部日誌26  『距離の測り方』



32世紀。場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がり初代王も加えて賑やか? になったよろづ部。
期末前の高校受験もかねた三年生対象の実力試験も終了。

実力を出せた者も出せなかった者も。
それぞれに直ぐ近くまで迫った期末試験へ向け勉強・勉強。


関内駅前巨大ビル。
中に入っているのは日本人ならずも、大抵の異星人も嗜む地球文化の一つ『カラオケ』

基本的に学園帰りにカラオケなんて校則で禁止されているが。
自身は生徒会役員であるし、示しが付かない。
渋るよろづ部メンバー・笹原 友香(ささはら ともか)を連行する珍妙な二人組み。

「それはそれ、これはこれ」
爽やかな笑顔とウキウキした足取りで通路を歩くのは、海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)。
和也と友香を挟んでもう一人。
細腕ながら驚くべき怪力で友香を連れて行くのは、京極院 未唯(きょうごくいん みい)で、友香と同じくよろづ部有志メンバーである。

「そーそー。友ちゃんパンク寸前〜」
和也と中々息の合ったコンビネーションを醸し出す未唯に友香は苦笑した。

受付でエントリーして指示された部屋に行き、カードキーを差し込めば個室のドアが開く。

友香を挟んで座り、二人は三人分のワンドリンクを個室のPC端末で注文。
未唯は手早く二つのマイクを取ってきてテーブルに置き、カラオケの曲が入ったPC画面を睨みながら選曲へ入る。

真剣そのものに曲を選び始める未唯が。
悩みのなさそうに見える未唯が。

未唯に対して悪いと思いつつも友香には羨ましかった。

「あ――――」

マイクのキーを確かめる和也もなんだかんだ言って立ち回りが上手い。

この場には居ないよろづ部副部長。
歩くニュースソース井上 悠里(いのうえ ゆうり)とは違う意味で世の中上手く渡っている気がする。

 わたし。なんかみっとも情けないよね。

無意識に俯くのは前を見る元気が無い証拠。
友香は膝の上に置いた自分の手のひらをぼんやり眺めた。

「マイク、ちょい音量高いね」
未唯が気を利かせてマイクのキーを操作。

どんより沈みきっている友香を他所に、和也と未唯は楽しそうに選んだ曲を入力。

既に『校則違反だから帰ろう』等といった優等生的意見を述べられる元気は。
友香には、ない。

スローペースのイントロが流れ出した。
「一番! 未唯いっきま〜すv」
マイクを握ってはしゃぐ未唯は元気良く宣言して巨大画面へ顔を向ける。
「ぶいぶい言わすぞ〜」
マイク先を和也に向けて付け加えた未唯に和也は苦笑した。
「誰から教わった言葉なのか丸わかりだね。ぶいぶい、なんて古い言葉……」
さり気に毒を混ぜたコメントを返しつつ爽やかにもう一度笑う。
そんな和也を恐れる風も無く未唯は歌い出した。

「時間勿体無いし歌ったら? 吐き出せない分、声だけでも……なんてね。人間完璧じゃないといけないわけじゃないし。喧嘩位するよ、誰だって」
選曲用のPC端末を友香に差し出し和也がごく普通に。
世間話をする気安さで口を開いた。
とてもこんな気持ちで和也の顔は見れない。

「でもさ」
友香は俯いたまま小さな声で反論した。

本当は友香にだって分かってる。
和也も未唯も、校則に反してまで自分をカラオケに連れてきたのは。
煮詰まってしまった己を放って置けなかったから。心配だから。

 それでも。そのままにしておいて欲しい時もあるんだよ。

和也と未唯の心遣いを考えると言えない。
言ってはいけない。

友香の苦い気持ちを知ってか知らずか。
和也は普段と変わらぬ口調で話す。

「あの時、セラを信じられなかった。成されてしまった事実は消せない。でもさ、これから夏休みだし。時間はあるんだから気をつけないとね。後ろ向きとはらしくない」
慰める調子ではない。

ただ友香にとっての事実を和也の視点で語る。
触れて欲しくない友香の心の痛みに土足で歩かないのが王子流。
彼が女子生徒に人気があり、王子の名を持つに相応しい態度だ。

「らしい、かぁ……」
顔の位置は変えずに友香は寂しそうに笑った。

いつも前向きで明るい自分。
特殊能力を持つ生徒とでも対等に渡り合う。

王子だからって特別じゃない。
二代目王だからって憧れたりしない。

友香が無意識に築き上げてきた心の壁。
自分が傷付かない為の防御。

 明るく振舞ってる『わたし』が『わたしらしい』なのかな。

「うーん。深い意味を込めて言ったわけじゃないんだけど」
変にツボに嵌ってしまった友香の頭上に、少々困った和也の声が降ってくる。
「そうやって、あの子はああだとか。こうだとか。型に嵌めて、分類できれば楽なのに」
人の心はコロコロ変わる。
捉え所がないもの。

友香の漏らす愚痴に、
「はははは、確かに」
和也は笑ってその考えに同意した。

和也が友香に話しかけている間、未唯は熱く歌っている。

そこへドリンクがテーブル下のチューブを通過して上がってきた。
甘党和也はアイスロイヤルミルクティー。
未唯はウーロン茶。
友香がグレープフルーツである。

「どーしてこんなに人間関係って複雑なんだろー。はぁ。なんか面倒だね」
甘苦いグレープフルーツジュースを口に含み喉を潤す。
友香的に普通に喋ったつもりが、疲れた感じの声になってしまった。
「今も昔も変わらないよ。人間は、っていうか。感情がある限り、摩擦みたいなものは生まれてくると思う」
分かっていてさらっと流してくれる和也は喋りやすい相手だ。

重い話題でも投げ出さずに付き合ってくれる。
密かに友香は感謝して。
それから自分を励まして和也へ返事を返す。

「うん、知ってる。分かってる。つもりではいるよ。つもりだけど、現実として突きつけられると中々痛い」と。

「それだけ分かってれば今は十分じゃん? どんなに背伸びして見せても、外(ほか)から見ればガキのタワゴトとしか受け取ってもらえないんだし」
同学年からすれば大人びている。 
家業掛け持ち勤労学生である和也の言葉は、時折深い含蓄があって友香も驚かされる時があるのだ。

今のように。

「最近毒舌に拍車がかかってない? 和也って……」
思わず顔を挙げ和也へ目線を向け。友香は驚きの声をあげた。

相手を非難しない範囲や、最低限のラインを保って発言している和也にしては珍しい。
男子にはこの位言っているのかもしれないが、フェミニストである和也が遠慮なく意見を言う場面には早々遭遇しない。

 それだけ信頼してもらってるのかな。

自分に自信が無い時には判断に迷う和也の言葉。
目を見張った友香に、和也は顎に手を当てて少し目線を下げた。

「セラに感化されたかな?」
少し考え込んでから和也が結論を口にする。丁度そのタイミングで。
「次は和也だよ〜」
余韻冷め切らぬ小興奮状態。未唯はマイクを和也へ投げた。
「さんきゅ〜」
未唯からのマイクを器用にキャッチ。
受け取って和也今度は和也が画面に顔を向ける。

深刻なのは友香一人で、残りの二人はまったりゆったり。
カラオケを楽しむ。

一人取り残されている気持ちで、実際に取り残されているのでなんとも言えない。

無自覚に眉間に皴を寄せ友香は口をへの字に曲げた。
席に座った未唯がストローからウーロン茶を数口飲んで友香へ視線を向ける。

「壁は高いね」
「気にし過ぎ、友ちゃんは。アタシみたいに気にしなさ過ぎも問題かもしれないけど」
未唯は、ちょっとだらしなく両足を少し遠くに投げ出して座った。
「互いに無いモノ強請りなんだよ」
断定口調で未唯が言う。
「?」
未唯の言いたいことが分からなくて友香は首を傾げる。

「せーちゃんはさぁ〜。力が無いフツーの女の子に憧れてさ。
友ちゃんは特殊能力にちょっぴり憧れてさ。えーっと? 隣の家の庭はステキvって見えるヤツ。
そーゆうの無いモノ強請りだよね、だって隣の家には住めないもん」

「えっと? 隣の芝は青いって言いたいの?」
未唯の言った言葉を総合して考えて、友香は諺を口に出した。

「そーそー、お互いにね」
友香は察しが良いので言葉が多少足りなくても会話が成り立つ。
これがよろづ部有志メンバー熱血少年・麻生 辰希(あそう たつき)だったなら。
言葉を読み取らないので会話が弾まない。

拳なら弾むかもしれないが。

嬉しくなって笑顔になった未唯の顔を、心底複雑そうな表情で友香が見た。
「……二人が」
言いかけて友香は一回口を噤む。
気まずい気持ちを顔に出して。

「二人が。和也と未唯がそんな風に言えたり考えたり出来るのって。二人が力を持っているからだよ。
わたしは二人と違う。何も力を持たないただの女の子だから。心配してくれるのは嬉しいけど、二人にわたしの気持ちなんか分からないでしょ?」

 一気に喋るのはさすが女の子? 

悔しそうに呟く友香の言葉に未唯は動きを止め。
和也も思わず歌うのを止めて友香を凝視する。

「ごめん、もう帰る」
和也や未唯は気にしないだろう。
けれど自分が気にする。

居た堪れない気持ちになって友香は逃げ出すように。足早に。
機械的に「また明日ね」とさよならの挨拶を二人へ投げつけ個室から出て行った。

「余計なお世話だった?」
和也と顔を見合わせつつ、未唯がしょんぼりした顔つきで問いかける。
「そうとも言えない。苦い現実は誰だって直視したくないものなんだ」
スイッチを押して曲を一時停止。
和也はきちんと未唯の疑問に答えた。
「厭だったら見なきゃいーじゃん」
不思議極まりない。
顔と態度に出して未唯が発言すれば和也は乾いた笑みを浮かべる。
友香が出て行った個室の入り口を見やり、和也と未唯は小さく息を吐き出したのだった。





身体を覆うのは情けない気持ちだけ。
足早に歩く友香の顔色は冴えないままである。

関内駅から自宅のある根岸駅へ向うべくまずは駅へ足を向けた。
筈なのに。

「うっし。悠里の予想はばっちりだな」
関内駅を目前に辰希に捕まる。
改札前に仁王立ちした辰希は友香を認めるなりニカッと笑い、問答無用でその手首を掴む。
「ちょ、ちょっと!」
引き摺られるようにして歩きながら友香は抗議の声を上げる。
「そんなに気分がワリーならさっさと謝っちまえよ。それでチャラになんだったらな」
辰希は友香を連れて海央学園までの道のりを辿る。
友香にしてみれば本当に不本意で辰希がさせたがっている事が分かるだけに。
ついつい体は逆らってしまう。
「言えたら苦労しないよ!」
顔を真っ赤にして友香は叫んだ。

恥ずかしいではないか。
間違える事は悪い事で、疑う事も悪い事だ。
その二つを信頼していると言っていた相手にしてしまったのに。
どうして平然と何も無かったように喋ったり出来るのだろう。

「頭を下げる覚悟が無いなら、張る見栄なんざ持つもんじゃねぇな」
謝れないのなら。
安易に人を疑い喧嘩をするべきではない。

シンプルにでも辰希らしい粗暴な言葉遣いで紡がれる。
真っ直ぐな気持ちでいつも居られたらどんなに楽か。
心に疚しさがあるとついつい誰も彼もが輝いて見える。

「勝手に決めないで。なんで……」
自分の中の可愛くない部分。
天邪鬼な部分がどんどん頭をもたげついつい辰希に八つ当たり。
語気を弱めて友香は反論した。
「お節介はお互い様だろ。ほれ」
歩いて数分もかからない位置にあるのが海央学園。
校門前には苦笑する悠里と並んで立つ心配顔の初代王の姿。
セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターその人である。
「あっちもあっちで空元気なんだよ。俺の調子が狂うじゃねーか。この際俺の顔を立てるっつー事で仲直りしろよ」
セラフィスにも聞こえるよう怒鳴りつけ、辰希は友香の背中を大きく押した。
「きゃっ」
前のめりに転びそうになり友香は倒れこむ。
一瞬驚いて立ち竦んだセラフィスは慌てて友香に駆け寄った。
「トモ! 大丈夫!?」
セラフィスは大声を出して咄嗟に友香の手を取る。
友香がきちんと立っているのを確認して徐に辰希を蹴り上げようと構えた。
「おい。幾ら親切心とはいえトモが怪我したらどうするんだ」

 ギロリ。

数秒前までの憂い顔は何処へやら。
凄みを利かせた声音で辰希を睨み上げる姿は、これ以上はないくらい迫力満点だ。
セラフィスが女である事を忘れそうになって、辰希は思わず一歩後退する。

「お、オマエなっ。人の親切を仇で返すような真似すんなよ」
上擦る声で弁明する辰希はなんとなく可愛い。
不謹慎にも友香は笑い出してしまう。
「笑うなよ……笹原」
鳴いたカラスがもう笑う。
友香の笑顔に辰希は折角格好良くキメたのを邪魔されて、脱力してしまった。
セラフィスに睨まれた時点でタジタジになったので、全てが格好良くというわけにはいかないのだが。
「や、一瞬ツボだったぜ? 辰希の怯える姿は」
ニヤニヤ人の悪い笑みを浮かべ悠里も歩み寄ってくる。
「嫌味かよ!」
思わず裏手で突っ込んで辰希は絶叫した。

悶える辰希の姿が可笑しくて友香は大爆笑。
容赦も遠慮もなく盛大に笑う。

「う〜ん……アイツのシナリオだと、友情の再確認をして話が終わるはずだったんだ?」
爆笑する友香に毒気を抜かれたのはセラフィスも同じ。
頭をかきかき困惑顔で悠里へ話を振っている。
「多分な」
両腕を広げおどけつつ悠里が返事を返した。
「じゃ、仲直り?」
疑問系で友香に問いかけるセラフィス。

恐る恐るといった態の彼女に友香はにっこり笑って手を差し出す。
一瞬怯むセラフィスの手をしっかり握り締め友香は目尻の涙を拭った。

「うん、仲直り」
セラフィスの気性なんか直ぐに変わるものじゃない。

変わった部分もあるけれど、根本的なお人よし部分だとか。
妙に慎重なところとか。
ときどきこっちが驚くくらい小心な女の子だったりするのは。
今も昔も変わっていないのだ。

 わたしだって変わってないよ。
 セラフィスをセラを信じる気持ち。
 一緒にはしゃいで楽しくしたいっていう気持ち。
 変わった部分だってあるけれど。

「ハッピーエンドじゃねー?」
言い、ゲラゲラ笑う悠里とぶすくれる辰希をバックに互いにニッコリ笑いあう。
「ゴメンね。時々また凹むこともあると思うけど、わたしはわたしだから」
今はコレだけで精一杯。
でもセラフィスには十分すぎる。
零れるような笑顔を浮かべるセラフィスに友香も胸が温かくなった。

「りょーかい。あたしも時々羽目を外すし、力も使う。でも距離感はお互いこの位が一番楽しいし嬉しいよね」
ユルーイ口調は変えずに。
セラフィスはのほほんと微笑んで友香の手を握る。

変わらない、でも、色々な気持ちを抱えて変わり続けるセラフィスの笑顔。
少しだけ感じ取って友香は握った手を力強く握り返す。

「あははは。そーだね。あ! 和也と未唯が関内駅前でカラオケしてるよ」
すっかりおいてきてしまった二人を思い出し、友香は慌てて未唯へメールを入れる。
「マジ? じゃ早速合流して騒ぐぞ〜」
カラオケ好き。瞳を輝かせてセラフィスが開いた片手を振り上げた。
「カラオケかぁ。じゃ俺も」
腕組みした悠里がちゃっかり参加を仄めかした所で。
「つーかお前ら!! 学園帰りに寄るカラオケは校則違反だろ!」
なんだかんだ言って真面目な辰希が驚愕して三人に注意を促す。

「「既存の規則は破るために存在すんだよ」」
ユニゾンで悠里とセラフィスに「それでいいのか」と突っ込みたくなるような。

俺様思考のお言葉が返ってくる。

「昔からあーだから、今更悔い改めさせるのは無理だよ。ほら、麻生君も遠慮しない。楽しいことは皆で分かち合わなきゃ」
歩き出した悠里について、手を繋いでセラフィスと歩き出した友香。
振り返って辰希を手招きする。
「責任はお前が取れよ」

 びっし。

セラフィスを指差し、辰希は忠告してから三人について歩き出した。

別にカラオケが嫌いなわけじゃない。
言うほど校則を守る義務感も持ち合わせていない。
この面子が揃うとついついストッパー役に回ってしまうのがそんな辰希の性分である。

互いの距離感それぞれ。

社会見学に端を発した揉め事は漸く収束したのだった。


中学生日記風完了〜。次からは少々アクション風に出来るかな……。ブラウザバックプリーズ