第三話 『大いなる八つ当たり』



この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・横浜市。場所は関内・・・少し外れて中華街。

「やっぱ冬は肉まんだよね」
肉まん片手に少年はご満悦。

艶のある黒髪。
ショートボブに近い長さ。
切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。

本人が醸しだす『ほや〜』とした雰囲気と相俟って、育ちの良さを感じさせる少年である。
夏が過ぎ、秋を眺め冬も間近となった十一月。
たまの訓練休みの一日。
見習い妖撃者『星鏡 和也(ほしかがみ かずや)』は貴重な休日を堪能していた。

フカフカ湯気を立てる肉まん。
熱そうに両手で抱え和也は肉まんに齧り付く。
原色強く目に眩しい熱気漂う横浜中華街。
観光客を縫って歩く和也は傍らの女性を見上げた。

「美味しいですね」
和也のマフラーをかいがいしく巻きなおし、女性は笑顔で応じる。
小春=コマ。通称コマ。
和也の同居人兼保護者。
霊犬という種族で和也一筋七年間。
優秀なスーパー家政婦さんでもある。

年齢は二十四歳前後。百七十近くあるモデル並の長身。
肩までの黒髪をゴムで一つに結んでいる。
切れ長の黒い瞳。
短めの睫毛。
顔立ちは純日本人で、日本画に出てくる美人絵図の雰囲気を持つ。
 
津甘栗を売り込む店の女性から、味見用の甘栗を受け取ったコマは幼き主に栗の皮を剥いて差し出した。
「ん〜!!美味しい〜」
ほえ〜。
口をモゴモゴ動かし栗を咀嚼し、和也は幸せそうに微笑む。

道で呼び込みをする料理店の店員。
肉まんやあんまんなどを蒸かした蒸し器から立ち込める蒸気。
冬の始まりを告げる肌寒い風に煽られ白い湯気を立てる。

「師匠と先生に甘栗お土産に買ってこう!それから・・・中国茶に肉まん。後はくりまん〜♪」
さり気に自分の好みのものばかりお土産に上げるあたり抜け目がない。
和也が指折り数えて候補を挙げる。
「はいはい。初代様と奥方様のお土産と、私達用に買って帰りましょうね」
和也とお揃いのマフラーを巻きなおし、コマは眦を下げた。
あちらこちらから漂う美味しい料理の香り。
昼時を過ぎた午後になっても中華街は賑わいを見せている。

「必要と思われる調味料も買って帰りますから。はぐれないで下さいね」
コマはコートのポケットからメモを取り出す。
関内にある和也とコマが住むマンションから歩いて行ける距離にある中華街。
ここで中華料理に必要な調味料をコマは調達していた。
「ん〜、了解」
コンビにサイズとは全く違う大きな肉まん。
蒸かしたては美味しい。
気のない返事を返す和也。
はっきり言ってコマの言葉が耳に入っているか疑わしい。
気の引かれる雑貨やお店の看板に書かれた料理のメニューを眺めキョロキョロしている。
忙しいことこの上ない。
「・・・に寄ってそれから・・・」
コマはメモに書き上げたリストを眺め呟く。
だからすっかり失念していた。
和也はかなり好奇心旺盛なお子様だということを。
「・・・何処の甘栗をお土産にします?和也様?」
鼻に漂う甘い栗の香り。
軒を連ねる店々では甘栗張り紙。
思い出してコマが傍らにいるはずの和也を見下ろす。が。
「!?」
忽然と消えている和也の姿。
慌てて周囲を見渡すも、和也らしき少年の影も。
おそろいにしたマフラー(目印用に)の柔らかいオレンジ色も見当たらない。
コマの顔から血の気が引いた。
「和也様!?かくれんぼなら他所でお付き合いしますっ!どこ行ったんですかぁ〜!!」
ある意味周囲の注目を引きつつオロオロするコマであった。


同時刻。
和也はどうしていたかというと。

コマが思考の海にどっぷり浸かっているので、自分も興味深く辺りを見回していた。
偶にコマと一緒にご飯をしたりするが、夏の事件以来久々に訪れる中華街。
色気よりも食い気が優先される和也にとって。
美味しい中華は魅力的。
コマが作る食事が和食中心とあって、外で食べる中華はとても美味しく感じるのだ。
密かにジャスミンティーやプーアール茶も好きで、店々で出されるお茶の味を確かめるのも楽しかった。

そんな和也の目の端を通り過ぎる。

帽子。

「・・・」
気配・容姿・決め手の帽子。
思い当たる人物は和也の中ではただ一人。
買い物の算段を練っているコマに心の中で詫びつつ、和也はその人物の後を追った。

大きい通りをわき道逸れて小さな通り。
軒を連ねる店を横目に通り過ぎ、和也は見失う事無く後を追った。
そして辿り着くのは。
「あれ?」
中華街から出た先。丁度石川町の駅へ抜ける方角の道だった。
そこで目的の人物を見失い和也は首をかしげる。
困惑して立ち尽くす和也の背後から聞き覚えのある声。

「・・・どういうつもりだ?」
殺気立つ少年。
美しく孤を描く眉。男にしては長い睫毛。
やや、つり目気味の大きな瞳。筋の通った鼻。ふっくらとした唇。
世に言う美少年系な顔立ちだ。
少年が無表情な分、人形のような印象を強く受ける。

目深に被った帽子。
怒りに満ちた瞳で和也を睨んでいる。対する和也、
「あ。帽子君!」
なんとも呑気に少年を呼ぶ。みたまんまネーミングに少年がコケた。

この素性の知れぬ帽子少年。
彼は妖撃者用語で『魅入られ』と称される状態の少年だ。
少年自体は退魔師で妖撃者とは異なる浄化の力を振るう。
そして彼の相棒(?)が妖なのだ。
通常の人間なら妖に憑依された瞬間に支配権を奪われる。
稀に素質を持つ人間は、目の前の帽子少年のように正気を保つことが出来るのだ。
さらに妖の影響で不思議な力を身につける者もいる。
それ故『魅入られ』となった者はたいてい負に傾きやすく、妖撃者によって妖を浄化され記憶を封印される場合が多い。
少年は自我を保ち、これからも妖の力を行使するつもりはない。
明言したとおりに生活しているようだ。

ただ少年自身が持つ能力と、少年の相棒が強いとあって妖撃者は当面の間傍観を決め込んでいる。
夏に起きた事件を解決する手助けをした少年に対する感謝の表れでもある。
少年が不本意ながら和也を助けたにも拘らず、だ。

「・・・」
頬を痙攣させ和也を尚も睨む少年。和也は動じずに喋る。
「じゃ、『魅入られ』略してみーく・・・」

ズサッ。

和也の鼻先を掠めて消える浄化の刃。

「暴力反対」
驚いた気配も無い。
小さく両腕を挙げる和也に少年は脱力した。
「あ、僕は星鏡でいいよ。お前って呼ばれるのも影月って呼ばれるのも嫌だし」
師匠直伝(和也の師匠は伝授していないだろうが)ニコニコ笑い。
笑顔だけどまったく笑ってません&シカトしたらどうなるか分かってるよね?
オーラを暗に含ませた和也の笑み。
「へぇへぇ、星鏡ね」
こんなに人通りの多い場所で遭遇したのが運のつき。
帽子少年は諦めて肩を竦めた。
「それにしても?穴から無事に戻ってこれたんだねぇ。よかった、よかった」
元気そうな帽子少年を見つめ和也は一人でうなずく。
「心の底から思ってねーだろ」
「うん」
帽子少年がうんざりして言えば、和也は間髪いれずに答える。
帽子少年のこめかみに青筋が浮かんだ。
「帽子君も色々大変だろうけど、僕も大変だったんだよ〜」
よよよよ。
泣き崩れる真似をして和也はしっかり帽子少年の上着を掴む。

丁度良い八つ当たり相手を見つけ、内心ほくそ笑む。

和也の思惑など知る由もない帽子少年。

本日の犠牲者帽子君。(和也命名)

「お茶くらいなら奢るからさ」
和也がぐったりした帽子少年へ告げた。
「拒否権ねーのな?」
「見張られてるでしょ?妖撃者に。僕にとっても効果的に使える状況だから、少し協力してよ。見張りをなんとかしたいと思うなら」
帽子少年にだけ聞こえるように和也は小声で提案。
帽子少年は目を大きく見開いて和也をまじまじと見た。
「・・・似たもの師弟って言われねぇ?」
夏に和也の師匠に脅された(?)経験を持つ帽子少年。
呆れた顔で和也に突っ込んだ。
「はぁ?あんな性悪大人と一緒にしないでよ」
和也はさらりと何気に師匠を性悪呼ばわりした。

有無を言わさず少年の腕を掴み石川町駅方面へ歩き出す。
中華街を抜ければ関内方面に抜けるのも可能だがコマに見つかると厄介だ。
頭の中で素早く考え和也は逆方向の石川町を選択。
駅近く二階建てのファーストフードに入った。

「あ、ここからだったら元町にも寄れる。帰りにKIKUYAのケーキでも買って帰ろうかなぁ〜」
ホットウーロン茶の入ったマグカップを手に、和也は場違い発言。
向かい合って座る少年は無言でバーガーに齧り付いた。
注文を取ってから調理を始めるこの店は和也のお気に入り。
普段は関内にある店を利用している。
「あ、ごめん。ごめん。この間初めて実家に泊りに行ったりして。少しずつ次男としての足場を固め中なんだ。君はどう?」
マグカップをフウフウして冷まし、和也はお茶を飲んだ。
「俺か?別に・・・」
ポテトを摘んで帽子少年は口数少ない。
「ふーん。いっつも監視されてて困らない?僕だったらボコるけど。プライバシーの侵害もはなただしいじゃん」
「星鏡が言うなよ・・・」
アイスティーを飲んで帽子少年は白い目を和也へ向ける。
「僕はまだ子供だからねぇ。特権は最大限に生かさないと」
気分を害した風もなく和也は応じた。
「夏はありがとう。なんだかんだいって巻き込んだのは事実だし。帽子君の行方を追おうかと思ったけど、後始末もあったから。僕は正式に妖撃者としての地位を確保したよ。師匠が口添えしてくれたしね」
「よかったな」
棒読みで帽子少年が感想を述べる。
「で。華蝶と希蝶は行方知れず。きっと門の向こうへ一旦帰ったんだと思う。暫くは帽子君の周囲も静かだと思う」
事件後の混乱に紛れ姿を消した妖姉妹。
巻き込まれた和也も、半ば当事者であった和也の師匠も二人の行方も追っていない。
「・・・先生は師匠のお嫁さんになったよ。思い出すだけ腹が立つけど」
帽子少年に一々報告の義務はないだろうが。
和也のお姉さん的存在は、この少年とも繋がりがある。
和也にしては律儀に近況を少年へ教えた。
「へぇ?住民票とか、今までの経歴とかどうしたんだよ?」
妖撃者ではない帽子少年は素朴な疑問を口にする。
「師匠の実家が手を回したみたいだよ。書類なんかは簡単に捏造できるみたいだし。そういう根回しだけは周到なんだよ、あの師匠は」
和也は口をへの字に曲げた。
「妖撃者の正義の味方ってのが・・・イメージが崩れるな」
「そう?師匠が型破りなんだよ。勿論、反対もあったよ?生まれ変わったとはいえ先生は元妖。しかも十本の指に入る実力の持ち主。師匠は妖撃者としてのキャリアに未練がなかったみたいで、辞めてもいいかななんて。気楽に笑ってたけど」

 お前も十分型破りだよ。

腹のうちに悪態を収め帽子少年は乾いた笑みを浮かべた。

「師匠の腕の良さが勝って、結局先生が仕事に関らないって事で決着。今も僕の隣の家に住んでるよ。僕としても実家に移住しなくて良くなったし、楽させてもらってる」
なんだかんだ言っても凄腕な師匠に助けられている事実。
噛み締め和也はやけに実感の篭ったコメントを漏らす。
「まぁ、好きな人と結婚できたんだ。結果的には幸せなんじゃねぇの?」
少年的にもあの女性には助けられた部分が大きい。

結婚相手の裏表の激しい性格はともかく。
あの心優しい女(ひと)が幸せになったのなら。
めでたしめでたしなのだ。

「・・・そりゃーね。お話的には『めでたし・めでたし』だよ。だけど傷心の弟子の前でイチャイチャされるとそれなりに腹立つんだよね。僕だって妖撃者なんてしてなきゃ彼女だって作れるし。前世の因縁なんてなければもっと遊べるのにさぁ〜。師匠だって先生だって苦労したのは知ってるけどあんまりだよね。夏の事件だって結局は師匠が美味しいトコ取りだし」

息もつかず一気に言い放って、和也は大きく息を吸い込む。
少年は口を挟むことはせず(諦めと呆れで)黙々と目の前のハンバーガーを腹へ納めた。

「事件後は結構落ち着いてるのに未だに見習い扱いってのも納得いかなくて。あれだけ過激に働かされて横浜だってキチンと守ったのに。修行は必要で術のコントロールも必要だって駄目だしで。他の妖撃者の面子潰したかもしれないけどホラ、僕って将来有望な若手の妖撃者じゃん。長の息子だってことで少しは免除して欲しい部分もあるんだよね。中途半端な立ち位置でコキ使ってくれちゃって。ぜーったいいつか呪う」

少年はハンバーガーを咀嚼しつつ黙ってうなずいた。

「将来のレールまできっちり勝手に引いてるクセに。僕に選択権があるみたいな言い方も腹立つ。どーせさぁ?妖撃者としては兄さんの補佐って感じで働かされて。下手すれば父親の後を継いで企業経営とか?んなの背負わされるんだよ!?今でも普通に子供らしくなんてさせてもらってないのに、理不尽極まりないよ。マジで」
一頻り文句を口にした和也はそこで口を噤む。

変に慰めても逆効果で余計に憤るだろうと。
賢明な少年は只黙ってポテトやハンバーガー。
或いはアイスティーを口に含み食事に専念する。

「本当は・・・仕方ないのは分かってるし。昔の因縁に自分で幕引き出来たのもそれなりに満足してる」
和也は、まだ仄かに暖かいウーロン茶を口に含んで独り言のように呟いた。
つい数秒前までの荒れた調子が嘘のように納まっている。

「周囲が僕より数段上の狸だってのも問題だよね。僕も結構猫被ってるけど、周りはそれ以上だし。子供の僕じゃ太刀打ちできないかも」
和也の脳裏に狸の代表格、師匠の顔がよぎる。

 だったら俺はもっと太刀打ちできねーよ。

少年は口をモグモグ動かし思った。

「ま。僕は僕らしくかなぁ。だから帽子君も大変だと思うけど頑張ってね」
「・・・何を?」
口の中の物を飲み込み少年は問うた。
「ああ。これからの。監視も継続だろうし。僕みたいな坊々にも絡まれたりして大変だろうけど?男の嫉妬も醜いって思ってるだろうけど我慢してよね。僕だってまだ小五だよ?大人げある振る舞いなんてするつもりないし」
のほほんと、しかしながら目が全く笑っていない和也の顔に少年は背筋に冷や汗をかく。

 おいおいおいおいおいっ!
 なんで俺の考えてた事が星鏡にバレてんだよ!?
 こう見えてもポーカーフェイスには自信があんだぞ。

「やだな〜。帽子君見落としてる。僕、幻とは顔見知りだよ?」
幻が面白がって帽子君の考えてること、帽子君の後ろで口に出してたよ。

天使のような悪魔の笑みを湛えた和也が指摘した。

 そーでした。そーでした。お前らは前世で同族だったんだよな。

頼りになるんだかならないんだか。
相変わらずトラブルを撒き散らす相棒に殺意すら覚えつつ少年はあははっは・・・と誤魔化すように笑う。

「気をつけないと。監視役の人にも帽子君の考えてることバレバレだから。幻ってそういう微妙な人の感情には疎いからねぇ」
妙な具合に同情されて。
少年は心中複雑だ。
「面白がってねぇ?」
星鏡 和也という少年。親切心から己に接触するようなキャラではない。
猫を被る意外にしたたかなおっとりボンボン。
「うん。ちょっとだけ」
まったく。これっぽっちも。
罪悪感の欠片もない和也の『お答え』に愕然とする少年。
ぐったり脱力して深く椅子の中へ沈みこむ。
「あ!!いけない。コマ置き去りだ」
目の前の犠牲者を一頻りからかい倒した和也は、もう一人の存在を思い出す。
コマに何も告げずに行動しているので、今頃コマは半狂乱かもしれない。
和也の予想が外れていなければ。
「置き去りって・・・まさか?」
帽子少年は恐る恐る和也に尋ねた。
「帽子君見かけちゃったから無断で追いかけてきちゃった。コマは今頃僕がいなくて大変だ、帰らなきゃ」
急に年相応の子供の顔に戻って慌てふためく和也。
無意識に二つの顔を使い分ける辺りが師匠に似ている。
帽子少年はしみじみ思った。
「・・・気をつけてな」
無用な言葉だと思う。が、取りあえず&義理で帽子少年が声をかける。
「うん。お礼に監視役の妖撃者に悪戯しかけといてあげる。簡単な暗示だけどね。二三日位の効き目だから帽子君も少しは楽できるでしょ」
「ども」
愚痴聞き料。
言外に告げる和也に帽子少年は素直に頭を下げた。
小蝿ではないが常に付き纏われたのでは堪らない。
監視が。
『退魔師』としての仕事もこなす、帽子少年の日常生活に支障をきたしているのも事実だ。

「じゃーねー」
和也はガタガタ椅子を鳴らし立ち上がる。
己の都合を振りかざし帽子少年を連れ出した和也は、矢張り己の都合で去っていく。
「・・・」
去っていく和也の後姿を眺め、帽子少年は深々と息を吐き出した。
「俺の感情をいくら星鏡といえど、バラすなよ?」
ギロリ。和也が完全に消え去ってから背後にいる相棒へ低い声音で言う。
首を傾げて不思議がる相棒。
「俺を殺す気か!?曲がりなりにも影月の生まれ変わりだぞ?したたかさなんて三倍だぞ?下手に臍を曲げられてみろ」
目線で示す先。
帽子少年の監視の仕事につく妖撃者三名。
虚ろな瞳で空を見上げる。
彼等の真正面に立つ和也の手が印を組んでいた。
「あーんな風に襲撃されるからな」
疲れた顔になる帽子少年の言葉を相棒は素直に聞き入れたのだった。


和也は無造作に。
狙っていない調子を装って監視役の妖撃者の真正面に立った。
相手は無関心を決め込むが瞳の奥の動揺までは隠せない。
長の次男坊である和也が徐にやって来たので驚いているのだ。

和也は無表情のまま印を組み術を放つ。
普段は札や言葉(言霊)で力を具現するのだが、これは和也オリジナル。
印の組み方を簡単にし、複雑な工程を必要とする高度の術を簡素化する。
前世の記憶があるからこそ出来る荒業だ。

「・・・つッ」
妖撃者の身体が傾(かし)ぐ。瞳の焦点がズレ、どこか虚ろになった。
「これで暗示はオッケー。僕のストレス発散でもあるし・・・一石二鳥かな」
喉奥で笑う和也の姿はそれはもう子供からかけ離れていて。
和也を知る人間が見たなら間違いなく殆どが腰を抜かさんばかりに驚いていただろう。
「さてと」
非常時連絡用の札を取り出し力を込める。
青い紙はたちまち一羽の小鳥になって大空へ飛び立っていった。
あの小鳥がコマを見つけ和也の元へ連れてきてくれるだろう。
帽子少年とは別れたしなんとでも言い訳は出来る。

「それまでにKIKUYAのケーキv買って帰ろーっと」
和也、いたってマイペースである。
目的の元町へ向け足取りも軽く歩き出す。
無論信賞必罰というものは世の中に存在するので。
勝手に一人でフラフラで歩いたバツとしてコマから掃除当番を言いつけられたり。
師匠から鬼のようなお説教を正座した足が痺れるまで聞かされたり等等。
愛情たっぷりに(?)和也を見守る大人達の鞭が待ち構えているのだが。

「八つ当たりって大人の特権ってのは気に入らないね〜。子供だって八つ当たる権利はあるでしょ」
理屈ばかりが目立つ昨今の王子。
被害者は妖撃者&帽子少年。


格言:君子危うきに近寄らず。(相手が来たら猛ダッシュで逃げることを推奨)


少しずつ和也も被っていた猫を外していきます。普通は逆と思う方もいるかもしれませんがまぁ色々今後もありますのでね・・・。ブラウザバックプリーズ