部日誌05 『彼女達の理由』

 


32世紀。
場所は地球の日本。舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。
『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた、二代目王の少年と、彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』
受けた依頼は完全解決をモットーとした何でも屋。
『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として形になりつつあった矢先。

ある好ましい変化が一つ起きていた。

ある日突然に。
恋人『命』海央名物『熱々カップル』の片割れ。
京極院 未唯(きょうごくいん みい)が。

同じクラスでよろづ部有志の笹原 友香(ささはら ともか)を『友ちゃん』と呼び。

友香は友香で未唯を『未唯』と呼び捨てにし出した。

同じ2年4組のよしみなのか。はてさて別の理由があるのか?
王と宰相を除く残りの2人。

王子と未唯の恋人は首を傾げていた。



遡る事約一ヶ月前。

一年で尤も鬱陶しい季節『梅雨』シトシト小雨が降りしきる中、未唯はよろづ部の部室から、紫陽花を眺めていた。
「あら?どうしたの?」
部室の扉が開いて、提出書類を抱えた友香がやって来る。
「今日は彩(さい)が風邪で休みなんだとよ」
ぼんやり調子の未唯に変わって部屋に居た二代目王こと霜月 涼(しもつき りょう)が代わりに返事をした。
「お昼、まだ食べてないの?」
手付かずの昼食。
覗き込み友香は表情を曇らせる。

海央は弁当・給食・学食。
三種類揃えている今どき珍しい学園だ。
生徒が一ヶ月の期間をどれで賄うか自分自身で選択する。
当然、給食と学食は有料だが、生徒の自主性を重んじる海央らしいシステムだ。

未唯は、恋人兼居候先の三男である京極院 彩(きょうごくいん さい)と大抵はお弁当持参で昼休み時間を過ごす。
風邪でダウンした彩がいないせいで、未唯も元気がない。
つまり食欲がわかないようだ。

「はー」
頬杖付いた姿勢のまま未唯はため息をつく。
そんな未唯を見て肩を竦める涼。
友香は書類を涼へ押し付け未唯の隣へ座った。

「そんなに酷いの?京極院君の風邪」
未唯はチラリと友香を見て、口を噤んだまま首を横に振る。
幼いけれど大切な人を心の底から案じる姿に、友香は無意識に表情を和らげた。
「だったら、きちんと食べて。真っ直ぐ帰って京極院君を安心させてあげなきゃ」
きっとベットの中で未唯を心配している筈の、平和主義者。
平凡を地でいく性格ながら未唯のちょっと変わった気質を『受け入れている』優しい少年。
思い浮かべながら友香は未唯へ喋りかける。
未唯は驚いた様に何度か瞬きをして、それからオズオズと口を開く。
「・・・嫌じゃない?」
「え?何が?」
未唯の云わんとする『嫌』の種類が分からなくて、正直に友香は尋ね返した。
「だって・・・あたし、彩が居ないってだけでこんなに落ち込んで。
あからさまだし。
最初に笹原さんを無視したし」
唇の先を尖らせ、未唯は子供のように言い訳じみた返事を返す。

「大好きな人が病気なら、誰だって心配するでしょ?別に不思議でもないし、嫌でもないけど?」
未唯と彩の熱々ぶりは嫌と言うほど見てきた友香だ。
未唯が彩の体調不調を心配するくらい、当たり前のように予想できる。

 別に不思議でもなんでもない。
 絶対心配してぼんやりして?普段のイチャつき度を見てればねぇ。

逆に苦笑してしまう友香。
友香の気持ちの変化を察知したのか、未唯も身体の緊張を解いた。

いつもは彩を交えて話をしていた相手。
幾ら友香が女の子だとはいっても種族が違う。
自分が受け入れてもらえるか?
無意識に相手の出方を窺ってしまう。

「ほらよ」

ゴツ。

鈍い音がして、未唯の座る椅子の前。
机に差し出されるホットレモネード入りマグカップ。
未唯が見上げれば仏頂面の涼が。
「未唯が元気ないなんてらしくねーだろ?笹原の言う通り、彩が心配すんぞ」
涼自身もらしくない親切だと自覚あり。
口調は素っ気無いが顔が微かに赤みを帯びる。
未唯と友香は思わず互いに顔を見合わせ黙ったまま微笑んだ。
「ナイスフォロー、王!ところで依頼済み書類のチェックは?」
気まずい様子の涼。
察して友香はこの部室を訪れた本来の目的を持ち出した。

「ああ。テニス部依頼のコートならしは済み。
それから・・・幼稚園児の鯉のぼりを飾りたいも子供の日に合わせて設置・回収済み。
小等部からの花壇修理依頼済み。
行方不明のクラスのウサギ見つけ済み。
高等部、写真部からの学園屋上からの青空写真が撮りたい協力依頼済み。
失くしたロッカーの鍵探し済み。
教師陣からの依頼、ホールの掃除済み。
使ってない部室の片付けも済み。
『秘密基地』の撤去も済み」

リストを丁寧に涼が読み上げる。
友香は生徒会役員も兼任している為、事務的な補佐に回ることが多い。
涼や未唯のように所謂『特殊能力』保持者ではないことと、本人が立場を弁えていることから自然と事務補佐的な立ち位置に収まった。

王として涼が関わった依頼なら結果は知っているが、適材適所。
適任だと思ったメンバーがそれぞれの依頼解決に携わる為、涼への報告は事後になる。
よって友香は他のメンバーが作成した依頼解決報告書を取りまとめ、部長である涼へ報告に来た。
という訳である。

読み上げてから、涼は一枚、一枚結果に目を通し済みの判子を押した。

「チェック終わったぜ」
涼は機械的に作業を済ませ、済み判子を押された書類を友香へ渡す。
席を立ち上がり『依頼解決済』とシールが貼られたファイルに、友香は書類を仕舞った。

「近所の何でも屋さんだな・・・」
友香がファイリングするのを眺め、涼は椅子に深く腰掛けダレる。
「今日は京極院君も休みだし、和也は仕事だし。悠里は使い物にならないし。部活動はナシだね」
メンバー行動予定表。
友香は言いながら超薄型液晶ボードに各人の予定を、キーを打ち込み画面に書き込みする。
「悠里が使い物にならない?」

はて?

未唯は首を傾げ友香へ声をかけた。

「・・・あ、そっか。2人は知らないんだっけ」
未唯の不思議がる声音に友香は悪戯っぽい笑みを浮かべ口を開く。
本来お喋りではない涼も目線だけはきっちり友香を捕らえて話を聴く態度。

「悠里はね?
バレンタインに本命チョコ貰えなかったし、誕生日にも何にも貰えなかったみたいで実は凹んでるんだよ〜」
幼等部に居た人間なら誰もが知ってる有名話。
けれど転入組には青天の霹靂。
そんな気配などこれっぽっちもなかった悠里に本命?トップシークレット並みの発言内容だ。

「嘘っ!悠里って本命いたの?」
驚きに目を見開いて未唯が叫ぶ。
「京極院さんと王は転入組みだもんね。そりゃー有名だよ、有名!ある意味名物ね、アレも」
思い出し笑いをして友香は返事をした。
「誰?誰!!」
好奇心むき出しにして身を乗り出す未唯。
思わず上半身を持ち上げたので机が揺れ、机の上のマグカップも少し揺れた。

「城地 由梨花(じょうじ ゆりか)先輩。
海央学園の『王女(プリンセス)』
現在交換留学中。
わたし達と同い年で慶(けい)っていう弟君もいるんだけど、彼は小2の時から留学。

で、由梨花先輩って今高校生。高3で年上って訳。
悠里とはご近所で、悠里からすれば当然嫁に貰うべき相手として昔からアタックしまくり。
幼稚園児の時だよ?
周りまで巻き込んで・・・あれも一種の『伝説』かなぁ。で最終的に由梨花先輩がオッケーして納まった、感じなんだけどさ」
友香は声のトーンを少し落として説明する。
やましい気持ちはないけれど、悠里の承諾無しに喋っているから少しだけ後ろめたい。
だから少しだけ小さな声で喋った。
「でもチョコは貰えてない、誕生日プレゼントも」
未唯が考え込んで呟く。友香は困った顔のままうなずいた。
「持ち上がり組なら誰でも知ってるけど。悠里って人の目誤魔化すの上手いんだ。京極院さん達とは違った意味でラブラブだと思ったんだけど・・・なぁ〜」
見た目には分からないが、明らかに落ち込んでいる悠里の姿には。
友香としては大いに心配しているわけで。
「ほら、わたしは友達として和也や悠里に助けられてきたし。フォローもしてもらってるじゃない?生徒会に対しても。ちょっとくらい世話やいてもいいかな?なんてね」
友香は言って小さく舌を出した。
「優しいね、笹原さん」
心底羨ましい。そんな口調が滲む未唯の賛辞。
「ふっふふ〜ん。これも初代王のお陰なの♪」
友香は誇らしげに胸を張る。
「わたしはわたし。わたしのペースで行けばいいってね!それより、由梨花先輩の真意を確かめたいと思わない?」
何の気負いもない友香の顔つき。後半部分はこっそり部室から脱出しようとした涼の背中に向けて。
涼は驚いたように肩を揺らし動きを止める。
「人の色恋に興味無いの分かるけど。悠里の素を知る意味でも、役に立つよ〜」

まるで悪魔の囁きだ。

涼は思いながら既に友香の術中に嵌った自分が居るのを実感する。
万歳の姿で背後を振り向けば、ニンマリ笑う友香の目線とかち合った。

「うわ、笹原さんって結構言うね」
自分の普段の言動を棚に上げ、未唯は感嘆の声を上げる。
「黙ってて理解できるなら苦労しないけど。生憎わたしはただの女の子だし。言わなきゃ伝わらないもんね〜」

  あはははは〜。

悪びれもせずに笑う友香に未唯が拍手して、涼が脱力した。

「おい・・・」
「だって、気になるじゃん?王は興味ない?帰る?」
涼が口を開いた瞬間に畳み掛けるような友香のトドメの一言。
「興味アリマス」
涼は心の中で悠里に頭を下げ。
折角なので悠里の素を見てみたいという己の好奇心に従う事にする。
棒読み口調で答えた涼に友香は満足した調子で首を縦に振った。
「・・・ねぇ?あたしも混ざっていい?」
早く家に帰りたい気持ちもある。けれどやっぱり未唯だって興味があるのだ。
あの悠里がずっと想い続ける由梨花先輩なる人物に。
「当然!同じ部活動に励む仲間でしょ?仲間ハズレになんかしないよ。
じゃ、そーゆーコトで放課後にお茶しましょ。ココだと悠里にバレるから」
本日の部活動の欄に、『休み』の表示を出して。
友香は涼と未唯へ再度笑いかけた。

 



迎えた放課後。

友香と未唯それに涼のあまり接点なさそうな3人は。
友香の提案に乗っ取って関内は十番館でお茶をしていた。

レンガ造りの建物。
開港時の横浜を髣髴とさせるクラシカルな内装。
落ち着いていて、小洒落た店内だ。

「ケーキは持ち帰りで食べた事あるけどv美味しい〜vvv」
特徴的な丸型のケーキをフォークで突き刺し、未唯は幸せに顔を緩める。
「1階が喫茶スペースなんだよねぇ〜」
同じくケーキを頬張る友香。
既に雰囲気はファーストフード店で仲良くダベる、女子高校生風だ。
1人ノリについていけない涼は居心地が悪そうで黙り込んでいる。

「まずは外堀から埋めるのが一番。兄世代、即ち『よろづ部』制度を作り上げた、あの悪知恵集団に情報を求めてみました」
一頻りケーキに舌鼓を打ってから友香が本題を切り出した。
「由梨花先輩って王女なだけあって、古風な和風美人なんだよね。はい、映像」
自分のPC端末に落としてある写真映像を画面に出して、友香は涼と未唯の二人に由梨花の制服姿の写真を見せる。

肩まで届く黒髪で、ややタレ目系のおっとりした空気を持つ女子高校生が微笑んでいた。
例えるなら割烹着が似合う料亭の女将さん風。

「「おおー」」
涼と未唯。
野次馬で集まった聴衆の様。
2人して声を揃え意味もなく感嘆のため息。

「由梨花先輩って一年間の短期留学の後、一応海央の大学部に戻るんだって。
悠里とはマメにメール交換してるみたいよ?でもさ〜!笑っちゃうよね」
ここで友香は一回言葉を区切って深呼吸する。

「悠里って案外臆病なんだよ。先読みのしすぎで。
んで、どうしてチョコが貰えなかったか、プレゼントが貰えなかったか。本人に聞いてなくて・・・きっと自分の頭の中だけでシュミレーションしてんの!!」
小さく噴き出す友香とは対照的に、涼と未唯は戸惑いを隠せない。
「長いものにはまかれろ。これが悠里の座右の銘。まかれすぎって意見もあるんだ。変に察しがいいからね、悠里って。
1人で考えて勝手に答えだして。駄目になるタイプ」
長年の付き合いからでしか知りえない悠里の弱点。
友香が、敢えて本人が居ない場で告げ口するのは理解して欲しいから。
悠里だって万能じゃないことを。

「話がズレたね。由梨花先輩は待ってるみたい。悠里が言葉に出してくれるのを」
先輩の映像を画面から消して、友香は目線を涼と未唯へ向けた。
「意外や意外!
あの大袈裟ジェスチャー人間が、面と向ってチョコとか。
誕生日プレゼントとかねだった事ないんだって、由梨花先輩に。
由梨花先輩としても不安になっちゃったみたいで。迷ってるうちに」
「バレンタインも誕生日も過ぎちゃった。面と向って聞きたくても自分は留学中で悠里には尋ねる事が出来ない」
友香の言葉を途中で奪い未唯が後を続ける。
「悠里は悠里で1人で悩んでる、か。アホらしい」
呆れた顔で涼は言い切った。
「馬鹿馬鹿しい。思っちゃうのは仕方ないけど、でもそうなんだもん。仕方ないよ」
未唯は自嘲気味に小さく笑う。

「大切だから極力相手を傷つけないように。臆病になるのは仕方ないよ。お互いに好き同士でも好きの温度が違う時だってあるんだもん!」
自分の胸に手を当てて未唯は懸命に考えを言葉にする。
思ったことを的確に言葉に直すのは難しい。
でも涼と友香に『理解』して欲しかった。
自分の考えを。

「京極院さんの言う通りかもね。誰かが背中を押さないといけないのかも」
数十秒。
沈黙の後に友香は返事をする。
友香なりにきちんと未唯の言葉の意味を考え、考慮してから静かに同意した。

「とかいって、笹原。お前顔が面白がってるぞ」
顔を引き攣らせて涼が事実を指摘する。
「大丈夫だよ〜。悠里なら自力で何とかするでしょ、きっかけさえ与えとけば」
「ユウジョー!!」
今度は未唯が友香に同意。
怪しい掛け声をかけ、拳を振り上げた。

「悠里・・・諦めろ」
走り出したら止まらない。
なんだか意気投合したような友香と未唯を見て。涼は匙を投げた。

友香と未唯は悠里を呼び出し、由梨花先輩と直に電話で会話をさせ。(しかもアノ悠里を騙してだ)

2人のすれ違い(友香と未唯の一方的お節介によって)を見事修復してみせたのだった。

根本的に歯に衣着せぬ友香の性格と言動が未唯には好ましく映り。

友香からすれば種族の違いこそあれ未唯は普通の女の子といった感覚。
元々性格的にも馬が合うのだろう。

この一件をきっかけに友香と未唯は更に親しくなった。





悠里が最近愛用する万年筆。

何を隠そう由梨花先輩が渡しそびれてしまった、悠里への誕生日プレゼントである。

悠里は鼻歌交じりに万年筆を使い事務処理の真っ最中。

「よかった〜。悠里が元気になって!ねぇ?友ちゃん」
未唯もご機嫌だ。
あの日涼に入れてもらったホットレモネードを自分のマグカップに淹れ、スプーンで中身を攪拌。
「本当〜。でもさぁ?もしかして『俺に味噌汁作ってくれると嬉しいな』なんて言ってないよね、悠里」
楽しそうによろづ部部室で語り合う友香と未唯。

悠里は思わず手にしていた万年筆を取り落とす。

カラン。

万年筆が床に転がる音がやけに大きく響く。

「・・・図星かよ」
悠里に同情的な涼は、分かりやすい悠里の反応に小さくツッコみを入れたのだった。


「「あははははは〜」」


悠里の反応を目撃した友香と未唯は同時に大爆笑。
悠里は固まったままだ。

「今日も平和だな・・・」
そういう事にしておこう。涼は考える。

王子と未唯の恋人が、不思議そうに笑う2人を見るが。

涼は悠里の名誉の為に黙っておこうと決めた。


徐々に少しずつ打ち解けたりするよろづ部メンバー。悠里の彼女設定は元々あったものを拝借。年上なんですよ〜、彼女(笑)ま、悠里にも弱点はあるってなお話。ブラウザバックプリーズ