部日誌18 『パレードを警戒せよ』



「お粗末だね」
同情の欠片一つ見せずに左右色違いの瞳を有する少女。
初代王・セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターは冷淡に言い切った。
「馬鹿馬鹿しいにも程があるけど、ほら、他の部員が悪いわけじゃないし」
セラフィスと同じく毒舌全開。
海央の王子こと、星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は笑顔を崩さず止めを刺す。
「確かに〜。馬鹿なのは例の依頼人だけでしょ?」
セラフィスの手にある書類を覗き込み、二人に同調するのが異星人の少女。
京極院家に居候中の、有志メンバー。京極院 未唯(きょうごくいん みい)である。

ある意味一癖も二癖もある、この三人の容赦ない口撃に晒されている誰かも不幸だ。
とんだ災難だ。

思いながらも黙っているのは二代目王。
霜月 涼(しもつき りょう)その人。
この三人を前にしたら沈黙は金なり、なのだ。

「他の部員が頑張ってきたのを、暴言一つで台無しにするわけにもいかないか」
俯き目にかかる前髪を鬱陶しそうに振り払い、セラフィスは結論を出す。
「パレードは年に一回だし。内外の観光客も多い一大イベントだからね。出来る事なら穏便に済ませた方がいいんじゃない?」
どのラインまでが『穏便』なのかは微妙である。
だが和也が言った以上は穏便なんだろう。
内心ヒヤヒヤして三人の会話を見守る涼にとっては針の莚。
それ以上か?
「友ちゃんとかなら上手くミッション組んでくれるし。ああ、でも依頼人さぁ?パレードを無事に乗り越えたいって依頼でしょ?だったら本人は護らなくても良いんだよね」
笑顔のままトンデモ発言する未唯に、涼の寿命が確実に縮まる。
「したいの山々だけど。よろづ部の趣旨に反するから今回は駄目」
セラフィスがあっさり釘を刺して、この場はお開きとなった。
「今から胃薬なんてまだ早いよ?」
ニヤリと笑ったセラフィスの意地悪い顔に、涼は顔を引き攣らせていた。


32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋である。

学年も上がり初代王も加えて賑やか?になったよろづ部。
五月GW目前に、その依頼は舞い込んだ。
「海央バトン部の演技妨害か」
仮装パレードのルートを確認しつつ、坊主頭の少年は眉を顰めた。
肌黒でしっかりした体躯が特徴の彼は、有志メンバーの麻生 辰希(あそう たつき)。
後数時間で始るパレードでバトン部の警護にあたる。
「怖い話だね」
強張った顔でぎこちなく笑うのは、同じく有志メンバーの京極院 彩(きょうごくいん さい)。
先ほどから画面に映る観光客を画像に治め、海央でスタンバイしている友香とセラフィスに画像照合データとして送っていた。
「自分の部活の水準を誇りに思うのはいいけどな〜?相手を挑発して侮辱したら、そりゃマズイだろ。今回の依頼人はそこら辺分かっちゃねーからな」
PC端末を弄り素っ気無い言葉で会話に混ざるのは、副部長の井上 悠里(いのうえ ゆうり)こと宰相である。
「今回同じ仮装パレードに参加する他校のバトン部を挑発して、挙句に見下したんだ。非はこっちだぜ。その相手っつーのが異星人と地球人の間の子供らしくてさ、色々裏技が使えるんだと」
今日のパレードに備えて収集した悠里のデータ。
悠里はもう一度PC画面を見て、項目をチェックした。
「でも涼が出したのは今日のパレードを守れって、それだけじゃねぇか?」

涼は正義漢だ。
曲がった事は嫌いだし、案外白黒つけるタイプでもある。

辰希は当然の疑問を口にした。

「気にするなよ、『お仕置き』は涼が直接下すって。大方説教でもするんだろ?悪いのは今回の依頼人だけだからな」
パレードのルート上にある指定位置で警戒に当たる、未唯と和也と涼。
三人にメールを送りながら悠里は言った。
「そうだね。非があるのは、相手を馬鹿にしたうちのバトン部の一人だけなんだよ。他の部員の人達の邪魔までしていい権利はないよね。特に中3や高3の人には最後かもしれないし」
仕事の手は休めない。
チョコマカ動きつつ彩も意見を口にした。
「そうか・・・そう考えれば、依頼を受けねぇワケにもいかねーよなぁ」
心の底から納得までとはいかないまでも。
依頼を引き受けるに値する内容だ。
感じて辰希はしみじみ呟く。

五月晴れに近い空に時折薄っすらした雲が流れる。

 パレード日和でもあり、こんな好期を逃す馬鹿もいないな。

漠然と考えた。

大勢の観客の前で特殊能力を使って仕返しをする。
姑息な手段だとは思うものの、自分達が築き上げてきたバトン部の演技を馬鹿にされたら誰だって頭に血は上るだろう。
私立だからってお高くとまってんじゃない。
なんて感じだろうか。

実際、ネームバリューだけに憧れて奇跡の転入を果たした辰希には。
被害を被った他校の生徒の気持ちが痛いほど良く分かるのだ。
「他校の相手にはパレード終了後に、バトン部部長が詫びいれるってよ。セラフィスが言った以上は、間違いなくそうさせられるだろうさ」

 バトン部部長と張本人がな。

後に続く言葉は胸の中に仕舞って悠里が二人へ通信機と探知機を渡す。

「彩は俺と行動するけど、自力で調べられる範囲は調べてくれ。
辰希は移動して演技をするバトン部の動きに合わせて通路を平行移動。
もし人込みとかで移動しにくかったら未唯へ連絡してくれ。
未唯は上空から警戒してるからな」
朝確認した各自の分担をもう一度口にして、悠里は彩と辰希を交互に見る。
「うん、頑張るよ」
緊張に顔を赤くして彩が通信機と探知機を受け取った。
「分かったぜ。今回は俺が大活躍してみせるっ」
やや低めのテンションが一気に上昇。
熱血モードに切り替わった辰希の返答に、思わず彩と悠里は揃って声を発した。

「「今度は何の勝負?」」と。

彩・悠里の勘違いでなければ、パレード護衛依頼に託(かこつ)けて辰希が勝負を挑んだのだろう。
辰希が諦めない以上勝負は続くのだ、涼にとっては災難なのだが。

「な・・・なんのことだよ」
図星を指され目線が宙を彷徨う辰希の姿に、彩も悠里も同時に肩を落とす。
「張り合うのは良いけど、部活動の妨げにならないようにね」
辰希の情熱の火を消すのは無理。
悟っている彩はやんわり辰希へ忠告の言葉を送る。
「暑っ苦しいのは御免だぜ?こんな暑い日にはな」
辰希の肩を叩き小さく囁く悠里。
暗に『部活動を妨害したらどうなるか分かるよな?』というニュアンスを含ませた脅しだ。
「当然だっ!最優先はうちのバトン部が無事にパレードを終えるコトだろ」
ちょっと白々しい辰希の言葉に「「分かってるならいいよ」」なんて。
彩と悠里は同じ言葉を辰希へ返したのだった。





用意してあった自転車で併走しながら辰希はバトン部の演技を見守る。

《依頼したのは一番最後尾に配列するよう、圧力かけておいた。その位置から見えるか?》

耳につけた通信機から悠里の声が聞こえる。
「ああ。バトンについた目印がくっきり見えるぜ」
音楽にあわせてクルクル、バトンが回る。
依頼人の女子生徒は、ぎこちない微笑を顔に貼り付けたままバトンを操っていた。

観客席に辰希は目を向ける。
カメラを構える観光客や見物人。
様々な人がひしめき合っているが、警戒すべき人物は見当たらない。

《大通りを真っ直ぐ行進して、ほら、丁度辰希の目線の先。角を曲がってるだろ?》

海央バトン部の数個前の団体が、車上から笑顔で手を振りつつ角の先へ消える。
「おう」
辰希は目でパレード参加団体のルートを確かめ元気良く返事した。

《ここら辺は人込みも激しいし、向こうも変装くらいはしてるだろう。一番危険なのは折り返し地点。後半分だ、と思うと油断しやすいからな》

「了解」
悠里の簡単なアドバイスに短い言葉で応じ、辰希は海央バトン部と併走する形でパレードを監視する。
時折PC端末を取り出しメールをチェックし、移動班がどの辺りで警戒しているかも確かめる。

パレード折り返し地点まで後僅か。
そんな距離に来た瞬間、辰希の背筋を悪寒が駆け抜けた。

理論や理屈ではない。
ただ自分の奥底が危険を察知して警鐘を鳴らす。

「辰希!!」
迷うことなく依頼人目掛け全力で自転車を走らせ、自転車を道端に捨て。
パレードの列へ飛び出す。
「来るな、彩っ」
思わず自分に駆け寄ろうと一歩を踏み出す彩を怒鳴りつけた。
その行動は辰希の本能的な感覚から出るもの。
辰希は咄嗟に何も考えず、依頼人を押し倒し自分の身体を張って庇う。
「ぐっ・・・」
背中に何かが圧し掛かるような圧力。
ミシミシと音を立てて軋むような背骨の音。
辰希が低く呻いた。

その下では依頼人が顔面蒼白でガタガタ震える。

「アブねーだろうがっ」
呼吸困難気味の辰希の意識に、涼の声が飛び込む。
襟首をつかまれて一気に圧迫感が抜け切り楽になる体。
ぼんやりした動作で上を見上げれば、仏頂面の未唯が蝙蝠のような羽をパタパタ動かしている。
「大丈夫?」
灰色の空間をバックに紙切れ片手に挟み和也が辰希の顔色を確認する。

今まで五月蝿い位に周囲に響き渡っていた音楽が消え。
静けさに包まれたモノトーンの世界が辰希の前に広がった。

辰希は深呼吸を繰り返しながら眉間に皴を寄せる。
「なによ、正義の味方きどり?それとも・・・」
「こちらに非があるのは分かってる。すまない」
頭に血が上ったままの襲撃者は、辰希達を睨みつけた。
襲撃者が言い終わらないうちに、言葉尻を奪い涼が謝罪の言葉を口にする。

「具体的に彼女がどれだけの失言・・・暴言を吐いたかは分からない。
だが、他の部員達全員が彼女と同意見というわけではないんだ。後に学園長が自らそちらに出向いて謝罪する。勿論、彼女もバトン部長も同席する。
・・・だから他の部員の思い出を潰す真似だけは止めてくれ」
涼が放している間に、未唯が静かに辰希を地へ下ろした。
和也がさり気なく辰希と未唯の手前に立って涼をフォローできる位置に移動する。
「・・・」
「こっちに都合がいいってのは重々承知だ。だがこの通り」
深々と上半身を折り曲げ頭を下げる涼の姿に。
少女は怒りを湛えたままの瞳を向ける。
涼の謝罪は理解できるが心から納得している様子ではない。
「説得ヘタだね」
「実も蓋もない言い方しちゃ駄目だよ」
彩の耳元に未唯がぼそぼそ囁き、そのあんまりな言葉に彩が脱力した。
「ネゴシエーターが欲しいね」
呪符を構えた和也が二人のやり取りに混じり。
「なんだ?それ」
辰希が頭に?マークを浮かべ怪訝そうな顔をする。
そんな膠着した状態の中。

「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損♪ってね」
緊迫する空気を見事に叩き割った。
聞き覚えの有る声と姿が瞬時に全員の前に現れる。
「はい、貴女のユニフォーム」
セラフィスは笑顔を少女へ向け紙袋を差出した。
「パレードは折り返しに入っちゃってるけど、今からなら後半は演技できるよ。貴女が来るの部長さん待ってるから・・・行ってあげて」
沈黙する少女に、紙袋を差し出した格好でセラフィスが首を傾げる。
「貴女だってバトン部で演技したいっしょ?それにこの勘違い部員は、ちゃーんとこの二代目海央王(キング)がお仕置きしておくから。早く着替えて参加しなきゃ、楽しまなきゃ、勿体無いよ?」
少女の行動を責める言葉は一つも発せず。
あくまでも穏やかにセラフィスが言葉を紡ぐ。
「でも・・・」
ぐったりしている辰希を横目で見て少女は躊躇う。
「はいはい。これはあたし達よろづ部員とあの子しか知らない。こーゆう場合は」
「当然、ここでは何も起きなかった、俺等はなーんも見てねーし、知らねぇ」
セラフィスが涼へ話を振って、涼は両手を広げ肩を竦め。とぼけた口調で少女へ断言する。
困惑顔の少女へ紙袋を押し付けセラフィスは空間から強制的に少女を排除した。
「間一髪間に合ったね〜」
「おう、サンキュ」
少女が空間向こうへ押し出され、その背中を見送った後。
セラフィスが安堵の息を吐き出した。
顔を顰めた涼も片手を上げセラフィスの労を労う。

「涼から悠里経由の指示でね?彼女の部の部長さんを説得してたの。
部長さん、ちょっと渋ってたけどこっちが悪いのは事実だし。
彼女もちゃんとパレードに参加できるようにってさ。
それから衣装を部長さんから受け取ってソッコーでこっちへ来たってワケ」

不思議顔の彩・未唯・辰希へ向けセラフィスが掻い摘んで事情を説明した。

「加えてセラは時空干渉能力者。テレポートも可能だし、僕が張っている結界内へ侵入する事も可能。つまりはマルチなお使いってわけだ」
パレード通路脇を呪符で示し、和也は歩きながら笑顔で注釈をつける。
「まぁ、んなとこだけど・・・」
物言いは爽やかなのに内容が手厳しい。
セラフィスは曖昧に笑う。

和也を先頭に、セラフィス・涼・彩・未唯・辰希、それから依頼人はパレードの邪魔にならない位置まで歩いた。
途中、辰希が放置した自転車を回収しロープで区切ってある観客側へ。

パンパン。

和也が全員移動し終えたのを目で見てから拍手を打つ。
あっという間に灰色の空間は色を取り戻し、賑やかなパレード音楽がよろづ部メンバーの耳に飛び込む。
「ご苦労サン」
PC端末を顔横で前後に振り、悠里がゆったりした足取りでメンバーに近づく。
「お疲れ、皆」
悠里の後からは海央の部室でサポートにあたっていた筈の友香の姿が。
「どうして友ちゃんまで?」
小首を傾げた未唯に、友香は目を細めて笑う。
「それはね?」

《ではこれが最後の参加団体〜!ここからは自由参加ですっ。ご希望の方はこの車の後について音楽に合わせ一緒に踊りましょう〜!!》

街灯に設置したマイクから女性のアナウンスが流れる。

アナウンスが流れるや否や、観客側からパレード道路に飛び出して踊り始める観光客。
中には異星出身者や、家族やカップルや友達同士や。
それぞれのグループが参加したい部分だけを踊り、笑い楽しむ。

参加していない観客達は拍手を送り飛び入り達を応援する。

「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら?」
セラフィスは瞳を輝かせ友香と未唯へ手を差し出す。
「「踊らにゃ損損!」」
友香と未唯は即座に応じ、セラフィスと三人。
はしゃぎながら踊りの列へ加わる。
「確かに・・・僕達も踊ろうか?」
唖然とする辰希と涼。硬派組を意地悪く見つめ和也は彩と悠里を誘う。
「うん!兄さん達からデジカメ借りてきたんだ、写真も沢山撮ろうよ」
ズボンのポケットからデジカメを取り出し、彩はウキウキした足取りで未唯達に合流する。
和也も悠里も案外ノリノリで列へと加わる。

「・・・参加するだけで楽しいって気持ちは大事かもな」
怪しい動きのダンスで周囲の笑いをもぎ取る未唯とセラフィス。
歳相応の子供の顔ではしゃぐメンバーを一望し辰希がひとりごちる。
「じゃ、責任者はこれから彼女と一緒に謝罪に行くか」
「あ、俺も行くぜ。あっちに混じって踊るのはキャラじゃねぇし」
海央のバトン部長へメールを送り、涼は依頼人と辰希、二人を伴って静かにその場所を離れた。



パ、パレード??うわ、なんか雰囲気でてませんねぇ(汗)これでも部活は順調です〜(笑)ってな話が書きたかっただけでもあります。少しだけ最後によろづ部メンバーの人生観みたいなのもちょと、出してみました。ブラウザバックプリーズ