部日誌22  『くじ引きと相性の関連性』



「くじ運ないんだね」
晴れ晴れとした笑顔で二代目王、霜月 涼(しもつき りょう)へ言う。
学園内で涼にこんなさり気ない嫌味を言えるのは唯一人。
海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)はくじを握ったまま固まる涼の肩をポンポンと叩いた。
「運も実力のうちだぜ」
「はぁ〜」
ガッツポーズを決めるよろづ部有志メンバー・浅生 辰希(あそう たつき)と、明らかにうんざりした顔で肩を落とす少女。
海央新名物、バカップルの彼女。
京極院 未唯(きょうごくいん みい)である。
「恨みっこナシのくじ引きだから、文句は言うなよ〜?」
涼の不幸を楽しんでいる。
もとい自分が当たりくじを引かなくて安堵しているのは、よろづ部副部長、井上 悠里(いのうえ ゆうり)。
嬉々として帰り支度を始める。
「じゃ、俺は帰るから」
涼に依頼書の紙を持たせ、悠里は晴れやかな笑顔を浮かべる。
涼と未唯、辰希へ手を振る様子からして本当に嬉しいらしい。
「待ってよ、悠里。僕も帰る」

 じゃ〜ね〜♪

和也も鞄を手に持ってさっさとよろづ部を後にした。





32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。

海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王の名を与えられた少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋だ。

学年も上がり初代王も加えて賑やか?になったよろづ部。

「半年ごとの恒例となりました、水流(みずながる)先生依頼の学園内清掃の時期が。今回は少し遅れてやってきました〜!!!」
のんびりと初代王こと、セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターが一枚の紙切れを差し出す。
それぞれにまったり寛いでいたよろづ部のメンバーは一斉に彼女に注目した。
「あ、そういえば今年はちょっと遅いね」
生徒会役員兼任の有志メンバー・笹原 友香(ささはら ともか)が去年を思い出しながら答える。

とたんに和也から流れ出す南極も真っ青の絶対零度の冷気。
怯むことなくセラフィスは欠伸交じりに全員に告げた。

「奥さんが産休に入ったから、私生活が忙しかったんでしょ?ねぇ?カズ」
「うん、そうだよ」

 ごごっごごご。

なんて、何か危険なものを召喚しそうな勢いで、ドス黒いオーラを放ちつつ器用に王子スマイルを浮かべる和也の姿は恐い。
セラフィスを除く全員が冷たく恐ろしい何かを感じ取り震えた。

「今回も三人でいーんだってさ。そこで!くじ引きして、アタリを引いた人が掃除をするってことで。あ、でもアタリは二つ。掃除責任者は涼だから、ヨロシク」
「俺!?」
突然セラフィスに名指しされ驚く涼。
「当たり前っしょ!部長なんだから」
的を得ているのか微妙なラインの反論。

涼は納得いかない顔で口を噤む。

そんなわけで公平にくじ引きが行われ掃除班が結成された。

「なになに?この札をその不可思議生物に張れば駆除できる・・・のか?」
セラフィスが置いていった依頼の紙の説明書きを読み上げ、辰希は取りあえず束になっている薄緑色の紙切れへ目を向ける。
「札は和也がたっぷり作ってくれてるから大丈夫だと思うよ」
こうなれば残された道は一つ。
早く依頼を片付けて水流先生に依頼終了のマルを貰って家に帰ること。
未唯は気を取り直して辰希へ言う。
「なんで?」
去年途中から海央に通う辰希はイマイチ、というか、だーいぶ事情が飲み込めていない。

そもそも自分の勝負優先熱血男の辰希が。
一見すれば海央の王子だとか云われチヤホヤされている和也に注意を払うわけがない。

「和也の家業な?いちおう師について修行して技を体得して、一人前になって。その後も結構地味に働かされんだ」
苦笑交じりに涼は説明を始めた。
「その師匠が水流先生なの!ほら、先生ってどっか和也に似てる感じしない?」
「おー、言われりゃそーかもな」
未唯の指摘に辰希は腕組みしてうなずく。

にこやかな笑顔を振りまきつつトドメを刺すやや毒舌系。
和也は温和な態度にそぐわない台詞で時々人を凍らせる。

水流も口調は多少控え目だが案外鋭い指摘を飛ばす先生で。
あの顔立ちが良い分部で相殺されているが相当性格は狸だ。

狐だ。

「師匠の水流先生依頼の掃除。必要なアイテムの札を適当に作ったりしたら、和也はきっと地獄を味わうんだよ。先生してる時はそーでもないけど、案外容赦ない師匠だもん。氷漬けでガッチガッチにしたんだから」
誰かに同情した風な顔で顔を左右に振る未唯。
「・・・何を?」
なんとなく予想はつくが、辰希は念の為に未唯へ発言の主語が何かを尋ねる。
「和也を」
未唯が札を二つに分けて多めの方を辰希へ渡した。
「涼は自前のアイテムあるから札はいらないの。アタシは彩と一緒じゃないと、力が出ないから札を貰うね」
いまひとつ要領を得ない辰希の理解度に未唯は落ち着いたもの。
知らない者に己の知っている知識を押し付けても仕方ない。
それにこのタイプ(辰希)には実際に体験してもらった方が早い。
「えーと、百聞は一見にしかず?」
背後で自分の準備をしている涼に未唯が訊ねる。
「んなとこだろ」
手にした刀を軽く持ち上げ、涼は言った。
「さて、俺なんかも早く帰ろうぜ?報告を待ってる水流先生も帰れないだろ?」
「サンセー」
「うっしゃ!燃えてきたぜっ」
こうして即席掃除チームは手始めに小等部学校の校舎へ足を運ぶ。

半年事の恒例依頼。
内容は『学園内清掃』海央学園の部活動が一斉に休みになる指定部活休日日。
に今回は間に合わず。
夜遅くのよろづ部活動となる。
「うわ〜、雰囲気だけはバリバリにあるよねぇ?」
手にしたミニライトを左右に振り未唯ははしゃいだ声を上げた。
「あれ?お前こーゆうの得意なのか?」
てっきりギャーギャー騒ぐかと思ってたのに。
未唯は平然と暗闇の校舎内を歩き回っている。
辰希は隣を歩く未唯の頭を見下ろす。
「うん。ヘーキ、ヘーキ。全然だいじょーぶ!楽しいよね?こういうの」
「さてな」
涼は適当に答えた。

二人の前を歩く涼は既に気疲れピークの真っ最中。
テンションの高い辰希と、悪気はないけど元気一杯の未唯。
二人に挟まれステレオで口撃された日には。
精神力もそうは持たない。短気じゃないが気は長い方じゃない。

 俺ハゲるの早いかも・・・。

心境は既に哀愁漂うサラリーマン。
しかも中間管理職。

《ギョギョギェ》
「あっ!発見!!」
暗闇の中を移動する怪しげな物体。
指差して未唯は辰希の制服の裾を掴んだ。

よろづ部の間では不可思議生物と命名済み。
和也が説明するところの『妖(あやかし)』という生物である。

「どれどれ?」
「アレ!今教室の入り口の手前で小さくなってる黒いヤツ!」
身を乗り出す辰希に、対象物を指差して説明する。
「これを、こーして札を貼る」
人間技ではない速さで未唯が黒い物体に札を貼り付けた。
《キュ――――》
悲鳴?らしきものが聞こえ、その黒い物体は消える。
「ね?簡単でしょ?」
にっこりと辰希へ笑いかける未唯。
辰希は数秒間魂を飛ばしていて、それからぎこちない動作で首を未唯へ曲げてみせる。
「おい・・・」
辰希はヒクヒク口元を痙攣させた。
「なーにー?」
のんびり未唯が応じる。

既に嵐の予感を察知した涼は全力疾走で逃げ出したかったが、ここで逃げようものなら。
水流の報復が予想できるため、恐ろしくて出来なかった。

弟子以上に自己中な師匠は涼の手にも負えない存在なのだ。

「こんなビックリ人間大集合でもやらねーぞ!お前早すぎなんだよっ、んなに早く動けるかっ」
人外の動きに辰希は叫んだ。

外見が人間に近いし滅多に見ない羽と尾尻の存在をついつい忘れてしまう。
未唯はれっきとした異星人。
習慣や行動こそ日本流だが中身は地球人とは違うのだ。

「はぁ?なにその態度!!折角アタシが親切にちょーっと遅めに動いて見本を見せたのにその言い方ナニ?」
親切を無碍にされた形の未唯。
不機嫌も露に辰希を睨みつける。

「誰もお前に見本を求めちゃいねぇよ」
「嘘つかないでよ、掃除の仕方ぜーんぜん分かってなかったくせに!」
「うるせぇな。マニュアル読めばいーんだろ、読めば」
「今から読んでも遅い」
「遅かろうが早かろうが、俺出来るか。あんな動き」
「アンタが普段から口にする根性で何とかしなさいよ」
「出来るかあぁぁぁぁぁ」
ちゃぶ台があったならひっくり返したい心境で辰希は絶叫した。

「意気地なし」
辰希の台詞を見越した未唯の嘲笑つき挑発。
「あーん?」
柄の悪い声を出し辰希は両手の指をボキボキ鳴らす。
「この俺が意気地がないとでも?」
「だって出来ないんでしょ?」
辰希をせせら笑って、未唯は顎先で廊下のど真ん中に鎮座する黒い物体を示した。
真正面ではない。
真後ろの。

「だああああ」
気合の入った涼の声。
未唯と辰希の前を歩く涼は、二人を黒い物体から守るために刀を振り回している最中。
その最中に悠長に口論している未唯と辰希。

 やっぱり俺、ハゲるかも。その前に胃潰瘍か・・・。

半ばヤケになって叫びつつ涼は刀を振るう。

口から魂を飛ばしたい心境で涼は刀を振るって真剣に未唯と辰希を守っている。
その背後では男辰希。
漢前度の見せ所であった。
「俺はやる」

 ふん。

鼻息荒く札を一枚取り出し構える。

「やれやれ」
両腰に手を当てて踏ん反り返る未唯の気分はクールなコーチ?
慎重に札を持って構える辰希をけしかけた。

辰希は半分頭に血が上った状態で黒い物体への警戒心が半減。
数分前までの守りの気持ちから攻撃的な思考に切り替わる。

「やってやるぜ」
自分に言い聞かせる。
「俺は漢になるんだ」
漢になれるだなんて誰も言っていない。

本来ツッコミ役の涼は前衛で防御していたし。
未唯は辰希が漢になろうが、なるまいが無関係だったので無視。
さり気なく聞こえない振りして最後の一言を口にした。
「行け」
「うおりゃあああぁあぁ」
冷たく言い放った未唯の言葉を合図に辰希は雄叫びを上げた。






海央学園理事長室。隣。
緊急時にのみ始動する校内監視システム画面を前に、座り込む少年と。
丁度部屋に入ってきた少女の姿。

「心配なら一緒に行けばよかったのに」
呆れ顔で友香が暖かいカフェオレの缶を和也へ投げた。
「したいのは山々だけどさ」
渋い顔で和也は缶を受け取る。
「・・・辰希のあの体質が僕と相性悪くてね。別に辰希が悪いわけじゃないんだけど、僕にとっては鬼門だから。ちょーっとセラに頼んでくじ細工してもらった」
辰希の体質は薄々察しがついていて。

確信がもてなかった和也は、セラフィスに頼んで鑑定を依頼していた。
結果は和也の考え通りで辰希本人に直接言う、選択も考慮したが結局はやめた。

本人が自覚していない特殊体質を指摘して。
下手に混乱を巻き起こしたら、やっぱりそれは厄介ごとで和也の矜持に反する。

面倒事は同居人の思い込みの激しさと、隣に住んでる水流夫婦だけで沢山だ。

「未唯が知ったら殺されるんじゃない?」
当たりくじを引いて嘆いていた友達の姿が目に浮かぶ。
友香は複雑な顔で和也に問いかけた。
「抜かりはないよ?」
疑問系で答える辺りもう手は打ってあるようだ。
和也はカフェオレの缶を開けた。
「それに今回の依頼、水流先生がしたことになってるけど。依頼達成したかどうかは僕が判断するんだよね」
私服のブランド物ジャケット。
こげ茶のジャケットポケットから携帯を取り出し、和也は微苦笑。

小学生の頃には想像もつかなかった状況。

能力がある訳でもない。
和也の家業を正しく知っているわけでもない。

そんな友達と自然に家業の会話を交わしている自分を。

「へぇ〜。つまりは家業の仕事でもあるんだ?」
「うん」
驚いた顔の友香に素直にうなずけてたりして。
不思議な気分になる。
「それに。釈明させてもらうと、セラの細工は細工だけどさ。ちゃーんと相性の良し悪しは僕が考えたんだよ」
和也から見た仲良さそうな三人組(自分を除いてカウント)。

これが涼視点だったり、悠里視点だったり。
友香の視点だったら違うものになるかもしれない。

でもこれが和也の感じた相性。

監視画面の向こう。
中等部に移動して怒涛の勢いで喧嘩しながら。
騒ぎながら移動する未唯と辰希。

間に挟まれてついにキレた涼が二人を叱って。
騒がしく、とても『学園内清掃』なんて雰囲気が感じられない。

「楽しそうだもんねぇ」

モニター越しの三人はなんだかんだいって、お互いをフォローして。
互いに馬鹿騒ぎスレスレに遊びながらのお掃除。

友香もうんうんと首を何度も縦に振った。

「そろそろ涼も悪ノリしだすよ。真面目な部分もあるけど、騒ぐの嫌いじゃないしね」
涼が札当てを提案。
黒い物体を的に見立ててどれだけ真ん中に札を投げられるか。
ルール説明をしている。
未唯と辰希は声を揃えて賛同し、和也が用意した札を使って部活動兼遊びを始める。

「・・・あちゃぁ」
額に手を当てて友香は呻く。
なんともフォローできない微妙な遊び。

和也の機嫌によっては報復行動が成立する遊び。
無意識にちらっと横目で和也の顔色を窺う。

「悠里あたりが見てたら悔しがっただろうね?悠里観察からだと、あの三人の相性は悪いって事になってるから」
空になった缶をペコペコ音を立てて凹ませたり戻したり。
手の中で弄り和也は隣に座った友香に答える。
「え?そうなの?」

 和也、対人関係なんか人一倍興味なさそうなのに。
 しっかり把握して観察してる。

本日二度目の驚き。
友香は何度も瞬きをした。

「いつも観察されてばかりじゃ腹立つし?人間日々進歩・成長ってね」
画面へ顔を向けたまま和也は自分のPC端末を友香へ渡す。

「涼は面倒見が良いけど案外切れやすい。
未唯は正直すぎるけど時々驚くくらい弱気になる。
目指せ男前、辰希は周囲に振り回されているようで、意外と自分を保っている適応力有り。
ばい、初代王セラフィスレポート・・・」
端末画面に表示された文字を読み上げ友香は肩を落とした。
「こーゆう細工しなくても、あの三人は大丈夫だと思うよ?」
監視画面向こうでは。
連携技も決まりだした三人が高い位置で手を合わせて、対象物排除の成功を祝っている。
「うん、そうかもしれないね。だから僕抜きでってチーム編成を考えて、あの三人に頼んだんだよ」
「素直じゃない」
「それは僕に付き合って見てるだけの友香だってそうでしょ?」
遠まわしの。
王子からの信頼の印。
きっと当分三人が知る事はないだろう。

考えて友香は取りあえず口で和也と対等にならなきゃ。
と、密かに決意を固めたのであった。


時の運のくじ引きも。
見た方向を変えればあら驚き。
顔馴染みの違った側面を見出すか。矢
張り変わらぬ顔馴染みの面しか見れぬか。


それは相方次第?


同じグループの友達でも見る人から見たら、相性が良かったり。悪かったり。見えたりして、その人の物差しの違いを実感する事ありませんか?しょっちゅうです。思い込みが激しいのはよくないゾ。という自戒の意味を込めて。ブラウザバックプリーズ