部日誌16  『違い』



32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。

海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。

学年も上がった四月の始業式後から数日後。

お約束的展開がよろづ部で巻き起こらんとしていた。

「俺的には不本意だが、チャンスは無駄にしないぜっ!」
意気揚々とよろづ部部室に足を向ける少年一人。
坊主頭にがっしりした体躯と、黒い肌が特徴の有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)である。
「うーっす!」
いつものノリで部室扉を開く。
「・・・!?」
しかし、目の前に飛び込んできた奇妙な光景に大口を開け固まった。

「んー、美味しい〜v」
ショートボブの黒髪。
やや左跳ねした前髪が特徴的で、左右の瞳が色違い。
赤と黒色の不思議な瞳を持つ少女は箸を口にくわえたまま悶える。
「沢山あるので召し上がれ」
満面の笑顔を湛えて甲斐甲斐しく少女の食事の世話をする女性?
二人が放つほのぼのした雰囲気と、ピクリとも動かないよろづ部副部長の屍。
なんとも珍妙で奇天烈な雰囲気がよろづ部を支配していた。

「な、なんなんだ?ありゃ?」
極力少女と女性を視界に入れない位置で昼食を取っている二代目王こと、霜月 涼(しもつき りょう)。
涼に近づき辰希は小声で問いかける。
「あ、ああ。あの女(ひと)は去年留学していた海央のプリンセス。城地 由梨花(じょうじ ゆりか)先輩で今年から大学生らしいぜ」
部室内に漂う香ばしい和食系料理の香り。
辰希は無意識に鼻で匂いをかぐ。
「セラって和食好きで有名なんだよ。女の子だから元々少食だけどね。昔っからあーやって誰かしらが食事を作ってきてるんだ」
辰希に温かい緑茶湯のみを差し出し、有志メンバーの笹原 友香(ささはら ともか)が会話に混ざる。
「けどよ?なんで悠里が倒れてんだ?・・・この世の終わりみてーな顔して」
辰希が首を捻る。
涼と友香は辰希に悟られない様に目配せした。

 情けだ、情け!
 彼氏よりもかつての王にお弁当を持参した彼女の天然キャラに。
 トドメを刺されて脱力してるなんて。
 可哀相過ぎて言えない。

涼と友香。共通の認識である。

「あ、あれね。気にしない方がいいよ。単に具合が悪いみたいだから」
肩を竦めて友香が言えば、同調するように涼がうなずく。
「そっか・・・。春先だし、体調崩しやすいもんなぁ」
辰希は単純で素直な性根の持ち主だ。
言われた事を比較的ありのまま受け取るタイプ。

 辰希が素直なキャラで助かった〜。

涼と友香は愛想笑いを浮かべつつ、同時に安堵の息を吐き出した。

「では私(わたくし)はこれで失礼致します」
持参したお重のお弁当を片付けて、正座。
三つ指突いて深々と礼をする由梨花に、涼と辰希は再び動きを止める。
「ありがとうvすんごく美味しかった〜。ご馳走様でした」
初代王・交換留学生にしてつい数日前。
よろづ部入りした有志メンバー・セラフィス=ドゥン=ウィンチェスターはにこにこ笑って由梨花に手を振る。
「いいえ。お粗末さまでした」
もう一度礼をして、それから「ごきげんよう、皆様」とコメント残し。
海央のプリンセスは大学キャンパスへ戻っていってしまった。
「どーしたの?」
不思議そうに涼と辰希を見つめる色違いの瞳。
「や、お前愛されてるな・・・」
「はは、まーね♪」
涼の嫌味なんて痛くもない。
笑顔のままさらりと受け流し、セラフィスはやや申し訳なさそうに屍になっている副部長を見下ろした。
「ごめーんってば。まさかこんなに早く弁当制度が復活するなんてさぁ〜。一応、弁当はいらないって断っておいたんだけど・・・ね」
抜け殻に等しい状態で床に転がる、宰相こと井上 悠里(いのうえ ゆうり)に向って両手を合わせる。
セラフィスは困った調子で弁解した。
「ああ・・・いいさ・・・俺は・・・」
人生悟っちゃいました?ような雰囲気を漂わせ、一人力なく答える悠里の姿は普段なら絶対に拝めない。
セラフィスはヤレヤレと頭を振って悠里にしか聞こえないように、耳になにやら囁いた。
「じゃ、俺はこれで」
見事に『いつもの』悠里に戻って昼食も食べていないのに、部室から退場。
何をしによろづ部まで来たのか?
辰希からすれば、まるで理由が分からない。
逆になんとなく察した感じの涼と友香は苦笑した。
「さて、と。宰相殿が消えちゃったので、残りの仕事は処理しときましょっか」

正しくはセラフィスが追い払った。のだが。

セラフィスはのんびり独り言を言い、悠里が普段使っているPCの電源を入れる。

カタカタとセラフィスがキーを叩く静かな音が部室に響く。
辰希も自分の腹の虫が鳴っているのに気が付いて。
とりあえずは昼食に専念する事にした。

「ああああ!」
弁当を半分ほど平らげ、それから辰希は大声で叫ぶ。
「?」
至近距離から辰希の大声に耳をやられた涼が迷惑顔で、両耳を押さえる。
友香も飛び上がる位驚き、少し怒った顔で辰希を睨んだ。
「ちょっと!寿命が縮まるじゃん」
ドキドキする心臓を押さえて友香が辰希に文句を言う。
「あ、ワリ・・・。そうだ初代王!セラフィスッ!!俺と勝負だっ」

箸先を人様に向けてはいけません。

辰希は箸先でセラフィスを示し、片足を机の上に上げた。
そんな熱い男。
辰希を一瞥しセラフィスは心底嫌そうな顔で言い切る。
「え――――?メンドイからヤダよ、そんなん」

一蹴。

行き場の無い辰希の熱血を無視し、セラフィスはPCに向き直った。
涼と友香は我関せず。
知らぬ振りを決め込み、それぞれ静かに昼食をとる。

園芸部員達はお昼のミィーティングで向かいの部室。
園芸部員である海央の王子と、新名物バカップルがこの場にいなくて幸いだ。
変に煽り立てる異星人の少女と、茶化す王子がいないお陰でまったく静かで平和である。
初代王も案外分(ぶ)を弁えているので余計な騒動は起こさないし。

 平和って素敵。

意外に苦労人である涼と友香。
二人はのんびり箸を進め、よろづ部に訪れた静寂を堪能していた。

「んだよ、怖気ついてんのか!?」
辰希は、普段使わない部分の頭をフル回転して相手を挑発する作戦に出た。
「はぁ?アンタとあたしじゃ勝負になんないの。だからだよ」
相手にされてません。
PCから顔も上げずにセラフィスは淡々と答える。
「・・・な、納得いかねぇぞっ!!」
不貞腐れた子供そのもの。
不服そうに唇を突き出し不満を前面に押し出した辰希の表情。チラッと辰希の顔を見て。
セラフィスは大きく息を吐き出す。
「実体験してもらった方が分かるんだったら。一回だけって条件で」
駄々を捏ねた子供にお菓子を買い与える親の雰囲気すら漂わせ。
セラフィスは不承不承といった態で辰希の勝負を承諾する。
「トモ、どんな勝負が一番『分かりやすい』と思う?」
「う〜ん・・・何がいいかな・・・。分かりやすく、霜月君ともやった学園内空き缶&ペットボトル拾いなんてのはどう?」
記憶を辿り、友香は一番如実に分かりやすいと思われる勝負を持ち出す。
セラフィスは顎に手を当てて少し考え込み、辰希を横目で見る。
「おう!俺は構わないぜ」

体力には自信がある。
幾ら初代の王が異星人の力を持っていようが。
正々堂々と勝負するだろう。

勝手に考え辰希は了承した。

「はいはい。異存がないなら付き合いましょう。んじゃ、涼が審判役ね」
「・・・俺は部活が・・・」
「ああ、涼の恥ずかしい過去を言いふらすなんて真似、あたしには出来ないよ・・・」
悲しそうに目を伏せるセラフィスに、涼は顔を引き攣らせた。

コロニーに住んでいた時。
様々なトラブルに巻き込まれ。
男としては少々恥ずかしい醜態もセラフィスにはバッチリ見られているわけで。

「人の弱みに付け込むなんて卑怯だろうが」
精一杯の反撃。
涼が頬をヒクヒク痙攣させて口撃した。
「失礼な!一種の駆け引き、戦略だと言ってくれたまえ」
セラフィスに、胸を張って言い返されてしまったが。
友香は同情してくれたのか、涼の肩を労わる様に叩いて慰めたのだった。

「セラフィスに逆らうのはすごく難しいから。諦めて」なんていうコメントつきで。

以上のような経緯から初代王と熱血少年の、男気?を賭けた勝負が行われることとなったのである。






迎える放課後。

「制限時間は1時間。では、始めっ!」
よろづ部全員が見守る中、友香が合図した。
駆け出そうとする辰希と、欠伸交じりに右手を天へ差し向けるセラフィス。
辰希が10メートルも進まないうちに、大量の空き缶とペットボトルが空からセラフィスの隣に降って落ちた。

「「「「・・・」」」」

呆れて言葉もない涼に、笑顔を崩さない海央の王子・星鏡 和也(ほしかがみ かずや)。
海央の新名物バカップルの、京極院 彩&未唯(きょうごくいん さい&みい)は双方ともに口をあんぐり開けて立ち尽くしている。

「ひ、卑怯じゃねぇかっ!」
腸(はらわた)が煮えくり返る。

馬鹿にされた。

絶対に馬鹿にされている。

考えて辰希は思わずセラフィスの胸倉を掴み上げていた。

「腹立つ?でも納得してもらわないと、困るかな」
落ち着き払ったセラフィスの言葉が余計辰希の怒りを煽る。
「なんだと!女のナリしてるからって調子こいてんじゃねぇぞ!」
怒りに燃える辰希の双眸と、正反対に感情の欠片すら見えないセラフィスの瞳。

正に一触即発。

オロオロしだした彩。
思わず手を伸ばし二人の間に割って入ろうとした彩を、悠里が止める。
黙って首を横に振った悠里に何も言えず、彩は伸ばした手を力なく落とした。

「コレがあたしの勝負の仕方なんだ。涼とは違う。逆に、涼には涼の考えや方針があって、それはあたしの考えとは違う。違うんだ」

辰希に胸倉を掴み上げられ、つま先立ちしながらも。
セラフィスは非常に落ち着いていた。

「違い、なんだ。涼は正々堂々、同じ条件で勝負をしようと考えた。あたしは違う。無用な勝負を続けないために敢えて力を使った。・・・意味、分かる?」

「・・・」
セラフィスの足が地についた。

「あたしは地球の・・・日本人の血は僅かしか引いていない。他は異星の血を引いている。能力的に、特殊と呼ばれる力を日常的に使う状況下で育った」

胸倉を掴む辰希の手が緩む。

「憧れと羨望と恐怖と畏怖の眼差し。
力を振るうたびそんな視線にかち合うよ。

でもこれがあたし流。あたし流の決着の付け方。誰もが同じ考えを持っていないのと同じ。

皆誰もが違う。
一人一人が違う。だからこそあたしは相手に最大の敬意を払ってあたし流で相手の挑戦を受ける。
涼が同じ場で戦おうとするのとは違うけど・・・これがあたしの方法論だから。馬鹿にしてるわけじゃない」

辰希の手がセラフィスから離れた。

「それに。力を見せ付けるために使うなんてしない。
逆に怖いかな・・・力を持つもの同士なら決着付くまで殴り合えばいい。
どちらが優位か戦えばいい、かもしれない。

でも普通に懸命に生きている相手に。早々こんな力、ぶつけられないよ。
相手が弱いから使いたくないんじゃない。
相手が真っ直ぐに生きてるから、あたしみたいに半端じゃなくて力なんか無くてもきちんと生きてるから・・・怖いんだ」

静まり返ってしまった中庭。

「せーちゃん、かっこ良すぎ・・・」
今までに何度呟いてきた台詞だろう。
頭の片隅で考えながら彩はポツリと漏らす。
「うん、かっこ良すぎ」
彩の隣で未唯も同じ言葉を呟く。
「あれがセラの行動の仕方だぜ?マジ参るよな〜」
苦笑頻りの悠里の言葉に、友香は表情を和らげる。

セラフィスは好戦的に見えてそうではない。
無用な争いは短期間に収める主義だ。
必要ないなら、こんな風に実力の差を見せ付けるような意地悪はしなかっただろう。
ただ辰希が『望んだ』セラフィスとの勝負。

涼は正々堂々と。人の立場で戦って。

でも、セラフィスは?

人それぞれ。
立ち位置が違うのと同じ。
一つの問題を解決できる鍵は一つでも。

鍵を手に入れる方法は人によって違うのだ。

「アンタはアンタの遣り方で男気を磨けばいい。だいたい・・・男気なんてモンは、勝負して磨くようなモンじゃないよ。男気がアップすれば自然と人はアンタに付いてく筈だから」
今までの涼との勝負も聞き知ってたらしい。
セラフィスが子供を宥めるような口調で辰希を諭す。
辰希は目の前のセラフィスがとてつもなく『大きく』見えた。
「それまでは。子供でいられる時間を楽しんどきなって!二十歳過ぎたら強制的に大人扱いなんだよ?」
唇の端を持ち上げて悪戯っ子の顔つきのまま、セラフィスが笑う。
「タイムリミットは迫ってるよね?」
セラフィスの隣に立って和也が傍らの彼女に問いかける。
「だから、こーして『今』子供を楽しんでんでしょ。アンタには悪いけど、あたしと涼は違う。同じ王という肩書きを持っていても。ただそれだけの繋がり。人格まで一緒だと思われても困んだよ、実際」
「おう、俺も困るぞ。お前みたいに暴れないからな、俺は」
セラフィスの言葉に呼応して、涼はセラフィスを挟み和也の逆側に立つ。
「そだね」
セラフィスは小さく舌を出した。
「アンタにもアンタなりの流儀があんでしょ?だったらそれで走ればいい。走って突っ走って・・・それで後悔するなら流儀は直ぐに変えるんだね、臨機応変・柔軟性が一番」
「「セラは臨機応変すぎ」」
左右に立つ和也と涼がすかさず口を挟む。
「あはははは、そーだね」
軽い態度を変えずにセラフィスはケラケラ声に出して笑った。

「あのよ・・・ありがとな」
辰希がセラフィスに言った。
「一応、きちんとお前流で勝負してくれて」
心中複雑だがセラフィスの言葉は間違っていない。

辰希も勝手に思い込んでいたのだ。
初代王だから、きっと涼がしたのと同じ様に勝負するんだ、と。

「どう致しまして」
スカートの片端をつまみ上げ優雅に一礼。
セラフィスがお辞儀をすれば、友香と悠里それに和也は目を丸くする。
「セラが礼儀正しい・・・!!明日は雨か!?」
空を仰ぐ悠里をセラフィスは軽く睨んだ。
睨んだだけで、不機嫌そうに鼻を鳴らし特に口を開かない。
「あれ?でも・・・なんで辰希のコト、セラは名前で呼ばないの?」
未唯が首をかしげ発言。
「ああ。あたし、相手を『認めない』と名前で呼ばないんだよね♪」
一言残し。
セラフィスはさっさと力を使って逃走。
正に電光石火、鮮やかな引き際。


「辰希・・・せーちゃんに遊ばれてる?」
「彩、黙っておいてあげなよ」
彩と和也の言葉がトドメとなって辰希の胸を刺した。
のは、特筆すべき事柄でもないだろう。

因みに一番の被害者は二代目王で。
初代王が集めたペットボトル・空き缶を地味に一人で片付けたのだった。


初代王が来たならば。辰希の性格を考えれば絶対に勝負を持ち出しますね(笑)セラフィスは確かに過去において王でしたが、涼とは違うタイプです。その違いを出したくてこんな風に。少しでもセラフィスなりの流儀を感じ取ってくだされば幸いvブラウザバックプリーズ