースか……」
最後の最後。
シメを持っていかれた辰希は何処となく悔しそうで、少々残念そうにぼやく。

セラフィスとあくまでも張り合おうという辰希の心意気に涼は脱力。

「まったりは勝手だけど、追試始るよ?」
脱力する涼に追い討ち。
セラフィスが教室にやって来た教師を示し、涼に告げる。
「あ……」
通常モードで動き始めた頭がはじき出す答え。
そう、今日は追試の日でこれから追試が始るのだ。

「まさかさぁ。今の騒動ですっかり頭空っぽとか?」
固まる涼にセラフィスは聞いてみる。
涼はガックリ肩を落として己の席へ向った。

「あらら〜。人間地味にコツコツ勉強するのが一番なのにね〜」

追試乗り切ろうと考えるなら。
ちゃーんと自分で予習復習しなきゃ。

呟いてセラフィスは先ほどの悠里宛のメールを削除した。



ってタイトルと内容が内容が!! あら? セラフィスを出すとどうも彼女は暴走しますね(汗)次は話題休閑みたいな超(無駄)長編です(笑)オールスター風味で。ブラウザバックプリーズ