部日誌08  『50年目のラブソング』



32世紀。
場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。
園芸部部室真向かい。『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年。
彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした、何でも屋だ。
『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として軌道に乗っている。

大小様々な依頼を片付けつつやっと迎えた『夏休み』

夏休み中のよろづ部活動といえば・・・。

「あっち――――――!!!!」
日に焼けた肌に坊主頭に太い眉と意志の強そうな黒い瞳。
不細工な顔つきではないが、不思議とぎこちなく海央の制服を着崩した姿。

新たな有志メンバー・麻生 辰希(あそう たつき)はむしり終えた草をビニール袋へ入れていた。

玉のような汗を額に浮かべため息をつく辰希。
その横では欠伸交じりに海央の王子『星鏡 和也(ほしかがみ かずや)』が草むしりに励んでいる。

「暑くねェの?えっと・・・」
和也の全身から滲み出る王子様オーラ。
声をかけるのは躊躇われたが、今回の依頼の今日の当番は和也と二人きり。
辰希は意を決して和也へ声をかけた。
「和也で良いよ」
同じクラスではない、辰希と和也。
早く辰希を『よろづ部』へ溶け込ませようと、問答無用で涼が作った草むしり表。
和也は五番目。
和也だって人見知りする歳でもない。
ごく普通に辰希へ言葉を返す。

「・・・なんか」
口ごもり辰希は目線を空に漂わせ言葉を探す。
「王子の割に案外普通に見える、でしょ?」
にこにこにこにこ。
一見無邪気に笑いつつ和也が自分を指差せば、辰希はやや困った顔になって首を横に振る。

「意味合い的に近いけどよ、ちょっと違う。俺が勝手に想像してたより根性あるよな」
草むしりなんて地味な作業と和也がミスマッチで。
更に文句も言わずにきちんと作業を続ける王子の姿。
軟弱なイメージを持っていた辰希としては、和也の取る行動が自分の考えと悉く食い違い。

辰希の言葉に和也は何度か瞬きをし、今度は普通に作り笑顔ではない素の笑顔を浮かべた。

「やだな。これでも体育会系のシゴキは味わったことあるよ。小学生時代にね・・・」
遠くを見る目つきの和也の答えに辰希は首を捻る。
「習い事でもしてたんか?」
素朴に疑問をぶつければ和也は手を左右に振った。
「違う、違う。家業ってヤツかな?うん・・・家業だね。
そのうち麻生君にも説明するよ、たいしたモンじゃないけどさ」
言いながら和也は辰希を見上げ、そして見事に固まった。
「・・・和也?」
みるみる内に青くなる和也の顔色に驚いて、辰希は恐る恐る話しかけるが。
和也は蒼白のまま固まって、目を見開いている。
「ど、どうしたんだよっ!おいっ」
試しに和也の肩を叩いて反応を見る。
しかし和也は顔を引きつらせ唇を震わせていた。
辰希はオロオロするものの、和也が急にこんな態度を取ったのかが分からない。

「うーっす!お疲れ〜」
剣道部活動の合間。
涼が辰希と和也の本日担当範囲『裏庭・よろづ部前』へ顔を見せる。

すこし蒸し暑いような、なんだか変な寒気がしていたような。
そんな裏庭が一気に何か、爽快な空気に塗り替えられる感触。
辰希は無意識に感じて更に首を捻った。

涼の持つ王のオーラ?
とは違う、言葉に出して説明するのは難しい。
空気清浄機で周囲の空気を洗ったようなそんな雰囲気。

 なんていうか・・・いまいち上手く言えねェけど。違うんだよ、うん。

辰希は内心?マークをいっぱい浮かべている。

「うん。涼は部活だったんだね」
部活で身に着けていた服のまま。
涼の格好を見て、元気を取り戻したのか和也が返事をした。
大きく深呼吸をして胸に手を当てる和也に辰希の疑問は増すばかり。
「ごめん、麻生君。きっと僕の気のせいだから気にしないで」
挙句、勝手に自己完結する和也の言葉に眉間に皺を寄せる辰希。
「世の中、知らないほうがラッキーってなモンもあるんだよ。辰希は知らないほうが幸せだと思うぜ」
しみじみ。やたらと実感の篭った涼のコメントに、辰希は閃いた。
「・・・王でも苦手なモノはいるんだな」
言いながら目線を和也に向ければ、辰希の予想通り涼は口元を強張らせた。
「ははは・・・察しがいいじゃねぇか」
ガシッ。
顔は笑っているが辰希の肩へまわした腕の力を強め、涼は殺気を辰希へ送る。
グイグイと首周囲を絞められ辰希は慌てて首を縦に振り。
「・・・?」
目の前に浮かぶ半透明の海央生徒らしき男子の姿を視界に捉えた。
半透明の男子生徒はそれはもう幸せそうに笑って、辰希の中へ。

文字通り辰希の中へ吸い込まれていった。

「!?」
体。
背骨を駆け抜ける冷たい何かの感触。辰希は高鳴り出した心臓にも驚いて、呆然。
「やっぱ、僕駄目かも・・・」
復活したばかりの王子は何故か辰希を見て気絶寸前。
涙目になっているのは辰希の気のせいだろうか?
「はぁ。厄介だな」
涼のぼやく言葉を遠くに聞きながら、辰希は自分の意識が深い部分に沈んでいくのを感じていた。
崩れ落ちる辰希の身体を支え涼は和也に目配せ。
和也は渋々よろづ部の扉を開き開いたままで固定する。

「睨むなよ。保健室に連れて行けるわけねーだろ」
ジト目で涼を睨む和也に弁解して涼は机の上に辰希の身体を置いた。
「うう〜!!よりによってなんで僕が遭遇するんだろ」
口をへの字に曲げ和也は悶える。
「いーやーだー!!!」
和也は頭に両手を当てて激しく左右に振り、大声で絶叫した。
喚く和也の大声に辰希が目を開く。
涼は飲み物入れから冷えた麦茶を取り出しガラスコップへ注ぐ。
「・・・ここは?」
物珍しそうに部室内を見回し辰希は近くにいた和也に問いかける。
和也は大袈裟すぎるほどに身体を揺らし全速力で涼の背後に隠れた。

「本当、意外だよな」
「意外で結構だよ!怖いものは怖いんだから」
涼の呆れた突っ込みに開き直り、和也は自棄になり言い放つ。
「えっと?アンタ、何モンだ?」
涼は麦茶のガラスコップを辰希へ渡し平然と会話を切り出す。
大人しくガラスコップを受け取り辰希は顎に手を当てて少し思案顔。

「えっと・・・海央の生徒で、高校生。山田 太郎っていうんだ。君は?見かけない顔だよね」
にこり。辰希(?)が人懐こく笑った。
「ああ、俺等は中学生なんだ。俺は涼であっちが和也。で、タロー先輩はどうして『倒れた』んですか?
たまたま俺等が通りかかったから良かったものの。あのままだったら、マジ熱中症で倒れますよ」
頭がオカシイのか?
不可思議な言動をかます辰希に、涼はありもしない話を持ち出す。
しかもごく当たり前のように。
「あれー?なんでだろう?・・・ええっと・・・??」
心当たりがない様子。辰希(?)は1人小さく唸る。
「ま、倒れてたんで・・・少し休んでって下さい。思い出したら教えて貰いますよ?
そのせいで倒れてたんでしょうから」
肩を竦める涼に辰希(?)はニッコリ笑顔つきで「ありがとう」と。
非常に好印象を受ける態度で礼を述べる。
涼は辰希(?)に見えない位置で小さく指を何回か振り払う。

「和也?大丈夫か?」
「大丈夫なわけないっしょ!!もぉ――――っ!!僕は自慢じゃないけど『あっち』の方々は苦手なんだよ。
つーか天敵!?よりによってなんで海央の生徒だった『幽霊』が辰希に取り憑くのさ!」
動揺も露に小声で一気に文句を捲くし立て。和也は一息つく。
「小学校時代もそうだったけど・・・まだ苦手なんだな。幽霊は」
小学生時に多少の面識があった涼と和也だが、その頃から和也は『そういう類』が苦手であった。

そう簡単に克服できる『苦手』ではなかったらしい。
涼は考えて苦笑する。

「妖(あやかし)と違って僕は対処できないからね。戦えないものは苦手なんだよ。
自分が優位に立てないから」
どきっぱり言ってくれる王子の本音に、涼は乾いた笑い声をたてた。
「ま、とにかく。未練があるからココにいるんだろ?解決できる範囲でならしてやろうぜ。そうじゃねーと辰希が元に戻らないだろ」
「戻らないよね〜」
係わりたくない感情が滲み出る和也の相槌。
涼と和也の目線の先には辰希(?)。
何かを思い出そうと必死に唸っている。
「ここの生徒だったんなら、悠里に助けを求めてみよっか」
ため息をつき和也は自分の携帯電話を取り出す。
メールモードを起動して悠里宛にメールを送る。
「所属してた部活とか。住んでた場所とか。簡単なプロフィールしか分からないだろうけど、本人の記憶力に頼るよりはいいかも」
一向に思い出せない辰希(?)の考え込む姿にもう一度ため息。
和也は藁にも縋る思いで悠里の返事を待つのだった。





数十分後。
「タロー先輩?大丈夫っすか?」
年上。
話が分かる上級生には態度を変える涼の先導で、一行は高等部校舎の音楽室にいた。
辰希(?)は音楽室の壁に凭れ掛かり目を閉じる。

「さっきまでココで曲を書いてたんだよ。・・・今度の学園祭の、有志バンドのボーカルなんだ僕。
ここだったら落ち着いて曲とか歌詞とか考えられるだろ?」
つま先で正確なリズムを刻み鼻歌まで歌いだす辰希。
涼と和也は顔を見合わせてそれから携帯の画面を覗き込む。
「どうやら、リスト十五番目の山田 太郎先輩みたいだね?有志バンドボーカル。高校生だし・・・50年前なら」
「学祭準備で遅くなった帰りに交通事故にあったって書いてあるぜ?つまり学祭に参加したかったのか、あの先輩?」
ヒソヒソ小声で話し合う涼と和也。
「でも違うような感じもするんだよね・・・上手く言えないけど」
上機嫌で鼻歌を歌い続ける辰希(?)を眺め、小さな違和感に和也は首を捻る。
幽霊は苦手だが早く追い払わないと自分の平和が返ってこない。
一分一秒でも早くこの珍事件を解決したかった。

和也の偽らざる本音である。

「歌に拘ってるし。歌ってもらう?」
大層得意げにバンドボーカルだと自称した人物だ。
鼻歌を歌っていることといい、恐らくは歌に関する未練なのだろう。
考えて和也は涼へ問いかける。
「・・・アレに歌ってもらうのは、ちょっとキモだけどな」
外見は辰希なので似合わないかと聞かれれば、間違いなく『似合わない』と答える。
涼は鼻から息を大きく吸い込んで、それから辰希(?)へ声をかけた。
「タロー先輩、試しに歌ってもらっていいっすか?先輩が困らなければですけど」
「え?僕の?」
辰希(?)は驚いて涼へ顔を向けた。
二・三度瞬きをし辰希(?)は相好を崩す。
「僕だけが披露しちゃうのは他のメンバーに悪いしなぁ〜。でも、二人は倒れてた僕を助けてくれたし、お礼はしないといけないよね〜」
やる気満々の笑みを浮かべた辰希(?)の謙遜の言葉。

「「結局、歌いたいんじゃん」」
涼と和也は仲良くハモって小声で辰希(?)に聞こえないよう突っ込んだのだった。

「じゃ、ギターでいいかな?」
なんだかんだ言って歌うつもりの辰希(?)。
いそいそと音楽準備室から誰かのギターを無用で拝借し弦を爪弾き感触を確かめている。
涼と和也は仕方なく音楽室の椅子をそれぞれ近くに引き寄せ座った。
「ん、コホン」
勿体ぶった態度で握り拳の前に咳払い。
ギターを持つ姿は本人が有志で学祭へ参加するだけあり中々様になっている。
辰希(?)はニヤリと笑ってギターの弾き語り?を開始した。

「〜♪〜♪」
ボロンボロン?と表現すれば良いのだろうか。
怪しいテンポで怪しい掠れた歌声。
リズムはそれなりに取れているのだが、これは明らかに。

 音痴だろっ。

自分の歌に酔いしれ気味で歌う辰希(?)を他所に涼と和也はガックリ肩を落とす。
そんな遠い未来の後輩の姿も目に入らず。
辰希(?)は延々と自作の演奏を続ける。

「・・・あ・・・」
辰希が歌い上げる歌の歌詞。聴いていた和也はあるコトに気が付く。
俯き辰希の歌に耐えていた涼のわき腹を突いた。
「ね、あれってラブソングだよね?大分センス古いけど」
「〜♪・・・・!!〜♪〜」
和也の言い方は棘があるが確かに辰希が歌っているのはラブソング。
稚拙な言葉が目立つが確かにラブソング。
和也はもう一度メールを悠里へ送る。
タロー先輩なる人物の交友関係。

特に女性。

「50年前のデータだから初代王にも頼んじゃったv」
貧乏揺すりを始めた涼を気の毒そうに見て、自分も辰希(?)の奏でる歌に顔を顰めつつ。
和也は神に祈った。
そうこうしている間に辰希(?)の歌も終了。
場繋ぎに涼が感想をしどろもどろになりつつ述べ。
辰希(?)を引き止めている。

ブルブルブルブル。携帯が振動し悠里からのメールが届く。
メールを読んだ和也は自分のPC端末を取り出して悠里の指示通り操作した。

「すみません。一番の歌詞だけアンコールお願いします」
気乗りがしない声で和也がリクエストすれば、辰希(?)はうなずきもう一度さっきの曲を演奏する。
和也は端末のマイク部分を向け曲をどこかに送っていた。

ジャーンー。

そしてアンコール演奏も終了する。

 《山田君の・・・太郎の歌・・・?》
少しノイズが混ざった女性の声。

「はい。恋人の貴女に送るはずだった山田先輩の歌です」
口を開きかける辰希を制して和也が女性の声に答えた。

 《・・・》
端末向こうで嗚咽を漏らす女性の気配に静まり返る音楽室。
蝉の声がやたらに五月蝿く聞こえる。

 《・・・素敵な、太郎らしい歌だわ。ありがとう、聴かせてくれて》

女性の声が聞こえるや否や辰希は意識を失い崩れ落ちる。


「・・・逝ったみたいだ」
涼が窓から見える空を見上げ呟く。

「ふぅ。悠里から初代王にメールを出して貰った甲斐があったってコトだね。王の情報収集能力様様!」
開放感に浸る和也の満足した顔に涼は白い目線を送る。
わざわざ初代にまで助力を頼むほどの事件でもないだろう、と思って。
「仕方ないよ。麻生君をあのままにはしておけなかったし?」
それより剣道部サボリになるけど、よかったの?
続けて言った和也の言葉に涼は硬直。
「お前・・・本当、いー性格してるよなぁ」
ツッコミどころは満載だが。とりあえず辰希は無事戻ってきたのでよしとしよう。

建設的に考え涼は音楽室から出て行ったのであった。


和也王子は幽霊が苦手〜っていう話。辰希とはどう仲間しているのかとか?・・・あれ?それだけじゃないんですけど、いずれ。ブラウザバックプリーズ