部日誌01 『発足!よろづ部』

 


32世紀。

場所は地球の日本。
舞台は横浜関内の私立。
海央学園(かいおうがくえん)内大ホール裾部分。

ホールに集った小・中・高・一部の大学生。
さざ波立つ様に小声で喋りあう学生達。
そんな風景を気の遠くなるような気分で眺める少年が一人。
「よ、酔う・・・」
少し顔色を悪くする美少年。

子供から男へと成長途中だが、脂ぎっていない肌。
美しく孤を描く眉。男にしては長い睫毛。
やや、つり目気味の大きな瞳。筋の通った鼻。ふっくらとした唇。
世に言う美少年系な顔立ち。金髪・緑眼も相まって美丈夫にも見える。

美少年の周囲には彼のファンらしき女子生徒たちが集まっていたが、彼に声をかけるものは一人としていなかった。

「あら、大丈夫?霜月(しもつき)君」
そんな中、平然と美少年に近づく少女が一人。
肩まで届く髪を二つに分け、左右でおだんごに結っている。
ブレザーについている学年は中2。
美少年と同じ学年である事を示していた。

本日行われる生徒会主催のオリエンテーリングの栞を手に、美少年へ声をかける。

「えっと?」
見覚えがない少女の顔に霜月と呼ばれた少年は困惑の声を発した。
「わたしは笹原 友香(ささはら ともか)。霜月君と同じ中2。4組よ。
生徒会の書記をしているの。ちなみに小等部からの・・・いいえ、幼等部からの持ち上がり組。
和也と悠里とは顔なじみって訳。これからよろしくね」
人懐こい笑みを浮かべ友香は右手を美少年へ差し出す。
周囲に屯する美少年のファンの嫉妬の視線もなんのその。気にする素振り一つ見せない。
「俺は霜月 涼(しもつき りょう)。不本意ながら」
「ええ、分かってる。それにしても、和也(かずや)も悠里(ゆうり)も相変わらず遅いんだから。あの遅刻癖はどうにかならないのかな〜」
涼に最後まで語らせず、友香は話題を変えた。

涼が二代目の王となったのは公然の秘密である。
しかし、涼自身の口から正式に宣言がなされなければ、彼は王とならない。
加えて周囲の女子生徒達に涼へ近づくきっかけを与えるのは・・・今は不味いのである。

海央名物であった役割を示す『名』

王の『名』を与えられたカリスマが留学してしまってからは制度そのものが廃れ、名前だけが残った観もある。

だが今回。

学園の総意は目の前の少年を新たな王として選んだ。

 可哀相。
 ・・・何も知らされてないみたいだし・・・でも、わたしが教えちゃうのも余計なお節介だよね。

友香が口にした『和也』とは『王子』の『名』を与えられた資産家の次男坊。
人当たりの良い性格と雰囲気のおっとりさが人気を呼んでいる。
同じく『悠里』とは『宰相』の『名』を与えられたキレ者。
歩く情報マニアであり悪ノリする策士といった所。

「遅い」
所在なさげな涼を気の毒そうに一瞥し、友香は舞台袖の入り口を睨んだ。

美形には生憎、和也の顔を見てきたせいで免疫あり。
しかも和也の性格を少なからず知っている友香としては。
顔が良くとも大切なのは中身であり。
和也と悠里は彼女にとっては大切な仲間である。

かつての王と行動を共にした。

「ごめん、友香。間に合ってる?」

ガタンッ。

荒々しく左右開きの扉を全開に開き少年が乱入。
待機していた女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。

そんな『いつもの』光景に友香は乾いた笑みを湛えた。

艶のある黒髪。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
涼ほどではないが長い睫毛の持ち主。
どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。
一見して育ちの良さを感じさせる少年。
髪を乱しながらの登場である。

「相変わらず和也は重役出勤なんだから!間に合わなかったらどうするつもり?生徒会の面子を潰すような真似だけは容赦しないから、そのつもりでね?」
自分の左手首にまいた腕時計を見せ、友香は少年へ釘を刺す。
「ごめん、友香。このとーり」
海央の王子こと『星鏡 和也(ほしかがみ かずや)』は両手を合わせて友香を拝む。
「はいはい。幾らわたしだって和也のファンは怖いし。後2分で呼び出しかかるから、きちんと演説してきてね」
舞台上では既に小(名前は児童会だが)・中・高生徒会長と、運動部・文化部両総部長による自己紹介が行われていた。
和也は壇上へ視線を送ってから友香にうなずく。

「あ、涼。これは宰相からの原稿。これ通りに読んでくれればいいってさ」
和也はブレザーの内ポケットから原稿用紙を取り出して、涼へ渡した。
「へいへい」
律儀に涼の故郷の言葉に翻訳されてある文字原稿。
原稿を開き一通り目を通しつつ苦い顔で涼が答える。
「相変わらず悠里は芸が細かいなぁ〜」
少し離れた位置で原稿用紙を盗み見た友香はこの日、何度目かになるため息をついた。
「らしい、って思えばいいんじゃない?」
走ってきたせいで息が上がっていた和也は、何度目かの深呼吸の後にコメントを返す。
「貴重なご意見感謝します、王子様。ほら、呼ばれてる」
友香が人差し指で壇上へあがる階段を示した。
生徒達のざわめきに混じって和也の名を呼ぶ司会の声がホールに響いている。
「あ、本当だ。じゃ、後でね〜」
人前に出て喋る=注目を浴びる。
和也にとっては日常茶飯事なのでコレといった緊張感は無い。
友香と涼へ手を振り余裕の態度で壇上へとあがっていった。

ホールのざわめきに歓声が混じる。

「さて、次は霜月君ね。今みたいに名前を呼ばれるから壇上に上がって、今和也が立っってるマイク前の位置で止まって。それを読み上げたら、後ろの椅子に座る」
壇上からホールに近い位置に立つ旧式スタンドマイク。
古き良きを重んじる海央らしいマイクだ。
マイクを指差し友香は涼へこれからの具体的な行動を説明する。


《・・・で、これからも・・・》


ホールのスピーカーから出会った頃よりかは低くなった和也の声が聞こえる。
和也が立つマイクの後ろ側。
壇上の背後の壁側。
さっきまで自己紹介をしていた生徒会長等の面々が用意された椅子に座っていた。

「最後の挨拶は悠里がすることになってるから、挨拶済んだらそのまま椅子へ。
緊張しちゃうの分かるけど・・・ここは我慢してくれると助かるかな」

風の噂に聞いた範囲しか友香も涼を知らない。
けれど学園が『総意』で決めた『新たな王』である。
恐らくは弱い立場の生徒や女生徒の依頼は断らないだろう。初代の王がそうあったように。

「ああ、分かった」
やや不機嫌ながらも涼は了承した。
友香が悪いわけでもないし、ただこれからの説明をしてくれているだけ。
八つ当たりをするほど涼とて馬鹿じゃない。
思わず友香は笑いそうになって慌てて噛み殺した。

 似てる!外見とか、物腰とか。全然違うのに・・・気質が似てるのよ〜!!

内心悶えつつ友香はなんとか冷静を装って、涼を壇上の上へと送り出した。

「や、おっはよ〜」
涼が姿を消してから狙い済ましたかのように登場するのが仕掛け人。

薄々こんな展開だよね、なんて思っていた友香は白い目線を仕掛け人に向けた。

ノンフレーム眼鏡に、典型的『日本人』の特徴である黒髪・黒目。
少し利口そう見える太目の眉・全体的にひょうきんな印象を受ける顔立ちをしている。

「おはよう、井上 悠里君」
感情の篭らない声音で友香は仕掛け人のフルネームを呼んだ。

『井上 悠里(いのうえ ゆうり)』は大袈裟に両手を広げて頭を左右に振る。
生憎見慣れている友香にとっては効果ゼロだったりするのだが。

「はいはい。ジェスチャーはいいから、次でしょ?まったく悠里って意外に腹黒だよね。霜月君騙しちゃうんだから」
初々しい調子で演説する涼に、女子生徒からの熱視線。
気の毒そうに眺めて友香は悪態をついた。
「失礼な!聞かれなかったから答えなかっただけだぜ?」
悠里は形だけ憤慨してみせる。
「嘘つき。はぐらかしたんでしょ、どーせ」
鋭く言い返した友香に悠里が反論できなかったのは言うまでも無い。

涼の演説が終わったのをいいことに「後で園芸部部室集合な?」と一方的に決めつけて壇上へ上がっていく。
目立つように明るくライトアップされた壇上。
ゆっくりマイクの前まで歩く悠里へ突き刺さる視線・視線。

《どーも。最後のトリを務めます宰相です〜》

カルーイ口調で喋りだすが、悠里の瞳はまったく笑っていない。

《知らない人のために軽い自己紹介。本名は井上 悠里。新聞部所属。ま、俺のプロフィールなんてあんまり関係ないでしょ》

取り立て美形というわけでもないので、悠里は目立たない。
影の部分では目立っているのだが表に出ていく類の性格でもない。
分かる生徒だけが笑い、ホールの雰囲気が砕けたものに変化し始める。

《この度は目出度く二代目の王が誕生しました。王のフォロー役となる宰相としては、あの伝統を復活させねばなりません。分かる人だけ期待してくれ?》

悠里の言葉に反応できた生徒達は拍手をした。

《そう。初代王も行っていた海央の『伝統』。
部活でありながら独立した判断権を持ち、ある一定のラインでならば自由に活動可能な幻の部。
『よろづ部』の復活をここに宣言します〜、ハイ、拍手喝采!》

背後で目を丸くして呆然としている涼の姿が目に浮かぶ。
悠里は口角を持ち上げつつ更に喋り続けた。

《システムは簡単〜。『目安箱』にメールで送られた依頼を解決するのが『よろづ部』だ。
王を始めとした『有志』達で依頼の解決にあたる。

ただここで注意点が一つ!受ける依頼はこちらでの判断で決まる事。

それから受けたからには100%解決を基本とする事。

ついでに『有志』ってのは俺や王が判断した人材だ。やたらとケチつけないでくれよ?》

『よろづ部』自体を知っていた生徒達は笑い、知らなかった生徒達は互いに落ち着き無く喋り合う。
因みに涼はあいた口が塞がらない状態で茫然自失だった。

《久しぶりの部活動だから、来月辺りからの本格始動を狙ってる。そこんとこよろしくな〜。
以上、宰相こと井上でした》

最後に優雅に一礼して悠里が演説(?)を終える。
元々そのような演出なのだろう、壇上の緞帳が下ろされてアナウンスが流れ始めた。

「よっ。お早う、諸君」
マイクのスイッチを切り、悠里は涼と和也の前に歩み寄る。
「お早う。やっぱり『よろづ部』始めるんだね」
半分予想済みだった和也は最後の確認を込めて悠里へ尋ねた。
「あったりまえだろ〜。あ、涼。これも拒否権無いからな?嫌だったら三代目を頑張って見つけれくれ」
頭の中が真っ白になっている涼の肩を叩き、悠里は『こちら側』へ涼を呼び戻す。
「嘘・・・だろ?」
「いんや、大マジ。因みにフォローの『有志』は、彩&未唯コンビと、友香。
他の学年入れると今は厄介だから俺達中2だけで当面は動く事にするぜ。和也は異存あるか?」
実務的なマトメにおいて悠里の右に出る者はなし。
テキパキと話を進める悠里に和也は首を横に振って否定を示した。
「ま、家の都合とかある時はそれなりに言ってくれ。
全部の時間をこの部へ傾けさせるわけにもいかないしな。
俺が副部長を務めて、涼が部長だ。文化部・運動部両総部長殿にも申請済み。
とーぜん、生徒会・職員会議でも承認済み」
親指を立ててニヤリと笑う悠里は本当に抜け目が無い策士だ。

涼は怒りに我を忘れそうになるが感情的になればまず負ける。
本能的に悟って一度だけ大きく深呼吸をした。

「悠里、なぜ事前に説明しなかった?これから俺のフォローに回るなら。
そういう小細工は身内に対してするな」

事前に知っていたら反対する自分がいたのは十分承知。
だが涼にだって最低限の選択権はある筈だ。
勝手に王にさせられて『よろづ部』なるものを押し付けられて。
影で糸を引く悠里に対し、抗議する権利はあるだろう。

「俺は下手に言い訳しない。悪かった。こうでもしなきゃ王は『よろづ部』を容認しないだろ?
『よろづ部』の経験は誰にとっても、違うな、俺達にとってはきっと大切な経験になる。
なーんて俺がらしくなくマジになるのも嫌なんだけどな」
自嘲気味に悠里は呟く。
「とか言ってんのは建前で。涼に逆に尋ねるけどな?お前、不本意だけど海央の象徴『王』になってさ。
なっただけで海央の生徒がトラブルに巻き込まれるの見て、無関心でいられんのか?
お飾りみたいな『王』の立場に耐えられるか?」
だが直ぐに立ち直り悠里は涼と向き合った。

真剣な眼差しつきで涼に問いかける。
一見クールで冷静そうに見える涼は意外に熱血漢だ。
困っている人間を放置しない。
去年新聞部員としてネタ探しに歩いている時多く拾ったネタでもある。

霜月が○○を助けた。

だとか、○○をのした、だとか。意味も無く相手に喧嘩を吹っかけていたわけじゃない。

霜月の友人や知り合い、若しくは本人に難癖つけた馬鹿が返り討ちにあっただけ。

 静かなる正義漢。

悠里が一年かけて調べて命名した涼の気質を示す言葉。
この場に居ない涼の親友、彩(さい)に教えたら「らしいな〜」と納得もされた。

 放っておけないだろ?二代目。

勝算は十二分。悠里は黙り込んだ涼を見据えたまま返答を待つ。

「俺自身の価値観でしか動けねーぞ」
言い捨てて涼は悠里へ背を向けた。
「そーしてくんなきゃ、こっちが困る。俺等も、俺等なりの価値観で動くから。対等ってことで頼むぜ」
舞台袖へ降りる階段を下りていく涼へ言い悠里は密かにガッツポーズした。

一先ずは。第一段階突破。
巻き込まれた涼を気の毒だとは思う。
だが、初代も認め学園が選んだ王だ。
良くも悪くも色々な意味でリーダーシップを発揮してくれるだろう。

「上手くのせたね」
傍観に徹していた和也が片眉を器用に持ち上げる。
「まさか。一か八かの賭けって感じだよ、賭け。俺の読みだって万能じゃねーの」
この場に居ない初代の読みだって万能じゃねぇんだよ。

和也は涼と違った意味で侮れない存在だ。
笑顔の下に本音を隠して上手く世の中立ち回っている。
涼と共通の親友、彩の出現等で大分落ち着いてきてはいるが。
小学生の頃は猫被り度が凄まじく高かった。

悠里ですらある程度距離をおかれていたのだ。

そのくせ相手の感情には敏感だ。
事態の流れを読む能力に長けていると表現した方が正しいのかもしれない。
場に合わせ己の役割を演じきる。
こんな風に悠里が涼を丸め込む位の予想は立ててたのだろう。

驚きもしないで寧ろ微笑ましい雰囲気で悠里と涼の遣り取りを見ていた。

「だから。ちったぁ和也も素を晒せよ?アイツが心配してた。相変わらず猫被りなのか?ってさ」
初代王にですら猫被り気味だった和也。
悠里はため息混じりに釘を刺す。
「これから共同で部活するんだ。ある程度は本音で言ってくれ。俺や友香とかは慣れてるし、あんまり人の目気にすんなよ」
複雑な家庭の事情とやらがあるらしい海央の王子は。
中々手ごわい相手でもある。
年々丸くなる性格と狡猾になる悪知恵。
面と向って意見するのは初めてだが、悠里は今のうちにきちんと言葉にしておこうと思った。
「うん、善処するよ」
悠里の本音が通じたのか和也は大人しく答える。
「こら〜!2人ともっ!ダベってないで舞台から降りる。HR始まるよ」
全ての工程を終えて生徒達がホールから各教室へ移動を開始し始めた。

緞帳越しに足音や会話が聞こえる。

舞台の上も片づけが始まっていて、生徒会の面々が椅子やらを仕舞っていた。
友香は遠慮無しに悠里と和也を怒鳴りつける。

「忙しくなりそうだね」
「だな」
和也の言葉に悠里は短く相槌を打ち舞台から降りた。


こんな経緯を持って、海央学園幻の部『よろづ部』は日の目を見る事となったのである。


皆策士です(涙)書きたい部分だけが先走っていてイマイチ纏まりないですけど、気合だけで突っ走らせていただきます。ブラウザバックプリーズ