部日誌23  『楽しい?社会見学』




32世紀。場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がり初代王も加えて賑やか?になったよろづ部。

「変な依頼・・・」
心中複雑。
初代王、セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターは顔を顰めた。
依頼の紙とデジカメを手にため息。
「ま、仕方ないか。また変なのに首突っ込んだんでしょ、あいつ」
顔を上へ向ける。

もうすぐ迎える本格的な夏前。
梅雨もそろそろ明けたと気象庁から宣言が出るだろう。
見事に晴れ渡った青い空。
空を突き抜ける飛行機雲。太陽の眩しさにセラフィスは目を細めた。
「汚れ役、皆にさせる訳にもいかないしな〜。ま、あたしは来年消えるからいっか。それにあんまり仲良しクラブすぎてちょっとヤバめだし?」
一人心地に呟き今度こそ本当に姿を消す。
この時のセラフィスの本音を聞く人物は誰一人として存在しなかった。





一学期・期末まではまだ余裕のある本日。

海央学園中等部三年生は社会見学の日。
その日一日にしか実行できない特殊なよろづ部依頼。
内容を一人胸裡に抱えセラフィスは実行に移った。

社会見学の場所は、空路。
空に浮かぶバス。
通称エアバスを利用して県外で行われる。

県外といっても東京湾に浮かぶ浮遊施設。
エアバスの通信基地とその整備工場が合わさった施設だ。
身近なものを学ぼうという、社会見学。

「・・・?」
エアバスの歴史。
が立体映像で展示されている部屋。
誰かの視線を感じて生徒の一人が立ち止まる。

エアバスでこの施設に向っている時。
バスを降りた時。
なんだか身体に纏わりつく視線を感じる。

「どうしたの?」
クラスメイトの一人。
海央では有名なバカップルの彼女。
よろづ部有志メンバー・京極院 未唯(きょうごくいん みい)が立ち止まった件の人物に声をかけた。
当然親切心からだ。
「あ、なんか。誰か他の奴いないか?」
自分だけに向けられる目線?少年は首を捻る。
「浅木(あさぎ)君が観察するなら分かるけど、観察されるなんて意外だね」
少年・浅木に声をかけ、海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は穏やかに笑う。
さり気ない王子の嫌味に浅木は困った顔で笑った。
「参ったなぁ、そう王子に言われると」
浅木はよろづ部副部長。
井上 悠里(いのうえ ゆうり)と同じ『新聞部』に所属する部員記者の一人である。

学園内新聞及びメールマガジン発行に際し、和也へインタビューを行った経験もあった。
友達とまでいかないものの、顔見知り。
浅木と和也はそんな間柄だ。

「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
言いながら和也も、浅木が気になるという怪しい目線?の発生源がないか。
首を左右に振って周囲を見渡す。
未唯も和也に習って辺りを窺った。
「通路に怪しいものはないよ〜?」
メタリックグレーの質素な色の通路。
展示物と休憩用の椅子に。
今は海央の生徒達が仲良く談笑しつつ展示物を見て、PC端末にメモを取っている。

後で提出するレポートの為に。

あからさまに浅木へ目を向けている生徒も居ないし。
だからといって和也を追いかけてくるファンの姿もない。

基本的にこのような公共の場で騒ぎを起こす不届き者は、ファンクラブを追放されるらしく。
和也曰くの『躾』が成されている淑女達だそうだ。

「なんかここに来てからなんだけどな」
首筋を擦り気味悪がる浅木に、未唯はもう一度周囲を見回す。
すると、浅木に焦点が当てられているカメラが目に飛び込んだ。

「施設の監視カメラ?とかだったりしない?」
監視カメラを指差して未唯が浅木に尋ねる。
「監視カメラかぁ・・・。でもあれってこの範囲を映してるだけだろ?」
浅木は怪訝そうな顔で未唯が示したカメラへ目を向ける。
「気になるんだったら捜し者として探すけど?」
物腰柔らかな態度で助力を申し出る和也。
柔和な笑みを浮かべて。
「や、俺の気のせいだよ。きっとさ。疲れてるのかも知んないしさ」
慌てて早口で浅木が捲くし立てる。
和也と未唯は顔を見合わせて首を傾げた。

良くも悪くも新聞部員は自己主張が激しい。
和也の、王子の私的な面を見れるチャンスを新聞部員の浅木が棒に振るなんて珍しかった。


その時は深く追求せずに、和也と未唯は会話を終了させる。
「次はミニシアターだったっけ?」
浅木が矢印が点滅する見学順路を指差して会話を変えた。
「立体映像で見るんだよね」
パンフレットを結構真面目に読んでいた未唯と。
「子供だましだよ。アレ。でもレポート提出があるし見ないわけにもいかないし」

 はー。

げんなりした和也は、「まあまあ」なんて浅木に宥められ。
その後は学園、つまりは教室での雰囲気と変わりなく見学を進める。
クラス単位で取る昼食も終え、浅木のPC端末がピロピロ鳴った時、事態は急変した。

「これって・・・」
自身のPC端末を除いて浅木が絶句。
偶然、セラフィスを捜して近くを通りかかっていた悠里を和也が呼び止めた。

《午前7:00起床
  午前7:13台所
  午前7:15洗面台にて洗顔
  午前7:18着替えの為自室へ
  午前7:21再度台所・朝食
  午前7:23朝食開始
・・・・          》
アドレスはメールマガジンの交流掲示板。
読んでいた浅木の顔色が見る間に青くなる。
「な・・・なんで俺の行動が分刻みで?」
呆然とした浅木から端末を奪い、悠里が大急ぎで端末の内容を目視。
「これ本当にお前の行動だぜ」
悠里が指差した部分。

《午後2:01展望室》

展望室に居る浅木の行動を正確に把握している書き込み。
未唯が機転を利かせて友香や涼、セラフィス、オマケに辰希をメールで展望室へ呼び出す。

セラフィス以外の全員は直ぐに集まってきた。

「心当たりはあるの?」
データ発信源を捜す間に、笹原 友香(ささはら ともか)が浅木へ問いかけた。
「海央有名人のインタビュー担当一筋の俺にあると思うか?そりゃ、有名人の学園内での一日を追う位はしたけどさ」
浅木は顔を青くしたまま俯く。
「分かったぞ。発信源は施設の休憩所。さっきエアバスの誕生のミニフィルムが上映されていた、少し手前にあったとこだ」
端末を操作して発信源を突き止めた悠里が、生徒の波に逆らって走り出す。
「待ってよ」
友香も慌てて後に続く。
緊迫した空気が漂う中、未唯は彩と、走っていた友香を引き上げて少し浮き上がるようにして悠里の背中を追う。
「近道する?」
和也は二代目王・霜月 涼(しもつき りょう)と有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)を振り返り、展示室の窓をコンコンとノックして提案。
涼と辰希は苦笑しつつ和也の案にうなずいた。

そうして辿り着く、悠里が解き明かした怪電波の発信源。
休憩所の椅子に脚を組んで座っていたセラフィスが、走りこんで来た悠里を捕らえる。
「セラ・・・お前・・・」
思いもしなかった人物。

いや、薄々察していた人物が悠里の推測どおりに目の前に居る。
しかもセラフィスは全てを見通す能力全開。

普段は封印して黒くなっている瞳が黄金色に輝いている。
悠里は無言のままセラフィスから端末を取り上げた。

目を左右に走らせてセラフィスの端末をチェックする悠里。
数分もしない内に、残りのよろづ部メンバーは休憩所に到達した。

無表情のまま悠里が涼へセラフィスの端末を投げ渡す。
セラフィスは『端末を丁寧に扱え』だとか、一言も発言しない。
徹底的に傍観を貫くようだ。

「ちっ・・・」
思わず悠里は舌打ちした。

新聞部員として。
公に考えを公表するものとして。
プライバシーは極力守る。
普段飄々としている悠里の中の最低限の矜持。
知らないセラフィスではないのに。
これみよがしに破ってみせた。

悠里に分かるよう。

「幻滅した。最低だな」
次に悠里はセラフィスからデジカメを奪う。
悠里がこれ程までに怒りを露にした事はない。
デジカメデータを確認しながらセラフィスへ言った。
「・・・」
セラフィスは曖昧に笑い肩を竦めるだけ。
悠里と涼の機転で大騒動までには発展しなかったものの。
セラフィスの行動はよろづ部員の間には波紋を撒き散らしていた。

相棒。
セラフィスの実質的ブレーンであった悠里が真っ先に非難した。
目も合わそうともしなければ、セラフィスの言い訳?を聞こうともしない。

「良い方法とは言えないよ」
友香も露骨まではいかないが、嫌悪感を示す。

ユルーイ態度を崩さないセラフィスの態度が癇に障る。
何時もなら余裕の感じられるこの態度も、こんな緊急時にされたら神経が逆撫でされるというものだ。

「僕も悠里の意見に賛成だよ」
普段は温和な彩も明らかに怒っている。

立場的に中立を保つのが涼で。
どちらとも決めかねる未唯に。

腹の中では何を考えているか不明だが、セラフィスを非難も擁護もしない和也と。
何故かセラフィスへ真っ先に食って掛かりそうな辰希が、セラフィスを気遣わしげに見ている。

「セラ。いくらお前が初代王で、よろづ部部員だったとしても、コレはやりすぎだ。越権行為と俺は見なす。暫くよろづ部活動参加を見合わせてもらうぞ」
部長として。
同じ剣術を学んだ友として。
静かに涼がセラフィスへ告げる。

「りょーかい」
もう一度肩を竦めてセラフィスは姿を消した。

緊張の元、セラフィスが消えた事でよろづ部員達の間から張り詰めた雰囲気が抜ける。
とたんに悠里と友香、彩がセラフィスを避難する発言を行い、未唯はそんな三人に戸惑い。
涼は腰に手を当てたまま何かを深く考え込んでいる。

「気になるよね?」
落ち着かない辰希の隣に立って和也は小さな声で喋りだした。
「アイツ、わざとだろ」
奇妙な確信。

今までよろづ部内で喧嘩とかそういった、当たり前の行為はなかった。
一つの目標に向って一緒に進む仲良し集団。
辰希の中にも、よろづ部に入る前はそんなイメージがあって。
内に入ってしまえば集団の印象も多少も薄れて。

今の今まで忘れていた。

セラフィスは一味も二味も違う存在だ。

仲が良いのが悪いのではない。
お互いの不満を底に押し込め、蓋をしたままの関係がどれだけ弱いかをまざまざと見せ付けた。
事もあろうに悠里や友香や彩。
セラフィスに友好的な心情を持つセラフィスにとっても大切な友達を使って。

「99%わざとだよ」
和也も辰希の意見に賛同。
胸に確信を秘めて辰希へ断言する。

「初代王だから、二代目だから。遠慮していいっていう法律はない。人である以上、感情を持っている以上は間違えたり、失敗したりもする。そこら辺を伝えたいのと。なんか裏がある感じだよね」
純粋にセラフィスを偉大だと思えなかった幼等部時代の和也。
現在でも偉大だなんて思ってない。
だからこそ彼女の行動の意図が良く見えた。

盲目的な信頼は時として危険な落とし穴になる。
仲良し集団よろづ部。
のレッテルに危機感を抱いているのは、恐らくセラフィスだけだろうから。

「この面子の中でアイツだけはすげー冷静だった。オカシイと思うだろ、フツー」
初代王として。
伝説のカリスマとして。

ライバルはあくまでも二代目王の涼だが、初代王のセラフィスは、辰希のある程度の目標。
物怖じしない姿勢と、ゆったりした対応で相手を和ませる。
完璧かと思えば頭のネジが数本飛んだかと思うような突飛な行動も取る。

常に彼女を観察してきた。
辰希だって単純によろづ部で時間を潰してたわけじゃない。

「悠里の逆鱗を敢えて突いて自由行動の権利を手に入れたんだ。怪しいよ」
和也が小さな声で呟く。

よろづ部発足に関して責任を感じていたセラフィスが、あっさり枠から外れるだろうか?
そんな単純な問題ではない。
きっと。

「そーだよな。俺も同感。特に悠里と距離を置きたがってるみてーだった」
鼻を擦りつつ辰希が眉間に皴を刻む。
「普段使ってない脳を使うと疲れるよ?」
さり気に毒を吐き和也は一口チョコを辰希へ差し出した。
「余計なお世話だ」
ムッとしても、辰希は和也からのお裾分けをありがたく口に放り込む。
その横ではよろづ部メンバーがまだ話し込んでいた。


同時刻。
エアバス施設をはるか下方に見下ろして。
セラフィスは宙に浮かぶ。

《俺の行動を一日見張って欲しい》

セラフィスが持つ緊急連絡用メールで届いた浅木本人からの依頼。

「なーるほど。って感じ」
瞼を閉じればよろづ部メンバーが集っている展示室。
能力を使って彼らを見て、セラフィスはため息をつく。

次の瞬間移動した先は海央学園新聞部部室。
部室奥にあるライブラリ。
ボロボロの身体を守るようにうずくまる浅木の姿があった。

「いよっ!真打」
セラフィスの瞳の色を確かめ、へらりと笑う。
「浅木〜、今度は何首突っ込んだの?偽者浅木まで社会見学に来ちゃってるわ、ビックリだよ?」
浅木の腕が本来あるべき方向とは違った方向に曲がっている。
セラフィスは顔を顰め、浅木の額にそっと手をかざす。
淡い黄金の光が浅木を包み込めば青い顔色に赤みがさした。
「学園長代理のセラにも美味しい情報でさぁ。ついつい。俺、悠里と違って足突っ込みやすいし?虎穴に入っちゃうタイプだもんなぁ〜」
悪びれもせずにケラケラ声を上げ笑った浅木にセラフィスは苦い顔。
「浅木が損な性分なのはよーっく分かってるよ」
「流石♪」

 ヒュウ。

口笛を吹いてパチパチ手を叩く。
肩を竦め片眉を持ち上げた顔で軽く浅木を睨めば、浅木は首を竦めた。

「新聞部危険取材引き受け率100%だもんね、浅木。
さて今回は学園の例の件がらみだろうから、療養はあたしの日本の実家。
石田の系列病院で受けてもらうよ。これは学園長代理としての命令」

「らじゃーっす」
危機感ゼロを漂わせ浅木が手を上げる。

「・・・治療費、タダじゃないからね?」
なにか勘違いしている浅木にセラフィスは釘を刺した。
「うんわ、ひっど!」
痛みの引いた腕を庇うように浅木が身悶えしてみせる。
セラフィスは冷たい目線を浅木へ送った。

彼は有能な学園長専属の情報収集者。
特殊能力を持つ子供の一人で、彼が人の印象に残るような目立つ行動を取る事はまず滅多にない。
非常時以外なら。

涼や和也に頼めばもっとスムーズに行えたかもしれないが。
案外仲間意識の高い悠里を巻き込むと厄介だ。
浅木の正体を悠里は知らないし、浅木が掴んだ情報を悠里にキャッチされでもしたら。

まず間違いなく浅木以上の極限体験を強いられて。
下手すれば宇宙を漂う死体に成り果てるかもしれない。
浅木もそこらへんは心得ていて、機転を利かせてよろづ部セラフィス宛にメールを送った。

依頼という形で。

「はいはい。お帰りはこちら」

 パチン。

セラフィスが指を鳴らせば浅木の姿が新聞部部室から消える。

「依頼終了〜」

 ふあー。

欠伸を一つ漏らしセラフィスはもう一度エアバス施設に舞い戻る。


セラフィスが起こした奇行の謎と偽者浅木は、本物の浅木によって証明され。


和也と辰希、涼以外のよろづ部メンバーが気まずい思いをするまであと数日。


数回に分けてやりたい話の前フリです(土下座)信頼とか、部の活動に紛れてしまった、メンバーそれぞれの本音トーク。温度差があるのは仕方ないです。って訳で。きっかけはセラフィスが作り。涼がまとめるみたいな感じになれば(笑)ブラウザバックプリーズ