部日誌04 『偽者騒動』

 


今にも泣き出しそうな女生徒を前に、お団子頭の少女は困惑していた。
「笹原(ささはら)さんっ!酷いわっ・・・こんなのってあんまりよ・・・」
女生徒は目尻に溜まった涙をハンカチで拭き取り鼻をすする。
笹原と呼ばれた少女は眉間に皴を寄せつつも自分のPC端末を取り出して、データの検索を始めた。
「依頼の要請を受けた形跡がないの。もしかしたら悠里が恐れていた事態が起きているのかも・・・ねぇ、『よろづ部』の為に詳しい事情を話してもらえる?」
真剣そのものの顔つきでお団子頭の少女、笹原 友香(ともか)は女生徒を見つめた。




32世紀。場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。海央学園(かいおうがくえん)中等部。

園芸部部室真向かい。『目安箱』なんて箱が部室前に鎮座する『よろづ部』

海央の象徴たる王(キング)の名を与えられた、二代目王の少年と、彼等をサポートする面々が集う文字通りの『よろづ部』受けた依頼は完全解決をモットーとした、何でも屋だ。
『よろづ部』のメンバーも決まり、大分部活動として形になりつつあった矢先。
良くない噂が海央を駆け巡っていた。




放課後の学園。


「偽者?」
目を丸くして美少年は暫し固まった。
美しく孤を描く眉。男にしては長い睫毛。やや、つり目気味の大きな瞳。
筋の通った鼻。ふっくらとした唇。世に言う美少年系な顔立ち。
金髪・緑眼も相まって美丈夫にも見える。

彼は霜月 涼(しもつき りょう)学園の総意により二代目王となった美少年。
外見が洋風にもかかわらず中身は和風である。

「そう、王の・・・霜月君の偽者よ」
ため息混じりに『よろづ部』宛ての苦情メールをチェックするのは、生徒会兼任『有志』メンバー笹原 友香。
頬杖付いて何度目かのため息。
人懐こい一重の瞳の奥。
いつもは勝気に輝く黒い瞳も曇りがちだ。

「お陰さまで王関連苦情メールが殺到中ってな?」
友香の隣。
同じ様にデスクワークに取り組む眼鏡の少年が欠伸交じりに画面を見ていた。

「悠里?きちんと霜月君に説明してあげて、当事者なんだから」
苛々口調で半ば友香の八つ当たり。
察した眼鏡の少年は背筋を正す。

よろづ部副部長、名は『井上 悠里(いのうえ ゆうり)』

典型的『日本人』の特徴である黒髪・黒目。
少し利口そう見える太目の眉・全体的にひょうきんな印象を受ける顔立ち。
よろづ部兼任中2の新聞部エース。初代王をもフォローしていた『宰相』の名を持つ。

「へいへい。俺が新聞のミィーティングで聞かされたヤツね」
ややうんざり顔でもう一度大欠伸を漏らし、面倒臭そうに新たなメールを開く。
「普段なら断ってる内容の依頼が、誰かに『承認』されてる。しかも王の名を語り、好き放題してる男子が居る・・・みたいなんだよな〜」
至って口調はカルーイいつもの悠里節だが、目はまったく笑っていない。
涼は目線だけ出話の先を促した。
「しかも、本とかPCソフトとかファンの子に貢がせてる。正直焦ってるんだけど」
悠里に代わり今度は友香が口を開いた。
昼休みに友香へ泣きついてきた女生徒。
面識は無い女生徒だったが、友香が生徒会役員を務めていることもあり意を決しての告げ口だったらしい。

涼は無表情を装いながら口元をヒクヒク引き攣らせる。

「普通なら霜月君の真似なんて無理でしょうけど・・・。
霜月君は困った人を助けたりするけど、自分から積極的に誰かに関わるようなタイプじゃないでしょ?
だから外見は知っていても性格を知らない生徒が多いの。コロッと騙されちゃってるのが現状よ」
友香はため息交じりに事実を指摘した。
「しかもさ〜、いつの間にかこーんな盗聴器まで仕掛けてくれちゃったりしてるわけ。この部室に」
指先で摘んだ怪しいチップを床に落とし踵で潰し。悠里は涼へ話しかける。
「今回は依頼の処理じゃなくて、降りかかる火の粉を払い、正義の鉄槌を下す。ってな感じでどーよ?」
おどけた口調で悠里は涼へ提言。
涼は悠里の芝居がかった言葉に苦笑した。
「悪い、悠里。お前のテンションについてけねー」
「いいって。俺と王はツーカーじゃねぇしな」
正直に言った涼に悠里はゲラゲラ笑って応じた。
「野郎とツーカーにはなりたかねー」
確認済みの紙束を整え涼が本音を漏らす。
そんな素直な反応に更に悠里は笑った。
「同感。俺もだよ」
込み上げる笑いを深呼吸して散らし悠里は片眉を持ち上げる。
「ゆーり?王で遊んでないの!ファンクラブにチクるよ」
紅茶の入ったカップを些か乱暴に置き、友香は怖い顔で悠里を睨む。
今日は残りのメンバーが居ないので友香が気を使い、涼と悠里と自分の分の紅茶を淹れたのだ。
「わりー、ちょい遊んだ。・・・てか、ファンクラブねぇ?」
口元に手を当てて熟考の構えを見せる悠里。
一人思考の向こうへ旅立った悠里を友香は早々に見捨てることにした。
「わたしと悠里だけじゃ能力的に不満かも知れないけど、絶対エスカレートする。偽者は。だから今のうちに止めなきゃ」
鼻息も荒く憤る友香。
怒りを滲ませた顔で紅茶を飲み出す。
うんざりして涼は大きく息を吐き出した。
「ま、俺のベタな策に引っかかる間抜けな偽者様の面でも拝もうぜ」
鼻歌交じりにPCのキーを叩き悠里が心底楽しそうに涼へ言う。
「拝みたくねー」
力なく首を左右に振り涼は天井を仰いだのだった。





悠里がわざと呼びかけた『王』のファンクラブの女生徒達。
敢えて『王』の名を語りファンクラブの女生徒達を呼び出した。

「ふぁ〜、すっごーいー」
上は大学生から下は小学生。(幼稚園児は夜遅いので、小学生も小5以上だけに連絡した)
涼の為に集まった女生徒達。
物陰から様子を窺った友香は、ある種壮観な眺めにため息をついた。
「友香?準備あるからコレつけて」
同じく物陰から音も無く姿を現した悠里が、白い塊を友香に放り投げる。
友香は慌てて白い塊をキャッチ。
「『クレイ』!!懐かしい・・・」
冷たい白い塊を手のひらに乗せ友香は無意識に表情を和らげた。
「なんだ、ソレ?」
友香の手に乗る『クレイ』なる白い塊に興味を示す涼。
友香の背後からブツを覗く。
「ふふふ。これは初代王のお兄さんが発明した、オモチャ。粘土って意味なんだけど、ちょっとした変装道具なの。使い方は簡単。クレイを頭の上に乗せてイメージするだけ」
友香がクレイを頭に乗せ目を閉じれば、次の瞬間クレイは薄い膜のように広がる。
瞬く間に友香の顔を覆いまったくの別人の出来上がり。
ショートカットの金髪少女が目の前に出現した。
「わたしはファンクラブに混じるからこれで変装〜。多分、今回の偽者もコレで変装してると思う。クレイ自体が市販のオモチャだし」
ショートカットの金髪少女、友香は無邪気に笑う。

悠里は木の上に登り涼を手招き。

海央近くの公園。
友香がファンクラブ副会長の高校生と2人だけで打ち合わせて、悠里がでっちあげた嘘のお茶会。
王が主宰で開く、ファンを招いたお茶会。
お茶会の名を借りた合コンモドキ。
他のファンは単純に王とのお茶会だと信じている。

恐らく『偽者王』は自分以外にも偽者が出たと錯覚し、きっと灸を据えにやって来る筈だ。
そう思わせるよう拙い文章でわざと偽者を匂わせた誘いをファンクラブのメンバーに配ったのだ。

待つ事数十分。思ったより早く『王』は姿を見せる。

「さぁ、行きましょう」
ファンクラブ副会長と友香。2人は他のファンを掻き分け、やって来た『王』に近づく。
「やあ」
涼の顔が爽やかに微笑んでいる。
見た瞬間友香の背筋に悪寒が走った。

 き、気持ち悪いよぉ〜!!

友香は涙目になりながらも『王』へ近づく。
涙目は幸い王に間近で会えた感動を示す表情と好意的に受け止められたようだ。
『王』は自然にブレザーのポケットからハンカチを出して友香へ差し出す。

 いやああああぁぁぁぁぁ〜!!!!

内心絶叫モノだが友香はぎこちなく微笑みハンカチを受け取る。

「あ、あのっ!私、ファンクラブ副会長です」
己のPC端末画面を見せ高校生が『王』に話しかけた。
「いつも応援ありがとう。今回は俺だけだけど、次は『王子』も連れてくるよ」
高校生が見せたPC端末画面を確かめてから『王』は再度爽やかに微笑んだ。
遠巻きに2人と『王』を見守るファンクラブの面々は一斉に落ち着きをなくす。
ざわめき立ち落ち着き無くソワソワし出す。
「申し訳ないんだけど、お茶会の費用立て替えてもらえないかな?勿論俺が後で2人に支払うから。俺とのデート付きで」
『王』は、友香と依頼人の高校生へ申し出る。
とびきり見惚れる微笑を湛えた『王』友香にとっては気味悪い。
「あの・・・本当ですか?」
友香は予定通り『王』に尋ねた。『王』は一瞬目を丸くしてから笑う。涼の顔で。
「信用できないならほら、この端末を見てご覧?」
『王』が差し出す端末を友香は奪い、空へ放り投げた。

無論、悠里の指示で。

悠里は予め糸を張り高性能マジックハンドで端末をキャッチ。
それから本物の涼が素早く『王』の前へ舞い降りた。

「信用できねーんだよっ」
怒声と共に『王』は涼に殴られた。
吹っ飛ぶ『王』の体。ファンクラブから上がる悲鳴。

「はー、春になると馬鹿が増えるっていうけど?」
片手に端末。片手にバケツ。
悠里は無言でバケツを涼へ渡す。
バケツの水を『王』にかけ涼はそのまま公園の塀まで偽者を追い詰めた。

「クレイは水に溶ける。ったく丁寧に王の端末まで偽造してくれちゃって。手の込みようは認めるけど、貢がせるなんてサイテーじゃね?」
偽者から奪ったPC端末。
悠里は持ってきた立体映像機械に端末を繋ぎ、ある部分を表示する。
事細かに誰から何を貰ったか示すデータと、よろづ部のデータ。
自己顕示欲まで強いのかメモまでつけてあった。
王として様々な生徒を騙した感想を綴った。
「・・・暗号なんて俺には簡単〜♪馬鹿だな、お前。よろづ部過小評価してんだろ?」
状況をまるきり愉しんでいる。悠里は薄く笑う。
「・・・」
一瞬自分に何が起きたか分かっていない偽者は、目だけを動かし周囲を探る。
ファンクラブのメンバーは友香とファンクラブ副会長から説明を受け、偽者とは逆側に移動。
事の成り行きを固唾を呑み窺う。
「ちっ」
腕に自信でもあるのか偽者は舌打ちし悠里に飛び掛る。
が、悠里は半身だけ動かし偽者の攻撃をかわす。
すかさず涼が偽者の胸倉を掴み上げ殴った。

 ドガッ。

鈍い音と偽者が呻く声だけが静まり返る公園に響く。

「王の真似っ子は海央の品位を下げる。反省して帰るなら見逃すぞ〜」
至ってカルーイ・ユルーイ口調で偽者に話しかける悠里だが。
眼がまったく笑っていない。
偽者は口端の血を拭い、ジリジリ後退する。
涼に殴られた頬を擦り壁に背を預け不敵に哂った。
「騙される方が悪いんだろ?顔は同じになれるんだし、お互いに楽しめればいいじゃないか」
ふてぶてしくも偽者は開き直る。
「ふざけないでよっ」
友香は殴られた偽者を怒鳴りつけた。
流石に涼も驚いて動きが止まる。
友香は偽者を怖がる風もなく近づく。
「ナニ勘違いしてるんだか知らないけど。
王という名は、霜月君の行動に与えられた『名』なのよ!知ってるの?」

 ダンッ。

靴底で床を一度思いっきり叩いて、友香は呆然とする偽者の注意を促す。
思いもよらない友香の行動に場が静まり返る。

「中1の時。
霜月君は目立たないように、ゴミ拾いしたり、幼稚園児の迷子に付き合って校舎をさ迷ったり、近くのお年寄りが横断歩道渡るの手伝ったり。
図書館で本の虫干し手伝ったり、風紀委員が変なのに絡まれてるの助けたり。色々してたのっ!
アンタみたいにいい加減な遊び感覚じゃないのよっ」
怒りのあまり声が震え甲高くなっていた。
なりふり構わずに友香は事実を偽者に怒鳴って聞かせる。

ヤレヤレ。

怒った友香を宥めるつもりゼロ。
悠里は腕組みして壁に寄りかかり、涼は自分しか知らない筈の親切が暴露されて顔を赤くした。

「初代が目立ってたからって、二代目までが目立たなきゃいけない理由は無いでしょ?
海央の象徴。それが『王』の定義よ。目立ってチヤホヤされるのが『王』の定義じゃない。
生徒手帳に海央精神って項目あるよね?読んだ事あるの!?」
「ウルセエ!女が粋がってんじゃねーよ」
冷静さを取り戻した偽者が熱くなった友香へ掴みかかる。が。
その腕は涼の突き出した刀の鞘により阻まれた。
「オイ、調子乗ってんじゃねぇぞ?
テメーより弱い立場のヤツに暴力働くってのはな、馬鹿のすることなんだよっ」
偽者の鳩尾に鞘先をめり込ませ、素で涼は凄む。
背後に庇われた形の友香は思わず鳥肌が立ち無意識に腕を擦った。
「生憎俺は心が狭いんだ。もー一度同じ事してみろ?
本当の『恐怖』ってヤツをすぐさま俺が味あわせてやるよ」
薄く笑い涼は目にも留まらぬ動作で居合い抜き。
一瞬だけ閃く白刃。
すると偽者が寄りかかっていたコンクリートが賽の目切りに切られ、ゴツゴツ音を立てて落下した。
「ヒイィィィ」
背後で落ちるコンクリート。
差し込む月明かり。
すっかり腰を抜かした偽者は情けない悲鳴を上げその場にヘタリ込んだ。

ヒュウ。

悠里が場違いに口笛を鳴らす。

「お見事」
静かに殺気立ち近寄りがたい空気を放出する涼へ、悠里だけが足取り軽く近づいた。
「ホレ、どーやらお仕置き完了みてーだし?これ以上女性を怖がらせるってのは、王らしくねぇんじゃねぇ?」
ポンと涼の肩を叩き彼を現実へ引き戻す。
「らしくねーの」
殺気を散らし涼は自分の衝動に苦笑する。それから友香へ向き直った。
「悪いな笹原、怖がらせて」
「へーき。わたしに向けられたものじゃないから」
ぎこちなく笑い友香は答える。
ガタガタ震える偽者を一瞥し友香は再度涼と悠里へ笑いかけた。

「終わったんだもん。
もう平気ね・・・さぁ、時間も遅いし帰りましょう。
王のファンクラブの皆様、ご協力有難うございました。
また、王の名誉を考えるなら今晩の秘密は貴女達だけの胸に留めておいて下さい」
友香の呼びかけにファンクラブの有志達から拍手が沸きあがる。

これを機に偽者が出現しなくなったのは当たり前で。

涼が密かに悠里と友香を見直したのは、涼だけの秘密だったりする。

「普通だからこそ強くなれるんだよ」とは。普通じゃない魅力の持ち主『王子』の弁。

無理矢理短く纏めるといまいち訳が分からないかな〜・・・。でもこんな毎日が流れてますって事で(笑)ブラウザバックプリーズ