部日誌06 『嵐を呼ぶ転入生』

 


 つ、ついに!俺は憧れの切符を手に入れた!
 転勤になった親父には悪いが、俺的にはラッキーだぜ。
 死に物狂いで勉強しちまったからな・・・運動できなかった分、ちょっと腕が鈍ってるっての心配だ。

 だが俺は負けねぇ!!

 俺がイケメンどもの頂点に立つんだっ!その為にも倒す。ぜってー倒す!

 そんで俺は、俺は・・・。



32世紀。
場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。

『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』
海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた二代目王の少年と、彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋。
『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として軌道に乗っている。

大小様々な依頼を片付けつつ。目前に迫った『夏休み』に向け各人が思いを馳せていた時。

王が苛々を爆発させていた。

「な―――んでアイツがいちいちいちいち口出してんだよっ。まるきり遠隔操作じゃねぇか!初代の王が依頼をより分けてるなんてよ」
忌々しげに机に蹴りを入れる辺り、相当『きて』るようだ。
二代目王、霜月 涼(しもつき りょう)は頭を掻き毟り悶える。

ないようである。
この学園には居ない『初代王』の多大なる影響力。
よろづ部に殺到する依頼をより分ける仕事。

実は地球に居ない『初代王』が引き受けてくれていたりした。

涼なりに在り難いとは思うし、助かっている。
しかし夏の暑さと『よろづ部』の忙しさがピークに達した今、ついつい不満が爆発してしまった。ようだ。

「うが―――!!」
意味不明に吼える涼。
そんな王の姿に、有志メンバー笹原 友香(ささはら ともか)は呆れた顔で首を横に振る。
つられて海央の王子こと、星鏡 和也(ほしかがみ かずや)も微苦笑した。

「王だってそこまで無責任じゃないわ。一応協力してくれてるのよ?」
和也との付き合いも長い友香。

相手が美形だろうと強面だろうと無関係。
主張すべきところはきちんと主張する強さを持っている。
彼女に多大なる影響を与えた王を、彼女自身は快く思っていたし友達だとも思っている。
友達の悪口を言われて黙っていられる友香ではない。

「だいたいこの間の偽者事件もそうだったけど。くだらない依頼も多いんだよ?
ミーハー気分で『一日デートしてください』とか、『彼氏のフリしてください』とか『京極院ツインズのプロフィール教えて』。
他にもゴミ掃除や部活に託けて涼を・・・ううん、よろづ部の面子を誘い出そうっていう魂胆見え見えの。
依頼は一日300件ペース。
それら全てに目を通して送信相手を調べて依頼内容が確かか確認しているの、王は。
それで必要と思われる依頼をこっちへ送ってきてるの!出来るの?涼に」
涼に蹴られて微妙に位置のズレた机を定位置に戻し、友香は涼の言動を非難した。

「マジ・・・?」
涼は驚いて友香へ恐る恐る尋ねる。
小さく鼻を鳴らして憤慨してから友香は重々しい雰囲気のまま首を縦に振った。
「マジに決まってんでしょ!そんなに全部をやりたいなら自分でやればいい。
各々の得意分野が違うんだから、そういうトコロは分担して仕事を割り振るのが当然でしょ。
王の好意を無駄にしないでよね」
友香にしては珍しく僅かに怒りの滲んだ口調。

まあまあ、なんて感じで和也が友香の背中を何度か叩いた。

「涼も勘違いしないで欲しいんだ。王はきちんと学園の事と部のバランスを考えて依頼を受けてるんだよ。
無駄な依頼、今までにあった?そう感じたら直接王に掛け合えばいい。相手の気持ちを無視するほど無神経じゃないから、王は。
なんなら僕がメルアド教えるけど?」

 随分自分も丸くなっちゃったね〜。

思ったのは心の中だけで和也は涼へ尋ねる。
涼は少し逡巡したが首を横に振った。

「んにゃ、いいや。俺は部活も忙しいし、あんま事務的な部分に時間をとられるとマズイからさ。信頼します」
最後の一言は友香へ向けて。
友香は少し目を見開いたが表情を緩めた。
「わたしも信頼してるから」
屈託なく笑って友香が涼に依頼書を放り投げる。
涼は身を前に乗り出し慌てて依頼書をキャッチした。
「学園の皆が、王が。二代目として今の『海央の王』として相応しいと思った貴方を。信頼してるから」
よろづ部に提出しに来た書類処理は全て済ませた。
確かめて友香は部室を後にする。

残された和也と涼。

鮮やかに切り返された友香の言葉を暫し熟考。
沈黙が部室を支配した。

「・・・すげぇ影響力」
未だ出会う機会のない王。姿さえ想像も付かなくて、涼はうっかり本音を漏らす。
「会えば涼だって影響を受けるよ。良い意味でね」
意味深な和也の台詞に、涼は怪訝そうな面持ちで視線を送るが。
「会ってみてからのお楽しみ、じゃない?」

和也に意地悪く切り返されてため息をついた。
こんな会話がよろづ部で展開されていたのとまったく同時刻。



真向かい園芸部部室所有、中等部校庭一角にある花壇にて。

「大きくな〜れ〜v」
変な節回しの歌?を口ずさみながら、よろづ部有志メンバー兼園芸部部員。
京極院 未唯(きょうごくいん みい)は園芸部の部活動に勤しんでいた。

ジョウロに入れた水を花壇にまいて草花の状態をチェックして回る。

その隣では未唯の恋人、海央新名物『バカップル』の片割れ。
彼氏の京極院 彩(きょうごくいん さい)が屈んで肥料をスコップで混ぜ合わせていた。

なんとも微笑ましい部活動である。

「大きくな〜れぇ〜v」
彼女の歌を6回程聴き終わった時。
彩は人の気配を感じ顔を上げた。

「?」
険しい顔つきの部外生?らしき少年が肩を怒らせた感じで、彩へ向け真っ直ぐに歩み寄ってくる。
彩は首を傾げつつも立ち上がった。
「おい、お前!」
明らかに運動部系の体つき。
日に焼けた肌に坊主頭。太い眉と意志の強そうな黒い瞳。
顔つきは不細工じゃないが、一昔前のスポコン漫画を髣髴とさせる・・・学ラン姿。
の不審少年が彩へ声をかけた。

「何ですか?」
海央の制服はブレザーである。
しかも夏季は半そでのシャツにネクタイ。
女子は同じく半そでのシャツにリボン。

どっから見ても海央の制服ではないし、この学園に馴染みがなさそうな様子。

彩は判断して少年へ言葉を返す。

「職員室はドコだ」
偉そうな俺様態度100%。ドラマの見過ぎとしか表現しようがないくらい。
型にハマった口の利き方に彩は一瞬言葉に詰まる。
「職員室って。小学校のと、中学校のと、高校のと、大学のがあるんだけど?」
大切な彼氏との楽しい部活動。
時間を邪魔された未唯は目を細め、品定めするかのように少年を頭の先からスニーカーまでジロジロ眺めた。眺めながら意地悪く口を挟む。
「見れば分かんだろぉ?ああ?」
柄が悪いというよりは。何かを勘違いしているとしか思えない言葉遣い。
直感的に少年が悪い人間ではないと思った彩は尚も首を傾げる。

片や未唯は噴火寸前。

ともすれば『力』を使って少年をやっつけかねない勢いだ。

「ごめんなさい、分からないです」
彩は正直に詫びた。

人間何事も正直が一番。

彩の行動基本である。

「・・・」
素直な彩の態度に逆に困惑する少年。
ぐっと言葉に詰まって仁王立ちのまま固まる。

「・・・中学校だよ」
数十秒間黙り込んだ後、少年は吐き捨てるように彩へ告げた。
「転入生・・・なの?すっごい感じワルイ!!郷に入っては郷に従えって言葉知ってるでしょ?」
何故だか未唯は時折相手の立場を言い当てる事が出来る。
今回も少年の素性を察知したようで怒りの混じった声で少年へ説教した。
少年は未唯の言葉尻に嘲笑が篭っているのを感じ取ったか、眉間の皴を深くして未唯を睨む。

「みーいー?」
苦笑して彩は未唯の口を閉じにかかる。
未唯としても悪気は無いが、棘のある口調で図星を指されるのは痛い。
少年を思いやって彩が未唯を窘めれば未唯は頬を膨らませてそっぽを向く。

「職員室だよね?案内するよ」
剥れた彼女の姿に苦笑しながら彩は少年を促して歩き出す。

少年は無理に肩を怒らせて威厳?らしきものを醸し出そうと必死なようだ。
そんな少年の懸命な態度に彩は去年の自分を思い出していた。

「あ、自己紹介がまだだったね。僕は京極院 彩。中学2年生で中学から海央に入ったクチ。君は?」
彩は少年と並んで歩き自己紹介。
校舎から職員室に向かうより裏庭へ抜けて職員室へ到達するルートを取る。
少年の制服は海央の制服と色が違いるぎるので、校舎に入れば嫌でも目立つのだ。
良くも悪くも。
「きょうごくいん・・・なんてらしい名前なんだっ!」
少年は彩の苗字に驚愕中。
驚きに目を見開いて1人ブツブツ呟いている。
「まあ、あんまりない苗字だよね」
名前負けならぬ苗字負け。
彩が苦笑しつつ頭をかけば少年はニカッと笑った。
「オレは麻生 辰希(あそう たつき)きょう・・・ごくい・・んと同じ中2だ。よろしくな。それとさっきは悪かった。つい焦っちまって」
照れくさそうに笑う姿は年相応。
頬に浮かぶえくぼが態度の悪さを裏切って爽やかな雰囲気を漂わせる。
辰希は鼻の頭を手の甲でぬぐう。
「ううん、僕は気にしてないよ。ところで・・・海央に変な噂とかあるの?麻生君すごく警戒してるみたいだけど」
油断なく周囲を窺う辰希の瞳や微かに緊張した身体に彩は首を傾げる。
「・・・」
辰希は唇を引き締め険しい顔つきになった。
隣で歩く彩は辰希の百面相のような顔に驚いていた。

どちらかといえば彩の周りにいる友達なんかは、私立の校風もあってか。
どっかぽや〜とした雰囲気を持つ人間が多い。
反面表裏が激しい性格の持ち主も多いのだが。

コロコロ変わる辰希の表情がとても『新鮮』に写る。

「・・・俺はイケメン達の頂点に立つ、王に挑むために海央に来た」
握り拳を振り上げ静かな調子で辰希は彩へ答えた。
「は?」
我が耳を疑って彩は立ち止まってしまう。
「だからだな。俺は海央に君臨する『王』に挑むために転校してきたんだ。伝説のカリスマとまでいわれた存在。俺の男気を上げるには丁度良いライバルだぜ!」
一昔前のドラマや漫画でなら瞳から燃え上がる炎が・・・。
なんて表現がピッタリ当てはまる辰希の決意に満ちた瞳。
呆然と眺めて彩は口を開けたまま固まる。

 王に挑むって!?
 つまりは涼に挑戦するってコト??
 なんかイケメンとか言ってるけど、麻生君勘違いしてる気がする・・・。

 伝説のカリスマなら初代の方の王だし。
 涼は二代目でどっちかって言えば、洋風侍みたいな雰囲気で。

 カリスマというか、なんというか。
 困った生徒を見捨てておけないお人よし。

 静かなる熱血漢だっけ、悠里が前に言ってたの。

一通り頭の中で考え、彩は深呼吸を一回。
口を開こうとした瞬間、

「あら、待ってたのよ。麻生君」

柔和な雰囲気を持つ小等部教員、明石 胡蝶(あかいし こちょう)に声をかけられタイミングを逃した。
胡蝶は、中等部職員室から裏庭に出る出入り口に立ちニコニコ笑っている。
「京極院君に案内してもらったのね」

ほわほわ〜。

和み系美人先生の上位にランキングされる優しい先生である。

本来の苗字は水流(みずながる)だが、職場結婚で旦那の氷(こお)先生も同じ学園勤務とあって旧姓を名乗っているのだ。

「あれ?明石先生がどうしてココに?」
何度か瞬きをして彩が胡蝶を凝視した。
彼女は小学校の先生で、中学の先生ではない。
職員室も小学校のと中学校のでは距離がある。

中学から入学した彩とどのような接点があるかといえば、それは部活。
胡蝶先生は『園芸部』の顧問補佐として何度か部活に参加していた。
同じ花壇を作り上げた仲、というわけだ。

「今、職員会議で中等部の先生方は会議室なの。それで、わたしが麻生君の説明役を任されたの。
水流先生(ダンナ)って案外そそっかしいのよ」
クスクス笑う胡蝶に彩もつられて笑ってしまう。
「ええと、明石先生。本名は水流なんだけど、旦那さんの氷先生が中学の方の先生してるから旧姓なんだ。明石先生って本当は小学校の先生なんだよ」
キョトンとして会話についていけない辰希に彩が説明する。
すると辰希の視線が胡蝶の左手薬指に光るマリッジリングを捕らえた。
「ども・・・」
複雑な顔で胡蝶へ頭を下げる辰希。
目を細めて笑う胡蝶は、結婚してもファンの男子生徒を増やしている。
不思議な魅力を持った先生だ。

「ふふふふ。そんなに畏まらなくても大丈夫。わたし、本当は小学校担当なのよ?でも説明はきちんとするから、分からないことがあったら質問してね」
微笑を湛えきちんと辰希の瞳と目線を合わせる胡蝶。
普段小学生を相手にしている彼女の無意識の行動に、辰希は顔を赤らめた。
いくら肩書きが先生とはいえ、相手は美人である。
そんな美人と向き合ったら思春期真っ只中の男子生徒。
恥ずかしくないわけがない。
「・・・天然って残酷なんだ」
前に悠里が胡蝶を評した言葉を思い出し、彩は妙に納得した。

胡蝶に悪気はない。

しかし中2男子を相手に『大人のお姉さんフェロモン』を撒き散らされたのではたまらない。

横で客観的に見ていた彩は感心して低く唸る。

「え?」
彩の独り言を聞きつけた胡蝶は首を傾げ彩を見る。
彩は慌てて手を左右に振った。
「な、なんでもないです」
「そう?」
慌てる彩に益々不思議そうに首を傾げたが、胡蝶はそれ以上追求はしない。
生徒の自主性を重んじる『話』の分かる先生でもあるのだ。
たまにドコか抜けていたりするが。
「京極院君、案内ありがとう。後は先生が説明するから部活、頑張ってね」
胡蝶はイタズラっぽく微笑み目線で背後を示す。
彩が振り返れば、帰りの遅い彼氏を心配して走ってくる未唯の姿が見えた。
「さーいーっ!遅い〜!!」
遠くから彩の名を呼び腕を振り上げる。
彩は両手を合わせてポーズで『ゴメン』と表現した。
その動作が見えたのか、未唯は走る速度を緩め彩へ近づく。
「ごめんなさい、京極院君を引き止めて」
胡蝶は教師らしく未唯へ言葉をかける。
「いーえー。別にそんなんじゃないです」

 気に入らない。
あからさまに辰希へ視線を送り未唯は頬を膨らませた。
辰希も未唯の視線にムッとして眉間に皺を寄せる。


「・・・部活に戻ろうか」
日々平凡。
平和が一番。
彩は未唯をつれて早々にこの場所を立ち去った。



数分後。
「あ――――――っ!!!」
スコップを取り落とし彩は絶叫。

辰希が抱いていた王についての誤解や、この海央学園に関する誤解。
説明するのをすっかり忘れて呑気に戻ってきてしまったのだ。

迂闊、である。

未唯は小悪魔の微笑を湛えて彩の背後から小さく囁いた。

「嵐の予感だねぇ〜」

「あああああ!!!どうしようっ」

さっさと悠里あたりへ相談しに行けばいいものを。

彩は1人パニックに陥っていたのだった。


遭遇ってなタイトルの方が相応しいですよね。どこが嵐なんだ(汗)前兆しかないですけど・・・。ブラウザバックプリーズ