部日誌00  『誕生!二代目』


「おめっとー!」
約千年前なら実物で。
今は残念ながらコンパクトな機械が行う。

クラッカーの音と紙の乱れ飛ぶ立体映像の只中。
いやーな顔をした美少年が不機嫌そうに入り口で立ち尽くしていた。

子供から男へと成長途中だが、脂ぎっていない肌。
美しく孤を描く眉。男にしては長い睫毛。やや、つり目気味の大きな瞳。
筋の通った鼻。ふっくらとした唇。

世に言う美少年系な顔立ち。金髪・緑眼も相まって美丈夫にも見える。

立ち尽くす美少年の足元へ擬似映像の紙切れが舞い落ちた。

「人の災難を『おめっとー!』だぁ?」
美少年は低い声音で呟き、室内に待機していた2人を睨みつけた。
「あれ? 嫌だった?」
美少年の殺気立つ雰囲気もなんのその。
平然と問いかけるのは美少年とは好対照な少年。

艶のある黒髪。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
美少年ほどではないが長い睫毛の持ち主。
どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。
一見して育ちの良さを感じさせる少年。悪びれもせずにニコニコ笑った。

「和也、お前なぁ……」
脱力して美少年が肩を落とした。
「まあまあ、霜月も王子も。新学期早々揉めないで」
手を叩いて事態の収拾に当たるのはノンフレーム眼鏡の少年。
井上 悠里(いのうえ ゆうり)こと『宰相』である。今春で中2になった。

「俺は剣道部。無関係なこの場所にきちんと来ただけ有難いと思えよ」
怒りの矛先を悠里へ向け美少年はやや尊大に答えた。

海央学園中等部、園芸部部室。
中2になって早々無関係の部室に呼び出しを受けた美少年は仕方無しに、この部室へ足を運んだのだった。

「きちんと来なければ、初代のシンパが怒って君を逆にボコってるよ」
悠里は美少年の怒りを平然と受け流し、部室にある椅子を勧める。
渋々美少年は席へ付いた。

この美少年の名前は霜月 涼(しもつき りょう)
悠里と同じ中2で、海央へは中等部から入学した外部組み。
始業式終了後、わざわざ園芸部に立ち寄らされた。

「そうそう。大変だよね〜」
まるで他人事(実際に他人事だが)丸出しで事態を楽しんでいるのは和也と呼ばれた黒髪の少年。

幼等部から海央に通う持ち上がり組。

悠里が二つ名を持つように、この少年も第2の名前を保持している。

星鏡 和也(ほしかがみ かずや)別名『海央の王子』資産家である星鏡家の次男坊。
一見すると人当たりの良い雰囲気と柔和な物腰が、女子からの絶大なる支持を受けている。
が、外見と空気に惑わされる事なかれ。
結構二面性の激しい王子様だったりするのだ。
その本性を知る人間は少ないが。

「で? 新聞部があんな張り紙したか説明してくれるんだろうな?」
剣呑な光が宿る涼の緑の瞳。

睨まれた悠里はわざとらしく「怖い」と震えて見せた。
そんな悠里を見て和也はのほほんとした感じで笑う。
結果、涼の額に青筋が浮かんだ。
「冗談。怒るなよ、二代目」
一見穏やかだが何を考えて(企んで?)いるのか窺わせない悠里の態度。
察しの良い人間なら悠里を警戒してしまうのも致し方ない。
警戒した顔つきの涼を見て悠里は苦笑する。

「アレは新聞部決定じゃなくて学園全体の意思だと考えてくれ。
代理で新聞部が公表している形になってる。
勿論生徒会だって高等部の連中諸々だって了承済みだ」
悠里は自分のPC端末を取り出して、一つの立体映像を映し出す。
新学年にあがった全員が今日目撃した張り紙と同じもの。
そこには『重大告知』と銘打ったタイトルの、どこかの会社の辞令のような文章が短く乗っているシンプルなものだった。

 ついに誕生! 二代目王に中等部2年。霜月 涼を任命する。
                              代筆・新聞部

「そもそも、だ。俺は部外者で初代の王ってヤツは留学中で。生きてんだろ? なんで俺が二代目とか何とかって騒がれんだよっ」
無言で立体映像を見ていた涼が悪態をついた。
「これって拒否権ないんだよね」
戸棚から紅茶のカップを五つ取り出し和也が会話に割って入る。
「涼は知らないだろうけどさ。僕だって本当は不本意なんだよね? 王子って呼ばれるの。でも次の代の『王子』が決まらないと降りれないシステムなんだよ、これ」
手馴れた手つきでティーポットにティーバックを落とし、洒落た砂時計で時間を測る。
目線を手元に落としたまま和也は喋った。表面上は愛想良く。

「兄世代が作り上げたシステムでなぁ。
あいつらの手土産みたいなモン。
下手に制度を壊そうとしたら霜月の将来が潰されるからな?
ちなみに今海央に残ってる兄世代ってのは俺の姉貴と京極院ツインズに石田先輩」

涼に向き合ったまま悠里は真顔で忠告。
片や涼は訳が分からずに首を捻る。

「兄世代は取り合えず無視しろ。あいつら一癖も二癖もあるから。俺だって係わらないように注意してんだ。忠告は素直に受け取っとけよ」

悠里が言い終わった瞬間辺りに、紅茶の良い香りが室内に充満した。
ティーポットからそれぞれのカップに、和也が注意深く紅茶を注いでいる。
「まずは、システムだな。簡単は、簡単。学園の総意として認められれば即認定。因みに俺だって自称して『宰相』なんて呼ばれてんじゃねぇぞ? 認定されて呼ばれてんの」
親指で自分を示し悠里が説明に入った。

「宮廷になぞらえたような、そうじゃないような。ま、学園内における『役割』を示すあだ名だと思えばわかりやすいか。
俺は『宰相』の名が示す通り学園内における纏め役。表立っては外に出ないけどな、サンキュ」
紅茶を黙って出してくれた和也に礼をいい、悠里は説明を続ける。
和也は苦笑しつつ己のティーカップに角砂糖を四つほど落とした。

「で、王子。誰にでも愛想良く出来ることと対外的に相手を威嚇できる頭の持ち主。
和也が最適だろ? マスコットみたいな扱いになってるけど、怒らせると怖いしな」
眼鏡を少し曇らせて悠里は紅茶を口に含む。
「怒らせたら怖いってねぇ……相手にもよるんだけど?」
悠里の説明に呆れ顔で和也がつっ込んだ。

「怒るなよ? 俺は客観的に説明してんだから。
次は騎士とか闘士だな。アレは長いこと不在になってるし、総意によってでしか決められねーからな。
霜月は強そうだから問題ないだろ。
肝心の王(キング)ってのはな? 女王(クイーン)達を含めた全員を纏めた海央の象徴みたいなもん。
腕っ節が強くて多少の正義感を持ち合わせたカリスマ」
悠里は唇の端を持ち上げる。
「つまりは涼だね」
紅茶を少し飲んだ後に、和也が悠里の言葉を繋げて発言した。
涼は呆れた顔つきながらも巻き込まれた事態の『大きさ』に困惑気味。
頭の中で考えを纏めようにも、どこから考えたらよいものか。迷うところだ。


「ごめんっ。遅れた」
「ごめんね〜」
その時2つの異なる声が開け放たれた扉から聞こえる。
1人の少年と1人の少女が仲良く手を繋いで室内に入ってきた。
「あ、涼、大丈夫?」
心配そうに涼を見るのは眼鏡の少年。
黒ぶちのどこかドンくさい雰囲気を感じさせる眼鏡。
一重でごく平均的な大きさの瞳。
普通の太さの眉に、癖毛の黒髪。
これといって特徴もない普通の典型的日本人。気の弱そうな。

「大丈夫じゃないみたいよ?」
黒ぶち眼鏡の少年に答えるのは不思議と隣の少女。

腰まで届く長い黒髪と、薄赤色の猫を思わせる瞳。
白い肌と鼻の周囲に散ったソバカスが印象的な少女である。
少しだけ意地悪く笑いながら少年へ告げる。

「やっぱり大丈夫じゃないよね」
和也が先ほど空いた席においておいた紅茶。

黒ぶち眼鏡の少年は1人納得すると、席について自分の紅茶に砂糖を落とした。
この平凡を絵に描いたような少年は『京極院 彩(きょうごくいん さい)』

大学キャンパスで有名な『京極院ツインズ』の実弟だ。

破天荒なツインズとは正反対の堅実派。
どこまでいっても平和主義。
彩も涼と同じく中等部から入学組で去年は涼と和也と同じクラスだった。

諸事情により涼と和也と友達となって現在親友に至った園芸部員である。

「さーいv普通は大丈夫じゃないよ」
しっかりと彩の隣の席を陣取っているのが唯一の紅一点。

『京極院 未唯(きょうごくいん みい)』

所謂人間ではなく異星人の血を引く少女で、京極院家に居候中の訳有り。
去年一年間かけて培った彩との愛情を現在も育んでいる。
去年3学期から転入してきた少女である。
未唯本人の主張が正しいならば。

「驚いたけど、なんか納得って気もする。涼が王に任命されたの」
和也とは違った調子で涼の新たな役割に感嘆のため息を漏らす彩。
ごく普通の彩が示す反応に悠里は失笑し。涼は憮然とした顔つきになった。
「俺はまだやるって決めた訳じゃねぇよ」
「拒否権ないんでしょう? さっき新聞部の部長さんから聞いたもん。ねぇ?」
そっぽを向く涼に対し怯まない未唯は、普通に彩へ同意を求める。
「うん。部長さんがシステムの事とか色々説明してくれちゃってさ。それで時間とっちゃったんだ。ごめん」
未唯の言葉に同意を示しつつ彩は再度謝った。
「そんなに待ってないから平気だよ」
和也が彩に答えれば、彩は安堵の表情を浮かべる。
「それよりも……だな?」

ゴホン。

ワザとらしく咳払いをして悠里は途中で流れの変わった話を本筋へ戻す。

「否応なしに霜月は王となった。
んで案ずるべきは二代目として霜月を認めたくないと思う輩への対処法。
あ、霜月、王を辞めたいなら転校するか三代目を見つけるかどっちかしかないからな?
それだけは最低限守れよ?」

八つの瞳が悠里へ集中する中、悠里は涼へ念の為釘を刺した。

「へぇへぇ」

 もうどうにでもしろっ。

そんな心情が垣間見える投げやりな涼の返答。

「ついこの間初代から連絡があって、だな。一応は一筆書いてもらっておいたぜ。用意するに越したことはねーからな。感謝してくれよ」
悠里は端末を操作して別の立体映像を浮かび上がらせる。


 初代王の名を頂きし者として彼の二代目を歓迎する。          王。


シンプルかつ用件のみの文字。ただ先ほどのとは違って直筆だった。

「へーえ。考えたね、王も宰相も」
根回しの良い悠里に対し和也は正直な感想を述べる。
「言い出したのは王の方だよ。霜月にとばっちりがいくって事に関しては、気の毒がってたしね。惚けてないで端末出せよ。常に出せるように表に入れとけ」
前半部分は和也に向けて。

後半部分は涼へ向け話しつつ悠里は一つ一つ仕事を片付けていく。
ともあれ涼がこの学園に在籍する限り当面は『二代目王』と呼ばれるのだ。
フォローに走るのが『宰相』の役目である。

「僕は一般人でよかったぁ。なんか災難だね」
1人蚊帳の外を喜ぶ彩。
去年は彼もそれどころではなかったのだが、喉元過ぎれば何とやら。
末っ子として大らかに育ちすぎた彩は器が大きいというか。
普通すぎるというか。
「そうじゃなきゃあたしが困るよ」
未唯は彩に頬を押し当てスキンシップ真っ最中。
彼女の基準は全てが彩らしく、学園内では専ら『バカップルの見本』と影であだ名されていたりもする。
当の本人達はまったく気にしていないのだが。

今も彩は困った笑顔になるものの、未唯をしっかり抱きとめてお互いにイチャイチャ。
この場合、成るべくして涼や和也の親友になったと考えるのが妥当である。

「でも僕に協力できることがあったら、出来る範囲で手伝うね。遠慮しないでよ」
未唯に抱きつかれたまま爽やかに協力を申しでるあたりも。
彩が持つ懐の広さをうかがわせる。
見慣れた彩と未唯の熱々ぶりに残りの3人は心の中でため息をついた。

 見せ付けるなよ、と。心の中だけでツッコミを入れて。

「羨ましいでしょう?」
残り3人の心情でも読んだのか、未唯は得意そうに3人を見下ろした。
「駄目だよ、未唯。煽る様な事言っちゃ。これから涼だって忙しくなるんだし。井上君に協力してもらわないともっと面倒なことになるんだよ?」
意外にも悠里の能力を、誰よりも高く評価しているのは彩である。

悠里自身も身に覚えがないのだ。
しかし、彩は何かと悠里の情報収集能力と分析能力をあてにしている節がある。
信頼もしているようだ。

彩にやんわり窘められ、未唯は少しだけ申し訳なさそうな顔をして「ごめんなさい」と謝った。

「井上君、王になった涼は具体的に何かしなくちゃいけないの?」
持ち上がり組みではない彩や涼にとって。
海央での肩書きに対する知識は乏しい。
完全に脱力してやる気も見せない涼に変わって彩が悠里に尋ねた。
「今の段階では何も。初代のを参考にすればいいんじゃねぇ?
まあ学園の脅威を叩き落せればOK。女王(クイーン)&王女(プリンセス)は交換留学で外へ行ったし。
残ってるのって俺らだけだから」
和也と自分を示して悠里は彩の疑問に答える。
「ふーん。じゃあ学園の便利屋?」
妙な部分で勘の鋭い未唯が悠里の本心を見透かそうとするかのように、その瞳をひたりと悠里へ向ける。
悠里は苦笑した。
「そうとも言えるし、違うとも言える。ただの新聞部部員に多くを求めないでくれよ」
既に計画の大半は動いていて完了間近だ。
だが今このメンバーに全てを悟られるのは非常にまずい。
悠里は動じずに真っ直ぐ未唯の瞳を見返した。
「すぐに分かるからいっか」
含みのある言葉だったが、未唯は感じ取った何かを黙っていてくれるらしい。
内心冷や汗モノだったが小さな危機は去った。

後は。

「さて。立会演説があるから原稿書いとけよ。明後日のオリエンテーション前に、生徒会から紹介を受ける形で始まるから」
本人の意向は無視。
既に決定事項。
悠里はフォローに走る『宰相』に相応しく、今後の予定を涼へ教えた。
「全校生徒へのお披露目だね」
呑気に彩が悠里のPC端末から立体化されたスケジュール表を見て呟く。
「面白そう〜vv」
完全に他人事な未唯に至っては面白がって瞳を輝かせる。

基本的に女・子供へは強く出ない『古風』な気質を持つ涼。
未唯の嫌味ともなんともとれない言葉に怒りを腹へ収めた。
そんな苦々しい顔つきの涼へ、彩が片手を上げて申し訳なさそうに頭を下げる。
涼とて未唯の性格は熟知しているし、彩とも未唯絡みで揉めるつもりはない。
彩と涼の遣り取りを悠里は微笑ましく……表向きは微笑ましく見守った。

 これが王の言っていた『チームワークと連帯感』か。

悠里からすればどんな繋がりで『親友』まで到達したか分からない、自分を除く4人。
だが王が予想したとおりに案外上手く行くのかもしれない。

 伝統を復活させるためには。

「俺こーゆうの苦手だぞ」
演説なんて柄じゃない。涼は言外に言い捨てて机に伏して脱力する。
「大丈夫、大丈夫。その為に『宰相』がいるんだから、ね?」
口調では慰めているが完全に面白がっている和也。
涼の背中を2・3度叩いて悠里へ目配せ。
和也ももしかしたら王から『連絡』を受けているのかもしれない。
考えつつも悠里は「任せておけって」等と。涼へ向かって言葉を放った。

「原稿どおりに読めばいいし、俺がフォローするから。因みに和也も代表挨拶に組み込まれてんだよ。先に和也が挨拶するから、雰囲気だけ掴んどけ」
悠里は駄目押しで言ったが涼からの返事はなかった。
本当に引き受けたくない、というオーラが涼の周囲に漂う。

「突然だから気持ちが切り替わらないだけ。大丈夫、涼は責任感強いから」
些か不安を感じる悠里へ何故か未唯が力強く断言。横で彩と和也がうなずいて同意。
「了解。じゃ俺は部のミィーティングあるから、これで」

 嫌でも引き受けなきゃならないし?
 ま、ここまでは王の計算通り。
 俺は単にきっかけを与えてるだけだしなぁ。
 恨むなら王を恨んどけ? 王に逆らえる人間なんざ、早々いねーし。

アンタも十分恨まれマス。

幸いな事に悠里へツッコンでくれる優しい人物はいなかった。

ともあれ悠里は園芸部部室を後にして、一人廊下でニヤリと笑った。


意外に面倒見の良い涼。実は二代目のカリスマとして中1の時に着実に人気を集めておりました。てな訳で海央の伝統を引き継ぐ生贄にされた涼を待つ運命とはっ!?