序章

 

ハラハラ舞う花吹雪。

風が舞う。

ヒラヒラ落ちる。

桜の木の下で『あの人』が笑う。

薄桃色の花びらが『あの人』の頭に降り注ぐ。
多分、わたしの頭や髪にも。
それが可笑しくて『あの人』は笑う。
無邪気にただ純粋に。
心からの笑顔をわたしに。

《約束》
幼い『あの人』が差し出す小指。
遠い遠い日の指きりげんまん。

わたしはおずおずと指を出す。
《遠くにいても・・・のことは忘れないからな?》
今にも泣き出しそうなわたし。
そんなわたしを気にして、『あの人』がわたしの顔を覗き込む。
《大きくなったら、また会えるじゃん》
しっかりと小指を絡ませて。
『あの人』が優しく笑う。

馬鹿みたいに何も言えなくて、わたしは泣きじゃくった。
悲しくて、切なくて、辛くて、逃げ出したかった。

違う。
違うなんて言えないから。

繋いだ手を、わたしから離すような真似はできなかったから。
《どんなに遠くても。俺は絶対に間違えないよ》
『あの人』の声。
弾かれるように顔を上げる。
何故?何故そんなに自信たっぷりなの?アナタには何が見えてるの。

分からない。
分からないの。

わたしの心。
アナタへの気持ち。
お互いの立場。全部、全部が。

《だから、笑えよ。俺がまた・・・を見つけられるように》
『あの人』がわたしの頬に触れる。
そっと、指先だけで。

桜吹雪があんまり綺麗すぎて悲しすぎるから。
泣こうとしていたのに、『あの人』はそれすら見透かしている。
だから。
頬の筋肉を持ち上げ、唇を曲げ、目を細め・・・。

笑ったの。
笑えたの。
笑えたよ。

あの丘の大きな桜の木の下で。
初めて笑ったの。
アナタの為だけに。
ただ一人のためだけに。

《・・・からな》
聞こえないよ。慌ててわたしは腕を伸ばす。
それなのに腕は虚しく中をかすり、空気ばかりを掻き回した。




何時もの朝。
ジリリと鳴る目覚まし時計。
音の方へ腕を伸ばしスイッチを切る。

あの夢を見た後は、きまってこんな惨めな気分に陥った.。

二度と感じることの出来ないあの幸福感。
現在の自分に反比例して余計に情けない。
自分の立場に不満などなく平坦な人生を歩んでいたあの頃。
価値観も何もかもを覆し、微笑を与えてくれた『あの人』

どうして あのままじゃ いられなかったのだろう。

何百回と自問自答した、出口のない思考の迷宮。
あれから二十数年経った今も答えは出ない。
出せないでいた。

意識が浮上。
目が覚めて視界に物体の輪郭が浮かび上がる。
四月から住み始め、大分見慣れたワンルームの部屋。

目じりの涙を拭って『らしくない』と、自分の頭を軽く叩いた。
二度と戻らない過去。
二度と会えない最愛の人。

どうして あのままじゃ いられなかったの?

上半身を起こし、タオルケットを隅に押しやり。
膝を抱えベット上にうずくまる。子供じみた衝動。
けれど、あの喪失感をやり過ごすにはこの方法しか思い浮かばない。
目覚まし時計の秒針が、静まり返る部屋に響く。

賽は投げられた。

賽が落ちるまでに。
奪われたあの子供を取り戻す。
それが『あの御方』の望み。
こればかりは逆らえない。

さび付いた歯車はギシギシ悲鳴を上げ、運命の時を刻み、終焉を告げる。

彼等が勝つか、自分達が負けるか。

起き上がって、卓上の鏡を覗き込む。
笑顔を作ってみる。
鏡の向こうのそれは酷く虚ろなものだった。

今日も一日が始まる・・・。

はい〜??って前フリ。読めばすぐに分かります。コンセプトはずばりラブコメ(死)呆れずにお付き合いくださいませ