第九話  『真夏の水辺に』



この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。県庁所在地・横浜市。
場所は関内を離れ鎌倉は由比ヶ浜。
寄せては返す波。
沖ではサーフィンやマリンスポーツを楽しむ人で溢れ。
海岸も海へ遊びに来た老若男女で溢れかえっていた。

「確かに夏休みだし。こういう時は海だけどね」
真っ赤に上気した顔を手で仰ぎ子供は嘆息した。

艶のある黒髪。ショートボブに近い長さ。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。
一見すれば育ちの良さを感じさせる少年。
お馴染み妖撃者見習い星鏡 和也(ほしかがみ かずや)である。

『これも仕事なんですから。頑張りましょうね』
日光を吸収し易い真っ黒の毛並み。黒のラブラドールが尾尻を振った。
「まーねー。海なら八景島がよかったかな?シーパラならジェットコースターとかも乗れるし。水族館内部は涼しいし。なにより一人で海水浴なんて寂しいじゃん!」
砂浜を埋め尽くす人・人・人。
家族連れもいればカップルもいる。
友達同士グループもあれば大学のサークル仲間風。
会社員同士に高校生のグループ。
それぞれに気の合う友達と訪れる海。
一人で波乗りするサーファーも居るが和也はサーファーでもないので。

「孤独な一人の男の子が海見つめて?たそがれてるみたいだ・・・」
砂浜手前の駐車場。
ヘリの部分に腰掛け、両足をブラブラさせて眼下の砂浜を傍観。
和也は唇の先を尖らせた。

西へ西へ傾く太陽。
幼子連れの家族は早々に帰る支度。
ある程度の家族は水平線に沈む太陽を眺めてから帰路に着くようだ。
太陽が水平線に近づく様を呆然と眺める子供もいたりして。
随所でそれなりの感動を振りまく自然風景。
『遊びたいのは分かります。でも一人前になると同時に遊ぶのは無理です。漁夫の利は狙わないで下さいね』
両前足を伸ばしコマは身体を前後に伸ばす。
犬らしい行動。
人の目があるのを確かめたカモフラージュのような行動だ。
「一兎を追うものは二兎をも得ずだっけ?」
大きな欠伸を噛み殺して和也は間抜けた声で言った。

ブルブルブルブル。

和也の膝丈のパンツ。ポケットに入れた物体が振動する。

「あれ?」
怪訝に思って和也はポケットから振動物を取り出した。
ポケットから出現するのは和也の携帯。
仕事を請け負うに当たって必要なアイテムの一つ。
呪符でも飛ばして連絡を取り合えばよいのだろうが、時代は流れる。

古風に呪符で連絡。なんて手間をかけるより携帯メールで十分。
古参の妖撃者には評判悪いが和也のような今時妖撃者には受けが良い。
なにより周囲へのカモフラージュにもなる。
呪符を受け取るのに人目のない場所まで移動するのも手間としか言いようがない。

「なんだろ?」
折りたたみ式・シンプルな銀色のボディー。
写真つき動画も少々撮れるもので(仕事の仮完了報告として使用する)最新の薄型。
いつもは師匠の携帯を無断拝借していた和也にとっては嬉しい限りだ。

一人心地に呟いてディスプレーを確かめる。着信ではなくメールが一件。

馬鹿やってねーで仕事しろ。報酬減だぞ。

「・・・」
誰が送ってきた。なんて愚問はこの際ナシだろう。
コマはじゃれ付く振りをして携帯画面を一瞥。
ジト目で和也を見つめる。
「わ、分かってるって。場数を踏まないと一人前にはなれないしね。仕事に取り掛かりマス」
師匠の奥方とお揃いの携帯ストラップ。
ローマ字で綴った和也の文字。指先で辿ってから携帯を閉じる。
『無くさないで下さいね。あと防水加工なんてしてないので壊さないで下さい』
和也はなんとはなしに携帯を投げてはキャッチを繰り返す。
和也の喜びを理解しつつもコマは眉を潜めた。
「師匠の監視はあるけど。一応は初仕事?あ、学校の見回りさせられたから二度目か」
和也は携帯をポケットに仕舞う。

どこからかは分からないが師匠の氷はきちんと和也を監視しているようだし。
下手な言動は命取りだ。

『秋から冬にかけては実地を織り交ぜて簡単な仕事からこなします。ですが仕事は仕事。報酬も入りますから責任持ってくださいね』
和也の脇にお座りして待機するコマは、緊張感のない和也を叱咤する。
「マジで!?お金?」
報酬の言葉に和也は目を輝かせた。
良家の子息であるにも拘らず瞳に金の文字。
期待に満ちる和也の表情にコマの耳が垂れる。
『・・・仕事がきちんと完了して。被害がなければですよ?』
「分かってるって!」
多分理解していない。和也は根拠もなく胸を張った。
『海の家に被害を出したり、一般の方に怪我を負わせたり。地形を変えたり、船や海岸周囲の建物・道路に被害を出さなければ貰えるんですよ?』
コマは重ね重ね具体例を挙げて根気良く説明する。
「え?」
和也の肩が一瞬揺れた。
『理解していただけましたね?』
コマ駄目押し。

ね?の部分を強調して固まった和也の顔を覗き込む。

「えっと〜」
目を左右に泳がせしどろもどろの和也。
『・・・もしかして、この間見た映画でも再現なんて思ってないですよね?』
「ううん。ゲームの方」
ケロリとした顔で和也がコマへ答える。

コマの脳裏に和也が遊んでいたロープレというジャンルのゲーム画面が蘇った。
剣と魔法のRPGという触れ込みで、キャラの派手なアクションと魔法発動によるダイナミックなCG画面が見事なもの。
小学生の間で爆発的に人気を呼び。
和也も多分に漏れずハマッていた。

睡眠時間を削ってまでゲームをするので、コマがこの間叱ったばかりでもある。

 あれって・・・召喚!なんてありましたっけ。
 巨大な海の守護神を呼び出せたりするんですよね。
 派手に格好よく。

鼻の周りに皺を寄せ。コマはぎこちなく和也へ顔を向ける。

『もっと駄目です』
ぱす。両前足を和也の膝の上に乗せコマは身を乗り出した。
少しだけ残念そうに表情を曇らせた和也。
立ち直りは早く、気を取り直して立ち上がった。
「今回の仕事。海水浴客が溺れるっていう事件の詳細を調査。事件の増加が見込まれるため早急に原因を排除すること」
頭に叩き込んだ依頼内容。
復唱して和也は砂浜へ降りて行った。





潮風に吹かれながら。
とはいっても優雅じゃない。涼しい北方面ならまだしも、関東だ。
しかも真夏の海は暑いし生暖かい潮風がふいていて体がベトベトする。
マナーの悪い海水浴客のゴミなんかも散乱していて歩きにくい。
「はぁ〜」
ため息。

実は夜のパトロールはこれで三日目に突入。

妖の気配はすれど姿はなし。空振りに終わる日が三日も続いていた。
和也は見慣れつつある海岸をコマと共にトボトボ歩く。

「助けて!」
切羽詰った子供の声。
「は?」
慌てて和也は回りを見る。
しかし助けを求める子供の気配はない。
『和也様、あれを』
和也と同じく周囲を警戒していたコマが和也にある一点を鼻先で示した。

遠い海の沖合い。
遊泳禁止のブイの向こう。
ともすれば点に見える小さな影が声を張り上げていた。

「あれって溺れてるの?」
じっと子供を観察して和也はコマに尋ねる。
『半々ですね』
「やっぱ?取り敢えずは救出だね。気が進まないけど」
コマの感知した情報を確かめてから。
正義の味方(?)の義務を果たすべく和也は海へ向かった。
「助けて!」
あらん限りの声で叫んでいたのは男の子。
和也は深く考えずに水面を走って(文字通りスニーカーで)男の子の元へ駆けつけた。
薄暗い空の下、黒のTシャツに黒のズボン。
で闇夜に溶ける格好が幸いして、誰にも見咎められなかっただけ幸運だろう。
「大丈夫?」
腐っても鯛。まかり間違っても海央の王子。
身内以外の第三者には猫を被る。しかも即行で。
柔和な笑みを湛え男の子へ手を差し出した。
「うん。ありがとう」
男の子の口が。そのような言葉を発したかと思った瞬間。
口が裂け和也の差し出した手を飲み込もうと迫る。
「はー、やっぱり」

 だってさー。どう考えたって見え見えの罠じゃん。
 あんな遠くにいる子供の声が僕だけに聞こえるのっておかしいしね。・・・なんだかなぁ。

呪文省略で術発動。

パチッ。

静電気に襲われたときのように差し出した手が痺れた。

《その気配。影月様ですね》

パカリ。こんな効果音まで聞こえてきそうだ。
見る間に裂ける子供の口。ドロドロに溶けた子供の顔下から出現する魚の顔。
丸い目をグルリと回し妖、水妖(みずあかし)は歯のない口を広げ哂う。

「やだな。人違いです」
笑顔で否定する和也。
和也とコマを取り囲むように出現する妖。
巨大水柱が和也の右脇で発生し和也の右側の腕と足を斬った。

《ふふふ。思わぬところで思わぬ収穫だ》

真っ黒な丸い瞳が和也を捉える。
気味の悪い視線に和也は身震いした。

「ヤな感じだ。しかも失礼だし」

《あの少年の生(き)を全て奪え!》

水妖の号令と共に周囲に待機していた妖が一斉に和也へ飛び掛る。
和也は空高く飛び上がった。
海中に逃げてもよかったが海水浴をするには敵が多すぎる。
咄嗟の判断だった。

「うわお。アクション映画も真っ青!」
自分で挑発しておいてなんだが和也は独り言。
大小様々な水柱は和也目掛けて真っ直ぐに迫る。
和也は海面を走りぬけ指先を海面に浸しつつ部分的に海を凍らせた。
「細かいコントロールはこれからだけど。こーゆう大雑把な術の使い方は得意なんだよね。幸いにも夜だし」
闇に包まれた海。
海岸では花火の残像が瞬き。
海岸沿いに設置された街灯の明かりが砂浜を煌々と照らしていた。
『花火をしている人達に見られないように注意してくださいね』
コマが背後を振り返り、砂浜で思い思いに遊ぶ人々を観察してから言った。
「りょーかい」
しゅた。
ドラマで見た兵隊のように腕を折り曲げ、和也はコマへ応じる。

《ふふふ・・・逃がしませんよ、影月様》

「だから!影月じゃないんだよ、僕。それに逃げはしないけど、売られた喧嘩はキッチリ買うよv」
水妖は海面ギリギリを移動し和也を捕らえようと大きな口を開いた。
歯のない丸い大きな口。
和也はにっこり微笑んで呪符を口へ投げ放った。

 ボスン。

呪符が発動し空気が水妖の腹に溜まる。
裡を圧迫される空気に再度水妖は大きく口を開いた。
和也は見逃さずに水妖の腹限定で開くように・・・。

「翔鋭牙楽衝(しょうえいががくしょう)」

凍っていない海のうねりが最大限に達し、空気がビリビリ震える。
和也の手から放たれた衝撃波は陰術のものだ。
和也は上乗せで氷・炎・風・土・光の波動を加える。

「四界開門(しかいかいもん)!」

パンパン。柏手打ち。
腹の内壁一部が小さな門と化した水妖。
大きく開けた口へ吸い込まれる低級妖や、水妖自身の仲間達。

「これぞ共食い」
唖然とするコマへウィンクひとつ。
ジョークのセンスまで師匠に似なくていいものを。
最後には水妖自身も己の腹に飲み込まれた。
正に小さなブラックホール。
海を利用しての追いかけっこはこれにて終了。静けさを取り戻す沖合いで。

「本当、楽で良いよね」
さわやかーに微笑み和也は揺れる水面を眺めた。
『面倒だからといって秘術を連発してはいけません!』
ドン。コマが足場になっている氷へ足を乱暴に下ろした。

ビキビキ・・・嫌な効果音が聞こえたか聞こえないか。

あっという間に氷にヒビが入り割れた。

「だあああああ」
術コントロールが悪い和也の張った氷。
薄すぎたのかコマが力持ちなのか。
氷解。
和也は海へドボン。

『細かいコントロールまで身につけてください〜!!』
同じく。海へ落ちつつコマが絶叫したのは本音だっただろう。
海中へ落ちきった和也は姿が見えないのを良いことに。
術を使いまくりで海中移動。
妖撃者の心得破りまくりで海岸まで辿り着いた。





「うへー。ベトベト」
髪に絡まった海草を砂浜に落とし全身濡れ鼠になった和也。
情けない顔で体中に張り付いた海藻類などを払い落とす。
「大丈夫?」
タオルを手に和也に近づく女性。
和也の師匠水流 氷の奥方胡蝶(こちょう)だ。
「ありがとう、先生」
和也は差し出されたタオルを有難く頂戴する。

海水まみれで程よく塩味。
和也を労う胡蝶とは別に電卓を叩く師匠の姿。
前世が初代妖撃者の長の生まれ変わり。
胡散臭い肩書きを持つ凄腕妖撃者。
強すぎる潜在能力で老けにくいオプション持ちの大人子供。

『初代様、いくらなんでもそれは・・・』
コマが抗議の声をあげている。
「仕方ねーだろ。こんだけ派手にやられたら元に戻すのはそれなりだぞ?」
カタカタ電卓を弾き氷がコマへ数字を見せている。
「費用分担的にはこんなか?」
『仕方ありません・・・和也様がはしゃぎ過ぎたのは事実ですから』
電卓画面を二人(?)して覗き込みうんうん唸っている。
和也は塩辛い口内をミネラルウォーターで胃の中へ流し込み。
べとつく服に顔を顰めつつ二人の傍へ歩み寄った。
「師匠〜、どしたの?」
「ああ、和也の報酬分の相談」
電卓から顔を上げて氷は和也を見た。
「いくら?」
現金な和也は期待しながら電卓の数字を覗き込む。

電卓には10,000表示。

和也は瞬きしてもう一度電卓画面を凝視。

矢張り10,000表示。

「アレだけ頑張って一万円〜!?安くない?」
仰け反る和也に氷は指先で海沖を指した。
「遊泳禁止ブイぜーんぶ消えてんだよ。あれを今から約二時間で元通りにするにはそれなりの業者に頼まないとな?結構高くつくんだぜ」
諦めろ?ポンポン肩を叩かれてしまえばそれまで。
和也に反論の余地はない。
「・・・人生ってそんなもん?」
呆然と和也が呟いた。

和也初任給(初報酬)一万円。

実力上がればお金も上がるさ。なんて師匠が慰めたりなんてのは。ある訳ない。


「ほら、さっさと引き上げるぞ」
という。
なんとも現実的なお言葉だった。


海水浴。

仕事がらみならとたんに面倒なものになると悟った和也、小六の夏でありました。


労働に対する対価。価値観それぞれですけど難しい。学生時代のバイトを思い出しつつ(笑)相変わらず戦闘描写は下手だし物語のつながりも変です。いつか手直しするでしょう(←気に入らなくなって)ブラウザバックプリーズ