この世の者ではない異界の住人『妖』

人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす・・・。

『妖』から人々を守り、妖自体を封印・消滅する『妖撃者』

彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


第一話『影(カゲ)』

地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・横浜市。

場所はみなとみらい21地区。

ジャックモール中央通路で、少年は犬の散歩をしていた。

「うう、春とはいえさむっ」
黒いナイロンのパーカーに膝丈のやはり黒いチノパンツ。
首をすくめる少年の黒髪が海から来る冷たい風にさらわれる。
夕暮れのジャックモールには、会社帰りの会社員などもぼちぼち出現し始める。
デートスポットでもあるこの場所は、カップルもちらほら見受けられる。
茜色の雲が夕闇に染まり、空気はいよいよ冷たさを増した。
黒い毛並みのラブラドール・・・少年の犬は、一心不乱でくんくんレンガの匂いをかいでいる。
「あーーー」
鳥肌が立つ両腕をさすり、少年はリードを握る手に力を込めた。
軽く引っ張れば黒い首輪のラブラドールは片耳を動かす。
少年の黒い瞳にうんざりした感情が色濃くでるが、犬が少年を気にする様子はない。
不機嫌に鼻を鳴らし少年がため息をついた。
『ブルブルブルブル・・・』
パーカーのポケットに入れた携帯が振動した。
少年は素早く携帯を取り出し内容を確認する。

メールが一件。

 『影 MM21地区横浜美術館付近』

液晶に表示される簡潔なメッセージ。
「行くよ、コマ」
犬の名だろう。ラブラドールは控えめに一声鳴いた。





ジャックモールから少し先の場所にある『横浜美術館』
芸術には縁のない少年には馴染み薄い場所である。
犬が少年を引っ張るように、美術館前の広場に走った。

オレンジ色の太陽が沈み、暗闇が建物を侵食する。
微妙な影のコントラスト。
間近に見えるのっぽビル。
ランドマークタワー。
全てが少年を取り巻く日常であり、人が知ることさえ許されない非現実の舞台。

『気配がしますよ』
徐にラブラドールが口を開く。
彼女はコマ。犬の姿をとっているものの。彼は立派な和也の相方。
霊犬という種族で、人間の女性姿にもなれる。
さる事情で家族と暮らせない和也と共に、関内のマンションに暮らしている。
「マジ?」
キョロキョロ周囲を見渡す。夜の帳が下りる港町。
増える人に反比例してソレらしき気配は感じない。

 影。(カゲ)

人の負の感情が妖と交じり合い誕生する。
最も一般的で下級に位置する不定形の妖。
世情が不安定になり、人々の感情が負に傾くと増殖する類の妖だ。

『気をつけてくださいね。和也様』
グルグル唸りコマが身構える。
「だよねー。僕半人前の見習い妖撃者だし。師匠にばれたら、半殺しかな」
『心配される方向が違います』
まずは自分の命を心配して欲しい。
コマは耳をたれてうなだれる。
「へーき、へーきだって」
少年は、和也は能天気にコマへ答えた。

根拠の無い自信は何処から来るんだ。

突っ込みたいのを我慢して、コマは無言で和也を見上げる。

「僕、気配探るの苦手なんだよ。コマなら出来るでしょ?」
コマの不安を無視し和也は話を勝手に進める。
コマは身体をフルフル震わせた。

妖の放つ妖気が肌を刺し、くすぐったい。
この感覚は相手が上位の妖になるほど痛く感じる。
この程度であれば和也でもてこずらないかもしれない。

コマは判断した。

危険に近づけたくないコマの庇護者。
それが和也だ。
けれど、当の和也は無謀好きときている。
一人で無理されるよりかは、自分も同行したほうが危険も減るだろう。

『・・・来ます』
和也の、妖撃者の気配に惹かれざわめく妖の息遣い。
和也は呪符をポケットから取り出す。
ノーコン気味の自分の力。
力を制御するためのアイテムで、師匠が作ってくれた強力なものだ。

コマが激しく吠え立てる。

空気が凍りつき、時間が止まった。

鈍い灰色一色に染まる風景。
妖撃者は、通常とは別空間で活動を行える。
人気が無ければそのまま退治するが、雑踏での仕事なると人目に付く。

「闇で暗躍する正義の味方〜♪」
調子はずれに和也が歌う。
コマはニ三度咆哮した。隔離した空間に妖を封じるためだ。
霊犬であるコマには朝飯前の芸当である。
同時に、他の妖撃者に気が付いて欲しい。という、ひそかな願いもこもっていたりした。
『油断されないで下さいよ』
コマが和也のパーカーの端を咥える。
「りょーかい」
和也は器用にウインクして、コマの首輪からリードを外した。
前足を伸ばし、身体を伸ばすコマは臨戦態勢。和也も呪符を手に、辺りを窺がう。

 《グルギュ》

SFも真っ青ものの、黒い不定形物体が沸いて出る。
石畳の隙間・マンホール・木陰・建物etc。
虫の大量発生を早送りで見るような、臨場感あるれるスピード。

コマが口から光の玉を吐き出す。
バレーボール大の光弾は、黒いソレを蹴散らした。
それと距離をとって右手で印を結ぶ。
コマが、口から光弾を放ちソレを威嚇し続ける。
時間がないので呪文省略。

どこぞの魔法アニメのように、こちらが呪文を唱えるまで敵は大人してる訳じゃない。

一歩間違えれば憑依される。

「いっけー」
右手の人差し指・中指・薬指を揃え放った。
三日月形の氷の刃が、無数に出現しそれに突き刺さる。
不快なギイギイ声をあげ、それは消滅。和也は気を抜かずに、再度氷の刃を放つ。

 《ギュゴギョ》

影は集団を形成。数でせめて駄目なら、大きさで威嚇するつもりらしい。
和也は、三メートルほどの大きな人形を取った影を見上げた。
「ほえ〜」
大口を開けて、思わず感心してしまう。コマが慌てて和也と影の間に割って入った。
『見上げてないでくださーい』
コマとしては泣きたい気分だ。

もっと妖撃者としての、人々を守る役目を心にとどめておいて欲しい。
無自覚でも、闇に蠢く異界の住人と対峙している現状を把握して・・・欲しい。

健気なコマは光弾を立て続けに放つ。
元々戦闘的な力を持たないコマがフォローできるのはこれくらい。
補助的な術を使うほうがコマは得意なのだ。

案の定。巨大化した影の腕に、あっさりと弾かれる光弾。

『はううう〜』
グルグル唸りながら、コマは泣く一歩手前だ。黒い瞳がウルウル状態である。
「くらえっ」
和也も矢継ぎ早に氷の刃を繰り出す。
刃は影の肢体に突き刺さるも、決定的なダメージには至らない。
「もう一回っ!」
めげない和也は何度も刃を繰り出した。
数分もすれば体力が尽きる。いくら精神力が強くとも、力を行使するには体力がいる。
この春小学五年になる和也はバテバテ。
胸を上下させ、荒い呼吸を繰り返す。
『無理なさらないで下さい。初代様も仰っていたではありませんか、無理なときは逃げろと』
コマは奥の手の、和也の師匠の言葉を引用する。
「無理じゃないよ。やってみなきゃ、わからないだろー」
敵前逃亡の文字は、和也の頭に存在しない単語だ。
ぶぶー、と一人でむくれ、和也は呪文の詠唱体制にはいる。
今度は両手で印を組み、神経を一点に集中。
「清き衣纏いし・・・清涼たる水の乙女よ。我が契約に従い、我に玲瓏たる力与えん。・・・集え!氷月斬(ひょうげつざん)」
和也の頭上に巨大な白い光が出現。
楕円形の光から、影に向かい真っ直ぐに、蒼き残像を残し刃が降り下ろされる。

 《ギョエギャエェェ・・・》

影は縦に真っ二つ。
切り裂かれ切り口から凍りつく。
数秒後には見事氷のオブジェが完成した。

「っしゃ〜!」
ふらつく身体を気力で持たせ、和也は指を鳴らした。
彼の脳内ではお気に入りRPGの、戦闘勝利時BGMが流れる。

初勝利だ。
初めての実践の、初勝利。
和也は嬉しくて、嬉しくて仕方が無い。
一気に気が緩み影の変化に気がつけなかった。

 《ギュギョギョッッッ》

氷に細かいヒビが入る。
ビキビキ音を立て影を覆う氷が砕け散った。
「・・・盟約に従い、我の声に集え。氷竜撃派(ひょうりゅうげきは)」
氷の竜。
中華街で見かけるような、中国風の胴の長い竜が優雅に空を駆け抜ける。
氷の檻から抜け出す影を瞬時に残らず飲み込んだ。
「なーにやってんだよ、和也」
刺々しい少年の声。ぽかんと立ち尽くす和也とコマ。
二人の前に、同い年くらいの少年が空から舞い降りた。
正しくは、氷の竜の頭からである。
ポロシャツ・ジーンズといったラフな服装の少年だった。

「おおお、お師匠様」
和也は慄いて後ずさる。コマは感謝して少年に尻尾を振った。
二人の正直な反応に、少年は苦笑する。

彼は水流 氷(みずながる こお)。
外見は和也と同じだが、実年齢は28歳。
一人前の妖撃者で、その能力はトップクラス。
前世が妖撃者初代の長、という胡散臭い肩書きを持つ。

「俺抜きで、見習い分際が仕事か?」
普段は優しく気さくな氷だ。
しかし仕事の時は鬼のように厳しい。
氷の顔は笑っていても、目が全然笑っていない。
和也の背中に嫌な汗が流れ落ちた。
「いや、メールがあったから・・・」
「俺のケイタイだろ、それ」
和也が携帯電話を取り出すが、事実を氷に指摘される。
さらに冷や汗をかき和也は、
「ごめんなさい」
と、渋々謝った。

他意はなかったのだが、ちょっとした悪戯で。
和也は師匠の携帯を無断で持ち出した。
相方との散歩中に、たまたまメールが入ったのである。
狙ったものではない。本当に偶然だった。

「師匠が仕事頼まれるなんて、あんまないじゃん」
氷に携帯を反し、和也はささやかな反論を試みる。
「お前のお守がタイヘンだかんな。場所が近場だから、他の連中応援しにきただけだ」
「冷やかしじゃん、それって」
「和也が言うか?」
皮肉たっぷりに切り返されてしまえば、和也に返す言葉はない。
腹ただしくとも和也は半人前。
妖撃者見習いで、氷の弟子。
なまじ師匠の実力を知るだけに、下手な反抗をすれば恐ろしい制裁が待っている。

和也としても命は惜しい。

「俺が間に合わなかったら、どーするつもりだった?」
右目を隠した長い前髪を掻き揚げ、氷は和也に問う。
「えええっと」
和也の視線が宙を泳ぐ。必死に言い訳を考えているようだ。
そんな現代っ子に、氷は悲しくなってため息をついた。
「和也?仮にもお前、妖撃者の長の息子だろ。言い訳は見苦しいだけだって、気が付かないか?」
「ぜーんぜん。諦めの悪さは師匠譲りだもん」
悪びれもせずに和也が即答。
「じゃあ、今気づいとけ。何度も言ってるだろ?危なくなったら迷わず逃げろって」
和也の頭をゴツンと小突いて氷がお説教モードに入る。
和也は痛みと疲労でその場にしゃがみ込んだ。
『それは忠告済みです』
コマが抜け駆けで、氷に和也の傍若無人ぶりをチクっている。
和也は恨めしそうに、横目でコマを睨む。
「訓練で、戦い方は体が覚えてるだろうけどな?心構えまでできてる訳じゃないだろ」
血の気の多い弟子に半ば呆れて怒って。
「和也が無事だったからいいけどなぁ?あんま心臓に悪い思いはさせないでくれよ」
心底疲れきってしまい、氷が脱力。
携帯をうっかり和也の家に忘れた自分も責任はある。
それを差し引いても、悪ノリしすぎだ、この弟子は。
「早く力の制御覚えろ。俺みたいに、力が強すぎて年取らなくなるぜ?長の次男が子供のままってのは、マズイだろ」
ある事件をきっかけに。目覚めてしまった自分の前世。
お蔭で余計な宿命を背負っている氷だが、不便とは思わない。

元々不遜な性格だった氷が、大人しくチヤホヤされるわけも無く。
ほとぼりが醒めるまで、海外で身を隠し、十年経った三年前、横浜に戻ってきた。

「うん」
詳しい経緯は聞いていないが、氷の破天荒な性格と大らかさは筋金入り。
面倒見がいいのも筋金入り。

彼は表面上とか、上辺だけの心配はしていない。
実体験を元に和也を心配しているのだ。
師匠の気遣いが理解できるから、和也は素直になれる。

「和也は小五だよな、今年の春から。俺は小六頃から、年取るのが緩慢になってさ〜。先輩としては同じ思いはさせたくねぇな」
初代長の生まれ変わりが、わざわざ師匠役を買って出る。
それだけ和也の能力が高い、のが一つの理由。
もう一つは、少年が現妖撃者長の次男坊だという身分に由来した。

「助けてくれてアリガトウゴザイマシタ」
棒読みになりつつ和也は改めて感謝の意を示した。
「ま、いいさ。無謀は和也の専売特許だもんな」
氷が両手を広げておどけてみせる。コマは笑いを堪え、和也は唇を尖らせた。
お坊ちゃん気質な和也。賛辞には慣れているが、けなされるのは無縁。
あからさまにコケにされ、不機嫌丸出しだ。
「さー、そろそろ引き上げるぞ。他の連中が事後処理してくれるらしいからな」
氷がコマの背を撫でる。コマは耳を前後に動かし、一声鳴いた。



空間が色を取り戻し、耳に雑踏が飛び込む。
動き出す現実時間。和也は首輪にリードを取り付け、何食わぬ顔で歩き出す。
「度胸だけは、一人前なんだけどな」
危うく死に掛けたコトを忘れ、散歩を再会する弟子。
無駄に性格が悪くなる和也に、氷は頭痛を覚える。

もって生まれた素質。妖撃者としての潜在能力の高さ、異質性。
氷の心配は伝わっているだろうに、反省する気配がない。

「師匠、早く〜」
立ち直りの早いお坊ちゃまは、のほほんと氷に手を振る。
氷は片手を上げ応じ、和也の隣に並んで歩き出した。
「いいか?属性は頭に入ってるよな」
先ほどの戦闘の反省会を促す氷。和也は顔をしかめ、気乗りしない様子で口を開く。
「僕ら妖撃者の攻撃属性は五つ。氷・炎・地・風・光です」
和也が指折り数えた。三人はコマの散歩ルートへ方向を戻す。

クイーンズスクエアを迂回して、桜木町を抜け、関内方面へ足を運ぶ、いつもの散歩ルートである。

「そうだ。俺は得意属性が氷。基本的に全部扱えるけどよ。和也も基本的に全部扱える部類に入るな」
「試したことないけどね」
和也が茶々を入れる。氷の瞳が細められた。
「で、で。大体の妖撃者は一属性しか扱えないんだよね。家系で。師匠も前世の記憶が戻るまで、氷しか扱えなかったんでしょ?」
殺気にも似たオーラを放つ氷に、和也は誤魔化すように話を繋げた。
「水流家は、代々氷を操る妖撃者を排出していたからな。跡取りだった俺も、氷攻撃を徹底的に叩き込まれたぜ」
氷が左手の人差し指を、和也の目線位置まで持ち上げる。
人差し指上だけに、冷凍庫で作る大きさの氷が結晶化した。
「大気中の水を操り、氷の結晶なんかも作れる。術の応用だ」
「すごいな〜。さすが師匠!」
「手品と同じ次元で褒めるなっつーの」
無邪気に喜ぶ和也に、心理を読んだ氷が突っ込む。和也は小さく舌を出した。
犬のコマのお蔭で、人が二人の少年を避けてくれる。

労せずに二人は桜木町駅を通過した。

「一人前になるには体力。強力な術が使えても、体力が追いつかない。しまいにゃ倒れる」
過去。姉と一人前妖撃者なりたての、小学生だった氷はよくぶっ倒れていたものだ。
力の配分を誤って、体力を消耗し。
「ふーん。ソレは師匠の実体験?」
鋭い弟子は中々痛いところを突いてくる。
「和也が、さっき倒れかけてたのを見てたからな」
和也の疑問には答えず、事実を指摘する氷。和也は言葉に詰まって、口を真一文字に結ぶ。

氷は外見は中学生ほどだが、中身は十分大人。
和也が噛み付いたところで、痛くも痒くもない。氷に軽くあしらわれて終わりだ。

「俺も最初は姉貴と組んで、二人で一人前みたいな感じだったからな」
場合によっては、複数で一つの仕事を請け負うこともある。
新人妖撃者数人にベテラン妖撃者一人、でグループを作って仕事をこなすのだ。
「仕事慣れするまで、皆で助け合うんだよね?」
新人同士の、互いの面識を深める意味合いもある。
結構重要な通過儀礼なのだ、新人妖撃者にとっては。
「簡単に言えばな。ただ和也はノーコンだからなぁ」
顎に手を当て氷は、低く唸る。
「あうう〜」
泣き所を突かれ和也は情けない顔になった。

初対面時に。氷に、取り敢えず使える術を見せることになった和也。
高い評価を期待して、派手に氷の呪術をブチかました。
妖撃者用道場の一つが冷凍庫と化し、居合わせた数人が危うく凍死しかけたのだ。

三年前の事だが、現在も語り草になっている。

「力の制御ができねーとな。いくら力があっても、一人前なんて、夢のまた夢だ」
和也の能力値だけなら一人前以上。は、師匠である氷が、頭を悩ませる問題でもある。
「僕が、仲間を巻き込まずに術を行使できるか。それが、分からないからでしょう?」
和也は慣れた様子で口を開く。耳にたこが出来るくらい聞かされた。
自分の妖撃者としての不適合性。
「その点なら俺も一緒だった。こればっかは、訓練して、地道に努力するしかねーんだけどな」
指先の氷を散らし、氷はニヤリと笑った。
「うっ・・・」
「学業に支障が出るほど頑張れ。なんて、俺はいってないぞ」
師匠が人懐こい笑みを浮かべる。
頬のえくぼが出来たりして、ぱっと見はとっても爽やかそうな少年だ。大抵の大人は騙される。

和也は三年の付き合いの中で。
氷がイイヒトだ、なんて幻想を見事に打ち砕いた(師匠の本性を間近で見て諦めた)。
氷のキャラを知らない他の妖撃者連中には悪いが、こんな性悪子供大人、野放しにしてるなんて危険すぎる。

所謂、似たもの師弟なのだが、和也の考えはそこまで至らない。

「備わった能力に頼りすぎんな。少しは自主努力しろ」
訓練嫌いの和也に匙を投げず、師匠を続けられるのは自分くらいだ。
氷は和也に釘を刺す。
「え〜。ペーパー上のマニュアルは頭に入ってるし、術だってきちんと使えるよ。実践で訓練したい」
「駄目だ」
わざと、『だ』と『め』を区切って発音して、氷は和也の意見を却下した。
氷に同意してか、コマがひと声鳴く。
「呪符の力でコントロールすると、術の威力が落ちる。だから、さっきの影だってトドメをさせなかったんだぞ?」
氷が、ジーンズのポケットから呪符を取り出した。
和也のために作った、一種の封印札。
強すぎる和也の力を下げる効果と、術の命中率を上げる効果を併せ持つ。
「全開したら、一撃だよ。あんなヤツ」
不貞腐れた和也がそっぽを向く。
「だからって、呪符なしだと、ランドマークあたりまで冷凍庫だよな?」
人を護るどころか却って大量殺戮に繋がりかねない危険な行為。
和也の目の前で氷は札をひらひら振った。
「怒ってるんじゃねぇぞ。少しは訓練に参加しろ。危ないことばかりに首を突っ込むんじゃない、と言いたいだけだ」

和也の身分に気後れして、はっきり物を言えない大人。
氷は前世の肩書きと実力が相俟って、和也を正面切って叱れる数少ない人物。
生意気盛りの和也には、少々厄介な相手である。
同時にかけがえのない理解者でもあるけれど。

「コマも頑張れよ」
長から任命されて、和也の保護者役を務めるコマにも。氷は発破をかけた。
『私などが頑張れるかどうか』
話をふられたコマは、悲しそうに鼻を鳴らす。

母親代わりとして、和也に仕えて早七年。
誠心誠意尽くしているつもりだ。身の回りの世話。精神面のフォロー。
実家とのまめな連絡。
年々可愛くなくなっていく、和也の性格が災いして、コマの努力が報われることは少ないが。

「コマは母さんの言いなりなんだ。頼りにならないよ」
和也の八つ当たりがコマに炸裂する。
「あ〜、なんだ。力が互いに反発すんだろ?家族と。だから自力で制御できるようになるまで、一緒に暮らせないんだよな」
『そうです。和也様のお兄様も、力の反発のせいで、しばらくお一人で過ごされていましたよ』
氷の出した助け舟にコマが飛びつく。
「若長もか?」
初耳だったので氷はコマに聞きなおした。
コマはクーンと鳴いて肯定する。
「へぇー。大変だな、和也の家って」
ずっと老けない外見を持つ氷の家とて、かなりヤバイ事になっていたりするが。
自分の事はさっさと棚に上げ、氷は和也の家庭をこう評した。
「師匠、めっちゃ他人事だね」
「仕方ないだろう。俺当事者じゃねーし」
ドライな氷のお言葉に、それもそうかと妙に納得してしまう和也。
「つまりだ。一日も早く家族団欒を手にするために!和也は一人前になるべく、訓練すりゃーいいんだよ」
手を叩き氷が結論を下す。
「訓練面倒臭いよ〜。三歳のときから離れてる家族と、どーやって団欒すんのさー」

物心付いたときはコマが生活の中心。
歳の離れた兄とも、余り面識はない。
大きな妖撃者の集まりなんかで遠巻きに眺めるくらい。
まして、長をしている母親なんかとは、まともに会話したことなどない。
手紙が送られてくるくらいだ。父親と連盟の。

「まともに会ったこと、ないんだよ?」
和也はすかさず不満を口にする。

桜木町から関内へ歩く。
細い道を歩き、馬車道に出る。そこから、横浜スタジアム方面へ。
スタジアムから石川町寄りへ歩いて数分。
その場所にマンションがあるのだ。

「子供らしい順応性で頑張れ」
意味不明に親指を立て、氷が歯を見せ笑う。
芸能人は歯が命、的な好印象を受ける笑みだ。
「無責任だよ、師匠〜。それでも、初代妖撃者の生まれ変わりなわけ??」
「今は、ただの水流 氷だけど?」
しれっとした顔で氷は受け流す。
『和也様、口でも初代様に勝てませんよ』
和也の暴言を、たしなめるようにコマがやんわり注意する。
「一回くらいは勝ってみたいじゃん」
和也が無駄と知りつつ氷に挑むのは、生来の負けん気のせい。
「実力じゃ勝てないから、せめて口だけでもっ」
思いっきりリードを手元に引っ張って、和也が拳を振り上げる。
コマは窒息寸前でもがいていた。
口から長い舌を出し小刻みに体が痙攣する。
『か・・・や・・・ま』
「ご、ごめん。ごめん、コマ」
和也が腕を下に下ろす。
コマがグッタリして、地面に伏せた。
「和也、実力で勝てよ・・・」
ぼやく氷の呟き。横浜は春爛漫。

桜の花びらが風に舞う。

薄暗い空をよぎる黄色い月が、三人を優しく照らし出していた。



纏めると長い(汗)ココまで読んでくださった方お疲れ様です&感謝。ブラウザバックプリーズ