部日誌24  『お勧めできない手段』



32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。

海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がり初代王も加えて賑やか? になったよろづ部。

海央学園中等部屋上。
夏も近づく湿度交じりの蒸し暑い風。
直射日光を避けまったり一人で昼食を取る。
「ふぁーあー」

 眠い。

そんな顔で欠伸を一つ。
初代王・セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターは屋上へ通じる扉の脇に座って現在昼食中。
半分眠りつつ箸を動かす器用さを発揮。
「っしょっと」
そこへ空路伝いに屋上へ着地するのは。
よろづ部有志メンバー・京極院 未唯(きょうごくいん みい)。
彼氏で、同じく有志メンバーである京極院 彩(きょうごくいん さい)同伴である。
「いたいた〜」
「ほえ?」
未唯に指差されてセラフィスは首を傾げた。
「どうして最近よろづ部でお昼食べないの?」
セラフィスの座る隣に遠慮なく座り込み、箸を持ったままボケーッとしているセラフィスに尋ねる。

ここら辺は相変わらず直球。
捻りも変化もない問いかけ。
未唯らしい。

「あー、ちょっとね」
苦笑いしたセラフィス。

誤解だった。
で済む問題ならこんなにギスギスはしない。

セラフィスの気持ちを察して彩がため息をつく。
元々セラフィスの行動は他人を巻き込まないように。
が、第一で。

でもそれは時と場合によっては偏見を生み。友達関係に溝を生む。

互いに小学校にあがるまでは、ご近所だった、彩とセラフィス。
二人の兄同士が仲良しでよく遊んだりもした。
その当時から似たような騒動や揉め事は。
あったにはあっただろう。
幼かった彩に騒動の本質を見抜ける勘の良さがあったなら。

「えっと、未唯に運んでもらったのはちょっと反則だよね。分かってるけど、セラは中々掴まらないし」

気まずさ大爆発である。
社会見学の時に依頼で動き、依頼主の安全の為に奇行を取ったセラフィス。
事情を知らなかったメンバーの一部が彼女に反発したのは記憶に新しい。

彩もその反発組の一人。
謝ろうにもセラフィス本人がよろづ部メンバーを避け始めてしまい、近づく事が出来なかった。

 言い訳……だよね。

苦々しい気持ちで彩は立ってセラフィスを見下ろしたまま、自嘲気味に笑う。

 知らなくても。分からなくても。
 セラは僕を信頼して一年間。待っていてくれたのに。
 僕は信頼できなかった。
 瞬間的にセラの能力に恐怖した。

全てを見通す神の瞳。
相手の深層心理、感情すら読み取るその瞳を嫌悪した。

「ごめん。言葉じゃ薄っぺらくてなんとなく、だけどさ」
情けないな。
彩はポカンとした顔のセラフィスに深々と頭を下げる。
「仕方ないよ」
奇妙な顔つきでセラフィスは肩を竦めた。

「この力は。地球人でも他の星の人でも。
誰が見ても気味悪いし恐いでしょ。気持ち悪いと感じた、彩の感覚の方が正しいと思うよ」

小さな声。
事実をありのままに、淡々と語るセラフィスの声。

滑らかな語り口加減に、この言葉をセラフィスがよく使っていたのが窺えて。
相手の反応に慣らされてしまったその喋り方に。
彩の胸に罪悪感が込み上げる。

 誰も生まれてくる場所は選べないのに。
 持って生まれた力を選ぶ事なんで出来ないのに。

未唯と一緒に暮して十二分に悟っていたつもりになっていた。

「無理、しなくていいよ?」
激しく落ち込む彩に、セラフィスが困った顔で声をかける。
食べかけのお弁当箱を脇に置き。

彩の冴えない顔色を見る。
「無理に背伸びして相手の事情を知ったかしなくていい。
その時感じた気持ちを、世間から見て、常識から考えて。負の感情だから駄目だとか。そんな枠で括る必要はない。
皆それぞれに自分のラインを持って生きてるんだから。彩が感じた感情を、彩が否定しちゃ駄目だよ」
セラフィスの言葉に、彩は無性に悲しくなった。

 じゃあ、セラフィスの気持ちはどうだっていいみたいじゃないか。
 僕にセラフィスの立場は理解できない。
 確かに、理解はできない。
 でも友達として仲間として心配している気持ちに嘘はないつもりなのに。

 無視しろといわれてしまったら。
 セラフィスが大人びているから。

何も言えなくなってしまうではないか。

「だって……。悠里はなんか複雑みたいだし。友ちゃんは元気ないし。涼は頑張って何時も通りに振舞ってるつもりでボケてるし」
彩の気持ちを察した未唯が助け舟を出す。

元気のないよろづ部メンバー。
もうすぐ実力テストや、期末テストがあるのに。
どんよりした重い空気が漂っていて、未唯も居心地が悪くて仕方がない。

「和也と辰希だけは変わってないけど」

 マイペース? 海央の王子・星鏡 和也(ほしかがみ かずや)と。
よろづ部有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)の二人だけは以前と変わらない。

付け加えた未唯の言葉にセラフィスはクスクス笑い声を上げた。
「ああ、あの二人はあたしを凄いって思ってないからね」
セラフィスの返事を未唯は不思議に思った。
「どうして?」
直球勝負は未唯の得意技。
それでもって疑問を抱いたら直ぐに解決が未唯のモットー。

「カズはさぁ。初代王としてのあたしを凄いって思ってないの。そういう尊敬対象にしてないんだ。
だからあたしが馬鹿やっても、失敗しても『そういうコトもあるよね』ってカンジで。
セラフィスっていう名前を持った仲間。位にしか見てないよ」

セラフィスの回答に未唯の疑問は益々深まった。
口を開きかける未唯を目線で制して、セラフィスは喋る。

「アイツもそうだね。初代王として目標にはしてるけど、偉大だって思ってない。口煩い女位の感覚じゃないのかな」
ジリジリ肌を焼く太陽の激しい光。
目を細めセラフィスは遠くを見つめた。

「あたしの立ち位置は皆と違うから。錯覚するかもしれない。
あたしは正しい・偉大だ・カリスマだ。
とうてい敵わない遠い存在だって、そんな風に見られてんだよね」
薄く笑ってセラフィスは皮肉交じりに呟く。

「駄目なの? そう見たら」
セラフィスの方へ身を乗り出して未唯は懲りずに問いかける。

「駄目じゃないけど、偶像崇拝はいただけないかな〜ってね。
彩だってそー思ってるでしょ? あたしには敵わないな〜って。
でもさ、あたしだって思ってるよ? 彩には敵わないな〜って。未唯にもだけど」

「「そうなの!?」」
セラフィスの発言に仰天して、彩と未唯は思わずハモって奇声を上げる。

「うん。思ってるよ。悠里みたいに地味な努力出来ないし。
友香みたいに優しくないし。涼みたいに視野を広く持ってないし。
和也みたいに平然としてられないし。アイツみたいに物事に熱くなれないし」
膝を抱えて座りなおし、顎を膝の上に乗せ。
セラフィスは優しい表情で彩と未唯へ顔を向ける。

「彩みたいに、迷っても。間違っても。間に合うならちゃんと訂正しようって。謙虚な気持ち持ってないから。
敵わないな〜って思ってる。未唯みたいに、素直になれないから。
真っ直ぐに気持ちをぶつける事出来ないし。
違う環境で勉強して慣れようっていう、その真っ直ぐなトコ。敵わないな〜って」

 ふにゃり。

いつもの眠そうな声で、顔で。セラフィスは二人を見て本音を吐露した。
彩は、セラフィスの目に映った自分像に衝撃を受け固まる。

「えへへへへ」
未唯は称賛を素直に受け入れ、照れた顔つきで頬に手を当てた。
「じゃあ、アタシが見たセラはねぇ〜」
「その前にお昼食べたら?」
嬉しげにセラフィスについて語りだす未唯に、自分の腕に止めた腕時計の文字盤を見せ、残り少なくなった昼休み時間を示す。
「あ、大変。彩っ、彩! 先にご飯しなくちゃ」
立ち尽くしている彩を手招きして、未唯は自分の分のお弁当を広げる。
「う……ん」
彩もなんだかぼんやり。
曖昧にうなずき未唯の隣へ腰を下ろした。

未唯にせっつかれのんびりお弁当箱を取り出し。
箸を未唯から渡してもらい昼ご飯を始める。
未唯も両手を合わせて「いたっだっきまーすっ」なんて食事前の挨拶。
京極院家の主婦、未唯の母親代わりとの合作弁当を摂り始めた。

未唯と彩が仲良く食事をする風景を横目に、セラフィスも昼食を再開。
「……いい天気」
箸を口に銜えたまま薄水色に晴れ渡った空を。
セラフィスはぼんやり眺めた。





午後の授業の為に教室に戻る。

午後の授業はクラス全員が受ける基礎科目。
国語だったり数学だったり英語であったり。
美術・音楽・体育等の共通科目となっている。

昼食後に教室移動を行うと教師側の負担も多少は重くなる、らしい。
というのが生徒の間での専らの噂だが。
真偽の程は定かではない。

彩がさり気なく、同じよろづ部員・笹原 友香(ささはら ともか)へ目線を向けてしまう。
窓から空を見上げ友香は頬杖ついてため息をついていた。
自己嫌悪と罪悪感が混ざった顔。

 きっと自分もそうなんだろうな。

苦笑。
彩は考えて友香に声をかけず自分の席についた。
国語の教科書を端末に表示して、ついでに画面を三分割。
ノートの部分の余白にメールソフトを起動。

《和也。さっきお昼にセラに会ってきた。
セラは、僕達がセラの能力を気味悪がってもそれは自然で仕方ないって。そう言ってた。
そうかなって思うけど、でも僕は違う気もする。上手く表現できないんだけど、もやもやする。
和也はどう思う? 彩》

入力終了した瞬間にチャイムが鳴る。
扉が開いて国語の教科担当が姿を見せた。
「きりーつ」
日直が直ぐに号令をかける。

ガタガタッ。

一斉に椅子が動く音がして生徒達が立ち上がる。
「れいっ」
矢張り日直の合図で教師と生徒が互いに一礼。
「お願いします」

互いに時間を共有し知識を分け合う。
海央学園の教育理念に基づいた授業前の、ちょっと古風な儀式。
昔風の学園ドラマならやってそうなこの儀式も。
彩は中学入学と同時に知って、少なからずカルチャーショックを受けたものだ。

「ちゃくせーき」

 ガタガタッ。

日直の号令で生徒達が一斉に着席した。
全員が座ったのを確かめ、教師は授業を始める。

《彩へ。セラらしい意見だね。僕も少しならセラの気持ち分かるかな? 
気味悪がってもそれは仕方がないと思うよ。人の想像を超えた力は正直恐いしね。
僕も最近セラは見かけてなかったけど、元気にしてた? ああ見えてすっごく本心隠すの上手いからね、セラは。多分半分は本音で喋ってるけど、半分は誤魔化してる感じがする。
あくまでも、僕自身の意見だし直接セラに会ったわけじゃないから、なんともだけど? 和也

追伸。違うと彩が感じるならそうなんじゃない? 意見は人それぞれだからね》

メールソフトの画面に目を落とせば、和也からの返事メールが表示されている。
「人それぞれか」
何度も和也からの返事を読み返し、彩は一人心地に呟く。
「では教科書、141ページに載っている新しい漢字の読みから始めるぞ」
男性教師が指示を出す。
カタカタ、と端末を操作する音が一斉にして。
誰もがデータ上の141ページを開く。

彩も141ページを開き、密かに自分が当てられないように祈った。
国語は嫌いじゃないけれど、今みたいな真剣な考え事の最中に当てられるのは困る。
典型的あがり症。
彩は『いざ』って時にドジをする確立がとても高いから、だ。

《和也。授業中ゴメン。確かに人の想像を遥かに超えた力は恐い。
恐いけどさ、僕はセラにとって何が嫌で平気なのかは知りたい。
僕の時だって信頼してくれて、黙っててくれた。僕にとっては嬉しかった。セラにとって嬉しい配慮って何なんだろう? 逆にされたら嫌な事ってなんなんだろう? 
考えてみたら、そんな話したことなかった。セラはそーゆうの関係ないって決め付けてたかも。
あ、セラは元気そうだったよ? 中身まではわからないけどね 彩》

教師の目を盗んで和也に返事を出す。
幸い、普段は真面目な授業態度の彩の小さな行動は。
教師の目に留まることはなかった。
彩がメールを出せば和也からすぐに返事が返ってくる。

《彩へ。うーん、やっぱり僕は君と友達になれてラッキーだと思うよ。
彩が感じたんなら本人へ直接確かめたら? こういのって青春っぽくってウケるよね。
中三って立場なら厚顔無恥で済ませられるし、当たって砕けろ? 和也》

「……厚顔無恥って……」

 和也ほど面の皮は厚くないよ。

文章に直っても変わらない、少しスパイスの効いた和也の言葉。
思わず彩は乾いた笑みを浮かべる。

《和也。当たって砕けるかは分からないけど、話してみる。サンキュ。 彩》

打ち込んでからメールソフトを終了。
放課後、セラフィスを一人で捕まえられるかドキドキして。
数秒後。
もう一度慌ててメールソフトを起動。

《セラ。どうしても会って聞きたい事があるんだ。放課後、屋上で。 彩》

まだ間に合う。間に合わせる。
このまま変な距離を置かれて気を遣われて。一年を過ごすなんて彩は嫌だ。


気持ちも新たに用件だけのメールを送信し、後は真面目に授業に勤しむ……ようで、実はあんまり頭に入らない午後の授業。
流れるように受けて、HRが終わった瞬間屋上へダッシュ。
「僕は駄目だと思うからねっ!」
待っていたセラフィスに向っての彩の第一声。
彩の言葉にセラフィスは眉根を寄せた。
「……はぁ?」
屋上の柵、凭れかかっていたセラフィスは目を丸くする。
「だーかーらっ! せーちゃんってさ、僕なんかのコトにはすっごく気を遣うけど、自分には無頓着じゃん。そうゆうの、僕は駄目だと思うからね」
昔から最近まで『せーちゃん』とセラフィスを呼んでいた、彩。
興奮のあまり昔のあだ名でセラフィスを呼び、びっしと指差す。
突然の事にセラフィスは首を捻っている。
「あ、うん」
彩の剣幕に驚いてとりあえずセラフィスは言葉を発する。
「ほらっ。そうやって誤魔化す。不愉快な気持ちになったら、不愉快だって。気持ち悪がられるのは嫌だって。友達なんだから言ってくれたっていいだろ?」
別に誤魔化しているわけじゃない。
彩本日はテンション高し。
これではよろづ部一のハイテンション男。
辰希並かそれ以上だ。

「でもさ?」

 や、そう来られても……巻き込めない部分ってあるっしょ。

内心苦笑い。嬉しい反面腰が引けてしまう。
セラフィスはやんわり彩の言葉を遮るが。

「でもさ、じゃなくて!」
逆に彩に遮られてしまった。

「僕はせーちゃんを知りたい。きちんと理解できないのは僕が一番良く分かってる。でも知りたいんだ。勝手に守ってくれなくても僕は自分で考えて動けるよ」
「……あたしが実は海央学園の学園長代理だと知ってても?」
「え!?」
「京極院家の勤め先。情報調査会社の会長の孫娘で、少し前までコロニーの支部長代理で。遠巻きに彩の親の上司だったとしても? 
ちなみに彩の双子の兄、京極院ツインズもバイトしてるんだよ?」
「……」
畳み掛けて説明したセラフィスの台詞に彩は唇を引き結んで口を噤む。

 分かりたくても。スケールが大きかったりさ、立場が微妙だったりすると。
 歩み寄れないこともあるんだよ。

難しい顔になる彩を眺めセラフィスはひとりごちた。

「ごめん。すっごく驚いた……受け止めきれる自信、あんまりないけど」
数秒前とは打って変わった情けない顔の彩。
セラフィスは励ますように微笑んだ。

「でも僕はさ。知って良かったと思える日が来るとも思えるんだ。あれ? 日本語変かな?」
彩は必死に言葉を選んで気持ちを伝えようとする。

「忙しいんだね、せーちゃん。普段寝てるのは事件のトラウマだけかと思ってた。
学園長代理の仕事があったからなんだね? 
それで僕が中学一年の時。色々知ってたのは兄さん達や、母さんから情報を得て。
逆に兄さん達・母さんに情報を伝えてたんだ。僕が選べるように」

僕のまとめ方違う?最後に尋ねた彩にセラフィスは首を横に振る。

「怒らないの? 勝手に舞台をセットして選ばせた。彩は望んでないの、あたしは知ってたんだよ」
「お勧めできない手段だってのには怒るかな。最終的に僕が選んだんだから良いんじゃない? 選ばないって選択をしたんだ。
ちゃんと考えて、ちゃんと僕が決める。
僕がどうセラフィスと付き合うかは僕が決める。せーちゃんが決める問題じゃない」

 ボフ。

普段は辰希が親愛の情を示すのに使う背中打ち。
少々遠慮して彩はセラフィスの背中を叩いた。


「ありがと」
彩が今回勝ち得たもの。感謝の言葉。
これまでで一番らしい顔で笑ったセラフィスの表情。+ちょっぴりの友情。


指せ中学生日記風vになったかは不明。仲直り編です。まずは彩から。ブラウザバックプリーズ