部日誌14  『運命のクラス分け』



32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年&彼をサポートする面々が集う。
文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。

学年も上がる四月の始業式。

まず確認するのはクラス分けの結果。
チームワークも一層強まった(?)よろづ部面々はなんとはなしに。
連れ立ってクラス分けの結果を見るべく、他の生徒達より少し早く登校していた。

「和也と未唯が同じクラス・・・悠里だけ一人だな」
中等部校舎前。
大きく張り紙されたクラス分けの紙。
有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)が紙を張ってある掲示板を示す。
「・・・あ?・・・あぁ、みてーだな」
海央の宰相。
頭脳労働というか、策略担当のよろづ部副部長。
井上 悠里(いのうえ ゆうり)にしては反応が鈍い。

曖昧に相槌を打って掲示板を眺めている。
まるで何かあり得ない文字がそこに描かれている。とでも言いたそうに。

「さー、今回も同じクラスになったことだし!勝負は続行だな〜」
勝ち誇った笑みを浮かべ辰希は二代目王・霜月 涼(しもつき りょう)の背中を思いっきり叩く。
結構な力で背中を押され、涼は少し前のめりにバランスを崩した。

「京極院君とクラス一緒だね、よろしく」
「こっちこそよろしく」
平和そうなのが有志メンバー内での常識人。二人組。

海央新名物『バカップル』の彼氏、京極院 彩(きょうごくいん さい)と、生徒会役役員の笹原 友香(ささはらともか)の二人である。
「選択教科で多分同じクラスになると思うから、未唯もよろしく」
中3にもなれば選択科目も増え、より専門的な知識を学ぶことになる。
友香は、中2の時に彩の彼女で同居人。
京極院 未唯(きょうごくいん みい)と同じクラスだったこともあり、選択科目はほぼ同じ内容を取っていた。
無論、互いの進路を考慮して真面目に考えてはある。

「うん。ほとんど友ちゃんと同じ教科とったもんねv」
友達である友香と勉強できるのは嬉しい事。
異星出身の未唯もすっかり海央の生活に慣れてきた。
ニコニコ笑顔で友香に返事を返す。

「じゃあ、僕は彩とほとんど一緒だね」
なんだか驚いている悠里を意味深に眺めつつ、笑顔で彩に喋りかけるのは。
海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)。
どうやら悠里が驚いているワケを知っているようで、敢えて黙っているようにも見える。
「うん、多分和也と一緒になるんじゃないかな?悠里はどっちかっていうと理系だよね?」
悠里の異変に気づかない彩は正直に和也に応じた。
「意外に涼も理系なんだよね〜。選択科目見て驚いた」
ぼんやり立ち尽くす悠里を他所に和也が彩に返事をする。
「辰希はお約束で運動系だね・・・選択教科、運動系取りすぎだよ」
からかい口調で和也が水を向ければ辰希は得意げに胸を張る。
「一応、俺にも将来設計があるんだよ。最低限の受験科目は取ってあるしな」
「なに?辰希の将来設計って」
「オマエには関係ないだろ・・・」
「なにそれ〜!!差別だよっ、差別!!」
どんな話題でもひと悶着あるのが未唯と辰希。
低レベルの内容でギャーギャー騒いでいる。
相変わらず平和に盛り上がる未唯と辰希に悠里は小さく息を吐き出した。

「始業式の後はホームルームと恒例の掃除!そしたら一回よろづ部に集合だね」
今日に限って和也が指示を出す。
「ああ・・・あ、うん。そーだな」
心ここにあらず。
やっぱり普段の様子から考えて変な態度の悠里と。
悠里の代理役を始める和也の姿。
「どうした?」
涼が怪訝そうな顔で悠里を見るが、悠里は口を濁して明言を避けた。
「さ、始業式も始まるし。ホールに行こう」
笑顔の和也だが追及を許さないその空気に圧倒されて。
涼は深く尋ねることも出来ずに始業式を行うホールへ向かうのだった。





クラスごとに分かれて席に着く。
「久しぶり〜」
海央の制服に身を包んだその人物は笑顔で手を振っている。
悠里は見間違いかと思ってしまい、眼鏡を外して相手の顔を凝視した。

 あり得ない。

掲示板で名前を見たときに驚愕したが。
実物が眼前にいるのに、あり得ないと考えてしまう。
新聞部ですら掴めていなかった。もし帰ってくるなら。
普通に帰ってくるなら。
確実に新聞部か自分が情報を掴んでいたはずなのに。

春休み中会えなかったクラスメイトに挨拶する気安さ。
そんな雰囲気を纏った相手に、悠里としては脱帽するしかない。

「王・・・」
「禁句でしょ、“今”は違うんだから」
言いかけた悠里の口を自分の手でふさいでケラケラ笑う。
「戻ってこないかと思ってたぜ」
クラスメイトに聞こえぬように小声で言えば、相手は目を細めた。
「姉兄弟と兄世代が五月蝿くてね。それに・・・交換留学だから、一年しかココにはいない。長居しても二代目に迷惑がかかる」
ユルーイ笑顔を顔に張り付かせながら。
目に宿る光は真剣で、見事に違う色を見せる。
「ま、無理矢理部を押し付けたから。ちょっとはお礼に働いておこうかな、と」
ニパッと笑う笑顔は昔のまま。
一見無邪気そうに見えてそうではない、笑顔。
「変わらないな」
「見た目だけはね?中身は結構変わったよ」
悠里の感想に素早く答え。
その人物は悠里の隣に腰を落ち着ける。
「・・・」
久しぶりに面と向かって。
話したいことは山ほどある。
だけど驚きが理性を凌駕し言いたいことが上手く纏められない。

 なんか・・・進歩ないのかな・・・。

密かに悠里は凹んだ。

「事前に説明しなかったのは悪いって思ってるけどさ〜。あんま、周りに騒がれるのもヤだったんだよ」
座り心地の良いシートに背もたれして、相手は両手を前に伸ばしてぼやく。
「過去の人間の栄光。それだけに縋るのはマズイじゃん。大切なのは今海央で学園生活を送っている生徒達が主役。・・・間違ってる?」
「いや。確かに海央に無関係な人間が、横から口出すのはマズイよな。相変わらず的確すぎ」
悠里は力なく笑った。

「ん―――、まあココでは大人びてて・・・そうしてなきゃいけないもんだと。そー思ってたし?
そう振舞っちゃって結構メンドーだったんだよ。だから自分を見つめなおす意味で留学した。
すっげー楽しいよ、今。
海央にいても楽しかったんだろうけど、留学を選んで正解だったって。胸を張って言える」

リラックスして自分の心内を話す相手に。
悠里は本日二度目の衝撃を感じながら、前は遠くに感じていた相手との距離感が縮まっていくのを感じる。

「濃い一年にしたいかな〜。今なら普通にっつーか、無理して背伸びしなくても。皆で楽しく騒げると思う」
前方を見れば中等部校長の挨拶が始まった。
ザワめく生徒達のお喋りも静まって。
シンとしたホールに校長の言葉が響き渡る。
「ああ、楽しもうぜ?めーいっぱい、なぁ」
相手の肩に手を置き悠里も心からの笑顔を浮かべた。





辰希は違和感を覚えていた。

「なあ、涼」
「あー?」
ホームルーム終了後の掃除の時間。

なんだか落ち着かない雰囲気のクラスメイト達を不思議そうに眺めて辰希は声をかける。
雑巾を絞る手を止め、涼は律儀に顔を上げた。

「なんかさ・・・ホームルーム終了してから、変じゃねーか?」
涼に集まる視線の多さは相変わらず。

学年が上がっても彼は海央の『王(キング)』なのだし、客観的に見ても格好良い。
幸運にも同じクラスになった女子生徒達に熱い視線を注がれても無理もない。
去年1年間同じクラスだった辰希には良く理解できた。

「涼に視線が集まってるには、集まってるんだけどよ」
一年中肌黒の辰希は眉間に皺を寄せ唸る。
「見世物じゃねぇんだけどな・・・」
疲れた顔つきで雑巾絞りを再開する涼。
「や、だから!そーじゃねぇよ!相変わらず自分には無頓着だな」
ファンクラブだって半分無視。
王になって最低限の義務は果たすものの、基本行動は今までと変わらない。
人の視線も無頓着だし。
評価も気にするタイプじゃない。

涼の生活態度をどうこう言いたいのではなく。
今日に限って女子生徒だけでなく、何故か他の男子生徒も興味津々に涼の様子を窺っているのだ。

 オカシイじゃねぇーか。

鈍い辰希ですら感じる異変を感じないのか?

「・・・新学期早々喧嘩売ってんのか?」
ただでさえ。
朝からまるで珍獣でも見る目つきで視線を集める涼。
苛立ちはピーク。
それでも顔に出さないのは王としての自覚があるから。
時間も経てばクラスメイト達も慣れてジロジロ見てこないと分かっていても。
4月になるたびコレを味わうかと思えばげんなりしてしまう。

思わず辰希に向かって低い声音で威嚇する。

「売ってねーよ」
今日ばかりは立場が逆転。
辰希は呆れた顔で涼を見下ろす。
「女子だけなら俺だってこんな話題しねーよ。なんか違くね?男子生徒まで涼を見てるんだぜ?」
しゃがみ込みバケツの水に浸かっている雑巾を絞り、極力小声で涼に注意を促す。
「・・・」
そこで初めて涼は周囲を窺うように首を動かした。

熱い視線は主に女子生徒から。

好奇に満ちた視線は男子生徒から。

「ヘンだろ?」
辰希が同意を求めるように口を開いた瞬間に、横から誰かの発言が入る。

「なあなあ、やっぱよろづ部に入るんだろ?初代王!!」
期待に満ちた瞳を輝かせてしゃがみ込む同じクラスの男子生徒。
業を煮やして小声で話しこむ涼と辰希の間に割ってはいった。
「なー!!もったいぶってないで教えろよ〜」
涼の肩を掴み、軽く揺する男子生徒の肩を辰希は力強く握った。
「・・・おい、どいういうコトだ?」
「へ?」
思わず声を荒げて男子生徒に詰め寄る辰希に、男子生徒は間抜けた声を出す。
「どういうことだよ」
辰希の両眼に宿る真剣な光に、男子生徒は思わず唾を飲み込んだ。
「何が?」
質問内容が曖昧で、辰希が一体何を聞きたいのかがわからない。
男子生徒は緊張に声を掠れさせる。
「だーかーら!初代王がココに戻ってきてるのか?って聞いてるんだよ」
「え?違うの?」
逆に話を持ちかけた男子生徒が驚いて目を見開く。
「悪い、詳しい話を聞いてないんだ。教えてくれないか?」
辰希の腕を男子生徒から払い、涼は男子生徒に軽く頭を下げる。
「あ、うん・・・。俺、幼等部から持ち上がりの部活の後輩がいてさ。
さっきメールで連絡貰ったんだよ。
初代王が海央に戻ってきてるって。宰相と同じクラスみたいで、一緒に歩いてたって・・・」
「どういう事だ・・・」
知っていながら悠里が黙っている等とは考えにくい。
雑巾を床に落としたまま涼は考え込む。
辰希は表情を緩めて天を仰いだ。
「つ・・・ついに!俺も初代王と競えるんだ!!なんて幸運なんだ俺は」
感動するベクトルが違う。
生憎、辰希に忠告してくれる親切なクラスメイトは存在しなかった。
「なんでも皆に内緒で戻ってきたみたいで。俺も又聞きだから本当かは知らないけど、宰相や王子なんかにも内緒だったらしいぜ」
今年初めて涼と同じクラスになった男子生徒。
涼の迫力に多少おっかなびっくり。
自分の知っている情報を伝える。
「「・・・」」
違った意味で互いに沈黙する涼と辰希。
二人の会話が途切れたのに、しゃがみ込んだまま立ち上がるきっかけを失ってオロオロする男子生徒。
男子生徒を救い出せないクラスメイト達は、遠巻きに三人を眺めるだけだった。



同時刻。
和也と未唯のコンビは。

「あーあ、わざとじゃないんだろうけど。物好きな登場だよね〜」
和也は微苦笑して隣でバケツの水をかえる未唯を見る。
クラス分けの掲示板を見た時。
和也だって十二分に驚いた。

悠里と同じで海央に初代王が戻ってくるなどとは考えていなかった。
今でさえ考えにくい。

 事情は本人から聞けばいいしね。お互い丸くなってるでしょ。

今ならきっと良い意味で友達になれるだろう。
1人心地に考えていれば隣で未唯は悶絶している。

学園全体が初代王の到来を知り、落ち着かない雰囲気に包まれる。
王を知る生徒も、そうでない生徒も。伝説のカリスマがどのように姿を現すのか。
地に足がつかない様子で掃除の手もやや疎かに。

「あー、もうっ。ちょっと煩いかも」
様々な感情が入り乱れる学園内。
未唯には聞こえてしまうようで両耳を手で塞いでイヤイヤするように上半身を左右に捻った。
「辰希あたりが暴走しないといいけど・・・礼儀知らずには容赦ないからな・・・」
水道を止め和也は清々しい4月の新緑の風を胸いっぱい吸い込んだ。
「早く放課後になって〜」
未唯は切羽詰った様子で悲鳴を上げる。
和也は黙って未唯の分のバケツを持ち教室へ戻って行く。
「悠里と同じクラスになるなんてさ〜。本当、運命の神様も大変なコトするよ。辰希とは違った意味で暴走しないといいけど・・・」
小さく呟く和也の憂いはやがて現実のものとなるが、それはまた別の話である。


そんなこんなで迎えた海央三年目の中学生活〜。初代王も登場してやっとメインメンバー勢揃い。私も一安心(笑)ブラウザバックプリーズ