部日誌15−2  『未来の王と過去の王』



作中ややグロ系表現があります
(私からすれば軽いものですけど。血とか苦手な方はご注意下さい。スプラッターではないです)



























時は32世紀。
地球ではないどこか。

薄暗い部屋に寝かされた二人の子供。
正しくは、起きている一人の子供と気絶している子供。の二人。

「いや〜、参ったね」
ショートボブの黒髪。やや左跳ねした前髪が特徴的で、左右の瞳が色違い。
赤と黒色の不思議な瞳を持つ少女が一人心地に呟いた。

両腕を拘束するシルバーグレイに光る金属らしき器具。
見下ろして一人苦笑する。

目線の先には気絶中の少年一人。
暗闇でも目立つ金の髪。美しく孤を描く眉・長い睫毛・筋の通った鼻・ふっくらとした唇。
目の色は分からないけれど、世に言う美少年系な顔立ちだ。

「いー加減起きてもらおっかな」
シルバーグレイの器具に口づけ一つ。
少女が落とせば音も無く崩れ落ちる器具。

砂のように細かく分解された器具の成れの果てが重力にしたがって床へ落下した。
少女は足取り軽く少年に近づき容赦なく身体を揺さぶる・・・なんて真似はせずに。
手のひらを少年にあて何かを念じる。淡い金色の光に少年は包まれた。

「・・・あ・・・?」
少年の意識が覚醒し、緑色の瞳が不機嫌に歪む。

「おはよ?さっきも自己紹介したけど、あたしはセラフィス。君の名前は霜月 涼(しもつき りょう)でいいんだよね?」
少年を、涼の腕を掴み起こしてから少女、セラフィスは涼に問いかけた。
「あれ・・・?俺達、剣術の道場で顔合わせして・・・それからどーした?」
涼とセラフィスの師匠同士がお友達。
たまたまこのコロニーに住んでいる事もあって。

今日初めて顔合わせした子供達。

その後は途中まで一緒に帰って・・・ヘンな黒い車に乗せられて。

それから?

涼の記憶は途切れている。

「うん、誘拐された」
「へー誘拐かぁ・・・はぁ!?」
涼の声が裏返る。
セラフィスが自然に口にした誘拐という言葉。
落ち着き払ったセラフィスの態度からは想像しにくい状況だ。

「涼の家も結構お金持ち?それとも特殊能力持ち?普段だったらあたしだけ攫うのに、今回は涼もターゲットにしてた。心当たりは?」
真っ直ぐに目を合わせ、涼にも理解できるように語り掛けるセラフィス。
場慣れしている風なセラフィスの姿が不自然で涼はただただ相手の顔をぼんやりと見ていた。
「まぁ・・・おいおい分かるから構わないかな」
セラフィスが独り言を言い、それから自分達のいる薄暗い部屋を見渡す。
「お前は・・・」
腕を拘束する器具に顔を顰め涼がセラフィスへ声をかけた。
「誰であってもその人を示す言葉があるなら。きちんと名前で呼ぶ事」
とても同い年の9歳には見えない。セラフィスが静かな声音で言い切る。
「セラ・・・ここは?」
「さあ?コロニーのどこかなのは、確か」
部屋の壁越し向こうを見るように、遠くを見る目つきのままセラフィスが呟く。

涼は人生初めての危機に驚き、普段の冷静さを欠いていた。
どのように動き行動すればいいのか分からない。
そして目の前にいる、同じ剣士だという少女を信用していいものか。

判断に迷う。

「『誰かを守るために振るえ』と教わった『力』で、誰かを傷つける事は出来るか?」
今までとは少し違う低めの声。
部屋を一通り観察し終えたセラフィスが振り返り、唐突に問いかける。

涼とセラフィスの習う剣術は『人を生かすための剣』という教えに基づいたものである。
家業を抜きにしても涼にとっては大切な教えだった。

「退魔師が傷つける・・・退けるのは異形の者。人ではない。その力で、人を傷つける事が出来るか、と尋ねている」
セラフィスには伝えていない筈の裏家業。

言い当てられて涼は硬直した。
殺気が向けられているわけじゃない。
でも家業を手伝って退魔の太刀を振るう己が。
多少の修羅場なら潜ってきた涼自身が完全に呑まれて動けないでいる。

涼は、場違いに笑い出したい衝動に駆られた。

常に冷静で物心付いた時から退魔師として生きてきた自分が。
己より遥かに華奢な少女に呑まれている。

「・・・無理ならここで大人しく待っていて。全てが終わったら警察が助けに来るよ」
涼の沈黙を戸惑いと受け取り、セラフィスは小さく笑いかける。

自分は歩いてこの部屋唯一の出入り口前へ立つ。
鋼鉄製か超合金製らしき鈍色の扉。

剣を持っていたとしても叩き斬れるかどうか、不安になるような頑丈な扉だ。
セラフィスは手のひらを押し当てて瞳を閉じる。

ブワッ。

空間そのものが、湖面に石を落としたかのように揺らぐ。

扉は音もなく開いた。

「セラは行くのか?」
「降りかかる火の粉は自分で払う。あたしを助ける為に誰かが傷つくのは・・・うん、あたしの信条に反するから」
扉に手をかけ外へ一歩を踏み出したセラフィスへ、たまらず声をかける。
セラフィスは振り返らずに答え扉向こうへ姿を消した。

「・・・」
取り残された涼。

現実離れした展開に茫然自失。
この世界との境界、異界に住まうものとのいざこざはあれど。
現実に生活する現実のいざこざに巻き込まれたのは生まれて初めてで。
対処の仕方が分からない。

 だからってアイツ一人に任せるわけにはいかねーよな。

気持ちを素早く切り替えて扉を押す。
この涼の判断はとても賢明かつ常識的なものだったと後々の涼は思うのだった。
この時の感情が、子供らしい正義感からくる責任感だったとしても。





床は歩かない。

警報機のスイッチやらトラップやらが散乱。

素人のフリして歩き回るのも手である。
今回はもう一人もいるので悠長に構えていれない。

「売り飛ばされるよね〜」
セラフィスは床から数センチ浮いた状態で前進していた。

手のひらを通路前方に向け、能力を使い監視カメラの映像を刷りかえる。
同時にセキュリティーコンピュータにアクセスし、内部から崩壊を招く。
時限爆弾のように仕掛けたウイルスは後五分で始動予定だ。

「ふむ」
顎に手を当てて周囲を探る。

脳裏に浮かぶこの建物の構造。
現在位置は地下十五階。
地上一階建てのボロ小屋。

その地下に組織されたアンダーグランドに属する闇会社。

「ったく。能力者を集めて脳を弄って紛争地域に売り飛ばして?お金持ちの子供は身代金とって、やっぱり売るんだ・・・ボロ儲けじゃん」
何度か瞬きを繰り返し見つめる通路の先に。
セラフィスが呟いたような親切説明は載っていない。

彼女の能力の一つ。
ありとあらゆる事象を見通す究極の瞳を有するからこそ、己の状況を的確に把握できるのだ。

「血族の血・・・何処から情報が漏れたんだか」
苦笑いして指先を天井へ向ける。

セラフィスは特殊中の特殊とされる種族の血を3種族分も引く、稀有な存在。
本人が望んだわけでもない神に等しき血統を持つ。
齢9歳にして達観した様子を見せるあたり、彼女の失ったものの多さを覗わせる。

「はぁ〜あ。メンド」
指先から飛ばす光は天井を通り抜け、セラフィスの頭に浮かんだコロニー監視衛星へ飛ぶ。
非常リンクシステムを開き自宅と自社と警察へ通報。簡単な地図も添える。

 これで涼は無事保護されるでしょ。あ と は!

「ふふふ〜、正義の味方のお仕置きタ〜イムッ!!」

ガキッ。

セラフィスが壁に拳を打ち込めば、頑丈な造りの壁は脆くも凹む。
薄く笑って床に手のひらを向け言葉を放つ。

「それいけ、どっかーんっ!!」
床が絨毯を手前に引いたかのように上下に波打つ。
ボコボコと嫌な音がして壁や床・天井至る所に血管の様な管が浮き上がり、建物を侵食。
遅まきながら警報機が鳴り響き、ガードロボットが数体現れた。
「ベッタベタ。かな」
左手のひらをロボットへ向け。
右手のひらは自分の右胸の前で止め。
武道家のように構える。

ロボットは対象者の映像を胸のカメラで撮り何処かへ情報を送っていた。
対象者を排除か捕獲か。操る側の指示を受ける。
数台現れたロボットはセラフィスへ腕を伸ばす。

 すっ。

ロボットの腕を左手で軽くいなし、右手の甲で持ち上げ後方へ投げ飛ばした。
セラフィスがロボット一台泣け飛ばすのに要した時間僅か2秒。
そのまま床に両手をつけサマーソルトを決め、左右それぞれの足で一台ずつを蹴り上げ。
宙で回し蹴り。
後に続いていたロボットたちが飛ばされたロボットに押されて一塊になった。
「トドメ〜」
見えない何かを両手で包み込み圧縮するイメージ。
セラフィスが念じれば現実でも同じ現象が起きる。
廊下に現れたロボットは巨大な手により丸められ、小さくされ爆発。
爆風が廊下を吹きぬけた。

「あれ?」
「・・・なにやってんだよっ!」
気配を感じて振り返る。
すると両腕を拘束されたままの涼が爆風に飛ばされまいと、懸命に両足を踏ん張っている姿が見えた。
「俺のも外せよ」
腕をセラフィスに差し出す。

セラフィスと涼の視線が交差した。

ふっ。

セラフィスは口角を持ち上げ笑う。
見る間に涼の拘束器具は砂塵となり空気中に散る。

「地上まで一気に出るぞ?そこら辺から生き物の気配がする」
ぐっ、と握り締めた涼の右手に出現する刀。
鞘から刀身を抜き放ち涼は構えた。
「りょーかい」
セラフィスの力で侵食中の建物。
生き物のように蠢く床・壁・天井に浮き出た管。
半身分脇にどき、涼へ道を譲る。

セキュリティーシステムは崩壊を始める。
判断材料は二つ。
ロボット達が姿を見せないことと、いつのまにか警報機が止まっていたこと。
それにセラフィス自身は確実に目で捉えていた。

システムがダウンし、一箇所に集まって事態の収拾に急ぐ誘拐犯の姿を。

居あい抜きの構えで天井を睨み、爆風で乱れた髪もそのままに。

断ち切る。

チン、とツバが鞘に当たった音がすれば天井は十五階分崩れ落ち始めた。

「一つ、質問〜」
天井から降り注ぐ大量の瓦礫と化した建物の一部。
背景にセラフィスが涼の視線を捉える。
「んあ?」
「瓦礫・・・落ちてるけど、この中を十五階分登るの?」
「・・・あっ・・・・」
素朴なセラフィスの疑問に涼の顔が固まる。
涼の顔を見た瞬間、セラフィスは噴き出した。
腹を抱えて大爆笑。
目尻に涙まで溜めている。
「笑うなよ」
刀を抜き放ち瓦礫を細かく砕いてセラフィスを守りつつ。
憮然とした顔で涼は文句を言った。
顔を真っ赤にして笑い転げ、セラフィスは二度・三度深呼吸をした。
「ごめん・・・涼って案外天然ボケなんだねぇ。外見が美形だし、クールって感じがしてたからこんな大ボケかましてくれるなんてさ。思ってもみなかったよ〜」

 あたしも、まだまだだなぁ〜。
 涼ってクールなんだと思ってたけど。
 助けに来るし、後先考えないし。結構お人好しだよね。

セラフィスの『目』で見れば、涼の生い立ちや性格・行動パターンを把握する事は可能だ。
今までは多少この『目』に頼って生きてきた。
けれど今は。

 自分の目で見たモノ(現実)を信じる。
 力は副産物。
 あたしはこの目を持っているから価値があるんじゃない。
 あたし自身でい続けるからこそ価値がある。

常にセラフィスを叱り飛ばす幼馴染の腐れ縁。
彼の言葉をセラフィスは『信じている』

「こういう場合は、時空を捻じ曲げて一階まで飛ぶよ?転送装置使ったことある?」
刀を振り回し、二人分が立つスペースを確保する涼の背中に声をかける。
「あるぜ・・・それに、今は任せる。場慣れしてるのはどう考えてもセラだろ?」
あっさり返された涼の端的な言葉にセラフィスは微笑み、涼の服の背中の部分を掴んだ。
軽い浮遊感と共に目の前の景色が変わる。

「な、なんなんだっ」
慌ててこちらに銃を向ける怪しげなマスク面の集団。
窓から差し込む人工太陽の光と。
地下から轟く建物の崩壊音。

マスク達は集団として良く訓練されている。
テーブルを盾にして、テーブルの合間からセラフィスと涼へ向けて銃を発射した。

「王道だ〜」

 ヒュゥ。

場違いに口笛を吹きセラフィスは感心する。
そのセラフィスの横を弾丸が通り抜けていった。

涼は刀を真横に構えて銃弾を見えない壁で弾く。
きちんと涼が涼自身を守れているのを視界の隅に捉え。
セラフィスはニヤリと哂った。

音もなく前兆もなく砂のようにサラサラになって崩れ落ちる、テーブル。

遮る物がない状態で退治する誘拐犯と子供達。
セラフィスは素早く何かを抜き放ち構える。
目にも留まらぬ動作で誘拐犯の手にした銃、それに誘拐犯の腕だけを狙って攻撃した。

「・・・精神感応銃・・・?」
セラフィスの左手に納まる黒い物体。

大よそ女の子が持つに相応しくないゴツイデザインの銃だ。

涼は眉間に皴を寄る。
持つものの精神に感応して軌道を曲げる事も可能な、フリーの傭兵が愛用する銃の一種。
ただ、銃のクセと持ち主の相性が一番モノをいう兵器で使いこなせるものは少ない。

「今銃のお師匠から教わってるんだよ〜。普段は刀は使わないの。威力が大きすぎて制御できないからね」
左手に握った銃に口付けセラフィスは薄く哂う。
「さて?ここいらで降参する?しないと・・・そうだねぇ・・・死ぬより怖いこの世の恐怖なんての、味わえるけど。どうする?」
腕を撃ちぬかれ、血を流して床を転げまわる誘拐犯達。
無表情に見下ろすセラフィスから漂う殺気は尋常じゃない。
涼は思わず鳥肌を立てて数歩後ろに下がった。
「誰が・・・」
言いかける誘拐犯のこの一言が決定打。
「残念、交渉決裂」
一欠けらも。
露ほども残念がっていない口調のセラフィスは、銃口を床へ向け一発撃ちこむ。
床は崩壊し下には丸く開いた穴(涼が斬った十五階分の床が抜けているため)
誘拐犯達は見えない何かに支えられて宙に浮く。
見えないバンジージャンプのゴムに吊るされたような格好だ。

ふわり。

セラフィスの髪が風も無いのに動く。

「・・・待てよ」
同じく見えない力(きっとセラフィスの力だろう)で浮く涼は、セラフィスの肩を叩いて注意を引いた。
「もういいだろ?ここからは警察の仕事だ。こいつらは悪事を働いた分、きちんと俺達の反撃を受けた。トドメを刺すのは警察の仕事だ・・・違うか?」
遠くから警察のものと思われるサイレンの音。
セラフィスは敢えて自分ひとりの手を汚そうとしている気がして。
涼は彼女を止める。
「・・・そーかも」
セラフィスの左手から銃が消え。
ため息混じりに囁いたセラフィスの声がやけに印象的であった。





セラフィスが使う力で身柄を拘束された誘拐犯。
勿論警察が彼等を捕まえるのにたいした苦労はせず。
無事逮捕と相成った。

「お疲れ様でしたね、小姫」
やや太めで長身の青年がセラフィスの頭を撫でている。
誘拐されたセラフィスを迎えに来た青年だ。
「んー、まあまあ」
警察に保護される、別場所にいた誘拐された子供達。
眺めてセラフィスは気のない返事。

セラフィスの力、空間を操る能力によって誘拐犯達と対峙している時に救い出していたのだ。
戦うと同時に冷静に無関係の者を助け避難させる。
セラフィスのやってみせた芸当に、涼は舌を巻いた。

「霜月様もご無事で何よりでした」
深々と頭を下げる青年に、セラフィスは不満そうに頬を膨らませている。
こうして見ると歳相応の少女にも見えるから不思議だ。
「また、な?今度は遠慮するなよ。セラとは本気で手合わせしたい」
別々の車で事情聴取に向うため、涼は警察が用意した車に乗り込む前。
セラフィスに告げた。
「剣術の話だよね?」
「当たり前だろ!」

 あんな空間干渉能力や。
 銃なんかで攻撃されたら俺は死ぬぞ!

こいつ、やっぱり不思議少女か?涼は突っ込みながらこう考えていた。

その後。

剣術を通して厄介ごとに巻き込まれたり。巻き込んだり。
それなりに交友を深めた二人が。





「一緒の部活動するなんて・・・世の中も平和だよね〜」
「ちげーよ」
数年後の地球でのどかにお茶しているなんて。
誰にも予想が付かない事態なのであった。



如何でしたか?海央では平和路線の二人も実は裏の顔(笑)があったり、なかったり。初回誘拐設定の二人でしたっ〜。セラフィスは歩く最終兵器との異名を持つお子様なのでこれは序の口。お話に矛盾があるんですけど気付きましたか?ブラウザバックプリーズ