部日誌11  『消えた正月の謎』



畳の上に正座をし、少年は真剣に昨日の一日の記憶を辿っていた。


勝手に王だなんだと祭り上げられて、早10ヶ月目。

新年。

新年明けて間もない1月2日・早朝。
よろづ部部長、海央の二代目王。霜月 涼(しもつき りょう)はぼんやり天井を眺めていた。

 俺も健気だよな〜。あんなにコキ使われても一応は海央にいるし。
 やっぱ転校しときゃーよかったか!?

意識が緩やかに浮上する。
頭がやたらと重くてズキズキするのは何故だろう?
鈍く頭の奥で痛む頭痛の火種。
涼は布団の上で頭を左右に振る。
どうもスッキリしない意識。

 ・・・えーっと?

「兄ちゃん、大丈夫〜??」
三つ年下の弟がノックも無しに(襖なのでノックも出来ないが)襖を開け放つ。
「んあ?」
顔だけ部屋の入り口へ向け弟の顔を見る。
まるで涼のミニ版と名高い、顔だけは確かにそっくりな弟はニマニマ笑って涼を見下ろす。
「兄ちゃんの友達達が運んでくれたんだよ。でもスゲーよな!あの羽の生えた姉ちゃん。すっげぇ怪力!!」
興奮気味に喋りだした弟の言葉を適当に聞き流し。
涼は眉間に皴を作り低く唸る。

 運んだ?つーか、運ばれた・・・?俺が?・・・なんでだ??

どうもハッキリしない昨日の記憶。
涼は目線の先で相棒である、他種族の一人を見遣った。
常に姿と気配を消し、涼の片腕となって働く相棒の二人のうちの一人。
無表情の青年は涼にだけ聞こえるように静かに話し始めた。





元旦。

なにはともあれ、涼が無事一年を越せたのは大変に目出度い。
幸運とも表現できる。
なにせ、癖のありすぎるメンバー達を『止める』役を担っていたのだ。
疲れないわけも無く、何度心臓が止まる思いをしてきたか。

フォローの『副部長』は時折暴走して悪企みに走る傾向もあり、涼としても全面的に彼を野放しには出来ないのが現状だ。

 頑張った!俺っ!!!

初稽古を終えた涼は首にタオルをかけ、道場から家へ向う廊下を素足で歩く。
手にした愛刀片手に冷え切った木の廊下を渡っていた。

 《頑張ったのう?ほんに》

シャラン・・・。鈴の音の鳴る音と音も無く涼の真横に舞い降りる気配。

鮮やかな梔子色は彼女の存在の象徴そのもの。
目を覆い隠す長い前髪は灰色で、耳の上から突き出た二つの角。
口元は弧を描く。

彼女は鬼神(おにがみ)という種族で名を『加留多(かるた)』という。
涼がある仕事先で出会って以来、行動を共にする大切な仲間の一人。

「サンキュ、加留多」
もう一人の相棒は家族にも認知されているが、この加留多。
諸事情あって涼にしか姿を見せない。
こんな風に、涼が一人で過ごしていると何処からとも無く姿を現し。
涼の心情を慮るのだ。

 《主(ぬし)がよもや箱庭の王となるとはな?箱庭の者達も見る目がある》

袖の短い着物の袂。口元を覆い加留多はくぐもった声で笑う。

「ん―――・・・でも、なんかなぁ?俺的には微妙だぜ?」
自分でも時折嫌になるくらい。
涼自身の長所でもある『責任感』持ちすぎる故に初代王との差を感じずにはいられない。

初代が守りたいと願った『海央』を、果たしてどれだけ己が支えているのか?
そもそも支えている位置に己がいるのか。

 《背負うたモノの重さがかえ?それとも名に恥じぬ行いが出来ぬもどかしさかえ?》

自嘲気味に呟く涼に応じて鈴が鳴った。
加留多の物言いは歯に衣着せぬ。

 《主は主の遣り方があろうに。道はそれぞれゆえ、気にするでない・・・今年は主にとっても更なる飛躍の年となろうぞ》

「え?マジ!?」

 《春ボケせぬよう、くれぐれも気をつけよ》

フワリ。
加留多の姿は空気に溶け込み消えた。

「・・・いつものパターンか・・・」
加留多の予言は良く当たる。
加留多自身が意図して予言しているわけではない。
しかしながら、こんな風に未来を見透かした様な言葉を残して去っていく。
涼の反応を見て面白がっている節もあり、なんだか面白くない。

 今年も加留多には子ども扱いされんだな、俺は。

頭をフリフリ涼は新年の挨拶をすべく家へ戻って行った。


朝の稽古を終え、自室に戻る。
戻りがけに回収してきた年賀状を一枚・一枚眺めつつ思わず苦笑。
ついでにPCも電源を入れ、前に住んでいたコロニーの友人達からの新年メール等もチェックしておく。

 ― 業務連絡〜。
 新年早々、野郎にメールしなきゃなんねー俺って不幸かもな。・・・ま、それは置いといて。
 去年の末に回覧したよろづ部初詣は今日だからな?待ち合わせ場所は鎌倉駅前。
 迎えをきちんと手配してあるから、逃げるなよ?
 逃げたら二代目王の恥ずかしい過去を新聞部が暴露するからな〜。以上・宰相。

「・・・」
脅しである。
錯覚でも幻覚でもなんでもなく。
れっきとした言葉による脅迫である。
訴えようにも相手は宰相。
上手く立ち回り涼の攻撃なんてかわされるのがオチだ。

 新年早々コレかよ・・・。

PC画面を前に涼は肩を落とした。
のも束の間。

「お兄ちゃん〜?お友達よ」
母親の声によって涼の一人落ち込み時間は終了を告げる。
「「明けましておめでとうございます〜」」
新年一番に出会うのは少々目に毒というか。
なんとも言いがたいコンビが霜月家の玄関先に立っていた。
「仕方ないでしょ〜!!涼の家に一番近いのあたし達だったんだからっ」
着物姿の異星人。
薄赤い色の瞳を見開き新年から涼へズバズバ口撃をするのは。

海央新名物『バカップル』の彼女。
よろづ部有志メンバー・京極院 未唯(きょうごくいん みい)である。
げんなりした顔の涼へ容赦なく言い切った。

「・・・」
恋人の剣幕に些か・・・いや、大分引いているのは、同じく海央新名物『バカップル』の彼氏。
京極院 彩(きょうごくいん さい)で、よろづ部有志メンバーの一人でもある。

未唯とは対照的に普段着そのまま。コートとマフラー姿だ。

「京極院の家が港南台で、涼の家が下永谷でしょ?友ちゃんは根岸だし、和也は関内。悠里は鶴見・・・皆バラバラなんだから」
さり気なく最後によろづ部に入部を許可された、未唯の天敵?麻生 辰希(あそう たつき)が外されているのはご愛嬌だろう。
額に手を当てて項垂れた彩と、涼に至っては呆れてツッコミさえ忘れる。

「時間が無いから支度は早目にね?」
「ごめん、涼。未唯が裏で悠里と取引してるみたいでさ、なんか今日は何時に無く強引なんだよ。最小限の被害で済ますためにもこの通り!」
彩は両腰に腕をあてて踏ん反り返る未唯を横目に、涼を拝んだ。
「へぇ、へぇ。支度してくる」
未唯の怒りは怖くない。
ただ自分が原因で、親友である彩が悲惨な目に遭うのは回避してやりたいと思う。

 くっそー、悠里のヤツ!抜け目がねぇぞ!!!

悔しいんだか、恨めしいのだか。
涼自身把握していないものの、悠里の詰めの『キツさ』に歯軋りして身支度を整える。

数分待たせただけで、しかも朝食抜きという状態のまま。
涼は彩、未唯と共に初詣待ち合わせ場所の鎌倉駅へ出発した。



下永谷からいったん鎌倉街道へ抜け、そこからエアバスで鎌倉行きに乗車。
陸路ではなく、空路で鎌倉を目指す。

そして到着する鎌倉は・・・。
360度。
何処を見てもヒト・ヒト・ヒト。
異星人の姿も沢山あって賑わっている。

「友ちゃん、あけおめ〜」
「おめでとう、未唯」
二人で相談したらしい。
着物姿の笹原 友香(ささはら ともか)がにっこり未唯へ微笑んだ。
彼女は生徒会役員兼よろづ部有志メンバーである。
「メール、ありがとよ」
低い、地を這うような声音で涼が友香の隣に立つノンフレーム眼鏡を睨む。
「言い出したのは辰希だろ?俺にフルなよ」
ふー、やれやれ。
なんて表現がぴったり当て嵌まる少年の口調に、涼は額に青筋を浮かべる。
「まあまあ、悠里も涼で遊ばないでよ。和也も黙ってみてないで」
良識的思考の持ち主、彩は。
涼とノンフレーム眼鏡の遣り取りを静観する、和風美少年へ助けを求める。
和風美少年、海央の王子こと星鏡 和也(ほしかがみ かずや)は無邪気に笑って言い放った。
「そうだね?公衆の面前で低レベルな喧嘩でもして・・・海央の品位を貶めるようなコトしたら。王子としては黙っていられないね」
和也は人畜無害そうにニッコニッコ笑っている。
彼の家の家業で使う、呪符と呼ばれる紙切れ片手に。

「「・・・」」

目が笑ってマセンヨ?

悠里は口を噤み、涼は薄く口を開いたまま動きを止めた。

「その着物、お母さんが見立ててくれたの?」
「うんvあたし目が赤いから、赤系で統一!頭の飾りとかも同じにして貰ったんだ〜♪友ちゃんは黄色系だね」
「日本人は肌がやや黄色目だから。わたしの肌色に合わせて。でも同じ巾着にしてよかったv頑張って選んだかいあったよね〜」
「うんv」
冷たーい空気ならぬオーラを漂わせる男性陣とは別格で、女子同士は新年に相応しい会話を弾ませる。

「や、やだな。二人が品位を落とすわけない・・・かな?」
自分から話を振った手前。
和也の威圧的なオーラに怖気つき彩が頼りなく仲裁に入る。
「なんで疑問系なんだよ」
涼が恨めがましい目線を送れば、彩は複雑な顔つきで「涼の行動はたまに予想を越えるから」等と正直に返事を返してくる。
「確かに」
腕組みをした悠里がうんうんうなずく。
「ほら、先行くよ〜?麻生君とは初詣場所で待ち合わせてるんだから。待たせちゃ悪いでしょ?」
「さーいー。と、その他!はやく〜」
気がつけば男子達は置いてけぼり。
歩き出した友香と未唯から容赦ない言葉が放たれる。

「今年もこんなペースなのかな?」
未唯に手招きされて足早に歩き出した彩。
「ま、女性が元気ってのはいいんじゃね?」
既に達観した態度を見せるのは悠里。
「女性を大切に出来ないのは主義に反するからね〜」
甘いマスクで微笑み周囲の女性の視線を集めつつ、和也も歩き出す。
「あいつ等二人が特殊なんだろ?」
懐疑的口調でぼやき涼は最後尾について、残りのメンバーについて移動を始めた。


そんな感じで初詣に指定した神社に到着すれば。
坊主頭の袴姿。
よろづ部有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)が仁王立ちで残りのメンバーを待っていた。

「ハチマキまでしてるよ・・・」
未唯が軽蔑の眼差しを辰希へ向ける。
辰希の妙に正しく熱いテンションが苦手なのだ。
「遅いぞっ!新年の大切な勝負始めに間に合わなかったらどうするつもりなんだ」
涼を指差して朝から元気いっぱい。辰希が宣言すれば、友香は悠里を振り返った。
「え?俺はナニもしてないぞ」
疑いの目を向けられ、悠里は慌てて否定する。
「年越しといえば年越し蕎麦と甘酒だ!早食い競争のリベンジッ!!題して『甘酒飲み競争』だあぁぁあぁぁ――――っ!!!」
拳を振り上げて絶叫口調で声を張り上げる辰希に、周囲の初詣客から視線が突き刺さる。
「は・・・恥ずかしい」
「恥ずかしいよ〜」
友香と未唯が手を取り合って頬を赤く染めた。
「未成年が甘酒で競うのはどうかと思うぞ」
「だね」
悠里が和也に話を振ると和也は呆れた顔で同意する。
「俺、朝飯前だからマックとかでバーガー早食いとかにするか?」
涼も流石に新年から不謹慎な勝負をしたくなかったので、無難な勝負を持ちかける。
「それは俺も考えたんだけどよ。初代の王ってのが豪快な奴でな?実際に勝負してたらしいんだ。な?悠里」
同意を求める辰希の声に、集まる十個の瞳。
「いや・・・俺は初耳だぜ」
知っていたとしても悠里なら首を縦に振る愚行は犯さない。
すっとぼけて知らぬフリをした悠里に、十個の瞳が今度は辰希を捉える。
「・・・新聞部の資料に載ってたんだぞ」
言い訳がましくボソボソ呟く辰希に、友香は和也に目配せ。
和也は小さくうなずき、彩の耳元でなにやら囁く。
彩は未唯の手をそっと握れば準備は完了。

「勝負させてあげたいのは山々だけど、甘酒は駄目よ」
「子供向けのなら酔いつぶれるなんて真似ないだろうけど。やっぱり問題あるしね」
「僕としては年明け早々災難に見舞われたくないデス」
「あたしは面白そうだと思うけど・・・。お母さんに怒られたら嫌だから」
それぞれに勝負内容に関する却下の意見を述べ。
そして辰希と涼に向けソレが放たれた。
「「!?」」
身内からの予想だにしない攻撃?に、涼・辰希共に撃沈。

「面白そうだから、墨で顔に悪戯書きなんてどう?あの二人の勝負の審判やらされて、危うく仕事に遅刻しそうになったことがあったんだよね」
和也は笑顔のままさらっと提案する。

「サンセー!!あたしもデートを三回くらい駄目にしたよ〜」
和也に万歳して賛成と叫ぶ未唯。

「喧嘩両成敗だね。わたしも前にあったよ?生徒会の書類提出期限ギリギリだったのに無理やり連れ出すんだから、最悪!前もって新年は勝負しないって言えばよかったのに」
友香も今回は止めるつもりゼロ。眠りこけた涼と辰希を見下ろして首を捻る。

「あー、俺も。スクープ目前の記事をおシャカにした。折角だから写真に撮って、緊急時にあいつ等を手際よく働かせるのに使えるかもよ」
悠里に至っては悪戯の行き着く先まで考案して、残りのメンバーの顔を見回す。

「ほどほどに、ね。審判役は確かに引き受けるだけ大変だけどさ」
この面子に一人逆らうだけ無理。
彩がやんわり釘を刺せば、涼と辰希の処遇は決定。

一体何の為に集まったんだか。
当初の目的を忘れ去り、日頃のうさ晴らしに夢中になるよろづ部メンバーであった。


「・・・という訳で、涼殿は二日の今日まで眠られて。顔はご覧の通りです」
涼の真正面に座った青年が手に鏡を持って涼の顔面を映す。
「・・・」
表現不能なまでに墨で悪戯書きされた己の顔。
呆然とする涼に。

「ぎゃはははっは!ソレ、すっげー面白かったから、幻と相談して残しておいたんだぜ」
追い討ちをかける弟のトドメ発言だった。
「俺の正月返してくれ・・・」
両手を畳に着き涼は一人柄にもなくたそがれるのであった。


新年ならこんな風に半分遊びになるかな〜?遊びませんでした?大きなトコだと屋台が出てて。ところでなんで屋台のとうもろこしって美味しいんでしょうね〜?ブラウザバックプリーズ