部日誌19 『友達のカタチ』



32世紀。
場所は地球の日本。

舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋である。

学年も上がり初代王も加えて賑やか?になったよろづ部。
放課後のよろづ部部室で所在無さ気に召を左右に泳がせる男子学生。
今年中学一年生になったばかりの、ピカピカの一年生、というやつだ。
「こんな形で相手を調べるのは気がひけるけど・・・、結果はどうあれ俺が後悔したくないんっすよ」
深刻そうに表情を翳らせ男子生徒が頭を下げる。
「顔の見えないメルトモねぇ」
PC端末を弄りつつノンフレーム眼鏡の少年が気のない返事をした。

よろづ部副部長・宰相こと井上 悠里(いのうえ ゆうり)からはまったくやる気が感じられない。
要はもったいぶっている態度を装い、だらけているのだ。

「海央に在学中の交換留学生という事までは分かってるんです。けど、俺が会おうって言ってもはぐらかすし。相手が女の子ならそりゃー、色々あるかもしれない」
複雑な胸中をたどたどしく説明する依頼人。

「相手は男の子なの?」
今時同姓でメルトモなんて・・・?内心思ったことは口に出さず。
依頼人に淹れた紅茶を出すのは生徒会役員兼務の、有志メンバー笹原 友香(ささはら ともか)である。
「珍しいね、同性のメルトモなんて」
発言者に悪気はない。

男から見てもサマになっていて小癪に感じる笑顔。
顔に浮かべて爽やかに言い放つのは海央の王子・星鏡 和也(ほしかがみ かずや)その人。

「同じ地球人ならメルトモなんてしないっすよ。異星出身の交換留学生で、住んでいる星の話とか。俺は地球、特に日本の習慣とか色々。お互いに情報交換してたんすよ」
宇宙船のパイロットが夢だという依頼人は表情を綻ばせ、友香と和也に説明する。
「海央への留学生は、皆身体構造を人にデフォルメして留学してるからね〜」
実体験済み?
異星人の少女、よろづ部有志メンバーの京極院 未唯(きょうごくいん みい)が知識を披露。
珍しい人物から出た知的発言に悠里と和也がハモって「「へぇ」」と相槌を打つ。
「悠里と和也が普段アタシをどんな目で見てるか、よ〜く分かった」
不思議と相手の考えを言い当てる事が出来る未唯。
不愉快そうに鼻の頭に皴をよせ、悠里と和也を睨みつけた。
「失礼した」
危険回避はお手の物。悠里は素早く謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、そういうつもりの相槌じゃなかったんだけど」
同じく。
悠里同様侘びの言葉を吐き、よろづ部王子宛の差し入れの中からさり気に高級チョコレートの箱を取り出し未唯へ向ける。
和也は表面は笑いながらチョコレートで未唯を釣り上げた。
「・・・別にいいけどさぁ・・・」
ブツブツ文句を言いつつ、和也からのチョコレートはしっかり受け取る。
未唯は中身を取り出し口に放り込み口先を尖らせた。
「PCのメール履歴から辿るか、または海央の生徒から探し出すか。手順としては二通りで両方で調べる。ただし」
依頼人を見下ろし悠里は言葉を区切る。

メルトモを気にするのはいいが、気にするあまり相手を調べ上げ直接会おうというのだ。
相手の了承無しに。

「最低限、約束しろ。相手は異星人だ。当然、地球人と容姿が異なる場合も考えられる。だから相手を見ても思ったこと・・・特に相手を誹謗中傷する言葉を使うな」
「はいっす」
幼い仕草で依頼人は頭を下げる。
「さて。今回は彩と未唯、それに涼と辰希で行ってもらうぜ?俺は新聞部で和也は仕事。友香は生徒会の会議で・・・」
悠里は涼の代理で今回の依頼のメンバーを振り分けつつ、最後によろづ部部室隅へ目を遣った。

結構騒がしいよろづ部部室で惰眠を貪る少女の丸まった姿。
何処から持ち出したのか小さなソファーに丸まって眠りこけている。
「アレは使い物にならねーから、留守番で置いてけよ」
アレ呼ばわりされようが、何が起きようが目を覚ます様子ゼロ。
幸せそうに眠り続けるのは、初代王こと交換留学生・セラフィス=ドゥン=ウィンチェスター。
「ああなると起きないよね」
未唯からお裾分けのチョコレート(つい数分前まで持ち主は和也だった)を分けて貰い、口をもぐもぐ動かし和也が喋る。
「寝る子は育つんだって」
未唯がフォロー(?)を入れれば、和也と悠里は咄嗟に口を押さえて笑いの衝動を堪える。
逆に未唯はキョトンとした顔つきで、身体を痙攣させる和也と悠里を眺めていた。





依頼主のメルトモは、よろづ部が丁寧懇切に願い出たとたん。
依頼人と会うことを承諾してくれた。
学年及び地球人名及び海央での姿は一切詮索しないという条件付で。

「やけにあっさりだな」
悠里からあらましは聞いたが、楽な依頼といえばそうだ。
依頼人とそのメルトモを引き合わせれば終わりなのだから。
有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)は物足りなそうに呟く。
「覚悟があるんだろ、それなりに」
二代目王・霜月 涼(しもつき りょう)だけは。
依頼が直ぐ終わるというまったりした雰囲気に逆らって、ピリピリして一人苛立っていた。

待ち合わせ場所で依頼人と落ち合い、相手の異星人のメルトモの事も考慮して場所は桜木町紅葉坂上にある文化会館。
異星人との交流グループが活動の場所としている公共スペースの一角を借りた。

有志メンバーで異星人の未唯と共に暮らす、京極院 彩(きょうごくいん さい)の配慮である。
一足先にメルトモと合流した彩と未唯が、待ち合わせの小会議室に入ってきた。

涼と辰希、それに依頼人に気が付き振り返る。

依頼人と、メルトモ・・・の目が合った瞬間、奇妙な気まずい空気が辺りを漂った。

「彼は第七星雲出身のケール族。日本語変換して略すなら、彼の状態はカエル型宇宙人幼生態のオタマジャクシ・・・だよ」
PC端末を操作して、未唯が空へ浮かぶスイカ大の巨大おたまじゃくしを形容した。
皮膚が乾燥するのを防ぐ為、薄い水の膜が彼の周囲を覆っている。
「身体転換術を受けてまで海央へ来てるのか?スッゲーなぁ、お前」
異星人の受け入れをしている私立なら山ほどある。
海央だって大規模に受け入れを行っているわけじゃない。
その中から敢えて海央を選んだ。
心持ち声を弾ませ、辰希はケール族の少年を見上げた。
《すごい、という程ではありませんよ。転換術は安全なものですし》
水越しにケール族の少年が謙虚に応じる。

ケール族の少年に臆することなく会話する、よろづ部メンバーとは対照的に依頼人は黙り込んだままだ。
未唯は依頼人へチラチラ目線を送っては気遣わしげに涼を見る。

涼は険しい顔で小さく首を横に振った。
「それ重力装置なんだよ。肌が乾燥すると大変なんだって」
「へぇ〜」
彩がのほほんとした調子で辰希へ説明。
辰希は感心するように、ケール族の少年の周囲をぐるぐる回る。
《珍しいですか?》
「あんまり見ない機械だからね、面白そうv」
「未唯、生活に欠かせない機械なんだから。プールとは次元が違うんだよ?」
「うっ、分かってるよ〜」
物珍しい感情丸出しで未唯が少年に話しかける。
が、彩に図星を突かれて焦っていた。
「・・・彼が君とメール交換をしていたKだ。話すこととかあるか?」
立ち竦んだまま一歩も動かず、一言も発しない依頼人。
音を立てず依頼人の横へ移動し、涼が小さな声で問いかける。
「・・・」
依頼人は放心状態で首を何度も横に振る。
「俺・・・俺・・・」
何度か口を開きかけては閉じる。
依頼人は、なんとか言葉を口から吐き出そうと小さく喘いだ。
「こんなんじゃ・・・こんなんじゃ、ないと思って。異星人っていっても、水辺の話だったしそれに、それに」
泣き出しそうな顔で少年は途切れ途切れに発言して、ジリジリ後退する。
「こんなカエルモドキなんて、メルトモだなんて格好悪い!」
悲鳴に近い甲高い声で叫び、依頼人は走り去ろうと背中を向ける。
意外にも怒声を上げたのは彩だった。

「ふざけるなよ、何様のつもりだよ」

普段温和なだけに怒っているという構図が浮かびにくい人物だ。
辰希と涼が。未唯でさえも驚きに動きを止めた。無論依頼人も。

「彼が君の前に姿を見せるのに、どれだけ勇気を振り絞ったと思ってるんだ?
相手が人間じゃないからって外見だけで判断するなよ。たとえ心の中で思っても口に出すな。逆に君が彼の星に行ったら同じ目に遭うんだぞ」

滅多に多くを喋らない彩が饒舌且多弁。
眼鏡の奥の黒い瞳がキッと依頼人を睨みつける。

「そんなに君は偉い人間なのか?友達になりたいってメールしてきた彼の気持ちを疑うのか?自分の想像と違ってたからって彼のせいにするな」

「彩・・・格好良い・・・」
ポポポッ。頬を赤らめて未唯が彩に惚れ直した。
「帰れよ、依頼はコレで終わりだ」
辰希が顎先で出口を示す。
依頼人は真っ青な顔のまま、身体を震わせて走り去っていった。
重苦しい空気だけがその場に残る。
「悪かったな、無理矢理引きずり出して」
結果は行う前から薄々察していた。
涼が苦虫を潰した顔でケール族の少年へ頭を下げる。
《いいんです。いずれは直接会わなければならない日が来たと思います。逆に、皆さんの立会いでお互いに顔を見合って。それでよかったんです・・・》
弱弱しい声音でケールの少年が、逆に涼にお礼の言葉を述べる。
「君は寛大だね」
労わるような。
優しい眼差しと声を向け彩はケール族の少年を見上げた。
《ここで生活して初めて学んだから。だからそう思えるんです。よろづ部の皆さんの心遣い、有難う御座います》
体が丸いので判断しずらいが、ケール族の少年は深々と頭を下げ。
彼曰くの日本流でよろづ部のセッティングした『対面』に感謝を示したのだった。





辰希は冴えない顔で、よろづ部部室から見える若葉を眺める。
「そう・・・後味悪いわね」
未唯からジェスチャーつきで依頼のあらましを聞き、生徒会兼有志メンバー・笹原 友香(ささはら ともか)は表情を曇らせた。
「仕方ないよ」
あれだけ怒っておいて、一日したらケロリとしていた彩。
ごくごく普通の声音で自分の意見を口にした。
「辰希?大丈夫?」
逆になんとなく落ち込んだ辰希の心配までして。

彩の変わり身の早さに辰希は戸惑っている。
困惑した顔つきが前面に出ていたのだろう。

彩は少しだけ目を見張ると、癖毛の頭を小さくかいて目を細めた。
「依頼人が言ってしまった言葉は、今でも僕にとっては許せないモンだよ。辰希が思ってるほど気持ちを切り替えてるわけじゃない」
お茶淹れ係りの和也に代わり、彩が今日のお茶当番。
よろづ部馴染みとなった、和也御用達の紅茶。
香りが高いそれを淹れて、彩は辰希の前の席に座る。
「ただ、姿かたちが違う異星人の友達がいなくて。初めての友達がケールの一族だったら誰でも驚くよ。それも分かるんだ」
辰希に背中を向けたまま、彩は静かに語りだす。

元々が大人しく、和也と違って典型的な日本人である彩は。
自己主張だって控え目だし、今までも目立たないように振舞ってきた。
部内でも、部外でも。
それが彩の長所で短所。
辰希みたいに後先考えず行動し、喚き散らすのとは違うタイプなのだ。

「ああ、分かる、分かる」
彩の話に友香が横から口を挟む。
辰希の座る席の前。机に腰掛け独り言のように呟いた。
「心じゃ大丈夫、って思ってても。実際習慣の違いとか見せ付けられると困る時ってあるよ。すっごく分かるな〜、ソレ」
手にしたカップから紅茶を一口口に含み、友香がしみじみ言った。
「・・・」
辰希は思わず目線をチラリと未唯へ向ける。

友香のサバサバした性格は知っているし、疑いたくはない。
しかし辰希が思い当たる人物といえば嬉々として紙袋をあさってゴソゴソ音を立てている異星人。
彩の彼女。
よろづ部の苦楽を共にした仲間目の前に、本人の話題を口にするのはどういった神経なのか?

辰希の考えは良く顔に出るとよろづ部内で専らの評判。
友香は辰希の顔色を見て困った顔になる。
「ああ、未唯じゃないよ?京極院の家にお世話になってるから、結構日本の習慣には詳しいじゃん。姿だってそんなに違くないし?わたしが言いたいのは、セラだよ、セラ」
『寝不足のため帰宅』セラフィスの予定欄に当然の如く書かれた文字。
横目で見て友香は思い出し笑いをした。
「麻生君は見たことないよね?セラも本当の姿・・・っていうのかなぁ。それって人に近いんだけどすっごく印象的だよね!京極院君?」
「うん!印象的って言うか、圧倒されるっていうか?すごいよね、本当」
友香が同意を求め、彩は相変わらず振り返らずに相槌を打つ。
「あ・・・そうじゃなくてさ。横道逸れたけど、異星人と接する機会がない人が姿も形も違う異星人と出会ったら。それなりにショックは受けるよね、って話」
押し黙った辰希の不機嫌オーラを感じ取り、彩は話の流れを元に戻す。
「僕だって最初はすごく疲れたよ?未唯の星の文化とか何にも知らなくて。
埋め合わせようって焦れば焦るほど、未唯との違いだけが浮き彫りになっちゃってさ。埋められない深い溝に手で掬って土を入れてる気分。そんな感じだったかな」
辰希が海央に転入した時点で、未唯と彩は互いに信頼しあう良好な関係を保っていた。

彩が右往左往していた時期があったなんて。
考えられても想像はし難い。

「皆は知らないだろうけど、僕だって。
未唯を理解しなきゃ、僕を理解してもらわなきゃって一人躍起になってた。涼や和也が友達でいてくれて。
人と違う部分は誰にでもある。そう思えなかったら未唯とは暮せてなかったかもしれない」

「わたしも、そう。あの時は騎士(ナイト)だった陸(りく)君に、同じく騎士(ナイト)だったツァン君。
それに悠里でしょ。
皆が居て楽しくて。
だからセラとも。セラの持ってる力だってそんなに変だとは思わなかったんだ。違うのもあるんだ、って感じ」

「笹原さんも感じた?僕もせーちゃんと遊んでて、僕とは違うと感じたけど、変だとは思わなかった。
辰希なら、違う部分を見て疑問に思って正直に質問しちゃうんだよね?
ただ世の中の全員が辰希みたいじゃないし。依頼人の子みたいに、ショックで動揺して。言うつもりはなかったけど結果相手を傷つける場合もあるんだ」
彩の言葉を耳に受けとめ辰希の脳裏に浮かぶのは故郷。

辰希は関東の外れの大分ローカルな地域に住んでいた。
横浜に越してくる前までののどかなあの風景。
当然外国籍の地球人も住んでいたし、異星人も近所に住んでいた。

恐らく無意識で。
自分の知る範囲外で生活する彼等と、積極的に関わりを持とうとはしなかった。

海央に来て。異星人やら家業持ちやら。
裏も表もありすぎる、アクの強い友人達に囲まれすっかり失念していた。
自分だってあの依頼人と同じレベルなのだ、と。

「辰希が思ってるほど依頼人の子も悪い子じゃない。
彼は深く傷ついている。自分の考えなしの言動と、現実の厳しさに。
口先では友達だと言えても実際どう転がるのか。その時にならないと分からないものさ。
そして、交換留学生のケール一族の彼も。
予想していた言葉で傷つけられて・・・ある程度仕方ないって考えてたみたいだけど。やっぱり傷ついているしショックだろうね」

やけに実感が篭った彩の口調。
辰希は彩の背中を凝視する。
「お互いに傷ついただろうね。時間がたてば少しは楽しかったって・・・メール交換だけだったけど楽しかったって。そう思ってもらえたらいいね」
友香までもが実感の篭った口調で率直な感想を口にした。
「麻生君は、まだ不愉快?依頼人の後輩君が許せない?」
辰希にしては珍しく。
黙ったままなので友香が探るような顔で辰希を見る。
「いーや。こっから先は当人達の問題だろ。ケールのヤツが言ってたみたいに、逆に俺等が介入して良かったんじゃねぇのか?二人だけで会ってたらもっと悲惨だったかもしれねーしよ」
「うわ、大人な発言!」
悪戯っぽい微笑を浮かべ友香が辰希の意見に茶々を入れる。
「俺だって学習くれーはしてるぞ。この部活を通じてな」
「うん、知ってる」
唐突に振り返り彩が友香と同じ様に悪戯っ子の顔つきで辰希へ告げた。
「そうそう、知ってるよ」
友香も言う。
「アタシ的にはイマイチだけど、知ってるよ?」
地獄耳を発揮して未唯もが会話に乱入する。
「皆、知ってるよ」
辰希が異文化に驚愕しながら。
それでもあんまり偏見を持たないよう。
一生懸命努力しているの。皆知ってるんだよ。

もう一度。
辰希に念を押すように。
彩が最後にこう言い直した。

「俺だって分かってら」
黒い肌では目立たないのに頬は真っ赤。
首筋も赤い。
ぶっきら棒な口調とは裏腹に照れている辰希の態度。

彩、友香、未唯は互いに目配せして小さく舌を出す。
「形がそれぞれってだけだよねv未唯」
「そだね、友ちゃんv」
ねぇー?とかなんとか。

友香と未唯は早々に意思疎通を図り互いにニコニコしている。


 ここは平和だな。


同じ事を考え辰希は口端を持ち上げ、彩は複雑な顔で二人の少女を眺めたのだった。


色々なカタチ。をテーマに詰め込みすぎで(汗)書いたら収集が(笑)文章構成力って・・・?まあ、辰希も彩も日々成長してるんだよ。という話しですな。ブラウザバックプリーズ