部日誌21  『設計図(しんろ)』



32世紀。場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋である。

学年も上がり初代王も加えて賑やか?になったよろづ部。

一学期の中間試験も終わり、エスカレーター式の学園といっても。
高等部へ進学するに当たっては入試もあるわけで。
「第一回、進路希望アンケート」
PC端末を手にまったくの人事で。
左跳ねした前髪が特徴で、左右色違いの瞳を持つ少女は文字の入力を開始した。

その横では真剣にPCと睨めっこの最中なのが、薄赤い瞳を持つ異星人の少女。

更にその隣ではお団子頭の素朴な顔立ちの少女が慎重な動作でPC端末を操作していた。

「ねー、ねぇ?セラは?なんて答えたの?」
興味津々。
薄赤い瞳を輝かせて、よろづ部有志メンバー・京極院 未唯(きょうごくいん みい)は初代王ことセラフィス=ドゥン=ウィンチェスターを見つめた。
「んー?留学が終わるから、向こうに戻るだけだし。そういう風に書いたよ」
メール送信終了チャイムがPC端末から鳴り響く。
「そういう未唯は?」
お団子頭の少女。
生徒会役員兼よろづ部有志メンバー・笹原 友香(ささはら ともか)が、言いながら未唯の端末を覗き込む。
「・・・??『婿』?」
未唯の出した答えの部分を口に出して読み上げ、友香は眉を潜める。
「お嫁さんじゃないの?彩の」
セラフィスは友香と同じ疑問を感じてすかさず問いかけた。
「う〜ん、それも考えたんだけど。彩をお嫁さんに貰ってあたしが働いた方が、自然な感じもする」
腕組みして結構大真面目に言い切る未唯に、未唯を挟んでセラと友香は目線を合わせる。

 流石は海央新名物バカップル。
 片割れ(彼女)発想が一味も二味も違う。

アイコンタクトで意志の疎通を図った二人は、未唯に悟られないように苦笑い。
「確かに。そういう手もアリかもね〜」
欠伸交じりにセラフィスがまず一言。
「でもそれって進路とはあんまり関連が無いじゃん。ここは普通に海央へ進学するのか、他へ進学するのか。それとも就職するのか。ちゃんと考えなきゃ」
ともすればアンケートの趣旨と反する回答をするだろう。
暴走しかける未唯を窘めて、友香が親切にアンケートの意味を未唯へ教えた。
「へ?そういう事なの?」
「フツー進路っていったらそうじゃん?」
目を擦りセラフィスが丁寧に未唯へ指摘した。

既にセラフィスの身体を包む倦怠感。
眠そうに欠伸交じりでセラフィスは呟き。
定位置のちいさなソファーに丸まり。手をヒラヒラ振って毛布を取り出し。
一人さっさと包まって夢の国へ。

眠る事に関しては人一倍情熱を注ぐセラフィスが眠ってしまったら、起きてくる確率は限りなく低い。

「あっちはあっちで大変そう」
なにやら見詰め合っている状態の、初代王と彼をライバルと見なし日々奮闘する熱血漢。
二人をチラッと見て。友香は自分のPC端末へ向き合う。
「アタシ達は平和だけどね」
未唯も同意して自分のアンケートを訂正して送信すべく。
自分のPC端末をもう一度手元に引き寄せた。


「「・・・」」
「不毛だな」
ノンフレーム眼鏡。
外してレンズ部分の汚れを布で拭いつつ。
宰相こと井上 悠里(いのうえ ゆうり)は冷めた目線で見詰め合う二代目王と熱血漢を示す。
「不毛だね」
目線を外すきっかけが欲しいらしい二代目王。
気配を感じる。

親友が困っているけど、これはこれ。

有志メンバーの京極院 彩(きょうごくいん さい)が自分のPC端末と睨めっこしながら顔を上げずに応じる。

目前に迫った進路アンケートの提出日。
早目に提出しようと現在必死にアンケートの項目に対する答えを入力。
家でやればいいのだろうが、家の人間が逆に五月蝿いらしく。
彩は、比較的落ち着いて考えを纏める事が出来るよろづ部で仕上げをしていた。

「物好きなんだよ」
さらっと毒吐きつつ。
星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は優雅な仕草でティーカップを持ち上げた。
海央の王子の名を持つだけあり所作に無駄がない。
「進路は気になるだろーけどよ。一歩間違えればプライバシーの侵害だろ、アレ」

アンケートの返答結果を二代目王。
霜月 涼(しもつき りょう)から聞き出したい。

そんな態度でジーッと涼を睨むのは。

打倒?王を掲げて日々男前度を磨く、有志メンバーの麻生 辰希(あそう たつき)である。

「その割に。悠里だって、しっかりオコボレに与かろうとしてるよね?その自分のPC端末使って何をメモしようっていうわけ?」
目が笑っていない笑顔を平然と悠里へ向け。
背後からちょっぴり黒い何を覗かせた和也が悠里の手に握られたPC端末を凝視する。
「情報は足を使って稼ぐのが俺の流儀だからな。今日だって部活予定がないのにココまで足運んでるんだぜ?二代目王が進路をどう考えてるかなんて美味しい情報。取りこぼして堪るかよ」
本日のよろづ部活動はナシ。
中間試験明けということもあるし、部活動が全体的に休みになるこの日。

誰が悲しくて部活に勤しむというのか。

全員部室でダベっているものの、本日は涼が定めたよろづ部が休みの日なのだ。

自分は既にアンケート返信済み。そんな悠里がわざわざ放課後残ってよろづ部にいるのは。
悠里が必要と考える情報(ネタ)が手に入る見通しがあるから。

そこら辺を和也も良く見抜いている。
「僕のは良いの?」
悠里のお目当ては涼の情報のようだ。
和也は別に深い意味もなく問いかけた。
「入手済みだから必要ねーよ。それに親との約束で大学まで海央なんだろ?和也は」
何時の間に探っておいたのか。
和也が離れて暮す両親との間で合意した進学問題。

事も無げに返答した悠里の回答は正解だ。

「流石は宰相殿。しっかりしてるね」
まるで狸と狐の化かし合いだ。

笑顔を崩さない和也に、感情を露にせず飄々とした様子でおどける悠里。

だがこの中で一番豪胆なのは。
そんな二人の間で真剣に自分のアンケートを纏めて返信作業を進める彩であろう。

男の子三人が話題にしていた涼と辰希。
奇妙な緊張感に包まれた噛みあわない会話。
先ほどから涼と辰希は互いの主張を述べ合うだけで平行線を辿っている。
「お前なぁ〜、なんだよこの返事」
辰希は涼から強引に奪い取った端末を高く掲げ、苛立った口調で責める。
「なんだって、進路志望のアンケートだろうが」
辰希に端末画面を壊されやしないか。
内心焦っているけど顔には出さずに。
涼は極力落ち着いた調子で辰希に言葉を返す。
「進学って芸がない返事してんなよ」
「・・・」
まったく余計なお世話だと涼は思った。

和也のように家業を抱える涼であるが。
別に家業というほど大袈裟なものでもないのが事実。
半分は自分のお節介から発生した仕事も多々あるだけに。
将来的に自分の能力だけで生活しようとは微塵も考えていない。

 人生は堅実かつ質素・素朴に。

出来れば大学を出て、会社に入社して。
奥さんを見つけて結婚して子供を儲ける。
そのささやかな望みの何処がいけないというのだ。
ある特殊な事情から仕事・私生活面での相棒が居る時点で彼女やら恋人やらを見つけにくいというのに!

辰希の薦める男気人生なんぞ送った日には。
昔はソコソコ格好よかった男の成れの果て。
に、納まるであろう自分が居るのは確実だ。

「あのな、これは来年の進路のアンケートだろ?別に将来のアンケートじゃ・・・」
「甘い!甘いぞ!」
辰希を宥めて端末を返してもらおうと、精一杯の愛想笑いを浮かべて喋りだす涼。
しかし運命の神様は非情なもので、辰希は更にテンションを上げて涼の言葉を遮る。
涼の吐き出すコメント、コメントが辰希には気に入らないらしい。

端末を物質に取られたまま、涼は意識を遠いお空の上へ飛ばしたい気持ちに浸るのだった。
辰希の熱血被害にあう涼を横目に、彩は入力を終えメール送信終了チャイムが鳴る。

「彩、終わった?」
生活を共にする同居。
親公認の彼女相手でも進路は個人で考えて決める。

未唯とはそう決めてあったので、彩は未唯の進路を聞いていなかったし。
未唯も彩の進路を聞いてはこなかった。

彩がアンケートを送信したのを見計らい、未唯が傍に擦り寄る。
「うん終わった。未唯も?」
「ふふーんv終わってるよ〜ん」
時と場所は選ばず。
どこかしこでも彩に甘える姿は、彼女のようで妹のような。
感覚が地球人とは違うせいだ。
未唯の甘え方とスキンシップは地球流とは微妙に異なる。

悠里と和也を追い払い、自分はしっかり彩の隣の椅子を引き寄せて座り喋った。
「将来かぁ。あんまり実感湧かないね」
将来は分からないから。
だからその時その時最善と思える選択をしよう。

一昨年の騒動を乗り越えた未唯と彩に最近芽生えつつある不文律。
理解し合えないのは当たり前。
だから話し合う。
相手の考えを知る。

彩と未唯が共に暮せるよう助力した、セラフィスの存在もあって。
二人も将来の二文字について話し合うときも合ったりした。
強かに将来設計をしているセラフィスに触発されて、という表現が正しいが。

「いつか、こんな部活してたよね。ってさ。そーやって懐かしむ時もあるんだろうね」
彩は想像もつかない自分の未来に思いを馳せる。
「そうだね。その時はアタシも隣に居て良い?」
「?未唯と一緒に懐かしまないで、誰と懐かしむのさ?」
逆に驚いた彩が傍らの未唯を見下ろす。
無意識にクサイ台詞を吐いてると気付かない彩。
未唯は蕩けそうなほど幸せな笑みを浮かべ彩の腕に、自分の腕を絡めた。
「彩が将来どんな職業に就くかは分からないけど。一瞬、二人の将来が垣間見えたよ」
イチャつく二人を見やりうんざりした口調で和也がぼやく。
「あー、俺も」
同じく。げんなりした顔の悠里が挙手した。
「あの二人は変わらなさそうだよね」
友香も苦笑して和也と悠里の会話に加わる。
「どれどれ。二代目王の将来の夢はサラリーマンねぇ?すっごい平凡な夢」
悠里が握っていたPC端末を奪い、友香がメモ画面を開く。
「平凡だから叶えるのが一番難しいんだよ」
辰希に逆ギレされ閉口している涼を横目に、和也が珍しくシリアスモードで友香を見る。
「だな。元がアレだけ目立つんだぜ?行動も容姿も言動も何もかも、が」
揺れる金色の髪に、愛想がよければ絶対にもてる整った顔立ち。
モデルとしても活躍できそうな、まだ成長の余地を見せる体つき。
全てが恵まれている涼の容姿。
あれで地味に生きて生きたいなんて正気かと勘ぐってしまう。

辰希に『男気を最大限に発揮した生き方』の講釈をされつつ。
やや迷惑顔で黙って話を聞いている涼の横顔。
「目立つよね、確かに」
改めて観察し友香は大きく息を吐き出した。

「涼って可能性のありそうな学生に見えるからね。サラリーマンじゃ勿体無いって辰希は考えているんだと思うよ」
和也は涼を認めているのか、いないのか。
判断がつきかねるコメントを漏らす。
「今から将来決めてもいいだろうけど、ちょっと早すぎるよね?」
自分の人生のレールを敷かれている組。
和也の率直な言葉に悠里と友香も複雑な気持ちになって顔を見合わせる。
「自分の一年後だって僕には想像つかないよ」
続けて零れた和也の本音。
中学三年生で将来を見通すなんて、そんな物好き多くはいない。
当座の高校受験に狙いを定め進学すべく勉強するのが普通だ。
「将来何をしてるんだろう、なんて考えないよね。来年の受験の方が気になるし」

遠い未来よりも目前に迫った試験の方が重要。
考えを放棄しているんじゃない。
ただ未来絵図がまだ頭の中で真っ白なだけ。

考えて、友香も和也の台詞に同調する。

「まー、将来やりたいことなんざ。個人差があるだろーよ。
早く見つかるか・遅く見つかるか。
夢がないから駄目だとか周りは言うけどな?夢があってもそれが叶った時・挫折した時とか色々考えて押し付けろ、なーんて思ったりはするぜ」

器用貧乏。

悠里は先読みが上手いので、大人達の評判もそれなりに高い。
だが周囲の評判が一人歩きして、自分のプレッシャーとなるのを悠里は身を持って知っている。

処世術が上手いだけ。
別に頭がいいわけじゃない。
時々大人が望む自分を演技しすぎているんじゃないかと。

悠里だって混乱し戸惑う時があるのだ。

個人の生き方に、知りもしないくせに下手な横槍はいれるべきじゃない。

悠里の密かな持論だ。

「うわ、悠里がシリアスしてる」
言葉だけを単純に受け止めて、友香は驚いた声を出し仰け反った。
「珍しいね。明日は雨かな」
友香に合わせて会話をするのは和也なりの気遣いであり。
この行動を自然にこなせるから王子と呼ばれるのである。

和也の優しさが伴った友香・悠里に対するフォロー。
悠里は黙って首を亀のように竦めた。

「でも!誰がどんな職業について何の仕事してるかなんて。ぜーんぜん想像もつかないけどさ」
横道に逸れそうな話を友香は元に戻した。
「すっごく幸せ、とかじゃなくてもいいから。皆、大きくなってまた会った時に。すっごく幸せじゃなくてもいいけど、だけど、幸せだよ。今はそれなりに楽しく生活してる。そんな風にお互い言えたらいいね」
きっと発言した友香に他意はない。

言葉の意味そのままに、このよろづ部の仲間が楽しく生活できている未来だと嬉しいと。
希望と願いを込めた言葉なのだ。

当たり前だけど忘れがちな気持ち。

「参った・・・」
和也が額に手を当てて俯く。

中学生くらいじゃせいぜいいっても、自己主張どまり。
大人の詭弁に勝てるわけもなく。
和也は現在の立場に甘んじ家業の手伝いをこなす。

家業自体に不満なわけじゃないけど、レールの上をただ大人の言うなりに走っているだけな、そんな気がして。

猫を被って大人の信頼を勝ち取って。
良い子を演じて他の子供より輝いて見せて。
全ては自分だけのため。
自然に『自分の知ってる誰か』も幸せであれば良い、なんて可愛い考えは。
滅多に和也の頭には浮かんでこないのだ。

「友香、お前って時々凄いよな」
「へ?何が!?」
しみじみ言った悠里と、何故か意表を突かれて驚いてる和也。
そんな変なこと言った?内心友香が逆に驚く。
「うん。友香は凄いよね」
主語&修飾語が抜けてます。
和也は言葉を省いて自分ひとり妙に納得している。
「だよな〜」
何故か和也の気持ちと同じ気持ち?悠里も肯定の相槌を打って細かく首を左右に振る。
「?」
一人だけ仲間はずれ。
和也と悠里が自分に感心しているらしいまでは分かっても。
どの部分に感心しているんだか。
これっぽっちも分からない。

相手は二人とも海央幼等部からの持ち上がり組み。
なんだかんだ言っても。裏・表のギャップが激しい性格の持ち主だ。
そう簡単に友香へ説明してくれるとは考えにくい。

「よく分からないけど、褒めてくれてるんだよね?」
貶されてたら嫌だな。考えて友香は悠里と和也に尋ねた。
「勿論」
営業スマイルを浮かべて両眉を持ち上げる悠里。
「当然」
和也も穏やかな様子で友香に応じる。
「ならいっか」

 薮蛇にはなりたくないし?

友香は結論を出して、一向に終わりそうにない辰希の語りに疲れた顔をする涼に。
気の毒そうな視線を送った。

「でもやっぱり一番凄いのは、セラよね」
こんな騒がしい状況でも自分の欲望に忠実で。
流されているようで絶対に流されない。
結構頑固な初代王は辰希の怒鳴り声に時折顰め面を浮かべつつも。
すよすよ眠っている。
「設計図が出来上がってるから行動に困んねーんだろ?平和でいいよな」
辰希の説教をバックに悠里が最後を締めくくった。



夢とか夢とか。世間様は言いますね?努力すれば叶えられる夢とそうじゃない夢ってあるじゃないですか。旅行に行きたいならお金を貯めれば直ぐに叶う夢です。アイドルになりたいなら、タイミングと運がある程度ものをいう夢です。夢がない子供は駄目なんでしょーか?すぐ夢のない子供は駄目だ、みたいな事を言う人はちょっと嫌ですね。夢を持ってる子が駄目ってわけじゃないんですけど。中3当時の己を顧みつつ。ブラウザバックプリーズ