部日誌10  『怒涛のクリスマス』



耳に専用無線機を取り付けた子供達は、悲しいかな。

12月25日夜。

クリスマスの横浜を駆けずり回っていた。

 《ガッ・・・こちら和也、港の見える丘公園ポイント解除・・・》
ノイズ交じりの少年の声。
全員が持つPC端末の山手地域。
赤く点滅するポイントが青に切り替わる。

 《未唯だよ〜。ズーラシアポント二つ解除〜・・・ュッ・・・》
同じく。ズーラシアのある地域のポイントが青へ。

 《こちら新横浜の辰希だ。・・・ガシュッ・・・アリーナポイント、五つ解除・・・》

 《友香です。・・・ザッ・・・野毛山動物園前・・・解除》

 《・・・ハァ。こちら涼、弘明寺付近、二つ解除》

次々に解除されていく、何かの『仕掛け』

「うんうん、楽しいクリスマスよねぇ?」
楽しそうに笑う女性の横でノンフレーム眼鏡の少年は脱力していた。





32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。

海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
と、彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。
『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として軌道に乗っている。

9月明けから秋、初冬にかけ。
学園行事は目白押し。
体育祭と文化祭に社会化見学に、文化交流会。

当然、よろづ部メンバーも副業の『よろづ部』より本業に感けている状況が続くわけで。

半ば休業状態だったよろづ部メンバー全員が久しぶりに集った12月頭。
今年最後の依頼で、学園長主催のチャリティークリスマスパーティーの、プレゼント包装の依頼を受けたよろづ部。

一部の反対はあったものの、報酬として用意された一流ケーキ職人製作“黄金ケーキ”1ホールでゲット、に負け。

約600個近くの包装を、12月頭から懸命にこなして迎えるクリスマス当日。

「これを搬入すればついに“黄金ケーキ”vvvホールで一つ・・・」
締りのない顔でニヤける少女。
有志メンバーの、京極院 未唯(きょうごくいん みい)だ。
細身の外見を裏切って未唯は怪力持ち主である。

外見は人に近いが、未唯は本来異星の出身で体力が人よりあるのだ。
軽々とダンボール四つ分を積み重ね、尚且つそれを片手で持ち上げ廊下を歩く。

「・・・」
種族の違いだから仕方ない。
頭で分かっていても見せ付けられれば胸中複雑。
未唯と同じく有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)は自分の分のニ箱を両手で持ち上げ未唯の後ろを歩いていた。

「お疲れ様〜♪」
ホールへ向かう途中の渡り廊下。
廊下の柱に背を預けた女性が人懐こく微笑む。
「・・・こんにちは」
パーティーの準備関係者?馴れ馴れしい女性の態度に、未唯は警戒しつつ頭を下げる。
辰希も「ども」と、短く返事を返して頭を下げた。
「本当、大変だよね〜。うちらの時も大変だったんだけど、まあ面白いでしょ?
放課後、当直の先生に怒られるまで居残って準備したり。夜食のお菓子買出しに行ったり」
小首を傾げニコニコ笑う女性。
数日前まで未唯や辰希達が味わっていた『包装』地獄。
でもそれなりに得るものもあって。
夜遅くまで学園に残ったり、女性の指摘通り夜食を買いに行ったり。

楽しいは楽しかった。

「冬だけど肝試しとか、した?」
悪戯っぽい顔つきで尋ねてくる女性に、未唯と辰希は無言で首を横に振って否定。
「あははっ、やっぱりね〜。・・・あ、ごめんごめん!自己紹介がまだだったよねv
わたしは井上 あずさ。弟の悠里(ゆうり)がいつもお世話になってますv」
目を細めて笑いながら頭を下げた女性。
あずさに、未唯と辰希はあずさを凝視した。

黒髪と黒い瞳は日本人だから当然として。
雰囲気が似ているものの、顔立ちはお世辞を入れても『似てる』とは言い難い。
眉は細いし目は大きいし。
悠里とは真逆。

「ああ、気にしないで。良く『似てない』って言われるから〜」
喋り方はそっくりだ。
手をひらひら振るあずさに、悠里との共通点を見つけて二人は安堵した。
「知ってるかもしれないけど、わたし達は『兄世代』って言われてるの。初代王を始め他の『名』の制度だけを作り上げたお祭り集団」
「「は・・・あ・・・」」
自分を指差し楽しそうにあずさは喋り続ける。
彼女の意図が分からずに、未唯と辰希は無難に相槌を打つ。
「兄世代全員が揃ってるわけじゃないんだけど、海央大学居残り組で考えたの。二代目王就任祝いを兼ねたクリスマスドッキリプレゼント♪」
人差し指を立てて器用にウインク一つ。
あずさはルージュを引いた唇を持ち上げる。
「題してクリスマスクエスト!封印された“黄金ケーキ”を救え、よ」

沈黙。

一瞬あずさがナニを言っているのかわからず、未唯と辰希は手にしたダンボールの重さを忘れて立ち尽くした。

「え?えええ!?」
訳が分からず素っ頓狂な裏声を上げる未唯。
「ふっふ〜んvつまり貴女達が貰う予定の“黄金ケーキ”はわたし達兄世代が封印させて貰いましたv
詳細は弟のPCへメールしておいたから、よろしくね〜」
「待って・・・」
未唯が咄嗟にもう片方の手であずさを掴もうとするが。
未唯の手はあずさの身体を突き抜ける。

ダンッ。

未唯の後ろで辰希は荷物を足に落としていた。

「ん〜、残念!立体映像だよ〜んv」
あずさの映像は微笑みながら消えた。





そんなこんなで『報酬』である“黄金ケーキ”を『略奪』されたよろづ部一同。

「勿論引き下がれるわけないじゃない?」
海央の王子。
甘党で有名な星鏡 和也(ほしかがみ かずや)が額に青筋浮かべたまま笑顔。
正直、傍にいるのが怖いくらい。

「当然でしょっ!」
和也に負けず劣らず鼻息が荒いのが未唯。
普段は滅多に出さない羽と尾を出してスタンバイOK状態。

「ったく暇人集団かよ・・・姉貴達・・・」
疲れた顔でPCを操作するよろづ部副部長・井上 悠里(いのうえ ゆうり)。
その手先は、ヤル気のないコメントと反比例して素早い。

「横浜市内の目立つ場所・・・ま、観光とかそんなスポットに封印解除スイッチが仕掛けられてるらしい。
これを解除してスイッチを持ち帰ること。全部解除して、スイッチをあそこに入れればよろづ部の冷蔵庫が開くって寸法だな」

ケバケバしい装飾に怪しい機器。
よろづ部専用冷蔵庫に取り付けられた『鍵』顧みて悠里はため息。
物好き集団兄世代。
まさかこんな時期に暇潰しを仕掛けてくるとは。

「これを持ってけってさ」
ご丁寧に人数分の専用無線まで置いていった兄世代。
用意周到、準備万端、抜かりがない。
悠里が全員に渡し、自分はPCの前に陣取った。
姉が名指しで自分を待機扱いとしたたので指示に従う。

「兄さん達・・・何考えてるんだろう・・・」
兄世代に名を連ねる己の双子の兄。
思い浮かべてため息をつくのは、有志メンバーの京極院 彩(きょうごくいん さい)。
未唯の居候先の京極院家の末弟だ。

「友香は海央近くのエリア・・・野毛とか桜木町方面を頼む。後は適当に」
悠里は、有志メンバー兼生徒会役員の笹原 友香(ささはら ともか)を名指しした。

このなかで一番機動力が低いのは友香。
悠里の言葉に友香は少し寂しそうな顔をする。
けれど自分の移動力が低いのは真実なので悠里の案を受け入れた。

「んじゃ、気合入れていこうぜ」
二代目王。
霜月 涼(しもつき りょう)が右手を差し出す。
彩がその上に自分の右手を重ね・・・気づいた辰希が彩の上。
次に友香・未唯・和也・・・最後に悠里。
全員は右手を重ねあいお互い視線を交わし。
小さくうなずきそれぞれ分担を決め海央を飛び出していった。






 《こちら・・・シュ・・・彩。港南台駅前、ポイント三個解除・・・》

主に和也と未唯が張り切り、横浜を所狭しと動き回る。
友香と彩は無難に地道に。
涼と辰希はまあ普通のペースだろう。
よろづ部PC画面と睨めっこ中の悠里は頭の中で考える。

「怒ってるの・・・?」
本体は別場所。立体映像で姿を見せる物好き。
姉の、あずさの問いに悠里はため息で返事。
「怒ってないけど・・・やり過ぎだろ」
「だってぇ〜。本当の仕掛けにはすっごく時間がかかるんだもん!護や譲が今頑張ってるんだよ〜。ハルちゃんもねv」
冬の日暮れは早い。
茜色だった空色も鈍く濁った灰色。うす曇のクリスマス。
窓から見える冬の夜空。
一瞥して悠里は微苦笑した。
「本当、人生楽しんでるよな」
自称“お祭り集団”と銘打つだけあり本当にイベント好き。
イベントがなければ自前でイベントを巻き起こす兄世代達。
多少の皮肉を込め姉に言い返せば。
「そりゃ〜、悠里達と違って老い先短いからね?」
ジョークで混ぜ返される。
「さてさて!ポイント全解除完了だね・・・全50箇所に仕掛けたのを2時間弱で解除かぁ。流石はよろづ部!」
PC画面を覗き込み、あずさはよろづ部の面々が作業を終えたのを確認した。
「帰りくらいサービスするからね♪」
あずさが親指を立てればよろづ部に瞬時に姿を見せる、悠里以外の全部員。

「???」
辰希が目を丸くして固まる。
「転送装置体験は初めて?」
友香がマフラーをはずしながら辰希を見る。
「転送装置は、固体を特定の電波で捉えて任意の場所へ運ぶの。時空干渉能力者がいれば専用の機械がなくても動かせるんだ。
大方、石田先輩あたりが手伝ってくれたんでしょーね」
マフラーをたたみ、コートを脱ぎ。
机の上に置く。
動きを止めずに友香が説明すれば、彩と未唯が関心した調子で「「へぇ〜」」とハモって相槌。
「ふぇ〜、とにかくこれでやっとケーキにありつける」
和也の本音に涼が呆れた視線を送る。
黙って視線だけなのは、うっかり口にして和也に『報復』されるのを避けるため。

日々人間学習するものだ。

「スイッチ入れてこうか」
悠里は2時間座り続けて固くなった身体をほぐしつつ立ち上がる。
「じゃ、わたしの分」
友香がブレザーのポケットに入れておいたスイッチを、スイッチと同じ形の窪みへ嵌める。

カチリ。

スイッチを嵌めこむ度に解除音らしき金属音が耳に入る。

「次は俺がやる」
転送装置初体験ショックから立ち直った辰希が、次に自分の回収したスイッチを入れた。

「さーいー」
「一緒に入れるの?」
未唯に手招きされた彩が驚く。
だが、涼に背中を押され未唯と仲良くスイッチを入れる。

「手際が大切だよね」
京極院コンビの後に和也がスイッチを入れ。
最後は矢張り部長ということもあって、涼が自分の回収したスイッチを入れた。
全てのスイッチを入れ終われば、鍵から流れるのはクリスマスソング。

 《ハッピークリスマスッ!》
部室に備わったスピーカーから聞こえる複数の声。

 《我々が考えた制度を律儀に守ってくれてありがとう。頑張る君達へ、日頃の感謝を込めて!メリークリスマスッ!!》
クラッカーの弾ける音と楽しそうな笑い声。
呆けた顔つきで放送を聞き終わったよろづ部の部員達。

誰かが閉め忘れた窓から入り込む白い塊に動きを止める。

「マジ・・・かよ・・・」
さっきまでは薄曇りだった空。
いつの間にか重たい厚雲が垂れ込め。
灰色の雲からは白い塊が降り注ぐ。

愕然として悠里は呟いた。

「ゆ・・・き?」
窓に近づき白い塊を手にした友香は目を丸くする。

「すっご――――い!!!護お兄ちゃんも、譲お兄ちゃんも!あずささんも!天気を操るなんて凄いよっ」
顔を輝かせ彩へ抱きつく未唯。
嬉しそうな未唯とは対照的に彩は複雑そうだ。
「気象まで操る兄さん達って一体!?」

 《色男にゃ、色々秘密があんだよ〜》
楽しそうな譲の声がスピーカーから流れる。
よろづ部の声を拾えるようにしてあるらしい。
彩の疑問にスピーカー越しに答える酔狂な兄である。

ガタガタ。

スピーカーから椅子の転がる音がして、今度は女性の声が響いた。

 《折角だからちゃんと写真撮んなさいよ〜?》

 《あ、あずさ!俺を潰すなっ》

 《煩いよ、譲》

マイク前でギャーギャー言い争う大学生。
あーゆう人間にはなりたくないが、実際自分達が大学生になったらやっていそうで怖い。
悠里と涼は互いに顔を見合わせて乾いた笑い声を立てた。

 《どけよっ!お〜も〜い〜》

 《・・・譲く〜ん?それは喧嘩売られたと考えて良いんだよねぇ?》

 《ギャ―――――!!》
譲の悲鳴を最後に途絶える放送。

「分かってるよ」
折角の幻想景色を前に。
兄世代達はスピーカー向こうから、なんだか疲れを増すような雰囲気を流す。
悠里が代表して答えた。

「折角の贈り物楽しまない手は無いよな」
ニカッと辰希が笑い「俺様一番乗り〜」宣言して裏庭へ続く部室の扉向こうへ消える。
「抜け駆け厳禁っ!!」
「う、わ、わわっ・・・危ないよ〜」
未唯が彩の腕を掴んで猛ダッシュ。
彩は引きずられるようにして外へ姿を消した。
「普通に出て行けないのか・・・彩も未唯も」
マイペースは崩さない。
涼はマフラーを巻きなおし、両手をブレザーのポケットに突っ込んだままフラフラ歩いて外へ。
「さて、行こっか?」
冷蔵庫を開けてケーキの無事を確かめ。
安堵する和也の肩を叩き友香が外へ出て行った。
悠里も皆に倣い外へ出る。

一面降りしきる白い綿帽子。
幻でも夢でもない本物の雪。
裏庭を抜け校庭へ抜ける。

茶色い土を湿らす雪に。
横浜スタジアム・ランドマークタワー等。
海央の校庭から見える建物に降り注ぐ雪・雪・雪。

モノクロ風景に迷い込んだように。
灰色の校舎・灰色の空。
尽きることなく舞い散る白。

 パパーンッ!!

大学部のキャンパス方面から花火が打ちあがった。

「「「「「「「・・・」」」」」」」
舞い散る白い雪に、空に広がるオレンジ色の花火。
よろづ部全員が口を開けたまま空を見上げる。
「すごすぎ・・・」
未唯がポツリと漏らした本音に誰もが心の中で同意したのだった。



余談。
「なんでこーゆうオチなんだよっ!!!」
悠里は寒さに曇る眼鏡に腹を立て、それでもシャベルを動かす手は止めない。
「調子乗りすぎだよね・・・まあ、僕等が帰った後も騒いで風邪引いたのは笑っちゃうけどさ」
双子の兄がダウンしている状況を説明。
彩は寒さにかじかむ両手に息を吹きかけ、一面の銀世界を見やった。
兄世代達は、よっぽど愉しかったらしい。
自分達の仕掛けたクリスマスプレゼントに気をよくして、どんどん雪を降らせたのだ。
当然、雪は降り積もるわけで。

その皺寄せは?

「結局よろづ部が“雪かき”の依頼を引き受けるんだな・・・」
遠い目をしてぼやく涼の左斜め前では、巨大雪ダルマを作成した辰希が「涼!どっちがかまくらを早く作れるかで勝負だっ!」等と。

寒いのに一人熱い。

「早く片付けて早く帰ろ?昨日の今日だし」
友香の建設的意見に一人を除いた全員が賛同したのであった。


兄世代に遊ばれるよろづ部のクリスマス(笑)今残暑なのに雪の話・・・ミスマッチですが(苦笑)よろづ部最後の一人が入部するまでは簡単に話を流します(おい)ブラウザバックプリーズ