第十一話 『記念日』



この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・横浜市。
秋も深まり冬の予感。イチョウの落ち葉の金色絨毯。
関内のあちこちで見受けられる。
尤も清掃する側の人間にとっては一苦労の労働となるのだろうが。

販売当時は最新鋭のセキュリティーが売りだった中古マンション。
六階のある一部屋にて。

「どーぞ。師匠」
満面の笑みを湛えた少年が箸を向かい側の青年に渡した。

艶のある黒髪。ショートボブに近い長さ。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。
本人が醸しだす『ほや〜』とした雰囲気と相俟って、育ちの良さを感じさせる少年だ。
お馴染み妖撃者見習い星鏡 和也(ほしかがみ かずや)である。

星鏡家の居間にて。
ささやかな宴が催されていた。

「・・・」
和也の差し出した箸を凝視する青年。
身長が百七十以上はある大人の男。
切れ長の目・長い睫毛・太すぎない眉・すっと伸びた鼻筋。
全体的に凛々しい印象を受ける雅な感じの顔立ち。
細すぎず、太すぎない体の線。

和也の師匠で水流 氷(みずながる こお)。
今は実年齢の二十九歳の外見だが普段は中学生くらいの姿。
強すぎる潜在能力で老けにくいというオプション付き。
和也曰くの大人子供師匠。

「どうされたんですか?初代様」
台所から居間へ現れるエプロン姿の女性。
年齢は二十四歳前後。百七十近くあるモデル並の長身。
肩までの黒髪をゴムで一つに結んでいる。切れ長の黒い瞳。短めの睫毛。
顔立ちは純日本人。

「どうされたってな・・・」
奇妙な顔つきで氷が口篭る。
エプロン姿の女性はにっこり微笑んだ。
「和也様が一人で準備されたんですよ?ねぇ?」
「そうそう。コマに少し教えてもらったけどね」
エプロン姿の女性。
彼女は小春=コマ。
和也の遠縁。兼・優秀なハウスキーパー。兼・見習い妖撃者の相方である。
和也お仕え歴八年に突入した、筋金入りの和也命。な母親代わり。
コマの言葉に応じ和也もにっこり微笑む。

「不思議な鍋よね」
氷の隣で目の前の鍋を興味津々に覗き込む彼の奥方。
肩まで伸ばした髪・短めの前髪・釣り目の大きな瞳。
幼い印象を与える、小さめの鼻・ふっくらした唇。
左手薬指には氷と同じ材質のマリッジリングが光る。

氷の幼馴染で。つい一年前までは種族さえも違った氷の奥方。
水流 胡蝶(みずながる こちょう)。
転生の門を潜り人間へなった元妖。

「不思議っつーかな?嫌味か?」
目の前で箸を差し出す和也に氷が尋ねた。
「そんなんじゃないよ!一応は師匠と先生の結婚一周年を遅ればせながら祝う会。主催は僕とコマ。メインは闇鍋」
びし。箸先で氷を示し和也力説。
「一応、か」
弟子の祝いを素直に受け取るべきか否か。

氷はぶっちゃけ迷っていた。和也が『闇鍋』と称した鍋。
黒い液体ではないが味噌味らしい味噌色をしている。
鍋底に深く沈んだ食材はいったい何が使われているやら。疑い出したらきりがない。

「ところで闇鍋ってなに?」
悩む氷の隣で胡蝶が無邪気に和也に尋ねる。
「そう!日本人の本性が見えるその名も闇鍋」
今度は箸先を胡蝶へ向け、まってましたと言わんばかり。
和也は熱く語りだした。
思わず胡蝶は背筋を正して和也の話を拝聴する。
「本当は暗闇でやるみたいだよ。普通の出汁をとって鍋みたいにするんだって。んで何人かで持ち寄った食材を入れるんだ。それはウィンナーみたいなものでも、納豆でも、チーズでも何でも。食べられるものならね」
どこで仕入れた知識なのか胸を張り得意げに喋る和也に、真顔で聞き入る胡蝶。
「何を持ってくるかはその人次第でしょう?普通に食べられるものを持ってくるか、とてつもなく不味い味になるものを持ってくるか。本性が出るんだよ、本性!」
箸を握っていないほうの手で握りこぶしを作り、和也は力説した。
「まぁ」
胡蝶は初めて聞く『闇鍋』に目を丸くして驚いている。
「結婚記念日だし先生と師匠に楽しんでもらいたくて!用意しました〜」
じゃーん。
自分で効果音を言ってから、和也はクツクツ煮える鍋を示す。
低く唸っていた氷は顔を上げて和也を見た。
「ところで和也。どこで闇鍋の知識を仕入れてきたんだ?闇鍋なんて・・・俺達の世代でもあんまりやらなかったぞ」
「マンガで」
平然と答えた和也が氷に怒られたのは当然である。

怒マークが軽く五つは張り付いてそうな氷を宥めたのは奥方様。
胡蝶の取り成しもあって和也は事なきを得た。

「冗談はさておき本当は普通のお鍋ですよ。味は味噌味ですけど」
追加の具材を持ってきてコマが氷へ教える。
コマの持つ皿には普通に豆腐やらネギやら白菜などが乗っていて。
鶏肉団子らしき挽肉の塊もある。
「鍋は大勢で囲んだほうが楽しいですから。ね、和也様」
和也から箸を取り上げ氷へ渡しながらコマが和也に言う。
「うん」
コマや胡蝶の前だと自動的に猫をかぶる和也。
にっこり笑って元気にお返事。
変わり身の速さは相変わらずだ。
「なんだ・・・冗談なのね。ふふふ、和也君らしい」
元が大らかな胡蝶は呑気にクスクス笑っている。

氷としては笑い事じゃないのだが、鍋は確かに大人数で囲んだほうが楽しいものだ。
思い直して弟子の悪戯を不問に帰す事にした。その時は。

鍋の他はコマが用意した。
炊き込みご飯と焼き魚。鍋があるのでご飯もおかずも少量に調節されている。

「「「「いただきます」」」」
コマが席に着いたところで両手を合わせ食前の挨拶。
「味噌仕立てですけど白味噌なので薄味にしてあります。出汁はわたしが味付けしましたから」
氷が箸を手にしたまま躊躇っていたので、とりなすようにコマは鍋を勧める。
「美味しいわ、和也君、コマさん」
無難に白菜から口にした胡蝶が素直に感想を述べた。
「でしょ?さ、師匠もずずいっと」
裏のありそうな笑顔で笑う弟子に、背筋を悪寒が走りぬける。
折角弟子が用意した鍋。
しかも妻は美味しいと言っている。
意を決して氷は鍋からまずはネギを取った。
「・・・」
不味くはない。むしろ美味しい。

氷は無言で口の中のものを噛み砕く。
和也やコマも思い思いの食材を鍋から取り、口に運ぶ。

「やっぱり鍋って楽しいわ。今度も皆で集まりましょうね?」
去年初めて鍋を体験して以来。
すっかり鍋好きな胡蝶。
上機嫌で斜め前のコマへ提案している。
「そうですね。人数が多いほうが食材も増やせますし」
「本当。二人だと限られたものしか入れられないし」
女性陣二人してすっかり奥様の会話。
鍋にとどまらず料理・・・果ては家事全般について会話に花が咲く。
最初は警戒していた氷もさほど気にせず鍋をつついていた。

「味噌チーズ・・・」
氷はかろうじて呟き堪えて口内のものを咀嚼。無理矢理飲み込んだ。
「あれ?美味しくなかった」
キョトンとした顔つきの和也。
確信犯的悪戯だろうが胡蝶の手前目くじら立てて怒るわけにもいかない。

 こーゆー知能だけ無駄に発達するのはどうなんだ?こいつ。

慌てて用意してもらったお茶を口に流し込み。
氷は普段と変わらぬ和也の顔つきを観察した。
悪気半分・無意識半分。氷が憎くてというよりかは一寸した意趣返し。

 日頃のウサ晴らしだろう。

「じゃお前も食べろよな?」
ニヤリ。不敵に微笑み問答無用で和也の小鉢にチーズを入れ込む。
「あう・・・」
予想しなかった師匠の反撃。自分の小鉢に鎮座するチーズ。
一見普通のチーズだが味が普通のよりちょっと酸っぱいのだ。
チーズ売り場の人に聞いて買ってきた一品。

 全部師匠に食べさせるつもりだったのに〜!!しまった!

「一つは食べろ」
ん?挑発的氷の顔。
子供には食べられないよな〜?
言外に言われて反発しないわけがない。和也は勢いでチーズを口にした。
「“$!$&)$#”!!‘*〜」
身悶え。
無鉄砲な師弟に苦笑しつつコマと胡蝶が鍋からチーズを取り上げて別皿に取り分けていた。
涙目で謝る弟子と呆れる師匠の図。
いつものパターンが展開されその後は和やかに食事が進んだ。

全ての料理が終わり、そろそろ師匠夫婦が引き上げようという時。
和也は白い箱を持って氷の前に立った。
「これはきちんとしたケーキ。注文はしたけど」
ケーキの入った箱をまじまじ見つめる氷に和也は剥れて答えた。
「結婚式、してないでしょ?多分だけどウェディングケーキって一切れとっておいて、後で食べるんだよ。僕が呼んだマンガじゃ一年後だった。師匠と先生にはないから、普通のケーキだけど」
和也はケーキの箱を氷へ突きつけたまま弁解。
鍋に入れた悪戯食材を考えて奇妙な顔になった氷へ遠まわしにお詫び。

 またマンガか・・・。コマのやつ一体どんなマンガを買い与えてんだ?

ついつい氷が思ってしまっても無理はない。
小学生くらいがウェディングケーキに興味を持つとは思えないが。
しかも男で。

「和也君、ありがとう」
固まる氷とは対照的に胡蝶は晴れやかな誇らしそうな笑みを湛え。
和也からケーキの箱を受け取った。
氷は何か言いたそうだったが胡蝶の笑顔と和也の緊張した顔に黙り込む。
「それから、ごめんね?遅かれ早かれ和也君の秘密は、和也君が知ることになったんだと思うの。でも・・・あんな形で知らせたくはなかった。本当よ?」
コクリ。和也は首を縦に振る。
胡蝶は屈んで和也と目線を合わせた。
「大人ってずるいね。自分達の都合で子供振り回しちゃうんだもん。
和也君を振り回しちゃってごめんなさい。それからありがとう。氷の弟子で居てくれて。コマさんの相棒で居てくれて。わたしの生徒でいてくれて」
鮮やかに蘇る和也の『昔』の記憶。
いつでも優しかったこの女性は。本質を変えることなく今でも同じ。
目を閉じ深呼吸。
和也が再度目を開き笑う。
「うん。混乱がないっていえば少し嘘っぽいけど。僕は僕。結構楽しんでるから心配しないで?それにありがとうは僕の台詞」
和也は思う。

 いつかは知る事実。本当は親から教えてもらえる筈だったんだ。
 だけど自分自身の力で知った。
 そう考えれば少しは自信に繋がるんだよね。
 与えられるだけじゃなくて、自分からぶつかっていくのも時には大事でしょう。

「守ってくれてありがとう。選ばせてくれてありがとう。んで!おめでとう」
親指を立ててなんとはなしにポーズをつける和也。
「目の前でラブラブされるのは正直癪だよ。だけど僕も負けない位可愛いお嫁さんをゲットするから期待しててよね」
「コマの目の黒いうちは駄目です!!」
和也が言えばコマが背後で怒鳴る。
「・・・いつかは僕だって彼女くらいつれてくるんだよ?将来子供ができたら、コマに面倒見てもらう予定なんだけど」
上半身を捻って和也は後方を顧みる。
「それはそれ。これはこれです。どこの馬の骨とも知らない女に・・・和也様がっ!和也様がぁぁぁぁ!!」
片付けも途中で放り出したコマが和也の前に回りこみ、身体をワナワナ震わせる。
しんみりした空気が一変。
漫才のようなやり取りになった。

「懲りない迷コンビだな」
毎回のように繰り返される会話。悶絶するコマ。眺めて氷がポツリ。
「そんな言い方しちゃ駄目よ。あの会話そのものが二人の絆だもの」
唇に人差し指を当て。胡蝶は夫を嗜めた。
「あ、師匠。じゃーね!ケーキは早く食べて!絶対に美味しいから」
「和也様!誤魔化さないで下さい。一度じっくり話し合ってですね?」
コマに詰め寄られて目を白黒させる和也。
おざなりに師匠へ別れの挨拶。
暗に出て行けと伝えている。
「お前にしちゃー上出来だよ」
察して氷はこの言葉。一言残して星鏡家を妻とともに辞した。





氷と胡蝶が帰ってから。居間でケーキを頬張る和也の姿があった。
水流夫婦に送ったものと同じ種類のケーキだが一回り大きいものである。
手にしたフォークでケーキを突き刺し、一心不乱に食べまくる。
「ふふぉーふぉおふぉふ」
ホールケーキを半分ほど平らげ、口の中をクリームいっぱいにしたまま。
和也は言葉にならない愚痴を零す。
優しい光を湛えたコマが黙って和也の口周りを拭いた。
「おめでとうって。きちんと言えてよかったですね?」

強がって闇鍋だなんて言ってみたり。
ちょっと具に悪戯したり。和也の精一杯の主張。
一年間わだかまっていた出自の秘密。
立場。
激変した環境。
小さな体に沢山のストレス。

抱えてきたのをコマはきちんと知っていた。

「ヤケ食いならぬ、ヤケケーキも構いません。今日だけは大目に見ます」
紅茶のカップをそっと差し出し、和也に囁いた。
「・・・うん、ありがと」
口を動かし飲み込んで。
カップへ手を伸ばし和也が呟く。和也の頭をなでながらコマは思う。

 泣いて・怒って・悩んで・戦って・・・様々な経験を押し付けられても。
 それでも『こちら側』を選んでくれた主。
 失ったものもあっただろうけど。
 誰かに感謝できる気持ちのゆとりを持てる子供になってくれた主。

母親代わりとしては感涙ものだ。

「大きくなられましたね。コマは和也様を心の底から誇りに思います」
静かな声でコマが言った。
和也はいつにないコマの賛辞に顔を赤くする。

「まだ誰かを助けるゆとりはないでしょう。ですが、困った人を助けるだけの力を和也様はお持ちです。手を差し伸べることを忘れないで下さいね?
和也様を支える誰かがいる。顔も知らない人であったり、初代様や奥方様のように身近な人であったり。様々な人と係わり合うことで和也様の日常は動いています。
それを忘れないで下さい。コマのお願いです」

紅茶を飲んでいた和也は表情を引き締める。
「なんとなく・・・しか、コマの言っている事分からないんだけど。少しずつ分かっていければいいんだよね?」
「ええ。和也様には和也様のペースがあります。焦らず一つずつ学んでいきましょう」
「今日は師匠達の結婚記念日。それから僕が本当の意味で僕自身を知った記念日。同じ日に祝うのはちょっと反則かもしれないけど、いっか」
悪びれもせず笑い、和也は残りのケーキを平らげるべくフォークを持つ。

今晩ばかりは黙って主のヤケ食いを見守ろう。
心配尽きない母親代わりは主へのお小言をぐっと胸に仕舞い込んで。
ただただ和也のケーキヤケ食いを眺めていた。


 事件から一年と少しが過ぎた、在る晩秋の記念日。


いつにも増して話の流れが荒すぎです(涙)いずれこれも本筋を変えずに細かい部分を訂正しようと思います。なんだろう。焦っているつもりはなくても焦っているのかも(笑)ブラウザバックプリーズ