部日誌25  『嘘の依頼?』



「……」
真夜中の職員室。
セキュリティーにかからないよう、予め職員IDを利用して潜入済み。
「にしても、涼も俺一人に任せるなんて目が高いぜ」
一人悦にいった表情で人の気配ゼロの廊下を歩く、褐色肌の少年。
よろづ部有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)は天狗状態。

要は鼻高々。
ミニライトを小にセットしてテクテク。警戒心の欠片もなく歩く。

「しっかし、セキュリティーの高いこの学園に泥棒しようなんてなぁ? 居るのか?」
校門前には監視システム。
赤外線での探知システムや、異星人犯罪にも適応できるよう様々なパターンが組み込まれている。

辰希は不思議に思いながら理科準備室へ向っていた。
秘密の依頼で、依頼が終了するまで他言は無用。
注意して二代目王・よろづ部部長、霜月 涼(しもつき りょう)は依頼の書かれた紙を辰希へ渡した。

つい二日前。
「え? 俺一人でか?」
通常なら誰かと組み、負担を少なくする依頼解決を目指すのが涼流。
その涼が辰希だけを名指しし意味深に他言は無用と言う。
涼らしくない言動に辰希は首を捻った。
「ああ。辰希になら出来るだろう?」
涼にしては本当に珍しい。

熱血漢で正義感もある。
だが、テンションが直ぐにあがって暴走しやすい辰希を。
一人依頼を任せたり等するなんて。自殺行為である。

表向きは辰希を信頼しているような口ぶり。
紙の内容を読む辰希の顔色を涼はそっと窺った。

依頼自体は辰希一人では無理だ。
だが、涼の『目的』を達するには辰希がどうしても必要で。
彼の歳相応の少年らしい言動が必要なのだ。

 悪いな、辰希。今回ばっかりはお前の熱血パワーを借りるぜ?

涼の視界の端で一見いつも通りを装う副部長。
井上 悠里(いのうえ ゆうり)は空席になってしまった、データ処理用のPCへ声をかけそうになって。
慌てて口を噤む。

今日だけで既に六回。

その席に座っていたのは初代王の、セラフィス=ドゥン=ウィンチェスター。
悠里が信頼を篤く寄せていた人物。

事情を説明せず汚名を一人で被った彼女の行動。
察知できなかった悠里は己の能力の限界を嫌というほど痛感している。
態度で他のよろづ部員へ見せたりはしていないものの。
悠里が落ち込んで、自身に腹を立てているのは明白だった。

 いいんじゃねぇの? 別に。喧嘩しても、嫌っても。
 感情を持っている以上、奇麗事だけで生きてけるほど。
 器用じゃねーのにさ。人間は。

異星人も住むコロニーで少年時代を過ごし、柔軟性を持つ涼とは違い。
悠里は生粋の地球産まれ地球育ち。
セラフィスの特異能力は知っていても。目撃していても。

露骨に使われた日には嫌悪感だって沸くだろう。
当たり前の感情で、別に悠里に非はない。
誰も悠里を責めていないし、恐らく一番先に悠里を許しているのはセラフィス本人だろう。
だから悠里に落ち着かせる時間を与える為に、よろづ部をサボり続けている。

「うー……」
辰希は鼻の頭に皴を寄せ奇妙な唸り声を出しつつ、紙を丁寧に黙読した。
そんな辰希のちょっとした真面目な面も知っているから、涼はこの二人に任せてみようと思う。

 そういや。辰希は面と向ってセラフィスを非難しなかったっけな。

「なあ? なんで文句言わなかったんだ?」
半分幽体離脱を果たしている悠里は少々無視。
涼は紙と睨めっこしている辰希に尋ねた。
「は?……あ、ああ、アレか」
ちらっと悠里を見やって辰希は自分の坊主頭を片手で撫でる。
「人間? あー、異星人か? アイツは。誰だって間違うだろーしよ。失敗だってするしな。
アイツを神格化しすぎなんだよ、この学園の連中は。本当だったらアイツの方が被害者かもしんねーとか。俺は思ったりもするわけよ」
セラフィスに対する期待過剰感。本人だけに向けられる厚い信頼と友愛。

嫌な気はしないが勝手に崇め奉られて、イメージを押し付けられたら。
それはそれで窮屈だ。

辰希はただの小五月蝿い小娘としか見れないセラフィス。
別段咎める点はない。
誰にだって勘違いや早とちりはあるのだから。
能力に関しては答えが出せないでいるが、結果オーライなら気にする必要もない、と。

実に大雑把かつ大らかな辰希の思考回路が結論を下していた。

「えっと、なんつーの? イメージ先行型みてーな、そんな感じだな」
「確かに。セラは背負わされすぎなのかもな」
辰希のごくあっさりした返事にうなずきかえしつつ。
涼は小さく息を吐き出した。



32世紀。場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がり初代王も加えて賑やか? になったよろづ部。
期末前の高校受験もかねた三年生対象の実力試験も終了。
実力を出せた者も出せなかった者も。
それぞれに直ぐ近くまで迫った期末試験へ向け勉強・勉強。



そんなある日の金曜日夜。
辰希は涼の依頼(密命)を受け夜の海央学園中等部を歩いていた。
「はぁ。しっかし一人だとヒマだな。涼もよ、誰かを一人寄越してくれたってバチは当たんねーだろうに。俺様の実力からすれば一人でも平気なんだけどなぁ」
理科準備室が辰希の視界に入ってくる。
辰希は目だけを動かし聞き耳を立てる。
「……」
怪しい物音。気配。物体。
辰希が感じる範囲ではゼロ。
念の為探知機も取り出す。
周囲を探るように360度。ぐるりと回って反応をチェックするが、無反応。
「うっし。泥棒らしきはゼロ。準備室と理科室を見回って証拠写真とって。帰るか」

 があ。

大きな欠伸を漏らして辰希はそっと準備室へ通じる扉を開けた。
「!?」
開けてミニライトを消して月明かりと非常灯だけを頼りに目を凝らしていた。
辰希に、縄のようなものが襲い掛かる。
「うわっ」
思わず声をあげ、辰希はジタバタともがいた。
「……マジかよ……」
辰希の頭上からは聞き覚えのある声。

 パチン。

音がして準備室に明かりがつくと、呆れた表情の悠里が辰希を見ていた。
辰希と言えば縄でぐるぐる巻き。
身動き一つ取れない状態である。
「悠里!?」
辰希だって驚き目を丸くする。
「なんでお前がいるんだよ」
それは辰希の台詞である。
悠里は怪訝そうに眉を顰め、囚われた辰希を凝視した。
「俺? 俺は……依頼の処理で、ここに。一応秘密らしーけど、まぁ、悠里に喋っても問題はねーよな。なんでも泥棒が出るらしくてココへ来た。涼直々の指示で」
秘密の依頼は、通常時と違い依頼用紙がない。
内容を確認した時点で用紙を廃棄する。
辰希は仕方無しに口頭で理由を説明した。
「……」
目を細めた悠里の顔が険しくなる。
頭の回転が遅いと言われる辰希でさえ、悠里の顔に浮かんだ感情を読み取れ。
なんだか一気に疲れてしまった。

 疑心暗鬼、か。

無理もない。
セラフィスの奇行と、伴う誤解のショックから悠里は脱していない。
辰希のように昨日の揉め事は昨日。今日は今日。
等と割り切れるほど器用でもないのだ。

神経質な悠里の正義感。
一度疑いだしたらキリがなく、悠里としても歯止めが利かない。

 ったくよ。分かってて俺をダシに使ったな。

辰希の脳裏に浮かぶ二代目王の顔。
裏を返せば信頼の証なので、今回は『貸し』にしておく。

表情はムッとした表情を浮かべ、辰希は喚き始める。
「その上手く立ち回れる頭で考えてくれてんのは、いーけどな。いい加減この縄外せよ。つーか悠里はなんでこんな場所にいんだよ」
不機嫌丸出しで辰希が言えば悠里は鈍い反応。
軽く頭を左右に振って口を開いた。
「俺は生物部からの依頼。生物部って科学部と共有する部分、理科準備室があるんだけどな。そこで怪現象が起きているから調べて欲しいって。よろづ部の依頼」
胸ポケットから紙を取り出し、辰希に読めるように広げて目の前にちらつかせる。
「へー。でもよ、なんで一人で依頼してんだよ」
それは辰希もそうなので。お互い様。
自分の事はさっさと棚に上げて不思議そうに問いかける辰希に悠里は強張った笑みを向けた。
「俺は彩から一人でってメールを貰った」
悠里の返答に辰希沈黙。

他の仲間も居ればそれなりに会話できる二人でも。
二人っきりで話し合えと状況をセットされてしまえば話は別。
気まずいわけじゃないが会話の糸口がつかめない。

普段なら機転をきかせる悠里も今日は冴えないただの中学生。

互いに黙り込む。

 《チュチュ……》

ねずみの声? 不思議に二重に響く生き物の鳴き声。
理科準備室の隅っこから二人の耳に届く。
悠里は辰希の縄を解かないまま部屋をウロウロし始めた。

潔癖症。神経質。
人懐っこい態度と言動に誤魔化されてるが、悠里の素はそんな感じだ。
拘るタイプの悠里がここまで頑ななのは自分の実力のなさに苛立って。
苛々を八つ当たりしない為。
人に見抜かれぬよう隠しているから。

 俺も人のこと言えねーけど、どいつもこいつも頑固だな。
 今度は俺がよろづ部を裏切る行為をしてないか。
 信じたくない反面、もしかしたらって。疑ってんのか。

 《チュッ…ピッ…》

 涼の奴この依頼が終わったら何か奢らせてやる。
 ったく、変な依頼押し付けやがって。

鳴き声しか聞こえない生物の気配を感じつつ、ぼんやり辰希は一人考えに耽った。

「辰希!」
「あ?」
慌てた悠里の声を聞いたかな〜? 辰希が感じた途端に体中に纏わり付くピンク色の液体。
ネバネバしたそれが身体の拘束を強めていく。
「ゆ……」
口を開こうにもネバネバは固まってしまって、体中に瞬間接着剤で固められてしまったように動けない。
辰希はかろうじて目を開ける左目を開き、悠里に助けを求める目線を送る。
悠里は苦悩の色を濃くして立ち尽くす。

 ……あー!!! もーどいつも、こいつもっ。

心境的には『一発殴らせろ』である。
辰希は歯軋りして戸惑う悠里の表情を片目で懸命に追い続ける。

「あ、ワリ」
恨みがましい辰希の視線に気付き悠里が動き出した。
理科準備室備品棚から薬品を捜す。

スプレー缶を取り出して、辰希に満遍なく振りかける。
ピンクのネバネバは溶け、縄も自動的に解けた。

「一人シリアスするのは勝手だけどな、先に俺を助けろよ」
やっと自由を手に入れた辰希はまずさきに不服の申し立て。
そんな辰希の数メートル先では子猫ほどの大きさのピンクの物体がチューチュー鳴いていた。
「ガガモモか……」
「ががもも?」
初めて耳にする単語に辰希はチューチュー鳴いているピンクの物体を見る。
「俗に言う上流階級のお偉いさんが飼育する愛玩動物の一種だ。大人しい性質を持つ小型の動物らしいけど、俺も実物を見るのは初めてだぜ?」
悠里は説明した。

ガガモモ、姿形は猫に近い。
だが毛足が長く、床にまで垂れ下がった耳とヒクヒク動く鼻はウサギで。
丸い大きな瞳は薄い赤。
色は表現すればピンクだが、正しくは淡い桃色か桜色。
ガガモモは人馴れしていて逃げ出す気配はなかった。

「あらあら、こんなところに居ましたのね?」

 フシュー。

音もなく理科室から準備室へ入る扉が開き、一人の女性が姿を見せる。

「わたくし、由梨香(ゆりか)と申しまして。海央の肩書きで説明するならプリンセスですわ」
ガガモモをひょいと抱き上げ、女性・城地 由梨香(じょうじ ゆりか)はほんわかした笑顔を二人へ見せた。
肩までかかる黒髪に一重の瞳。
和風の雰囲気を漂わせる大人の女性。な、印象を受ける。

「二重の依頼は違反にならないと、二代目王からも了承を頂いておりましたの。
井上さんには『怪現象の原因追求』で、麻生さんには『理科準備室の泥棒を捕まえて欲しい』とお願い致しました」
由梨香の言葉に合わせてガガモモが呑気にチューと鳴く。
「ガガモモをわたくしの後輩が逃がしてしまったようで、捜していましたの。丁度新聞部の方から理科準備室でそれらしき生物を見かけたと窺いましたので。念の為、二重の依頼をお願いして見事発見ですわね」
「「……」」
「二代目が理解のある方でよかったですわ」
尚も説明する由梨香に今までの葛藤だとか、諸々が馬鹿らしく感じて脱力する悠里。

辰希はそんな依頼内容だったらもっと簡潔に伝えろ。
なんて仕組んだ涼本人へ心の中で恨み節。

まず由梨香は辰希へ向って深々と腰を曲げで頭を下げた。
「麻生さん有難う御座いました。これにて麻生さんの分の依頼は完了です」
「おう」
由梨香の言葉に辰希は短く返答し、このまま悠里と帰るのも気まずいので、一足先に帰宅する事にする。
捨て台詞を残し辰希は来た時と同じ、ごく普通に去って行った。


「本当、鈍感なんですね」
困った顔で眼鏡を外した悠里に由梨香は頬を膨らませる。
「わたくし、これでも今回は怒ってますのよ?」
「俺がセラを信じなかったからか?」
疑問系に疑問形で返す。
悠里の切り返しに、由梨香は益々拗ねてムッとした顔をした。
「違いますわ。どうして一人で抱え込もうとしますの? わたくし、悠里の彼女じゃなかったんですか? それとも都合の良いときだけの彼女ですの?」
裏では有名歳の差カップル。

悠里と由梨香は家がご近所同士の幼馴染。
当初は悠里が一方的に熱を上げ、果敢にアタックしていたのは伝説となっている。
京極院カップルほどあからさまにくっつく姿は目撃されないが。
この二人はこの二人のペースで。
距離と時間を埋めあっているのだ。

「俺は……」
悠里は言い淀む。
「わたくし、悠里が考えるほど『出来た女』じゃありませんわ。美化されても困りますの。だって、わたくしいつも妬いてますもの。セラと悠里の距離に」
「はぁ?」
「わたくしでも羨ましいって感じますわ。悠里と一緒に馬鹿騒ぎしてみたいと。思うことだってあります。
悠里が考えているほどわたくしは大人じゃありません、だから悠里には無理して背伸びをして欲しくはありません」
早口に捲くし立てて由梨香は仄かに頬を染めた。
「時々、弟みたいに想ってしまって不快な思いをさせているの分かってます。
でも悠里だから。
井上 悠里という人だから好きだと想える。学年も違う、勉強する場所も違う。わたくしより他に好きな人がいたら? 疑わないように我慢しようって、そう言い聞かせてるんです。
歳の差だって、本当に気にしているのもわたくしの方ですわ。だってわたくしの方が……早くにお祖母ちゃんになってしまうもの」
ちょっぴり悲しそうに微笑む由梨香の笑顔が無性にクる。

悠里は耳まで赤くして沈黙した。
こんな彼女だから、年齢とか立場とか。無理矢理飛び越えてでも隣に居たいと願っていたのに。
立場を手に入れた途端守りに走るのは……そりゃー少しは。大分? 卑怯なのかもしれない。

「だから羨ましいんですの。悠里と一緒に笑って騒いで、そんな風に時間を共有できるよろづ部の皆様方が。わたくしが大切にされてないとは申しません。でも悠里は溜め込みすぎです」
 ねえ? 由梨香が腕の中のガガモモに同意を求めれば、意味は分かってもいないのに、ガガモモがチューと鳴く。
「凹んだら少しは頼って欲しいです。守られてばかりなんて、わたくし嫌です」

 だから今日はわたくしが家までお送りしますね? 悪戯っぽい口調で由梨香が言えば、悠里は唸る。

彼女だから守りたい。格好よい自分を見せたい。
でも駄目な自分も受け入れて欲しい。そんな感情が悠里の中で葛藤する。

「ワリ、先読みしすぎだったな」
周囲の雰囲気の変化を読み、先に動く。悠里の行動スタンス。
いつも上手い具合に悠里の機転が利くので自然と悠里も錯覚していた。

己を殺して集団の為に動く。これが悠里の立場なのだと。

本来は、そう動きたいと思う悠里が居て。
周囲の理解があって回るものも、悠里が一人で抱えて努力しているだけでは空回り。
由梨香はそれを怒っている。

頼って欲しい。相談して欲しい。
答えは出せないかもしれないけど、傍に居る事は出来ると。
彼女らしい悪戯(依頼)を仕掛けて。

「今日はきっちりすっぱり。蟠(わだかま)りなく語らって頂きますからv」

 ふふふ。

笑う由梨香に合わせて矢張り呑気にガガモモは『ピッ』と鳴いたのだった。

「じゃー今晩だけは遠慮なく。お付き合い願えますか?」
少し気分が浮上した悠里がニヤリと笑いながら片手を由梨香へ差し出す。
「勿論、喜んで」
嬉しそうに表情を緩めて由梨香は悠里の手に己の手を重ねる。


嘘も方便で役に立つモンだろ? とは後日辰希に昼食を奢った二代目の弁。
小粋でお節介な二代目の行為に少々呆れつつも悠里は幾分元気を取り戻し、上の空病を克服したのであった。


悠里もそれなりにコンプレックスの部分があるんだと言う話。これも中学生日記を目指して見ました(笑)爽やか過ぎるかな(苦笑)ブラウザバックプリーズ