部日誌13 『桜が消えた謎(ワケ)?』
32世紀。場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』
海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年.。
彼をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。
もう直ぐ学年も上がる三月中旬。
「ミステリー・・・ねぇ?」
まったくヤル気ゼロの態度丸出し。
海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は頬杖付いた。
「あり得ないだろ、フツー」
胡散臭げに話を持ちかけたノンフレーム眼鏡を見上げる、黒肌の丸坊主。
有志メンバーの麻生 辰希(あそう たつき)である。
「事実も事実。高等部の桜が一本。奇妙な事に一本だけ盗まれた?みたいなんだよな」
鼻の付け根を軽く揉み解し、ノンフレーム眼鏡の少年。
よろづ部副部長・井上 悠里(いのうえ ゆうり)は肩を竦めた。
「根もきちんと丁寧に無くなってるなんてさ。まるで家出したみたいだよね~」
悠里の差し出したPC端末から高等部校庭映像をチラリと見て。
和也は呑気に笑った。
「はははは。家出かもな」
辰希も気楽に笑っている。
「・・・家出、かよ」
まともに取り合わない和也と辰希の言葉に、悠里は乾いた笑い声を立てた。
春麗。
ほんわかした温かい陽気につられて、まったりのんびり気味のよろづ部メンバー。
依頼も卒業に関するものばかりで案外安定していた時期に。
この珍事件は巻き起こったのだった。
「だいたいよ、海央のセキュリティーは超一級だって聞いたぜ?それを掻い潜ってまで持ってくなんてなぁ。得なんかどこにあんだ」
物好きも物好き。
樹齢40年近い桜の木を持ち去るなんて、相当の物好きである。
辰希はセキュリティーに詳しいであろう悠里へ話を戻す。
「あったりまえだろ。セキュリティーは超一級で、生徒達も外部の交換留学生達も安心して学園生活を送ってるんだぜ?・・・桜を取りもどさねーと学園の沽券に関わるんだろーよ」
嘆息して悠里はPC端末から映像を消した。
「受けたからには捜さないといけないよね。・・・あ、今日は僕達だけだ。友香は役員会議で駄目。未唯と彩はデート?って・・・なにこれ?」
各部員の予定表にピンクのペンで書かれた『でーと』の文字。
見やって和也は棒読みで呟く。
「ああ、あれ?新年に涼の迎えに行ってもらっただろ?その報酬が映画のタダ券。先週末から封切りで二人で見に行ったんだろ」
悠里の説明に「ああそう」なんて。
和也は至って気の無い返事を返した。
「探し物なら僕とあの二人が得意なんだけど・・・仕方ないか」
「折角だから部活中の涼も呼び出しておこうぜ?相手は桜の木一本持ってった奴だ。危なかったら困るしな~」
さり気に王を用心棒代わりに使おう等と考えるのは、学園広しといえど宰相ただ一人。
鼻歌交じりにPC端末を操作する悠里の横で、フォローも突っ込みもいれず辰希はひたすらにだらけていた。
依頼内容からして余り面白そうじゃないな。
勝手に判断していた。
「この力で、よもや家出した桜を探す羽目になるなんてね~」
開け放った部室の窓から呪符を飛ばし、和也は冗談交じりに言った。
遠からず、近からず。
その言葉は半ば現実のものになる。
部員たちにそれを知る由はなかった・・・。
急ぎだとわざわざ校内放送で呼び出された涼。
着替えて急いで馳せ参じたよろづ部で涼を待っていたものは。
暖かくなってきた日差しにウトウトしている辰希に、欠伸交じりで書類の整理をする和也。
腕組みして目を瞑ったまま動かない。
つまり半分眠りこけている悠里の。
なんとも平和ボケした姿であった。
「んあ?来たか・・・」
眠い目を擦り悠里が掠れ声で涼に声をかける。
「で?火急の依頼がコレか?」
思わず手渡された陶器のティーカップを手で粉々に砕き、涼は怒りに肩を震わせた。
「「まあまあ」」
怒髪天をつく勢いで激怒する涼の形相もなんのその。
和也と悠里は臆することなく涼を宥めている。
「末恐ろしい度胸だな・・・和也と悠里も」
微妙に的外れに感心している辰希もある意味強者である。
「で?場所は分かったけど行くのに躊躇われるって?」
和也に割れたティーカップの片づけを任せ、涼は椅子に座った。
「そうなんだよなぁ。
あのマンションは異星人が建ててて、環境が地球と異なる惑星から来た異星人専用のシステムが入ってる。
つまりは、だ。
あのマンションに住んでる住人は全員がほぼ異星出身者で、尚且、地球に馴染みが薄い方々が集っている」
PC端末で地図を示し悠里が淡々と事情を説明する。
「和也の探し物能力は知っての通り。間違いないと思うぜ?そのマンションの一室に桜が持ちこまれったってゆーのは」
悠里が締めくくって沈黙が訪れる。
「つまり上手くいけば桜を発見。よかったね。で、間違えれば不法侵入で訴えられる?ってなワケか?」
「大当たり」
思案した涼が簡潔に纏めれば和也が拍手する。
涼は嫌々ながらも和也が調べ上げた、異星人だけが住むという野毛にあるとあるマンションへと強制連行されたのだった。
マンション、桜の反応があったある一室の玄関前。
「どうぞ」
笑顔で和也がドアノブを涼に示す。
「・・・」
瞬間フリーズドライ。涼の顔は瞬時に固まった。
「こーゆう場合は責任者殿が責任を持って開くべきだよな」
悠里が涼の肩を叩いて静かに言う。
「まぁ・・・普通はそうだな」
腰に手を当てた辰希も何故か納得した様子で悠里の考えに同調する。
「良い様に使われるんだな、俺は今年も」
愚痴を零し。
涼は哀愁を漂わせて扉へ近づいた。
手のひらを扉へ向け、怪しい気配が内部に無いか探る。
神経を研ぎ澄まし心を空にして内部を探るが。
特に危険な気配は感じられない。
次に物理的な罠。
扉の周囲を丹念に見て回りトラップ類が無いのを確かめ。
恐る恐る涼がドアを開く。
この時点で不法侵入で住居侵害。
もしも桜が無ければ確実に訴えられる。
高鳴る心臓を宥め信じてはいないがこの時ばかりは神頼みをして。
それから一気に扉を開け放った。
「「おぉ~」」
辰希と和也の声が重なった。
扉を開けた涼といえば思わず目をつぶってしまい、部屋中を見ていない。
二人の声を聞いてから涼は目を開いた。
「げっ・・・」
質量の法則を捻じ曲げ、空間そのものも操作してあります。
バレバレの不可思議空間の中央に桜は鎮座している。
「一人夜桜とかじゃねーよな」
ついつい本音を口に出してしまうほど幻想的。
漆黒の宇宙の闇夜をイメージした空模様に、淡い明かりが所々に配置され。
まさに地球とは別世界を感じさせる空間となっていた。
暫しの間、浮遊する桜の木を呆然と眺める四人の少年。
「#&‘’&%&‘%&$%#!!」
アンタ、何処の人ですか?
紙が重なってカサカサ鳴るような。
そんな声の褐色肌色の異星人が何処からとも無く姿を見せた。
頭には萎れた草らしき物が乗っかっていて胸元までダラリと垂れている。
瞳は鳶色。
何故か怒った様子で乱入者である四人を指差して激昂した。
「翻訳しないと・・・」
悠里が口を開くか開かないかのうちに、怪しい警報音が鳴り響き。
四人の身柄は不思議な輪に拘束されてしまった。
身体の外側に浮く金属製の輪である。
輪から光が出て、手足が動かせなくなっている。
相手との意思の疎通を図ろうにも、何を言っているか分からないし。
異星人だとは外見から判断できるが『何処の』星の出身かが分からない。
「バカップル・・・恨むぞ」
辰希が心の底から恨み言を言えば、残りの三人は不明瞭な言葉を発して唸る。
異星人相手の交渉なら、ハキハキした友香か。
若しくは自身も異星人だという未唯と。
その彼女とともに生活している彩なんかが交渉役に当たる。
悠里もある程度は役に立つが、初めて出会った異星人相手に言葉も通じず。
拘束されるわで、対処しようがない。
未唯の馬鹿力があれば・・・。
男四人。身体を拘束されたまま同じ事を考えた。
「*+;%‘+*‘+@:’‘&’%&$!!」
一人(?)ヒートアップしている観のある異星人。
性別すら不明。
「このまま・・・実験台とかか?俺・・・」
「おいおい。ドラマじゃあるまいし、んなことあるか」
萎れる辰希の力ないコメントに、悠里は呆れ返る。
「そうだよ。違法じゃん」
和也がやや見当違いに言葉を返すと残りの三人は脱力する。
いや?元々違法なのは勝手に住居侵入した俺らじゃねーの?
和也にツッコもうにも。
絶体絶命の状況下に悠長に漫才にふける趣味はない。
「涼、オマエどうにかできねーの?」
危機感ゼロの和也をとりあえず放置して、悠里は先ほどから何かを試みている涼へ目を向ける。
「駄目・・・だな。これ、防犯用のセキュリティーだと思うぜ。あの異星の人が仕組みを把握してると思う」
涼が呟く。
闖入者に驚き憤る異星人はまだ何事か喋り、一頻り奇声を発している。
涼達が不法侵入した訳を話そうにも、そんな雰囲気にはまだ遠い。
「明日までに家に帰れるかな~」
仕事の予定が入ってるんだよね。
相変わらず楽天家の和也の言葉に、各々が不吉な予感を抱いたその瞬間。
風もないのに桜の木の枝が激しく揺れた。異星人も言葉を発するのを止め動きを止める。
ザワサワ・・・サワサワ・・・。
「・・・!!」
異星人は慌てて何かの操作をすれば、涼達四人を拘束していた輪が消えた。
「す、すみません」
顔つきからは判断しづらいが、心底申し訳なさそうにその異星人は日本語を発する。
「僕達はその桜の木のある、海央学園の学生です。消えてしまった桜を探して貴方のお宅にお邪魔しました」
いち早く我に返った和也が全員を代表して身分を明かす。
「ええ、はい。彼から今説明を受けました」
異星人は言いながら背後の桜の木を振り返った。
「ワタクシ、D2惑星群出身の森人(もりひと)と呼ばれる種族の者です」
ぎこちない動作でお辞儀をした異星人、森人。
「ええっと。
彼らは植物に近い身体構造を持っていて、古くに地球に訪れた彼等を地球人が木の精霊だと勘違いした逸話もある。
長寿で自然と共に生きる穏やかな種族。しかも知恵者が多いと聞く」
悠里がPC端末を手早く操作して目の前の異星人の情報を拾い上げる。
「あの・・・、実はワタクシ半年ほど前に彼と知り合いまして」
口籠りながら森人は喋り始めた。
「彼と話してこの日本のこと。横浜のこと。聞くにつれ生活するにつれ、細々とワタクシに話してくれる彼に・・・いえ、ワタクシと彼の間に・・・その・・・」
照れた様子でたどたどしく喋り続ける森人に、さっぱり訳の分からない子供達。
「え?ええ、そうですね」
サワサワ桜の木の枝が揺れ、森人は相槌を桜?に向かって打つ。
「彼と種族を超えた愛情で結ばれるにまで至りました。あ、彼も説明するそうですけど・・・聞かれます?」
「いや、俺ら木の言葉は聞けないし」
涼は右手を顔の前でヒラヒラ前後に振った。
その森人は腰を抜かす。
「え!?あなた方には聞こえないんですか?」
「「聞こえません」」
悠里と和也が綺麗に声を揃えて反論した。
「人の耳と根本的に機能が違います。しかもその桜さんは海央の卒業生が記念に植えていった方だから・・・」
和也が困惑顔の森人に説明する。
「要は盗みっつーの?若しくは・・・誘拐?」
上手い表現が見当たらない。
あまり異星人と接しない辰希も言葉を選び選び口にする。
森人は桜の幹にしがみつき、涙を浮かべて首を振った。
「そんなっ。ワタクシ、そんなつもりじゃ・・・」
森人の悲痛な声に呼応して桜も微かに揺れる。
「そんなつもりじゃないのは、分かってるんだけどな」
涼としても対処に困る。
どうしたもんかと頭をフリフリ大きく息を吐き出した。
「権限って俺らにねーしよ。どうすんだ?」
現時点での責任者。
涼の顔色を伺い小声で辰希が囁く。
「どうすんだもなにも。勝手にどうぞ差し上げます。なんて言えるかよ」
森人と語らっている様子の桜の木。
「学園長の裁量に任せる事になるけど、僕達が黙って言いつけるのは良くないよね?」
何食わぬ顔の和也。一含みありそうな言葉を吐いて小首を傾げる。
「つまりはココを使えと?」
謀なら悠里の十八番だ。
頭を指先でつつき、悠里は口元を真一文字に引き結んだ。
「学園長は話の分かる人だからな~。下手にお膳立てするより、直談判の方が確実だぜ?えっと森人さん。覚悟はあるか?」
片膝を付き森人の鳶色の瞳をひたりと見据え。
悠里は真剣な面持ちで問いかける。
「・・・」
数秒の沈黙の後、森人は黙って首を縦に降ろした。
「よし、決まりな」
「決まり、決まり~。よかったね、今日中に家に帰れて」
「「「・・・」」」
事態の解決の喜び方がズレている和也に誰一人として突っ込まなかったのは。
非常に賢明な判断といえよう。
「それで?」
「うん。学園長に森人の彼女が説明に行って。僕達が付き添って・・・それでハッピーエンド。
彼女が仕事を終えてこの春故郷に帰るらしくてね?その友好のシンボルとして彼・・・つまり桜の木を婿に出すんだって」
彩の質問に和也が答える。
「異文化コミュニケーションって大変だよな。俺、彩を見直したぜ」
横目で未唯を示して辰希が彩の背中を盛大に叩く。
「はは・・・何事も辛抱と忍耐と努力だよ」
多くを語らず。
彩の的確な言葉にうなずく和也と辰希。
よろづ部部室からも見える桜の木々は。
今年も綺麗に咲き誇っていた。