部日誌09  『秋といえば・・・』



32世紀。場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
と、彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとする何でも屋だ。

『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として軌道に乗っている。

大小様々な波も乗り越えメンバーも一人加わって。
楽しい?夏休みも終われば待ち受けているのは。

当然普段の学園生活。
「凄いね・・・その日焼け具合」
インドア派、というか『日焼けしない派』が多いよろづ部の面々。
そんな中一際肌の黒さで目立つ坊主頭のガッシリした体躯の持ち主。
太い眉と意志の強そうな黒い瞳。
不細工な顔つきではないが、不思議とぎこちなく海央の制服を着崩した姿。

夏休み前有志メンバーになった麻生 辰希(あそう たつき)である。

「そうか?彩だって結構焼けてる・・・じゃん」
ぎこちなく『じゃん』を使うあたり、辰希の不器用で真っ直ぐな性格が窺えるというか。
なんというか。
黒ぶち眼鏡の癖毛少年。
辰希と同じく有志メンバー&海央新名物『バカップル』彼氏・京極院 彩(きょうごくいん さい)は照れたようにはにかむ。

「うん。今年は園芸部の手伝いとか、海に行ったりとか。沢山自分で時間を使えたから・・・かな?」
夏に外に出て少々焼けた顔をくしゃくしゃにして彩は笑った。
「辰希は何処かで焼いたの?」
自分は褐色レベル。目の前の辰希は褐色というか黒色肌。
狙って焼かなければここまで黒くはならない。
野球部のような部活に入れば嫌でも黒くなるが、辰希は『よろづ部』オンリーで他の部活には入っていないのだ。
「おう!俺は湘南で焼いてきたぜ!」
歯をむき出しにして辰希は豪快に笑う。
残暑も静まり秋も近づくよろづ部の中に、辰希の笑い声が響き渡った。

「ねぇ、友ちゃん。辰希って年中夏男?」
辰希の自慢話が始まり、逃げる逃げられない彩が愛想笑いを浮かべつつ相槌を打つ。
そんな彼氏の姿を一瞥。
有志メンバー兼海央新名物『バカップル』
彼女の京極院 未唯(きょうごくいん みい)は隣で書類整理に励む有志メンバー・笹原 友香(ささはら ともか)へ喋りかける。

「横浜に引っ越してくるにあたって色々調べた見たいだけど。なんか勘違いしてんじゃない?あの様子だと」
書類に落とした目線を上げずに友香が答える。
「言えてる〜!!やたら拘るよね」
未唯は腕組みして何度もうなずく。
「最初のうちだけ。自然と慣れれば拘りなんて消えるよ」
素っ気無い友香のコメントに未唯はクスクス笑う。
当の辰希の耳に届いていないのを良い事に言いたい放題の女子二人。
近くで会話を聞いていた二代目王こと霜月 涼(しもつき りょう)は聞こえていないフリをして、依頼済み書類の処理に励む。

触らぬ女子(友香&未唯)に祟りなし。

延々と続く辰希の夏休み話と、ひたすらその話につきあう彩。
部活の仕事を片付けつつもお喋りに花を咲かせる友香と未唯。
放課後の部活動の雰囲気というより、コンビニ前で喋り込む学生そのもの。

「はぁ」
涼は小さく息を吐き出しよろづ部専用PC端末を取り出し、依頼一覧を開いた。
暫し画面を見つめ目線を左右に泳がせ考える。
相変わらず依頼は多い。
ただ選り分けがきちんとされているので、日常生活に支障が出るほどの量でもない。

「辰希、無駄に元気が余ってんだったらこの依頼を任せる」
彩相手に楽しそうに喋っている辰希を手招きし、涼はPC端末の画面を見せた。
「どれどれ?」
端末画面を覗き込む辰希の背後で、脱力する彩の姿が見える。
目の端に彩の姿を捉え涼は口角を持ち上げた。

「初めての運動会だから、徒競走の訓練をしたいです。一緒に練習してください?」
依頼主の依頼を読み上げ辰希は首を捻った。
「依頼主は小学一年生。女の子で名前は相川 夕菜(あいかわ ゆうな)ちゃん。運動が得意じゃなくて自主練したいんだって」
涼を挟んで隣。友香が依頼主の情報を辰希へ伝える。
「先生達が言うには頑張り屋さんみたいよ〜?」
机の脇に置いたティーカップを飲み、矢張り書類に目を落としたまま喋る友香。
その姿はドラマに出てきそうなOLを彷彿とさせる。
「うっし!俺様に任せとけって!」
辰希が自分の胸を叩けば、依頼の話をふった本人。
涼は眉間に皺を寄せて考え込む。
「・・・やっぱ、辰希だけじゃアレだな。彩、ワリ。辰希を見張っててくれ」
涼の指名に彩が声なき悲鳴を上げる。
「んだよ、その見張りって」
「まんまだ」
あきらかにムッとして涼に詰め寄った辰希へ、涼は涼しい顔で答える。
友香と未唯は互いに顔を見合わせ黙って肩を竦めるのだった。





待ち合わせ場所は小等部、校庭へ降りる階段前。
依頼人に会う前から熱血モードの辰希とちょっと疲れた様子の彩二人。
依頼主の夕菜ちゃんを待っている。

「こんにちは」
学園指定の運動着。
上着は綿の半そで。下は膝までの短パン。
身に着けた小さな女の子が辰希と彩に声をかけた。
「相川 夕菜ちゃん?」
彩は素早くしゃがんで少女を目線を合わせる。
少女は照れくさそうな顔のまま笑う。
「はい、そうです」
「僕は彩、あの黒い肌の大きなお兄さんは辰希。これから訓練終了まで宜しくね」
彩が手を差し出すと、少女・・・依頼人夕菜は少しおっかなびっくりで手を差し出す。
「おねがいします、彩お兄ちゃん」
彩と握手してそれから、小さく飛び跳ねて夕菜は辰希の前に立つ。
辰希も彩がしたようにしゃがみ込んだ。
「俺は辰希。今回夕菜、お前をコーチする先生だ。よろしくな」
「おねがいします」
握り拳を突き出した辰希。
夕菜は首を傾げたが自分も小さな握り拳を作り、辰希の握り拳にぶつけた。
「じゃとりあえず、徒競走分の80メートル。一回走ってみるか?」
放課後の小等部の校庭に人影は少ない。
人一人くらいなら走れる余裕があるのを確かめ辰希は校庭へ降りていく。
「うん」
大きい辰希の後をヒョコヒョコついて歩く夕菜の姿。
ミスマッチだがなんだか相性の良さそうな二人を彩は微笑ましく思う。

「さーいっ!俺がスタートの指示出すから、お前がタイム計ってくれ」
「りょーかい」
ぼんやりしていたら辰希に指示を出され、彩も慌てて校庭へ歩いていく。
きちんとPC端末で計測して80メートル手前の位置。
辰希と夕菜は80メートル向こうで手を振る彩の姿を見る。

「うっし。・・・まず、簡単にアドバイスをするぞ?腕を大きく振って、なるべく一歩の幅を長くするように心がけてみな」
熱血モードに入った辰希のアドバイス。
夕菜は生真面目な顔で一度だけうなずく。
「この線からだな」
スニーカーの先で校庭の砂に横の線を引き、夕菜にスタートラインを示す。
緊張した顔で夕菜は辰希の引いたスタートラインに立つ。
「よーい、スタートッ!」
辰希の合図で夕菜は風を切り走り出した。
髪を左右に乱し小さな体がゴール地点の彩めがけて走る・走る。
「・・・ゴールッ」
ピッ。ゴツイデザインの腕時計。
彩は腕時計の機能を使い夕菜のタイムを計った。
夕菜は大きく口を開けて呼吸をしている。
「どうだ?タイム」
大股にゆったり歩いてきて辰希が彩の時計を覗き込む。
「・・・」
二人の『お兄さん』の言葉を待つ夕菜の頭上で、辰希と彩は互いに苦笑した。
確かに訓練を望むだけあり足が速いほうではない。

「週に三回、各40分ずつ訓練ってことで」
悠里の指示が入ったPC端末。
画面上に出した、体力と依頼主の運動能力を何パターンか想定して組んだ訓練メニュー。
彩は夕菜のタイムを入力して一番最適をされる案を伝えた。
「都合が悪い時はよろづ部宛にメールしてね。分からないこととかある?」
彩の言葉に夕菜は首を横に振る。
「じゃー、話が決まったところで。今日はカルーイトレーニングから入ろう」
やる気満々の辰希の言葉に同時に首を傾げた彩と夕菜。
二人は辰希にしごかれ、ひたすら腕の動きと脚の動きを教え込まれる。
おかげで彩は、腕の筋肉痛に数日間悩まされたのだった。


他のよろづ部活動と平行して行う『訓練』

雨の日やお互いに都合の悪い日以外は、きちんと訓練して。
訓練を通じて辰希と夕菜の間にも一種の信頼関係が生まれていた。

「もう一本っ!」
手を叩いて辰希が合図すれば、「はい、コーチ」と夕菜が答え走り出す。

どっかのスポコン漫画も真っ青である。
バックに炎を背負った辰希と、同じく気合十二分の夕菜。
二人は今日も今日とて走り込みに余念がない。

「入り込めない・・・」
お目付け役の彩は『特訓メニュー表』片手に肩を落とした。
多少の走り込みと柔軟運動の組み合わせでタイムはあがっていた。
しかし平均タイムから見れば夕菜は未だ『遅い』部類に入る。
「でも・・・なんで訓練なんだろう?」
彩自身も運動神経はよろしくない部類に入る。

よろづ部で運動神経がいいのは、涼と和也。
意外にも未唯も運動神経が良い。
平均的なのが悠里と友香。

勿論ダントツで運動神経が良いのは辰希だろう。

そして最下位が彩。

徒競走で底辺を争いたくない気持ちは分かるが、辰希と熱血してまで徒競走にかける夕菜の意気込みは。
なんだか理由がありそうだ。
思いながらも彩は夕菜から訳を訊き出せずにいた。
あの熱血師弟オーラに阻まれて。

「ラスト一本っ!」
今日もそろそろ訓練も終わりの時間。
腕時計を一瞥して辰希は声を張り上げた。
「はいっ」
いつからかつけた赤いハチマキ。額に巻いて夕菜は再度走り始める。

ゴール地点。
「お疲れ」
彩は冷えた濡れタオルを夕菜に手渡し声をかけた。
気になるものは気になる。
言いたくないのなら無理に問い質そうとは思わない。

訊いてみるだけだ。
なんて自分に言い訳しつつ彩は口を開いた。

「ねえ?一つ訊いていいかな?どうしてよろづ部に特訓を依頼したの?」
「知らねーの?」
夕菜が口を開く前に辰希が会話に乱入。
キョトンとした様子で彩を見る。
「残念ながら知らないんだ」
彩は弱く笑い辰希へ返事をした。
「相川は勝負するんだ。徒競走の順位比べを、同じクラスの男の子とな。勝ったら、クリスマスに飾る星を取り付ける係りができるんだと」
辰希の説明の横で夕菜が目を輝かせて何度もうなずいている。
「星飾り係りの為に・・・勝負?」

 たかだか、そんなものの為に?

彩は目を点にする。

「話し合いで解決すればいいじゃないか?何も徒競走の順位で勝負しなくたって」

 馬鹿げてる。
 お互い言葉も通じれば文化も通じ合うのに。

なんだって一々勝負して白黒つけなければならないのだ。
考えて彩は喋る。

「理解して話し合えば・・・」
そう。去年の自分達のように。
本音で話し合えば解決できる。
言いかけた彩の言葉を辰希が遮った。

「馬鹿か?お前」
辰希は顔を真っ赤にして彩へ怒鳴りつける。

「男でも女でもな?白黒つけなきゃいけねェ時があんだよ!
逃げていい時はお前の言う通りかもしんねぇ。
けどな?これは引いちゃいけない勝負なんだ。クリスマスの星飾りだって馬鹿にするな。
相川は真剣なんだぞ。真っ向からぶつかってなにが悪い」
辰希にねめつけられ彩は目を伏せる。
「・・・」

辰希の考えは正しい。

曖昧で誤魔化すのが良い場合。
良くない場合がある。

つまり話し合えば良い場合と。
ぶつかった方が良い場合。結局はケースバイケース。

ただ彩は自身のコンプレックスが災いして『争い』を避けてしまう。
争わずにすむならそのままで。
そんな考えを持った平和主義者。
だから簡単に言ったり出来ない。
勝負して強い方が勝ちなんて。

「俺はな。俺が正しいと思ったことを、簡単に曲げられるほど・・・器用な性格してねーよ」
黙り込んでしまった彩に辰希は言葉を続けた。
「責任は俺が持つ。後で相川に恨まれても文句を言われても。俺は逃げないし、しっかり最後まで責任を持つ。それが相川に対する俺の誠意だ」
辰希は真顔のまま彩へ告げ夕菜に解散の指示を出した。
「・・・」
辰希の背中を見送り、ごちゃごちゃになった頭の中を纏められずに彩はため息をつく。

「秋といえば〜」
肩を落とす彩の耳に調子ハズレの歌が飛び込む。

「秋といえば〜。スポーツに勉強に芸術に読書に食欲に〜。色々忙しい〜」
彩の右腕を掴み未唯は真っ直ぐ辰希を眺める。

「秋はすごしやすいから〜。色々忙しい〜」
ここまで歌い上げてから未唯は歌をとめた。

「でもね?熱血の秋ってのもいいかも。
争いは良くないこと。
それは広い世界で見た時に実感できる事。
でも・・・正義とか悪とか。そういう関係を無視して決めなきゃいけない決着もあると思うんだ」
頭を彩の肩へ押し付け未唯は囁くような小さな声で話し始める。

「小さな世界。学園っていう小さな世界。
負けて嫌な思いをしても・・・夕菜ちゃんはきっとヘイキ。辰希迷コーチがついてるんだもん。
失敗しても格好悪くないって。負けても格好良いコトもあるって。分かる日が来るから」
檄を飛ばす辰希とお辞儀をして去っていく小さな夕菜の姿。
夕焼けの赤い太陽が二人の影を映し出す。
少々湿度の高い風が夕菜の巻いた赤い鉢巻を揺らしていた。
「駄目・・・かな?」
最後に、未唯は不安そうな口調で彩へ問いかける。
彩は無言で未唯の頭に自分の頭を押し当てた。
「駄目じゃないと思うよ。
・・・心の底から未唯の考えに納得してるかって聞かれたら。違うって答えるけど。でも一理ある。
辰希の豪快な性格、少しは見習う事にするよ」
彩の返答に未唯は少し拗ねた口調で「本当に見習うのは少しだけにしてね」なんて言い返し。

二人は青春ドラマのエンディング場面のように走り去る辰希の姿を眺め。

一頻り笑いあったのだった。


小等部運動会において、相川 夕菜は健闘むなしく徒競走で三位の成績を収める。

そんな依頼主から後日。

勝負には負けたけど、訓練は楽しかった。
感謝の手紙が届けられたのは余談である。


辰希と彩の違いと相互理解。辰希はガンガンぶつかって行く派。彩は良くも悪くも平和主義者っていう対比が出ていたら嬉しいけど微妙です〜。ブラウザバックプリーズ