第十話 『清水の?』



この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・横浜市。
場所は関内を大幅に離れ古都京都。
秋風ふく京都。風情ある古都を訪れる観光客は多い。

「集合写真撮るぞ〜!」
太く逞しい腕を振りかざし教師が担当の子供達へ声をかける。
京都駅前広場。京都タワーが見える場所にやや散っていた子供達は集まってきた。
「公平に出席番号順」
男性教師が言えば女子生徒から不満の声。
男子生徒からは乾いた笑み。
「星鏡はここ」
フレーム無しの眼鏡をかけた利発そうな少年が渦中の少年に立ち位置を指定した。
「ありがとう、井上(いのうえ)君」
にこり。あくまでも無邪気そうに笑う星鏡少年に、女子生徒から漏れるため息。

艶のある黒髪。ショートボブに近い長さ。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。
「王子スマイルも程々にな」
苦笑する井上少年に星鏡少年は曖昧にうなずいた。

一見すれば育ちの良さを感じさせる少年。
お馴染み妖撃者見習い星鏡 和也(ほしかがみ かずや)である。

今回ばかりは訓練もないし修行もない。
ただの小学六年生として修学旅行を楽しむ身分。
家人が涙ながらに見送ってくれたのが心残りだったが、久しぶりに満喫するごく一般の子供。
和也は楽しく過ごしていた。

「心配有難う、井上宰相」
和也のクラスの学級委員。
ついでに児童会(中学・高校で言うところの生徒会)会長も勤める世話焼き好き。
愛嬌のある眼鏡顔だが反比例して頭は切れる。
大袈裟なジェスチャーが玉に瑕だがクラスを良く纏め上げていた。
和也のあだ名が海央の『王子』なら井上少年は『宰相』
知らない生徒も多いが海央学園幼等部時代からの海央組な二人である。

小学1・2年を覗けば後は同じクラスという。
ツーカーまではいかないが、ソレに近い間柄。

和也はわざとおどけて井上少年のあだ名を口にした。

「相変わらずだな。星鏡らしいといえばらしいけど」
ニヤリと笑い井上少年は目を細める。
キャー。井上少年と会話していても巻き上がる歓声。
ちなみに他のクラスの集団から。

和也は頬を僅かに引きつらせた。

 修学旅行。
 嫌じゃないけど臨海学校(小五夏時にあった。和也が何故参加できなかったかは蝶の見る夢参照)は行けなかったし。
 小学校の思い出だからなるべく穏便に済ませたい。
 済ませたいけど!!

和也密かに葛藤。

「ったく。星鏡も迷惑だよな〜、あれじゃ」
同情の眼差し深い真加部(まかべ)少年。
星鏡→真加部の順の出席番号。
しかも小5から同じクラスなので仲は良い。
「んー。別に被害はないからね」
和也は小さな声で真加部少年へ答えた。
真加部少年は奇妙な顔つきのまま肩へ手を置く。
矢張りキャーと黄色い歓声が上がる。

「「・・・」」
仕方ないなぁ。
呆れて頭をかく真加部少年と笑顔を顔に貼り付けたままの和也。
お互いに顔を見合わせた後笑い出した。
「宰相には歓声が上がらないんだな〜」
修学旅行のしおりを確認している井上少年に真加部少年が話を振る。
「え?ああ、俺には無縁で結構。ただでさえこの制服で目立ってるのに大変だろ。海央ってそれなりには有名らしいからさ」
学園指定のワイシャツを摘みあげ井上少年がおどけた。

幼稚園から大学まで一貫教育が売りの私立。
小・中・高・大と入試があり外部の入学生にも広く門戸を開いている。
交換留学生制度などもあり外との接点を持つ。
を心がけた・・・それなりの有名私立。

「へ?そうなの?俺は興味ないんだけど」
真加部少年が間抜けた返事を返す。
「まー、お前は幼等部の『伝説』を知らないからな。仕方ない」
井上少年が眼鏡のズレを直した。和也も笑いを堪えて顔を赤くする。
「アレは最強だったよね。本当」
ね?和也が宰相に話をふれば井上少年は口角を持ち上げた。
眉間に皺を寄せた真加部少年が首を傾げる。

「小等部から海央の真加部は知らないよな。幼等部には俺達のあだ名の原点があるんだ。
星鏡が『王子』
俺が『宰相』と呼ばれるように。
『王(キング)』と『騎士(ナイト)』と『女王(クイーン)』と『王女』それから『闘士』だっけ。
あいつ等破天荒だったし。
尤も小学生に上がると同時に留学しちゃったからさ。真加部は面識ないぞ」
指折り肩書きをカウントし井上少年が真加部少年に説明した。
「へー。星鏡でさえ『王子』だろ?じゃ『王(キング)』ってどんな奴だったんだ?」
真加部少年は好機に顔を輝かせる。
井上少年と和也は互いに顔を見合わせ同時に叫んだ。

「「最凶」」

「・・・は?」
目をぱちくりさせた真加部少年の顔が更に笑いを誘って。
和也と井上少年は笑い転げる。
「あんまり王を悪く言うと古参のシンパにボコられるわよ?あの人伝説のカリスマなんだから」
三人の会話に割って入る少女の声。
和也を始め三人は一斉に顔をそちらへ向ける。

一人の少女が和也達へ歩み寄る。
ショートカットが似合うボーイッシュな少女。
和也のクラスの女子のクラス委員。
井上少年の相棒で笹原(ささはら)少女。
和也・井上少年と同じく幼等部組。

「やだな。笹原さん。これでも僕は最上の褒め言葉として使ってるけど?」
困った顔で和也は釈明する。
隣の井上少年も真顔でうなずいた。
「あの人を知ってる海央の人間ならそうでしょうけど。勝手にイメージ膨らませて憧れてる輩もいるってこと。ちょっとした親切心よ」
「かもなぁ・・・。伝説作りすぎてたし」
井上少年が腕組みしてうーんと唸る。
「笹原大丈夫か?お前に他二クラス女子連中から視線が突き刺さってるぞ」
小声で真加部少年が笹原少女へ耳打ち。
目だけを動かし周囲を観察した笹原少女は小さく舌を出した。
「相変わらず『皆の王子様』なのね。駄目じゃないけど、クラスメイトとして話す時に声をかけづらいのよ」

四年間。
幼稚園時代を除けば小学1・2年。それから5・6年と笹原少女と和也は同じクラスだ。
顔馴染みともいえよう。
気安さも手伝って笹原少女は気軽に和也へ話しかける数少ない女子生徒の一人でもある。

「あははは。ごめん、ごめん。僕だって幼稚園のあだ名がそのまま小学生時代に流用されるなんて思ってなかったもん。宰相だってそうでしょ?」
「まぁね」
悪びれない二人の少年。
笹原少女はハァと。ため息をつき大袈裟に肩を落とした。
「本当!良くも悪くもマイペースなんだから。移動、同じ班なんだから気をつけてよ」

名所の見学は班単位。
バスでその場所まで行って後は徒歩で移動。
自由行動こそ少ないが班は必要。
男女三人ずつで最始に組んでから。
公明正大に男女を組むくじ引きを行った結果。
栄えある王子とご一緒女子組のひとりとなった笹原少女。

「運が悪いと思って諦めなよ」
キラン。太陽光を井上少年の眼鏡のレンズが反射する。
「宰相は男だから困らないけどね?修学旅行っていえばイベントよ!イベント!女子は女子なりに大変なんだからね。下手に邪魔すると絶対恨まれるから」
含みある笹原少女の言葉。
逡巡した後井上少年は『ああ』と。短く相槌を打つ。
「了解。笹原の言いたいことはよーくわかった。俺は面倒ごとって嫌いだしね。大丈夫。真加部も被害にあわないようにフォローしとくよ」
和也に熱い視線を送る女子生徒を眺め井上少年は息を吐き出した。
「俺も?なんか気をつけるわけ??」
イマイチ意味を理解していない真加部少年は笹原少女に尋ねる。
「嫌でも分かるって。じゃ宰相、頼んだからね」
井上少年へ軽く手を上げ笹原少女は同班の少女たちのところへ戻って行った。
「イベントね。王子らしく頑張れよ〜」
まるで他人事(実際他人事)の井上少年。ポンポン和也の背中を叩く。
「宰相、なんか・・・」
「お前ら早く集合しろ!」
和也が口を開きかけるも担任の怒声が周囲に響き渡り。
なし崩しに集合写真の時間となる。
そのまま歩いて観光バスまで移動。
楽しい楽しい京都観光が始まった。



私立の修学旅行。
ましてや小学生のものとなれば自由行動はそれなりに限られる。
大型観光バスに押し込まれ名所巡りが王道。
海央学園でも小学六年生三クラス。
三台のバスに分乗して様々な名所を巡る。





初日。夜。

 コンコン。

ホテルに到着して割り当てられた部屋でボケーっと過ごす和也達。(宰相と真加部少年が同室だ)
遠慮がちなノックの音。
井上少年は手で和也を追い払うように前後に振る。

「・・・僕かな?」
和也は井上少年へ視線を向けた。
躊躇い顔の和也へ井上少年は何度も首を縦に動かした。
和也にしてみれば苦手な場面が待ち受けているのは明白。
居留守を使いたい。

 行けよ。

口だけで井上少年が和也へ命令した。

「うっ・・・」
口をへの字に曲げて渋い顔になる和也。
井上少年は和也を睨みつけもう一度口を動かした。
和也としても宰相の怒りは買いたくない。
笹原少女にも後で怒られるかもしれない。

 好きな子かぁ。そりゃ、好みのオンナノコはいるけどさ。
 好きかと聞かれればそうでもないし。
 修行が忙しいからな・・・。

気乗りしない足取りで部屋から出て行く和也。
王子の背中を見守りつつ井上少年と真加部少年は互いに笑いを噛み殺した。





二日目。昼。昼食時。某所にて。

「ちょ・・・大丈夫?」
顔色冴えない和也の屍。
笹原少女は顔を見るなりこんな第一声。
「いっぱい、いっぱいデス」
棒読みで答える和也の隣で真加部少年が指で×サイン。
笹原少女はぐったりしている和也の哀愁漂う憂い顔に笑いを堪えた。
「修学旅行は思い出の旅だからな、諦めろ」
ゲシ。容赦なく和也の後頭部を軽く叩いて井上少年。
宰相とあだ名されるだけあって、誰よりもこの状況を楽しんでいる。
「中学上がればまたあるし。高校だって、大学のサークルだって」
可能性を口にして和也は眉を潜める。
「馬鹿だな〜。中学でも高校でも外部入学があるんだぜ?競争率が上がるだけなのに、ただ見てるわけないだろ」
「「確かに」」
井上少年の解説に真加部少年・笹原少女の声がハモる。
「ガンバリマス」
最早愛想笑いですら嘘臭い笑みになってしまった和也だった。





三日目。最終日。午後。
「!!!!」
その些細な事件は、和也が驚き固まったところから端を発した。

新幹線に乗るまで約二時間の自由行動。無論範囲は京都駅周辺。
家族へ土産を買う生徒へ配慮しての時間だ。
和也も家人や師匠夫婦。離れて暮らす両親などへの土産を物色していた。
その和也に近づこうと、女子生徒達が和也から少しはなれて同じ方向へ着いて動くのに・・・諦めながら。

「どうした?」
真加部少年が驚愕する和也に問いかける。
当の本人和也はそれどころではなかった。

 な、な、なんで二人がココにいるんだよ〜!!京都だよ、京都!!

呆然とする和也に近づく二つの影。

《和也久しぶり〜》

五・六歳前後の少女が口火を切った。
長い髪を耳から上で二つに分け結んでいる。
やや青白い肌の色。暗く翳った黒い大きな瞳。太めの眉。幼子特有の小さな鼻。
やはり小さな唇。
ツインニットに踝までのチノパン。ラフな格好だ。

「華蝶!!希蝶までどうして京都にいるの!?」
少女の名を呼んでから和也は隣の女性=希蝶へ尋ねる。

《観光ですわ》

にべもなく言い放つ希蝶。
肩下までやや長めに伸ばした髪・釣り目の大きな瞳。
成熟した女性の印象を与える、筋の通った鼻・やや薄めの唇。何故か和服姿。

「観光って、観光って・・・」
呆れて二の句が告げない。和也はかろうじて言い返した。

《ここで和也と会ったのは本当に偶然だからね?・・・ってナニ?あの女の子達は》

華蝶は己に突き刺さる熱い視線へ気がつく。
声を潜め和也へ逆に問いかけた。

「へ?ああ、修学旅行中だからね。同じ学校の人達」

《あら。大方、顔だけはそれなりの和也に憧れを抱いている。というところですわね。まったく・・・わたくしにまで睨みを利かせなくとも》

さり気に毒舌希蝶。
笑顔のまま和也に告げる。

「あ、真加部君。僕の遠縁の親戚で、明石 希蝶と華蝶。ほら、小5の時の臨時教師の胡蝶先生の妹さん達だよ」
頭に?マークを飛ばす真加部少年へ向き直り、内心冷や汗モノで和也は二人を紹介した。
「ああ、どーりで!見たことあるような顔してるって思ったんだ」
ポン。
派手に手を叩いて真加部少年は納得した。
顔立ちと雰囲気が酷似しているのも手伝って特に疑問に思っていないようだ。
ましてや種族は違うが本当に姉妹なので嘘はついていない。
遠巻きに様子を窺う少女達の視線も和らいだ。
「へぇ。胡蝶先生の妹さん達ね」
井上少年は意味あり気に希蝶と華蝶を見る。
不躾な井上少年の眼差しに、希蝶と華蝶は表情を険しくした。
和也にだけ分かるように。

 胃の辺りが激しく痛い。
 これって胃痛?
 宰相〜、雰囲気が人とは違う二人が気になるのは分かるけど観察すな―――!!
 生(き)を問答無用で抜かれるって。

和也、悶絶しつつも誤魔化すように「そうなんだよ」と。
乾いた笑みを浮かべた。

「ほ、ほら。お土産買わないと時間がなくなるよ」
「王子だけ買いに行けば?」
意地悪く薄く笑い井上少年が切り返す。
和也の反応を面白がっているのだ。
宰相である彼の意図が分かるだけに和也としては激しく動揺中。

「・・・一生恨むよ?背後にいる彼女達から報復を受けたくないなら、大人しくお土産買いに戻ろう」
最終手段。和也を遠巻きに見つめる海央の女子生徒を目配せで示し。
小声でしかもにっこり笑顔で脅しにかかる。
傍から見れば和やかに宰相と会話をする王子という構図。
真加部少年は和也の笑顔に恐怖して二歩後退。
流石の井上少年も頬を引きつらせ両手を小さく上げ降参のポーズ。
「オッケー。王子が困るなら、大人しく引きましょう」
芝居がかった仕草で上半身を折ってお辞儀。井上少年は悪戯っぽく笑う。
「じゃーね、希蝶・華蝶。観光楽しんでね♪」
暗にこちらの邪魔をするなといい含め。和也は早足で二人の傍を離れた。

《人間って不便だね》

和也とクラスメイトを見て華蝶が感想を漏らす。

《益々、氷殿に似てきましたわね・・・。嫌ですわ》

希蝶は小さく鼻を鳴らして憤慨した。




帰宅後。
「いかがでしたか?」
家人の問いかけに。
「清水の舞台から飛び降りるよりハードだったよ」
大層疲労の色濃い和也の姿があったのは特筆すべきもない。


実際。私立の修学旅行ってどんなもんなんでしょうね(笑)身内に私立組はいますけど、私は公立組だったのでまったく知りません。違うぞ〜って思った私立組の皆様。笑って許してくださいね(土下座)京都も好きで何度か行ってます。ですが記憶がうろ覚え。普通駅前で集合写真は撮りません。ブラウザバックプリーズ