この世の者ではない異界の住人『妖』(あやかし)
人々の負の感情に寄生し、精神・生命を脅かす……。
『妖』から人々を守り、妖を封印・消滅する『妖撃者』(ようげきしゃ)
彼らは今日も闇に蠢く異界の住人と対峙するのだった。


『学校の怪談』


地球は日本。
首都東京のお隣神奈川県。
県庁所在地・横浜市。場所は関内。
横浜スタジアムから徒歩五分の位置。

有名私立。
『海央学園』(かいおうがくえん)学園内。
中等部職員室で、小学生が剥れていた。

「なんか本当に先生なんだね」
艶のある黒髪。ショートボブに近い長さ。切れ長の瞳に絶妙なバランスの二重。
長い睫毛と、どちらかと言えば甘いマスクに成長するであろう予感を抱かせる二枚目顔。

本人が醸しだす『ほや〜』とした雰囲気と相俟って、育ちの良さを感じさせる少年だ。

お馴染み妖撃者見習い星鏡 和也(ほしかがみ かずや)である。

「実感の篭った嫌味だな、和也」
対してテストの採点に精を出す青年。
椅子に座り担当科目『理科』ミニテストの採点に勤しんでいる。

大人の男だ。
切れ長の目・長い睫毛・太すぎない眉・すっと伸びた鼻筋。
全体的に凛々しい印象を受ける雅な感じの顔立ち。細すぎず太すぎない体の線。

白のこざっぱりしたワイシャツにブルーグレーのネクタイ。

目の前の小学生・和也の師匠。水流 氷(みずながる こお)である。

「そりゃーね。寝耳に水みたいな感じだったし、師匠の就職話はさ」
学園指定鞄を床に下ろし和也はブレザーを脱いだ。
六月に入りどんより湿った風が肌を冷たく冷やすが、建物の中は蒸している。
和也はこの時期のブレザーが苦手だった。
六月半ばから夏服に移行するので暫くはブレザー着用が続くのだ。

「妖撃者の仕事にばかりは頼りたくないからな。扶養家族も増えたし」
凄腕と称される氷はアッサリした調子で答えた。
「なんだかなぁ。師匠って妖撃者嫌いなの? いつも話聞いてるとそういう風にしか思えないんだけど」
中等部教師の宿直当番。
学園から一番近い場所に住む氷がよく引き受けている。
持ち回りが基本だがそこは融通を利かせてお互いに日程を調整しているのだ。
今晩も丁度氷が宿直の日で。
和也は師を冷やかしに家に帰らず中等部職員室へやって来た。

生憎。
部活の指導などで教師は殆どが出払っている。
氷はこの四月から教鞭をとっているので担当する部活もない。
さしあたっては己の担当科目の雑務という奴をこなすだけだ。

「嫌いって訳じゃない。俺には向いてないと思ってるだけだ」
実際に氷の父親・母親・姉共に現役の妖撃者。
表立って会社勤めをする妖撃者もいるが氷の家族は妖撃者一筋。
今でもバリバリ仕事を消化している筈だ。

家族の顔を思い浮かべて氷は苦笑する。

「柵が無ければ……それなりに妖撃者としての仕事にも『やり甲斐』があるんだろうな。生憎幻想が打ち砕かれた口だからさ、俺は」
和也と喋っている間もシュシュッと。
ペン先が紙の上を走り回答チェックが続けられる。
氷の半分本音の言葉に和也はため息をついた。
「なーんかね。僕にも当て嵌まってない? それって」
手持ち無沙汰に立っていた和也は、氷の隣の空席になっている机の上に座った。
「さてね? お前の人生まで俺は感知しないぜ」
和也の行儀の悪さに一瞬顔を顰める氷だがペンを走る手は休まらない。
「いや。して欲しくないけど」
間髪いれずに和也が答えれば、氷は回答チェックしたまま鉄拳制裁。
狙った訳でもないのに和也の頭上にクリティカルヒットする氷の拳。
「〜!!」
「口は禍の元。諺くらい知ってるだろ? いい機会だから覚えておけよ」
頭を抱えて悶絶する和也と涼しい顔の氷。

どこまでも好対照な微笑ましい(?)師弟の穏やかな会話。

「うううう。生徒に対する暴力は犯罪だよ?」
「その前に和也は俺の弟子だろうが。アホ」
すげなく氷に切り返されて和也に反論の余地は無い。
氷は現に和也の師匠だし教職に就いたのも最近で。
師匠歴の方が断然長い。

「暇なら中等部校舎の見回りでもして来い。ほれ、依頼書」
顔は机へ向けたまま氷は和也に紙切れを渡す。
条件反射的に和也は紙切れを受け取った。
「ええっと。学園内で徘徊する妖については封印を依頼。凶悪種については教頭に相談の上適切な対処を行うこと。って妖撃者の『仕事』じゃん!?」
目を白黒させて和也は紙を何度も読み返す。

当たり前だが文字が変形して別内容の文章に……なんて映画ちっくな現象なんて起きない訳で。
裏返しに紙を確認するが何の変哲も無い只の普通紙。
印字も家庭用パソコンでしてあるだけの普通の通達用紙。

「前にもちらっと説明しただろ。この学園には副業を持った連中が多いんだ。俺は教師もこなすけど、形だけは妖撃者としても学園維持に貢献しなくちゃならなんだよ」
驚愕する弟子に氷は説明した。
「気配も希薄だからそんなに強いのはいないだろ。コマも呼んでおいたから、二人で見回って来い。簡単な実戦だ、実戦。幻術のバーチャル戦闘ももう卒業だ」
「嬉しい気もするけど。僕幽霊苦手なんだよね〜」
渋い顔で氷へ呟く和也。
びしぃ。氷の額に青筋が浮かんだ。
「……文句言わずにさっさと行って来い」
ひくーい。地を這うような低い声音。
氷の怒気孕んだ声音に和也はあれ? と呑気に首を傾げるが。
氷の瞳がまったく笑っていないのに持ち上がる口角を認めた瞬間。
脱兎の如く職員室から逃げ出したのは記すまでもない。

かかなくても良い汗をかき。
和也は中等部の職員専用入口へ向かった。






「遅くなりました、和也様」
二分ほど惚けていれば、和也を見下ろす女性が一人。
ワンピース姿の似合う優しい雰囲気を持つ女性。
年齢は二十四歳前後。百七十近くあるモデル並の長身。
肩までの黒髪をゴムで一つに結んでいる。
切れ長の黒い瞳。短めの睫毛。顔立ちは純日本人。

手には大きな紙袋持参。

「そんなに待ってないよ」
事実なので和也は女性に告げた。
「そうですか、よかった。奥方様に頼まれて初代様の夜食と和也様の夜食を持ってきたんですよ。見回りが終わったら皆さんで食べましょうね」
紙袋を持ち上げて女性は言う。

彼女は小春=コマ。
和也の遠縁。兼・優秀なハウスキーパー。兼・見習い妖撃者の相方である。
和也お仕え歴八年に突入した、筋金入りの和也命。な母親代わり。

「後でね」
たった今しがた墓穴を掘って師匠を怒らせたばかり。
顔を突き合わせて仲良く夜食なんて空気には。
とてもじゃないがならない。
和也は『後』の部分を強調する。
「また怒らせたんですね。初代様を」
お仕え歴八年は伊達じゃない。
和也のさり気ない慌て振りにコマは大体を察した。
「凄く怒らせたわけじゃない」
言い訳がましい和也の台詞に。どこか困った顔でコマは笑う。
少し目を左右に泳がせ何事か考えてから、
「やっぱり怒らせたんじゃないですか」
と。コマはしっかり指摘した。
和也は言葉につまり、これ以上口を開けば更に墓穴を掘るのは目に見えてる。
黙って中等部校舎の巡回を始めた。


夕暮れオレンジ。染まる空。
差し込む光も徐々に減り。グラウンド用の灯りが点灯して人工的な光が闇を照らす。
「なんか夜の学校って雰囲気あるよね」
夜の帳も下りてきて。
人の気配も減る。
和也とコマは一旦最上階の四階に上ってから舌へ下りるルートで巡回を始めた。
丁度二階部分。二年生の教室で見回りを終え外に出要素とした時。

ヒタヒタヒタ……。

着実に和也に迫る怪しい気配。
妖のものではない。断言できる気配。
思わず和也は条件反射のように机の下に隠れ込んだ。
「うわっ……ヤバッ。僕本当に幽霊の類は苦手なんだよね」
身の毛もよだつ不思議気配。和也は文字通り震え上がる。
「害が無ければ通り過ぎていきますよ。大丈夫です」
一方。対して怖がる様子もなく隠れる和也に付き合って机の下に座り込むコマ。
和也を宥めるように言った。
「なっ、何を根拠に大丈夫なんだよ! ああいう非科学的なものは存在自体が信憑性にかけるんだよっ!」
半ば逆ギレ同然。
極度のパニックに見舞われ頭がグルグルした和也はコマにいちゃもんつけた。
コマは和也の剣幕にやや引き気味だ。
「科学的見地から見れば、妖自体も十分に非科学的ですけど……」
コマがささやかな反論を試みるも和也に睨まれて口を噤む。

ヒタヒタヒタ。

二人が机下でヒソヒソ言い争う間も不可思議な気配は和也に向かって接近中。

「いーやーだー!!」
頭を両手で抱えブンブン左右に振る和也。尚も和也に迫る気配!

 あああああ。妖なら平気だよ。全然平気。
 だけどさぁ。だけどさぁ。
 幽霊は出てこられても対処できないし退治も封印も出来ないし。
 ヤバイでしょ。
 スケてるし怖いし。
 得体が知れないしぃぃぃ!!

根本的に『妖=退治できる安全戦闘』で。
『幽霊=得体の知れない相手。
遣り過ごすしかない』図式が頭にインプットされた和也には。
幽霊とは遭遇しても対処できない超苦手タイプという認識が成り立っているのである。

ぽん。

冷たい手が和也の頭を叩く。冷え切ったその感触に。

「ぎゃやややぁぁぁぁぁ」
見も蓋も恥も外聞もなく。和也は裏返った声で絶叫した。
「……なにやってんだ?」
非常に声をかけづらいものを感じたが。絶叫する和也に気配の主は声をかけた。
「ほえ?」
困惑顔で和也を見下ろす少年。間抜け面で和也は少年を見上げる。
「帽子君……」
気の抜けた和也の呼び声に少年は大きく息を吐き出した。

子供特有の滑らかな肌。
美しく孤を描く眉・男にしては長い睫毛・つり目気味の大きな瞳・筋の通った鼻・ふっくらとした唇。
世に言う美少年系な顔立ちである。

「悪かったな。驚かせたみたいで」
取り敢えずは謝罪。
和也に襲撃されるのを防がなくてはならない。大人しそうに見え成すこと大胆不敵。
この間のように八つ当たられるのは御免だ。帽子少年はしみじみ思う。

「ホントだよ―――!!」
一息ついてから和也はわざと帽子少年の耳元で絶叫した。
「お、お前なっ」
顔を顰めて耳を押さえる帽子少年。
コマは申し訳なさそうに少年へ笑いかける。
「アレの気配を追ってきたんじゃないのか?」
こほん。咳払いして帽子少年は窓に張り付いた巨大蜘蛛を顎先で示す。
「あれー??? 妖の気配がする。でも見たことないよ」
帽子少年の指摘に和也は驚きの声が上がった。
「憑依された蜘蛛が巨大化したのでしょう」
慌てる素振りもなくコマが冷静な捕捉説明を和也にする。
ふーん。和也は分かったような分かっていないような返事をした。
「見回りっていってもそれなりに大変なんだね〜。実戦も体験できそうだし」
他人事のような和也の感想。
「初代様の説明聞いてました?」
和也はコマに耳を摘まれてしまう。
上目遣いにコマを見上げ和也は何度もうなずいた。
「ったく。仕方ねーな」
帽子少年は唇をひと舐め。腰に下げた鞘から刀を引き抜く。
鋼色の刀身。美しい波紋。なにより退魔の気を放つ、刀の持つオーラ。
「邪魔だって」
巨大蜘蛛に前にして笑う姿も飄々として様になっている。
キチンと剣術を習っているらしく刀を構えた姿は非常に決まっていた。

 あああーあー。イイナ、いいなぁ〜。
 ああいうのって本当正義の味方っぽいよね。

目の前の戦闘どころか、自分の戦闘スタイルを気にしだす和也。
帽子少年が強いのは以前確認済み。心配はしない。
それより気になる己の戦い方。
映画に出てきそうな陰陽師みたいで動きが少なくてちょっと絵にならない。

「今の時代はフルCGだもんね。ビル壁垂直に走って見せたりしたらそれなりかな?」
傍らのコマを見上げてのんびり全く違う話題を持ち出す。
和也の『のほほほん』雰囲気につられてコマは考え込んだ。
「そうですねぇ。派手さで考えればアクションは欠かせませんけど。和也様はまだ小学生なんですから、無理はいけません」
念押しするのも忘れずに。コマは和也の眉間を指先で突いた。
「一人前になってから。ですよ?」
ジッっとコマに見つめられて和也はばつが悪くなる。
あはははは。なんて笑って誤魔化そうにも相手は親代わりの相棒。
見抜かれるに決まっている。
「はーい」
大人しく和也は引き下がった。

 でもほら。
 格好よい登場シーンなんて主役のお約束じゃん。
 このままじゃ僕の場合自転車で登場とか?
 それかバスや電車・はては車移動だよ。
 うっわ〜目茶目茶イケてない。
 仕事だから仕事だけこなせればいいんだろうけど……なんか虚しい。

「って、加勢してくんねーの?」
和也が小さく唸っていると、帽子少年が上半身を捻って振り返る。
自分を他所にしっかりお気楽に語る和也とコマに業を煮やした。
苛々した調子で和也に問いかける。
「え? しなきゃいけないの?」
和也は疑問系で帽子少年に答えた。帽子少年は頬を引きつらせ笑う。
「オイオイ。コレはお前の仕事だろ?」
顎先で蜘蛛を示し、少年がジト目で和也を見つめる。
和也は首を傾げてにこり。
「蜘蛛って苦手なんだ」
等と。ご丁寧にものたまわった。
帽子をかぶりなおし少年は肩を落とす。『駄目だ。このボンボンは』と言った風だろうか。
「一つ貸し」
憮然とした様子で刀を一振り。少年は蜘蛛へ白刃を煌かせた。

オオオオオ。

蜘蛛が獣じみた威嚇音を発し牙をむく。
少年は気だるげに心底やる気のない態度で刃先を蜘蛛へ向ける。

ヒュッ。

空を斬る刀の音。目には見えない振動が蜘蛛を切り裂きその肢体を四散させた。
瞬きをするまもなく蜘蛛の体が消失。
妖撃者とは違う退魔の力。封印ではない退ける滅ぼす力。

相変わらず惚れ惚れするような手際のよさに、和也は思わず歓声を上げていた。

「洋風の侍だね〜。ハリウッドとかで映画になりそー」
チン。と、鍔が鞘にあたり発生する涼やかな音色。
流れるような仕草で刀をしまう少年に和也は感想を述べた。
武器を使用しない和也には、道具を操る少年が羨ましい。
「僕も、専用の術用道具とか。師匠に作ってもらおっかな〜」
和也が夢見る目つきで空を見上げる。
「呪符が書けなければ駄目ですよ。初歩の道具なんですから」
和也の夢見心地をコマは素早く打ち消す。

器用そうに見えて和也は不器用だ。
筆を使い古代妖撃者文字を使い作り上げる呪符。未だにまともなもの一つ作れないでいる。
こればかりは得手・不得手があるので仕方ない部分もあるのだ。

「やっぱ駄目か……」
呪符が作れないから専用武器にチェンジして。
なんて簡単に考えていた和也は現実の厳しさにちょっぴりアンニュイ。
たそがれモードに入ってしまう。
「はぁ。星鏡は喰えないからな」
師匠に似て。
帽子少年はこれ以上係わり合いになりたくない。心底思い速攻で消えた。
「あ、あれれ?」
帽子少年にお礼を言おうとして和也は慌てる。
特に少年の気分を害する発言はしていないつもりだが。
少年に見限られてしまったようだ。
「ま、いっか。苦労しないで仕事片付いたし」
和也は御気楽、極楽な性分。お坊ちゃん育ちも災いし意外におっとりした性格だ。
棚ボタでラッキーくらいにしか思わない薄情者でもある。
「確かに楽でしたね。さぁ、初代様にお夜食を届けましょう」
おっとりとコマも和也に応じた。
「そだね。僕達も夜食食べて帰ろっか。仕事も片付いたことだし」
あっさり立ち直る和也。
気持ちを切り替え鼻歌交じりに職員室へ向かうのであった。

密かに。
師匠が宿直の日は間違っても顔を出すのは止めて真っ直ぐ家に帰ろう。
と決意を固めながら。


 学校の怪談? は絶叫がお約束。


色々捻りたかったんですけど挫折しました。和也の幽霊嫌いは元々です(笑)未知の者と戦ってるくせに幽霊は苦手です(笑)怪談、かの字もないですけど。いっぱいいっぱい(涙)ブラウザバックプリーズ