終章

 

 《後悔して泣きついても。わたくしは面倒見ませんからねっ!》


怒りを孕んだ希蝶の声。
でも何処か悲しそうで、切なげだ。


 《ふぁーあ。本物の暁の行方も知れないし〜。当分は大人しくしてよーっと》


欠伸交じりの華蝶の声。
少し暴れ足りないようで物足りなさそうな口調だ。


「ま、お前らも近いうちにオバサンになるんだから?寂しくないだろ」

笑顔で二つの気配を見送る青年。
・・・先ほどまで横浜中の瘴気を浄化し歩いていた氷その人である。


 《調子こいてんじゃないわよっ》


 《冗談じゃありませんわ》


間髪いれずに青年へ牙をむく雷光と火炎。


「はははは〜。羨ましいだろ」

雷光と火炎を弾き返し、怖いくらい爽やかに笑う氷。


海央学園。小等部校庭。
真ん中に大きく開いた穴。


切れ切れの雲の隙間から指し込む朝日。
眩しさに目を細め、疲れきって言葉もないコマを見やる。

「なぁ?和也はちゃーんと選んだだろ、自分の道を」

『はい』

「一山越えたな」

感慨も深く氷は率直な感想を漏らす。
コマは黙って鼻を鳴らした。

 



例の空間を抜け、トンネルも抜け。

「たっだいま〜」

校庭に穿たれた穴から飛び出すは一匹の竜。
氷の竜に跨った和也はボロボロだが、薄汚れた顔は笑顔で輝く。

「おう、お帰り」

片手を上げ応じる氷。
コマは目を潤ませ地面に降り立った主へ一目散。

「・・・あの・・・」

和也を支えて立つ胡蝶が氷を見た。
あちこち擦り切れた胡蝶の服。
向こうで行われた戦闘の激しさを物語る。
如実に変化した胡蝶の気配。
氷の瞳が優しく揺らめいた。

「難しいことは抜き。俺は胡蝶と一緒に居たい。それだけじゃ理由にならないか?結婚する」

口を開きかけた胡蝶を制し、氷が先に口を開く。

「十分よ」

心底幸せそうに胡蝶は微笑んだ。

「はぁ・・・」

熱く絡み合う氷と胡蝶の視線に和也はため息を漏らす。

『和也様、前世や真実を知って辛いという気持ちは分かりますが・・・』

悲しそうな和也の顔に、コマが慌ててフォローを入れる。
和也は首を横に振った。

「僕の前世云々はいいよ。もう。・・・先生、かなり僕好みだったのに。大人子供師匠に盗られるなんて・・・ショックだ」

『・・・わたしの方が美人です!』

額に怒マークを浮かべたコマが地を這うような声で叫んだ。

「これで貸しは一つ。後・・・この道への穴は俺が閉じておく。知り合いがいるんでね。これが二つ目」

少年は帽子を被りなおし、再度穴へ落ちていった。
彼等のお気楽テンポについていけないようで、早々に退散する決断を下したらしい。

「迷子にならなきゃいいけど・・・」

少し心配顔の胡蝶。
頬に手をあて閉じゆく穴を見つめる。

「大丈夫だろ。さ、帰ろうか」

胡蝶へ手を差し伸べる氷。
おずおずと氷へ歩み寄る胡蝶。
二人だけの世界。

放置される和也とコマ。


「くそ〜!!納得いかないよ、いきなり同棲だなんて!!」

地面に座り込み、和也が二人を睨みつける。

「仕方ないだろ。妖だった頃は住む場所なんて重要じゃないだろうけど?胡蝶は人間になったんだ。戸籍や今までの経歴とか。捏造するまで身を潜める場所が必要だ」

胡蝶としっかり手を握り合った氷が勝利の笑みを浮かべ告げる。

「ね、捏造って。違法じゃない?」

頬を膨らませた和也、拗ねる。

「水流家の力を侮ってもらっちゃ困るな」

余裕綽々師匠に弟子が返せるのは歯軋りだけ。

「い〜や〜だ〜!!僕の家の隣でラブコメなんて。絶対見たくないっ」

「じゃ実家へ帰れ」

にべもなく冷たく言い放つ氷。

「それはもっと嫌だ〜!!」


うがーっ!

和也は悶絶する。暫くジタバタ手足を動かしもがいていたが・・・。
急に上半身を起こし氷を見上げた。


「ね、ね!僕はこれで前世の曰くも乗り越えたし。一人前?」

期待に満ちた眼で和也は氷を見上げる。

「はぁ?寝惚けたこと抜かすな。今回は力が覚醒しただけ。今後は陰の術もコントロールできるように訓練しないと。一人前には程遠いぞ」


 一蹴。


「・・・」


ワナワナ身体を震わせる和也。
心配顔で氷と和也を見守る胡蝶。
ブツブツ呟いているコマ。


「結局そういうオチかいっ!」


『どう考えても、わたしの方が美人です〜』


迷コンビの心の叫びが重なる中、校庭に降り立った数羽の雀がチュンチュン鳴いた。

夏の熱気に煽られて。温度を上げる横浜は今日も平和だ・・・?

はっぴーえんど?

な、長かったです〜。コンセプトはラブコメ(馬鹿)氷さんと胡蝶さんの馴れ初めとどうして結婚したかがメインの話なんです。和也はおまけ的に前世を知りました・・・って位置で。読んでくださった方(いらっしゃるかは不明ですが・汗)お疲れ様でしたv感謝。